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ゴブリン親子殺人事件ファイル1

「ええええ!?いったい何がどうなって、そうなったんですか!?」


「それは何とも惨い話ですな…」


「あぁ、うるせえな。起きちまったじゃねえか。ってなんだよ、お前らどうしたんだよ、そんな沈んだ顔して」


「そうじゃ。そこの坊主みたいに、ナバホもアデナも目が覚めて、ホピの悪夢もなくなってくれたら良かったんだべ…」


沈み込んだ村長の顔を見て、タカネとコトハは更に顔を下に向けた。そんな3人を、後ろから眺めるカゼカ少年は、欠伸を止めて小さく「けっ・・・」と呟いた。


「それで、その後はどうなったのですかな・・・?」


「ホピの悲鳴と怒号を聞いて、直ぐに隣のプエブロや、向かいに住んでるホピの友人のモハクが駆け付けたんだべ。んで、ようやく、自分を殴り続けていたホピを止めて、これは只事じゃないべってことで、ワシも向かったんじゃ」


「そうですか。ではその現場は今もそのままで?」


「物とかはそのままだけんど、ナバホとアデナは可哀そうだから、村全体で供養したべ。ただな、ホピは完全に魂が持ってかれたみたいになってな。この一か月間ずっと『ごめんだべ』って言うだけで、引きこもってしまってんだべ。更にな、たまに、家を破壊しようとするもんだから、今は離れた家におるのじゃ」


どうやら、ホピの精神状態は一ヶ月経った今も芳しくはないようだ。突然叫ぶ日もあれば、黙りになって動かない日もある。食事もほとんど手を付けず、身体すっかり痩せてしまった。


「むん・・・。じゃあ、その破壊音を農家さんが聞いたんですね。僕がホピさんでも叫びたいです。どれだけ辛いか、言葉では言い表せないですもん・・・」


「助手君の言う通りだ。ポモ村長、この事件は解決していないのですな?もしよろしければ、我々が解決のお手伝いを出来ればと思いますが」


「そんが、誰も調査しようとしだす者はおらんのじゃ。ワシらはこの通り、村全体が仲良くてな、誰がやったとかは、知りたくねえんだ。誰も、疑いたくねえんだ」


「うう、タカネさん。この事件は中々の事件ですね・・・。胸が痛いです・・・」


「私もだ。元いた世界で起きた事件は動機が明らかだったものが多いし、この村の様に、村人全てが優しい心を持っているなんてほぼありえなかったからな。こういう現場で、これほど残酷な事件が起きるとショックとギャップが凄いものだ・・・」


優しくて、互いを尊重し合っていて、善人ばかり。そんな天国のような場所で、地獄のような出来事が起きる。そんなギャップ、誰が耐えられるものか。


「あの、村長さん。こんな事聞くなんて、申し訳ないんですが」


「ええんじゃよ、お嬢ちゃん。何でも聞いておくれだべ」


「じゃあ、えっと、今までに似たような事件とか、大きな喧嘩があったとかはありましたか?」


「うーーーーーむ。思い当たらんな。村人が勝手に隣の畑の作物を取って食べてしまった時も、『勘違いしたべー。最近ボケてきたべー』って必ずお互いに笑って終わるしよ。そもそも、ワシら完全にお互いを信じきってるから、疑わないし、喧嘩なんてしないんだべ。親子喧嘩はたまーにあるけんどよ」


「ほえー、これは本当にピュアな種族ですね。人間たちにも見習ってほしいです、僕。」


「ふっはっは!拙者には既にこの話の真相が見えているぜ!相手の間合いを知るよりも簡単だったぜ!」


突如としてカゼカ少年が立ち上がり叫んだ。ずっとしんみりで静かだったのだから、いきなり後ろから大声で叫ぶのは止めて欲しい。しかも、めっちゃドヤ顔やん。どしたん?


