都でデジャブ
やって参りました、都。ちゃんと招き猫タマ村長の許可を取ってね。
都、正式名称“百色繚乱”は猫村の真後ろにそびえるが、結界により靄がかかっているため、他国から全体をクリアに見ることは困難である。
そして、その中央には城、そう日本的な城が建っている。言うなれば、愛媛城。しかし、あの新雪のような白さは無い。この城は赤い、朱色だ。
城下から見て左にそびえる、城より巨大な桜も見事である。城の右側には、五重塔が建っている。この五重塔は、都で一番大きな神社であり、上から黒、赤、黒、赤、黒と一段ごとに色が違う。
もちろん街並みも古京都を思わせる。だがしかし、色が、色がおかしい。何故だ、なぜ古き良き日本の伝統家屋が皆カラフルなんだ。なぜパステルカラーなんだー!パステルカラー好きだけどね。
「なんですか、ここは。頭の中がファンタジーの人の夢の中ですか」
「そうであると良いな。見た目はアレだが、兎に角ここが都らしいぞ。それに一応、“百色繚乱”という都の名は偽りではないようだしな。さて、ではさっそく図書館へ行くか」
そう、この理解不能な趣を持つ、都へやって来た理由はただ一つ。図書館での情報入手である。
定番ではあるが、何と言っても図書館は英知を具現化した象徴。世の中で分からない疑問にぶち当たったら、とりあえず、図書館へレッツゴーなのである。え?ネットの方がいいって?そんなことは知っている。だがこの世界にネットなどというものはないのだよ。コンチクショ。
「お、外装は相変わらずパステルカラーの青と水色のストライプで変ですけど、中は中々です!」
「そうだな、これはかなりの貯蔵量だ。まるでヨーロッパの大図書館を思わせる。よし、これは期待出来そうだぞ」
「司書さん、すみません。転移魔法について調べてるんですけど」
さすが、都と言われるだけはあり、司書さんは明治時代風の袴を着ていらっしゃる。う~ん、パステル青と水色のストライプ柄か。クールだねー。そして、建物の外見と保護色だねー。
「移転魔法ですって!?失礼ですが、あなた方の身分証のご提示をお願いしますわ」
「え、どうしてですか?」
「ただでさえ少ない魔法文献かつ、移転魔法を調べたいだなんて、怪しさ満載ですのですわよ」
「ですのですわよって言われても。身分証なんてないですし、そもそも図書館て、自分の読みたい本を読める所じゃないんですか?タカネさんも何か言ってくださいよー」
「こほん、見目麗しきお嬢さん。我々は決して怪しい物ではございません。少々私情がございまして、情報が必要なのですよ。どうか哀れな我々に本をお貸し頂けないでしょうか」
(ちょ、忘れてたけどこの人、人間の女性の前だとこうなるんだった)
「なんですの、あなた。私に気安く触れないでくださいな。私に触れていいのは本だけでしてよ」
(えー、高飛車お嬢様キャラの司書ってどゆことー。本しか触れちゃいけないってどゆことー)
「これは失敬。本だけですか。それは残念ですが、数ある愛のカタチとして身を引きますかな」
(うー、なんかヤヴァい。この人たちヤヴァい。誰か、まともな人はいませんかー!)
元の世界でも、図書館で本の貸し借りをする際には、登録カードなどを所持していないと出来ない場合もある。後は、その地域の人間であるという証明を必要とする図書館もある。そう考えれば、この世界の図書館でも何かしらのカードを提示する必要があると言われても、一概におかしいとは言えない。でも、異世界人が異世界で身分証明書を入手するなんて、難題としか言えない。
「むー、それにしても困りましたね。身分証があれば本読ませてくれるんですか?」
「そうね、検討してあげてもよくてよ」
「そうですか・・・。むーん、タカネさんここは一旦引きましょ」
「ああ、仕方あるまいな。ではまた、お嬢さん」
(あ、今この司書さん、ふんってやった。ふんって!)
