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冬海の鐘楼  作者: 北のなまら
第1章 海楼に魅する石
1/4

1.船旅は夜

 大正浪漫に憧れて、異世界を足したらどうだろう。

そしてミステリーという考えからの妄想書きです。

時代的な整合性はあまり気にせずに読んでいただけると有り難いです。


 黒ずんだ革張りの座席に預けた身体を震わす微かなエンジンの振動と、不規則で大きな横揺れが疲弊した体に染み込んでは抜けていく。

列車の個室を思わせる船室の狭い空間を、錆の目立つ旧式ストーブが不遠慮な熱気と湿度で満たし私の首筋をジットリと濡らしていた。

 電圧が安定していないのだろうか或いは只々古いのか、壁に据え付けられた電灯は時折緩やかな明暗を繰り返しながら、私の存在を不明瞭でなお、この世の者とは思えないように陰を落としてゆく。

 不意にノックの音が響きわたり、ゆっくりと扉が開かれた。


 「これから真冬だというのに、孤島に出航とはお互いに災難だな。」


 冷笑交じりの言葉とともにのっそりと扉から姿を現した大男は、傷の目立つ顔の口角を不器用に上げてマグカップを差し出してきた。

「ありがとう」と、感謝を伝えながら嗅ぎ慣れた香りを放つ飲み物を受け取ろうと手を伸ばすと、その湯気の向こうには黒色の外套。首元から見える濃暗緑色の詰襟には階級章が照る。


 「珈琲は嫌いだったか」


まじまじと見つめていた事を不審に思われただろうか、私は慌てて「頂きます」と受け取り一口含んだ。

 冬の潮風に当てられて冷え切っていたのだろう。

温かさがゆっくりと馴染んでゆくのが心地良く、自然と頬が緩んでいくのが分かる。

 それを見ていた大男は「隣に失礼しても」と言い、私は少し壁に寄り席を開けた。


 「軍人が同行するといっても、少し肩の力を抜いたって誰も文句は言わんよ。そもそも君は臨時とはいえ同業者になったんだ、慣れなければな。」


腰掛けながら私の心を見透かし気を遣ってくれたのだろう、厳つい風体とは裏腹に機微に聡い人なのだろうか。

あるいは誰が見ても分かり易いほど私の顔が強張(こわば)っていたのだろうか。

そう考えると無性に気恥ずかしくなった。


 「そんなに私は緊張しているように見えますかね」


素直に私が聞き返すと大男は目を丸くし一寸、ニカリと笑い「そりゃあ、もう」と次には声を出し笑った。

 暫くして彼は私の横にある船の小さな窓に目線をやり、おおよその軍人があまり口にしないであろう言葉を紡ぐ。


 「私達は敵を討ちに行く訳ではない。友軍を助けに行くわけでもない。ただ、伝えに行くだけ。」


 彼は窓の外に指を指すと、私はその示す先に顔を向ける。

船体に打ち付けられた波が飛沫となり消えてゆく先、夜の波濤の先に微かな光を捉えていた。

「あの光は」と口をついて出たが答えは予想ができる、灯台の光だろうと。しかし、答えは望まないものだった。


 「灯台の光だったら重畳だが恐らくは落雷だな。あまり好ましく無い状況だ。」


彼の言葉を聴き終えると同時に轟音が響く。唸る様な音は猛獣を彷彿とさせ、本能に訴えかける程の恐怖を想起させる。

 すると船員がノックの後「失礼します」と扉を開けて、落ち着いた声で私達に案内を説明しだした。


 「現在、進行航路上に大型の積乱雲が発生しております。本船は迂回する航路に舵を取る為、乗員の皆様には申し訳ありませんが、目的地到着の時間が大幅に遅れます。ご理解下さい。」


そう言うと、咳払いを一つして続ける。


 「なお、積乱雲の横を進む為、本船にも落雷の可能性がありますので暫くの間は船外に出るのをお控え下さい。」


船員は一頻り説明し終えたのだろう、踵を返して出ていった。


 「やはり遅れたか。これでは到着時間は深夜になるかもしれんな。」


 確かにそれは好ましく無い状況だ。

今日中に済ませておきたい予定がいくつか有り、明日の日程に入れるにしても過密になるのは気が重たくなる。

 唯一の救いは、この船が軍に徴用される以前は小型客船として運用されていた事だろう。老朽化が見られても手入れは行き届いており、いくつかの設備は稼働している。

先程の珈琲もラウンジから買ってきた物だろう、軽食も出しているそうなので飲食に不安が無いのは有り難いところだ。


 「では早速、腹に物を詰めに行くか。こういう時は早い者勝ちに成りかねん。空いたカップも返さねばならんし、君も一緒にどうだ。」


予想外に食い意地の張った言葉と勢いに気圧されて、「御一緒します」と私は重い腰を上げ船室を後にした。


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