「うわ!なにいきなり大きな声で!?」


「ほう、カゼカ少年。その真相とは?」


「お前、ジョーさんに頭良いとか言われてたけど、まだ分からねーの?」


(ぐぬぬ・・・)


探偵でもない少年に先に事件の真相を見抜かれる。これは由々しき事態だ。でも、落ち着け。カゼカは少年だが、メガネはかけていない。腕時計もしていない。何処からどう見ても頭が良いようには見えない。よし、安全だ。


「ずばり、その二人を殺した犯人は、魔物だ!」


「魔物?」


「ああ、腹を空かせた魔物が侵入して、二人を殺したんだ!」


ドヤ顔で、そう言った少年。しまいには、俺様完璧とか流石俺様という変な四字熟語を言い出したもんだから、3人はしばし遠い目をした。


「坊主や、それは無理じゃ。なにしろ、この山“リセン”は都指定保護区じゃから、山全体に特殊な結界が張っておってな。下からも空からも魔物が侵入することは不可能なのじゃ」


「それにカゼカ少年、忘れたかね?だからこそ我々は、わざわざ保護局の許可を得て、結界を一部開けてもらうことで、ここに入れたのだよ。ちなみに、外部からの魔法攻撃、例えば内部に瞬間移動するなども不可能だそうだぞ」


「げっ、そうだった・・・!じゃ、じゃああれだ。やっぱこの村の誰かがやったんだよ。魔法使えるやつとか、剣が使えるやつとかいるだろ。どんな奴にも、殺意は芽生えるってもんだし」


少年のドヤ顔はあっけなく崩れ去った。そして、恥ずかしさを隠すべく、そっぽを向きながら別の意見を言ってみたが、それも村長に否定された。


「ワシの村に魔法を使える者はおらんべ。赤ゴブリン族は武術に長けているようじゃが、ワシらはからキリだべ。もう長い間管理局が守ってくれておるからの。ワシらに力は必要ないのじゃ」


「…マジかよ。ここまで平和ボケしてる種族なんて聞いたことないぜ」


「カゼカ少年は本当に無礼だな。武士の心構えがまるでなっていないぞ。それに、決めつけることは、探偵が一番やってはいけないことの一つだ」


「拙者は武士じゃねーし!あと探偵ってなんだよ。聞いたことねーぜ」


(え!?拙者って言ってるくせに、武士や侍の家系じゃないの?!あ、でも『ござる』って言わないな。謎だ、こやつ)


コトハは、カゼカのキャラ設定に最大の疑問が沸いた。てっきり武士や侍に憧れて、少年心に拙者って言っているのだと思っていたのに。まあ、都は日本に似ているが、武士や侍がいたかどうかは、また別だからね。


「そうか、やはりこの世界に探偵という職業はないのだな。まあ、探偵とは、事件を論理的かつ多角的に調査、考察し、証拠を見つけ、犯人を暴き、解決へと導く者さ」


「なんか、めんどくさそうだな。ま、拙者はここで寝てるから、精々その探偵とやら頑張ってくれよ」


少年は自分の推理が見当違いであったことを詫びることもせず、また床に寝転がって欠伸をした。いくら少年と言えど、自由奔放過ぎる。


(うん、ペケだな。ペケ)


「おほん。村長、お二人が亡くなられた家へ案内をお願い出来ますかな?」


「もちろんじゃ。着いてくるべ」


こうして、3人は、少年を無視して調査を開始した。後で寂しがったって知らないんだからね!いや、超安全区域で、ボディーガードの必要性はそもそもの話なかったのかもしれない。


・・・


木と藁で造られた、木造の一戸建て。それが今回の事件現場だ。幸せ一杯だったのに、家に帰ったら家族がバラバラになっていた。(あ、喧嘩して関係がバラバラになったんじゃないよ。)さて、この事件の調査開始だ。


「なるほど。このドアは内側から鍵を掛けることが出来、外からも鍵があれば、施錠が可能と」


「うん、助手君。それは一般的なドアの仕組みだな」


「お前、ほんとバカだな」


(あんただけには言われたくない!ムッキムキー!)


コトハが探偵の真似事で、扉をマジマジと観察した後、意味深に述べてみたが、タカネには棒読みで対応されたし、少年には馬鹿にされた。


「ていうか、カゼカ。村長の家で寝てるって言ってなかったっけ?」


「いや、なんだか面白そうだから一緒に来てやったぜ!」


「コトハ、その顔を止めなさい。さてと…」


ゴブリンさんの新婚夫婦、旦那のホピと妻のナバホ。そして産まれたばかりの女の子アデナ。そんな幸せな家族に突如として起こった悲劇。それは、ある晩ホピが帰宅すると、ナバホとアデナが帰らぬゴブリンとなっていたのだ。今はもう遺体は供養されてないが、一家の家には未だに血の跡と臭いが残っていた。


「ここでナバホさんが亡くなられていたのですな。・・・ふむ、血痕がめちゃくちゃだな。四方八方に飛び散っている。なるほど、遺体がバラバラにされていたというのは本当みたいですな」


ただ身体の一部を一突きされたのなら、血痕は椅子の下に1箇所に溜まっているはず。けれど、椅子以外にも、テーブルの上や、少し離れた床の上、壁や天井にまで血痕は散らばっている。


(だとするとおかしい。なぜ椅子の上の血痕がこんなにも多いのだ?犯人は座っていたナバホさんを殺害し、その場でバラバラにしたのか?もしくは、別の方法で殺害した後、この場所でバラバラにしたか。血が完全に固まる前ならば、これだけの血が散乱してもおかしくはない。だが、切断した遺体をわざわざ無造作に床にばら撒いたのは何故だ?)