こうして押し出しをくらった二人は、身分証を確保するべく、行動を移した。移したと言っても、図書館から出た所で立ち止まっているのだが。
「して、助手君。心当たりはあるのかね?」
「そうですねー、異世界で身分証といえば、やはり冒険ギルドですかね」
「冒険ギルド!?君は探偵である私に冒険者になれとでも言いたいのかね・・・」
「そういうわけじゃないですけど、他に思いつかないですもん」
お金無し、職も無し、土地勘もなければ、この世界について5%も知らない。これってつまり、探偵とか助手とか以前に、ニートっていうか、前途多難過ぎじゃね!?
「ちなみにだが、冒険者というのは何をするのかね?」
「うんと、モンスターを狩ったり、素材を採ったりして、依頼を解決するお仕事です。まあ、ギルドがあればの話ですけどねー」
「いや、それ以前の問題だぞ・・・。我々のような一般人がモンスターと戦えると思うかね・・・」
「そうですねー。絶対に無理です!」
などと二人が議論していると、女性の悲鳴が!え、唐突過ぎるって?事件は突如として起こるから事件なんだよ!
「私のカバン・・・!!私のカバンを返してー!」
「おっと!どの世界でも引ったくりはあるらしいな。助手君は女性の側に」
「ラジャーです!」
助手の返事を待つまでもなく、探偵は猛スピードで引ったくり犯を追いかけ、後ろからドロップキックをお見舞いした!やったー犯人倒れたり!って、うそーん。
「さすがタカネさんです!やっぱり冒険者としての才能あるんじゃないですか」
「いやいや、私のはあれだよ。女性を助けるシチュエーションでないと力が出ないってやつなのだよ。定番だろう?」
「知らんがな」
探偵の無駄なドヤ顔に対し、助手は冷ややかに対応した。でも、彼の場合、本当に女性の前だと謎の力が出てきて身体が機敏に動くのだ。火事場の馬鹿力(女性にのみ対応)である。
「おっと、そうだ。レディ、これがあなたのカバンですな?」
「は、はい。本当にありがとうございました」
「いえいえ、お安い御用ですよ」
と、無駄なホストスマイルをしていると、怪しい人がもの凄い勢いで駆け寄って来たぞ!そもそも人か?人なのか?あ、ほら。コトハなんて、開いた口が塞がらないほどのショックを受けているよ。
「あらー、素晴らしいわ。しかも良い男じゃない。ちょっと貴方、お話聞かせて頂戴~」
「ど、どちら様ですかな・・・!?私はレディ以外には興味な-」
「あらやだ、私だってレディじゃな~い!」
ザ・強引。タカネの言葉を遮り、自分の主張を猛烈にアピールしてきた。というか、この人。圧が凄い。いや、ほんと、圧が凄いんだって。あ、すみませーん!近すぎでーす!
「オカマさんですね」
「おだまり、小娘」
「ひゃわ!オカマさんが良い男以外には厳しいという噂は本当だったんですね!」
「小娘なんてほっておいて、あなたよ、あなた。名前はなんていうのかしら~」
ザ・強引、再び。コトハを一発で小娘だと分かるとは、やはりオカマさんは特殊な感覚を持っているのかもしれない。しかも、異世界のオカマさんなんて未知数過ぎて、タカネのキャパがオーバー気味である。
「・・・私はタカネで、こっちはコトハですが」
「タカネちゃんね、いい名だわ~。さ、こんな所じゃなんだし、私のギルドへいらっしゃい」
「「私のギルド?」」
2人はハモって、お目々をパチクリさせた。そう、実はこのオカマさん、ギルドマスターであった。うそーん。しかも、オカマさんは、正しくは“クルナギ・ジョー”と呼ばれ、この都、いやこの世界でも有数のS級冒険者らしい。はい皆さん、(異世界の)オカマさんを侮ってはいけません。テストにでますよ。
・・・
「はい、ようこそ。ここが私のギルド“闘喜乱舞”よ。あ、私の事はジョーって呼んで頂戴。じゃあさっそく、ギルド登録しちゃいましょうか。身分証ももらえるわよ~。うふふ」
こうして連れてこられたオカマさんのギルドは、案の定、外見がパステルカラーの赤とピンクのドットだった。ちなみに、オカマさんの来ている袴もまったく同じ柄。どんだけ。これぞ正にショッキングピンク。
「いえ、私たちは冒険者になる気はな-」
「タカネさん、折角のチャンスですから登録しちゃいましょー!身分証は僕たちにとって必須のアイテムなんです」
「し、しかしな、探偵が冒険者などと-」
「あらあら、何をコソコソしているのかしら~。ほら、これが貴方たちの冒険者カードよ」
「へ?」
タカネは再び目をパチクリさせた。後ね、近いんだよね、このマスター。パーソナルスペースって言葉知ってても無視するタイプだよね、君。
「うふふ、これもマスターの権限っていうやつでね。そもそも私が直々にスカウトしたのだから、これは強制なのよ。拒否したら、地の果てでも追いかけちゃうんだから☆」
(ひえー、怖い。顔が笑ってない。マジなやつだ、これ)
ザ・強引、三度目。拒否したら、地の果てでも追いかけるというのは怖すぎだが、身分証が手に入ったことに関してだけは感謝すべきだ。
(はー、しょうがないな。とりあえず、身分証は貰っておくとするか)
「じゃあじゃあ、さっそくクエストやってみたくなったら、言ってね~。今ちょっと、大変だから、人手が足りてないのよ~」
「はあ。(絶対にやりませんがね)」
こうして、世界初?の探偵兼冒険者が誕生したのであった。そして、身分証を得た二人は図書館へと足を急がせた。こんな世界、とっととおさらばだー!って思いながら。
・・・
「あら、また来たの。暇なの、貴方たち」
「それは、司書のセリフとしてどうなのでしょうか!と、とりあえず、これが僕らの身分証です。本を読ませてください」
「ふんっ、冒険者ねー。しかも登録したてじゃない。残念だけど、その程度の身分の人には貸してあげられないわ。残念ね、貴方たち」
「なんですとー!無理!?しかも残念って二回も言ったー!」
ムキーとして、足をダンダン。これは助手ちゃんがマジで怒っている時のリアクションである。
それにしても、この司書。こんな態度でよくクビにならないな。
「やあ、ヤチヨ。またいくつか本を借りてもいいかい?」
突如後ろから発せられた爽やかボイス。二人は振り返ってその人物を確認、考察。
よし、結論はあれだ。爽やかイケメン君ってやつだ。異世界ではあるあるの、いるいるだ。その爽やかイケメン君は、一人の護衛と思わせる女性を連れており、これまた爽やかな金髪碧眼を爽やかに主張しながら立っていた。
(爽やかな金髪碧眼ってどゆこと!?爽やかに主張ってどゆこと!?)
「これはこれは、ハチオウジ様。もちろんでございます。ハチオウジ様でしたら、どの本でも大歓迎ですわ」
おいおい。これはいったいどういうことだ。さっきまで高飛車キャラだった人が、別人になったぞ・・・!と、頭が追い付かないタカネとコトハがいた。
「(タカネさん、ハチオウジってどこか親近感のある名ですね。この世界ではきっと、王子っぽい人に付けられる名前なんですかねー)」
「(ああ、そ、そうかもな)」
「ちょっと、貴方たち。呼び捨てなんて、この方をどなただと心得るの。ハチオウジ様はこの都有数の伯爵貴族でいらっしゃるのよ。貴方たちのような、冒険者ギルドの下位がお話を許されるだけでも大層な事なのよ」
コッソリと耳元で会話したつもりが、バッチリ聞かれていた。ヤチヨさん、図書館の利用者をここまで差別的に扱うのは、どの世界でもそうそういないと思うよ?