「凶器も気になりますよね。かなり鋭利な刃物じゃないと、バラバラに切れないですもん」


「凶器か。凶器になる刃物なら村人全員が持っているな」


「え?包丁とかですか?…あ!そうか、みんな山菜を刈ったり農業して食料を調達しているから、斧とか鎌とか、それなりの刃物は持ってますね。そうなると、凶器から犯人を絞るのは辛いです」


「ああ、凶器に関してはひとまずは放置だな。それにしても、やはり遺体の様子を見れないとなると辛いな」


「むーん・・・あ!タカネさん、ここにあるゴブリン人形で再現してみてはどうですか?」


「人形だと?またそんな都合よく、あったー!」


なんて都合が良いんだ!・・・そういえば、村長の話で、結婚祝いやらベビー誕生祝いやらで、ぬいぐるみ等も貰っていたとあったな。いや、でも、ねえ。ゴブリン人形ってねえ。


「しかもこの人形、フランス人形みたいに手足の先まで精密に作られていますよ」


「おお、それは子が居る家庭ではよく見る、ゴブちゃんドールだべ。可愛いべさ」


(ゴブちゃんドール!汗)×2。


2人は変な汗が一瞬滲んだのを感じた。そっかー、人間が人間によく似た人形を作るように、ゴブリンだって、ゴブリンによく似た人形を作ってもおかしくはないよねー。はははー。


「うむ、気が進まないが仕方あるまい。この人形に大体の遺体の位置を再現してもらおう。ポモ村長、当時の遺体の様子を覚えていらっしゃいますかな?」


「ワシも年取ってるけんど、ちゃんと覚えてるべ」


「それは良かったです。ではまず頭部の位置から。首より上でよろしいですかな?」


「んだ。この部分にあったべ。ナバホのベッピンさんの顔が、ぐすっ、ここにあったべ」


「村長さん、お辛いでしょうが、お付き合いお願いしますぞ」


と言ったそばから、探偵はゴブちゃんドールの頭をもぎ取り、その位置に置いた。ざ~ん~こ~くな~探偵がいる!


「へ、ちょっと、助手君に村長さんまで。そんなヤバい人を見てしまった時の目で見ないでくれ」


「のう、嬢ちゃんや。もしかして、このタカネさんゆうのが、ナバホとアデナをやったのだろうか…」


「そうかもしれませんね…」


「はいそこー!お戯れ禁止!」


ヤバい人を見てしまった時の目をしながら、コトハと村長は少しタカネから距離をとった。探偵はこれでも、とっても真剣だというのに。え?カゼカは何をしているのかって?ああ、彼は家の中をウロチョロしているだけさ。


「では、次は何処の部位にします?腕ですか、胸部ですか?」


「じょ、嬢ちゃんや。そちは、タカネさんより怖いべ」


「よし、気を取り直して次は腕だ。村長さん、確か関節ごとに分かれているようだったと仰っていましたな?」


「そうじゃ。掌が四等分されたみたいに、あちこちに散らばっていたんだべ」


それを聞くと、探偵はゴブちゃんドールの指を第一関節、第二関節と正確にもぎ取った。さすが、フランス人形ゴブリンバージョン。リアルである。


「ふむ、頭や手足はいいとして、胸部と下腹部は服に覆われていたはずだな。村長、ナバホさんの服装は?」


「それなら簡単だべ。この村の服は男性用と女性用で統一しておるからの。ナバホも毎日その服を着ておったべ」


「なるほど。となると、あのインディアン風の服装か。女性はワンピーススタイルだったな。犯人は、わざわざ服を脱がして切断した後、また服を着せたのか?いやでも、胸部にも関節はあるな。確かに村長の話を聞くと、服に覆われていたであろう、首下から股にかけてはそのまま服の中に納まっていた状態で発見されたようだ。正し、また下からひざ上のパーツは、少し服から離れて転がっていたと。・・・分からんな」