「ヤチヨ。僕は構わないさ。見たところ、このお二人は都に来たばかりだとお見受けするしね」
「ハ、ハチオウジ様がそうおっしゃるなら。貴方たち、ハチオウジ様のご厚意に感謝することね」
「それは失敬を、ハチオウジ様。我々はしがない冒険者で、こちらへは、移転魔法について調べたく参った次第でしてな」
「ほう、移転魔法。まるで君と同じだね、キョウカ」
キョウカと呼ばれた女性は、イケメン伯爵の後ろに控える護衛だ。一瞬鋭い視線をタカネへ送り、伯爵へ一礼した。「ん?なんだ、この会った事ないのに、会ったことがあるような感覚は?」と探偵は一瞬思ったが、直ぐに忘れた。
「まあいい。それに君たちは冒険者には見えない面持ちをしているし、これは訳ありと見た。そうだな、ヤチヨ、この二人に移転魔法に関する書を見せてあげなさい」
爽やかウインクを残し、これまた爽やかに去っていった伯爵とその護衛。タカネは思った。この男、出来ると。何はともあれ、司書のヤチヨはムッとした顔をしながらも、移転魔法の書がある場所へと案内したのであった。
「なんだか、ラッキーでしたね。あの伯爵、爽やかでカッコよかったですし」
「助手君はああいった男がタイプなのか。しかし、あの男、外見に惑わせられがちだが、中々の策士と見た。念のため、記憶しておこう。男を記憶するなんて好かんがな」
「あと、あのキョウカって呼ばれた護衛さんも気になりますよね。なんかどこかで見たような」
「うむ、中々の美貌であったしな。だが今はとりあえず、書を読むとするか」
こうして、ようやっと二人は、没頭して書物を読むことに成功した。と言っても、2冊しかなかったのだが。しかもどちらの本にも、移転魔法の基礎知識、そして発動条件が薄っすらと記されているだけであった。
「転移魔法は、正しくは時空魔法って言うんですね。名前からして凄い魔法みたいです」
「うむ、やはり相当な魔力とやらがないと、発動は厳しいらしいな。そもそも我々は魔力すら宿してない。これは、我々に時空魔法を使った本人を探し出すか、別の誰かの助けを借りるしかないかだろうな」
残念ながら、どちらの本にも、異世界人を召喚したという例は書かれていなかった。“空間と空間、もしくは、時と時を繋ぐ魔法”と大雑把に説明があるが、これでは凄い魔法ということしか分からない。
「そうですね、意外とジョーさんとか知っているかもしれないですよ。それに、冒険者ギルドなら相当な魔法の使い手がいるかもしれないですし」
「それは一理あるが、あそこは苦手だ・・・」
「あははー、同意です」
とりあえず時空魔法について調べた2人は、図書館を後にした。帰り際にヤチヨ司書に挨拶したら、ふんってやられた。ふんって。これでは、身分証明書なんて提示せずとも、ヤチヨ氏の“嫌な人リスト”に掲載されてしまいそうだ。
「どうしますか、タカネさん。今日の都探索はあきらめて、猫村に帰りますか?」
「そうだな、村長に聞きたいこともあるしなって、あー!!思い出したぞ!」
「ど、どうしたんですか?何を思い出したんですか?!」
「あのレディだよ。まったく私としたことが、レディを一瞬でも忘れるなんて」
「レディ?あ、もしかしてキョウカさんの事ですか?」
「ああそうだ。君はまだ思い出さないのかね。彼女だよ。我々が転移する直前で引き受けた依頼のがあっただろう?その依頼人、静香さんの妹さんだ」
依頼人こと、翁林志 静香の家へ行った時に見た写真。その写真に写っていた女性こそ、依頼人が捜している妹の京香。そんな彼女を、異世界で発見した。これって一体・・・?
「あー!本当だ!確かに、あの顔と名前にかなりデジャヴ感を覚えましたが、あの行方不明になった妹さんです!でもなんで、あの伯爵と一緒なんですかね」
「それは分からん。兎に角、彼女が無事で何よりだ。それに、彼女が移転した世界へ我々も転移させられたとなると、これは何か関係がありそうだしな」
探偵とその依頼人の探し人が全く同じ異世界に転移する。これがもし偶然であったのならば、それはある日突然、地球が太陽系から外れていくくらいの驚きだ。
「会ってきちんと話をするべきなんでしょうけど、伯爵の護衛なので、会う事すら大変です」
「いや、案外またあの図書館に行けば会えるかもしれんぞ。伯爵の様子だとしばしば訪れているようだしな」
「確かに。でもヤチヨさんは僕たちが行くと怒るでしょうね。ふんって」
「ああ、残念だが…」
・・・
そうこう、話をしている内に猫村へ到着した二人は、さっそく招き猫村長に報告した。けれど、そこで2人はタマ様から超現実的な話をされたのだ。
「そうか、色々と収穫があったようで何よりじゃ。してな、その冒険者ギルドとやらで仕事はもらってきかの?」
「へ、それはなぜですかな?」
「なぜって、お主ら、住まいや食事をどうするつもりじゃ」
「え、この村の宿でお世話になるつもりです」
「タダでか?」
「え、タダじゃないんですか?」
「お主らのう、世の中はそれほど甘くはないのじゃよ。こんな話を知っておるかの。ある移転者は魔物の群れのど真ん中に落とされ、またある者は迷宮の中に召喚された。彼らの運命は過酷じゃ。それにくらべて、お主らは、安全地帯に召喚されたんじゃ。よっぽど召喚者が良い使い手だったんじゃろう」
2人は思う。言われてみれば・・・と。国の中や近くに召喚されなかったらなんて、考えたことはなかった。それは、まあ、そもそも召喚されるなんて思ってなかったのだから当たり前なのだが、今の2人の現実は幸せな方なのかもしれない。
「我々はラッキーであったということですな。分かりましたぞ。お金があれば、このままここの宿に留まってもよろしいという事ですな?」
「うむ、そうじゃ。家賃が必要じゃ。食事も欲しければ、追加料金でナターシャに頼べば良いぞ」
「ちなみに、この村で仕事を紹介してもらうことは可能ですかな?」
「なにをいっておる。もうお主らはギルドなる仕事場を得ておるではないか。そこでコツコツ稼ぐのが一番というものじゃ。それに、あのジョーという男、中々の強者であると聞く。お主らも鍛えてもらうとよい」
(なんですとー!やっぱり、冒険者として働く運命なのかー!探偵なのに・・・。あの探偵なのに・・・!意味が分からんではないか!プンスカ)
タカネは真剣な面持ちで考えているふりを一生懸命にしつつ、内心の乱れを必死で取り繕っていた。なんとも格好悪い男である。しかも、我慢出来ず、
「探偵なのにー!!!」
と、タカネの悲鳴が木霊する始末。村長宅の中だけだけどね。助手と村長は、哀れな探偵の狂言は無視してお茶をすすっております。
「あ、そういえばタカネさん。何か村長に聞きたいことがあるって言ってませんでしたっけ?」
「あ、ああ、そうだった。タマ様、タマ様は以前、魔法をお使いになられると仰っていましたな?そして、いくらタマ様といえど、移転魔法。いえ正しくは時空魔法を使えないと」
「うむ、その通りじゃ。ワシには無理じゃ。若くともな」
招き猫なのに、長い白髪の髭をフサフサさせるタマ様。聞くと、このご老体。若人の時はこの世界有数の強者の魔法使いであったらしい。確かに、この歳になっても尚、都の結界の維持しているのだから、相当な魔力の持ち主には変わりない。しかし、そんなタマ様でも、時空魔法は不可能とのこと。