女性も赤ん坊も、ちゃんと服を着用した状態で発見された。しかも、女性にいたっては、靴も履いていた。いや、この村では室内でも靴を履いているから、それはおかしくはないのだが、切断された足が靴を履いていたということは、犯人は靴を履かせたまま切断したことになる。


「ほう、この配置は中々に興味深い」


実際の大きさとは大分異なるが、フランス人形ゴブリンバージョンのおかげで、当時の遺体の状況が何となく再現出来た。服を着た胴体は椅子の側、頭部は少し離れた床の上、腕や足も椅子の周りで、手の指はテーブルを超えた先に置かれている。


「なーなー、探偵さんよー。アデナっていう赤ん坊の方は調べなくていいのか?」


「そうだな。とりあえず、人形による再現は完了したからな。赤ん坊は、ベビーベッドか」


赤ん坊のアデナが亡くなっていたのは、ベビーベッドの中であり、シーツはもちろんの事、ベッドの床に亘るまで血痕があった。ナバホの無造作な遺体とは打って変わって、アデナの遺体は仰向けで、頭からつま先にかけて、すべてのパーツはベビーベッド内にあったという。そして、こちらも関節ごとに体が分裂していた。


「犯人はなんでナバホさんのバラバラ遺体を、これまたバラバラに床に置いたのに、赤ちゃんの遺体は切断するだけでベッドの中から動かさなかったんですかね?」


「めんどくさくなったんじゃねーの?」


「めんどくさくなった可能性は無きにしも非ずだが、わざわざ遺体をバラバラにしている時点で、最後で手を抜くとは考えにくい。何か他に意味があるのかもしれん」


「あ、犯人はナバホさんに凄い恨みがあって、バラバラにしただけでは気が済まなかったとか」


「これこれ・・・」


コトハちゃんは、時たま物騒な発言をなさる。これは、完全にタカネの影響を受けているのだが、普通の女の子に育って欲しい反面、探偵になりたいと言っていた時もあったし、彼女の好奇心を無下にするわけにもいかないし、いやでも危険なことはやめて欲しいし・・・。タカネの心は複雑である。


「そんなはずないべ。ナバホはとっても良い子だったべ」


「うむ、人間のケースだったら可能性は高いが、ここの住人たちはそういった負の感情が希薄だしな。後は、ただの愉快犯の可能性もあるが、遺体の状況からして、第一にナバホさんを生物としてではなく、物として見ているのかもしれん。よし、そもそも、もし人間が遺体をバラバラにした場合、それは何故かを考えるか」


「はいはい!遺体を隠蔽するために、処理しやすいからです。なにせ、死体というものはかなり重いですからね」


「そ、そうだな。遺体を切断するメインの目的は、言葉は悪いが廃棄処理を簡単にするためだ。でも、今回の事件の遺体は処分されていないし、関節部位しか切断されていないため、トイレなどに全てを流すことも困難だ。」


「じゃあ、他の例だと、執着心を持った犯人のケースですね。例えば、頭だけを飾っておきたいとか、足だけを残しておきたいとかでバラバラにする。でもこの説もダメですね。犯人はどこのパーツも持って行っていませんもん。村長さんの記憶が正しければですけど」


「うげー、なんだよそれ。気持ちわりー」


タカネが家にいない時、コトハちゃんはタカネの推理小説コレクションを読んでいた。その結果、こういう発言をしてしまうのだが、普通の少女ならカゼカみたいに気持ち悪がるところだ。あ、事件のファイルとか絶対に見せちゃいけないやつは、ちゃんと何処かに隠してあるよ。


「その点なのだよ。人が遺体をバラバラにするには何らかしらの意図がある。ただバラバラにして放置する犯人もいるだろうが、その場合でも、例えば遺体の身元を不鮮明にするためだったりと、理由があるのだ。だがこのケースの場合、顔は切断していないため、身元は明らかだ。うーむ、やはり頭の狂った犯人がただ単にバラバラにしたかっただけなのか」


「タカネさんが僕らの世界で解決した、バラバラ遺体殺人事件のやつですね。確か犯人は、人間をバラバラにすることに興奮と快楽を覚える怪奇犯でした。でもその場合だと、犯人は次から次へと殺していきますよね」