「では、タマ様と数人の魔法の使い手が集い、総合魔力の量を高めれば、移転魔法を発動することは可能でしょうかな?」
「ほほほう、さてはお主、図書館で移転魔法以外にも魔法の原理まで理解したようじゃな」
「それなりにはですがね。魔法原理を記した書によると、個人が有する魔力の性質は異なるものの、訓練を積めば数人の魔力を融合し、莫大な威力に変換させることが可能であると」
「その理論は魔法化学上可能じゃ。じゃが、個々の魔法使い全てがそれ相応の使い手でないと、暴発してお終いじゃ。それに、この村に居る魔法使いは結界を保つ事に集中させておる。すまんが、やはりこの村では、お主たちを移転させることは出来ぬ」
「なるほど。移転魔法発動には、かなりのハードルがあるようですな」
「そうじゃ。もとい、一番の問題は時空魔法を扱える者が少ないことじゃがのう」
ただでさえ、この世界の魔法使いの人口は、魔法を使えない者よりも少ないというのに、その中でも更に貴重な時空魔法を扱える者を見つけなければならない。少ないという事は、2人を召喚した者を特定するのは簡単であると解釈できるかもしれないが、見つけるまでが問題なのだ。
「どうやら、一筋縄ではいかないようだな・・・」
「残念でしたね、タカネさん。明日になればまた進展があるかもしれないので、とりあえずご飯です、ご飯」
「それもそうだな」
イレギュラー体験の連続で、まだ子供であるコトハ疲れたようだ。いくらタカネが謎をとことん追求したい探偵といえど、コトハを蔑ろにすることだけは出来ない。
「では、村長、我々はこれで失礼しますぞ」
「それは良いが、どこで寝るつもりじゃ?」
「もちろん宿でですけど」
「金は?」
「はっ!もしかしてもしかすると、今日から有料ですか?」
「有料もなにも、宿なんじゃから、有料に決まっておるじゃろう。昨日の分はツケにしてやっておるぞ」
「なんですと!昨日はてっきりご厚意だと…。ぐっ!助手君、しかたあるまい。これが現実というものだ。村長、今日もツケでお願いします!」
探偵が完璧な土下座を決めた。探偵が土下座など、今まであったであろうか。探偵タカネ、異世界にて、絶賛イレギュラー体験中!ま、これが人生だよね。
(いやいや、どんな人生だね・・・)
・・・
-その晩、宿の食堂でナターシャちゃんの作った夕ご飯を食べている、2人。宿に毎日住むとなるとお金が飛んで行くのではと心配していたが、そうでもないようだ。
「宿代が1人2800エンってお得じゃないですか?」
「うむ。ナターシャさんの食事と、風呂もあってこの値段は、相当良心的だな。最も、“エン”というお金の単位が我々が知っている“円”と同じであればの話だが」
「ナターシャちゃんが言うなら幾らでも払いますよ?僕」
「ふふ。この宿を始めた方は、こう仰ったそうです。『人の心地良さはお金では買えない。だから、宿は居心地を重視するべき』と。私も、同じです。お金を費やして手に入れる心地良さではなく、心で心をお持てなし出来るような宿を目指しています」
「はわ~!流石はナターシャちゃんです!とても素晴らしい考えです!」
「うむうむ」
確かに、心地良さを向上させるためには、上質なベッドや家具などに拘る必要があるだろう。だから人は、大金を払って心地良さを買うのだ。でも、例え上質な環境じゃなくても、人は心地よいと、この居心地が落ち着くのだと、そう感じることが出来る。彼女はきっと、お金関係なく、泊まる人が心地よいと思ってもらえる事を拘りたいのだろう。
最後までお読みいただき、有り難うございます!