けれども、コトハちゃんはタカネが完璧に隠しているはずの事件のファイルを、ちゃっかり盗み見ているのだ。それに、タカネが解決した事件の新聞とかニュースとかも、スクラップにしたり録画したりしているし。流石、助手。侮れない。


「あ、ああ。しかし、今回は事件発生後一か月も経過しているが、第二の犯行は行われていない」


「そうじゃ。そもそもこんな事、ワシが産まれてから一回もなかったべ」


「そうですか。それは相当イレギュラーですな。では、これから関係者にお話を聞くとしますか。ここで考え込んでいては埒が明きませんからな」


「ホピはまだ回復しとらんが大丈夫かの?」


「旦那さんですか。ホピさんには辛いでしょうが、しょうがありませんな」


事件を解決するに当たって、現場検証と同等に欠かせないのが、関係者の調査だ。被害者はもちろんのこと、家族、知り合い、恋人、職場の人、目撃者、第一発見者・・・等々、聞き込みをするこでしか見えてこない真実も沢山ある。


・・・


ポモ村長に案内されて、ホピがいる離れ家に行った。そこには、窓際に座り、星の見えない曇り切った空を、クマが目立つどんよりとした目で見つめる男性がいた。彼はまだ若いはずだが、その見た目は老後一人になり死を待つだけの老人のようであった。生気はない。そこにあるのは、愛する妻と子の下へ一秒でも早く行きたいという願いだけ。生きたいなんて思わない。だって、もうこの世界には何もないのだから。


「ホピや、具合はどうじゃ?お主に話を聞きたいという人たちを連れてきたべ」


「そ…ん…ちょう…?」


「ワシじゃよ。ホピの心の痛みは分ってるつもりじゃ。でも、あの日のことを話してはくれまいかの?」


「あ…の日?」


「ナバホとアデナのことじゃ」


「ナバ…ホ?アデナ…?ナ、ナバホ。ア、アデナ。う、うわぁぁぁぁああああ!!!」


「タカネさん、ホピさんの様子が!」


「まずい、まだ精神が安定していないんだ・・・」


ホピは叫んだかと思うと、今度は何かを呟きながら、ゆらゆらと立ち上がった。ナバホ、アテナ、ナバホ、アテナ。きっと、彼はそう呟いているのだ。そして、歪んだ顔をした彼は狂ったように、言葉を並べる。


「はは、二人はもういないんだべ。ナバホの温もりも笑顔もない。アデナの笑い声や仕草だって見られない。でも、可笑しいな。彼女の声がするんだ。天国で待ってるって。早くおいでって。だ、だから俺も早く死なないといけないんだべ。なのになんで死なないんだよ。毎日こうして願ってるのに!死なせてくれー!あ、お前たちが死神かい?良かった。これで死ねる。さあ、殺してくれぇぇぇぇえええ!!」


ホピは探偵一行に猪突猛進してきた。魂の叫びだけが体当たりしてくるような、理性の欠片もない猛進。探偵はとっさに助手の前に出て、防御の構えを取った。探偵、助手、村長は、目をつぶり静かにその瞬間を待った。しかし、何の衝撃も襲って来なかった。


「へ・・・?」


目を開けた時には、床に倒れた男性と、その横に立つ少年がいた。


「たっく。お前ら防戦一方かよ。こういう相手には、わざと懐に入って気絶させるのが良いんだよ。なんせ、相手は反撃なんてこれっぽっちも考えられねえからな。理性飛んでるしよ」


「カゼカ少年!?君がやったのか?」


「うそーん。瞬殺」


「ておい!瞬殺だけど、殺してねえからな。気絶させただけだぜ」


「凄いな。一秒くらいの出来事だったぞ」


「ふっはっは!見直しただろう。拙者は凄いのだ!お前とは違うのだ!」


(おいおい、鼻が天狗になってる君よ。その態度が子供なのだぞ)


見ていなかったので、何だか良く分からないが、カゼカ少年のドヤ顔と傲慢な態度に、2人は微妙な気持ちになった。凄いっていうのは分かったけど、態度がねー。


「むふー。この様子ではホピさんから事情を聞くのは無理そうですねー」


「すまないのう。ワシらでもホピの心は直すことは無理じゃった」


「いえ、お気になさらず。まだお隣さんや、ホピさんの友人の方からお話が聞けますからな」


「うむ。プエブロやモハクならお主らの力になってくれるべ」


ホピさんを寝かせ、探偵たちは第二発見者である、隣人のプエブロさんと、ホピさんの友人のモハクさんに改めて事情聴取をしに行くのであった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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