そうです、僕たちが不審者です
「ファ!!」
「ニャ!!」
「ファファファ?」
「ニャニャ!」
「ちゃんと会話しろー!」
探偵とその助手が目を開けた先に広がる世界は、大自然とネコミミだった。側には大きめの木があって、草原が広がり、草原の先には靄が見える。だが、一番の問題は・・・、目の前にいるネコミミだ。探偵はパニックの後に、反射的にネコミミと会話をしたが、これはもちろん似非会話である。
「ちょっと、ちょっと、何なんですか!ここは、あなたは、私は何だー!」
「助手君、落ち着きたまえ。これは瞬間移動と言うやつだ、うむ。えっと、それからこの目の前にいるレディは、あれだ、コスプレイヤーというやつだな」
人に落ち着けと言っておきながら、目は泳ぎまくり、無駄に手を動かし、挙動不審の集大成になっている、この男。助手は遠目になった。
「あれ、瞬間移動とか科学的根拠のないものは信じないって言ってませんでしたっけ?それに、コスプレイヤーがこんな草原にポツンと居たらホラーですよ!」
「あ、あのー」
「あれです、きっとこれは夢なんです!その内起きて、夢落ちってやつになるんです!」
だがしかし!お互いを引っ張り合っても、数分待っても、夢落ちになることはなかった。目に見えるものはリアルには思えないが、これが夢でないことは、2人の脳と身体が一番良く知っている。でも、知っている状態から理解する状態になるまでには、かなりの時間を要するのだ。
「あのー」
そして、2人がわちゃわちゃしている間ずっと猫尻尾を揺らす少女は、話しかけてもスルーされるのであった。哀れなネコミミさんである。
「ふーふー。落ち着け、僕!こほん、えー、それではこれより、現実逃避の為避けてきた実案に入りたいと思います」
「お、助手君。その実案とは何だね?」
「はい、こちらにいらっしゃるコスプレイヤーさんにお話を聞こうと思います」
「そうだな、事情聴取は大切だ。助手君、頼んだぞ」
「え、僕!? しょうがないですね・・・・・・って、何語で話しかければ良いんですか!?」
「ふむ・・・」
探偵はしばし、考えた。仮に、仮にここが地球の何処かであるとしよう。すると、世界には約7千語ほどの言語が存在しており、まだ見ぬ少数民族がいる場合、その数は更に増える。一般的に考えれば、世界共通語である英語で話してみるのが良いのかもしれないが。
(身長は約155センチ。服も毛も白い。目の色は薄い青。二足歩行。頭には三角耳、尻尾あり・・・)
ジロジロと失礼なほどに、ネコミミさんを観察したが、何処の国にも、どんな辺境の部族にも、このネコミミさんに似た人は該当しないだろう。
(到底理解し難い状況だ・・・。特殊メイクで、人間を動物のように見せることは可能だ。それこそ、最高峰のコスプレとして。だが、“彼女”はあまりにも、そう、“自然”だ)
猫を見て、それが猫にしか見えないように、彼女は自然な存在なのだ。最高峰のコスプレでも、猫人間でもない。人型をした、生き物。
「ハワユ~?ボンジュル?むーん、猫・・・猫語・・・やっぱり、ニャニャニャ?いやでも、ニャも日本語じゃ!?・・・にゃんてこった」
右手を顎において考え込んでいる探偵とは異なり、頑張ってネコミミさんに話しかけては頭を抱える、助手。
「あの、普通に話して頂いて大丈夫ですよ」
「なんだ、普通に話して良いんですね!・・・・・・でえ!?!?」
「日本語を話せるのですな」
「“にほんご”というのは分かりません。ですが、お二人の言葉は分かります」
話しかけても無視され、すっかり孤独ぼっちになっていたネコミミに、遂に話す場が与えられた。けれども、意味不明な状況は変わらない。彼女は明らかに日本語を話しているし、2人が話す日本語も理解している。なのに、日本語を分からないと言う・・・。
「・・・ふむ、言語については追々調べるとして、お嬢さんのお名前を伺ってもよろしいですかな?」
「はい。えっと、私ナターシャと言います。異常な魔力の反応が検出されたので、私が代表して調査しに参りました。そしたら、お二人が現れた次第です」
「あれー、おかしいなー。言葉は日本語のはずなのに、半分理解できなかったぞー。助手君、確認だが、私は頭脳明晰、容姿端麗のはず・・・だよな?」
「容姿端麗かどうかは知りませんし、自分で言っておきながら自信なさげなのはどうかと思いますが、僕も理解出来ませんでした。特に、魔力なんちゃらが」
これが何かのドッキリなら、滑稽以外の何物でもないが、生憎と辺り一帯を見渡してもカメラはなし、ドッキリを伝える人の気配も一切ない。加えて、2人がゲーマーやオタクであったなら、「やったー!異世界来たー!」となれるのかもしれないが、探偵はおろか、助手も、そういった知識が薄らとしかない。
「あれ、お二人は魔法をご存じではないのですか?これはやはり、お二人は異世界から何者かの手により召喚された可能性が高いですね。詳しくお話しますので、どうぞ私の村にお越しください」
「招き猫の様に彼女の村へ招かれていますけど、どうしますか?」
「うむ、状況確認と情報収集のために行くしかあるまい。それに行かねば、彼女が招き猫の様に手を上下に動かすのを止めてくれそうにないからな。手首は大丈夫なのであろうか。」
「え、そこ!?気になるポイントそこ!? 魔法とか、異世界とか、召喚とかのワードより!?」
・・・
こうして、2人は、ネコミミさんに連れられて、ネコミミさんが暮らす村へとやってきた。
村は小さくも神秘的な雰囲気を漂わせ、驚くもなにも、村人全員がネコのような人であった。
「助手君、世界には、コスプレイヤーの村というのが存在しているのかね?」
「いいえ、そんな村聞いたことありません。あったら面白そうですけど」
「まあ、我々は今、その数奇な村へ入ろうとしているのだけどな」
ナターシャと名乗ったネコミミさんは、2人を村の最奥に位置する村長の家へ招いた。村長の家の隣には社のようなものが立っているが、今は暢気に社について聞く余裕はない。そして、家の中には、まるくて大きい招き猫(大)がいた。やだー、目が怖いよー。
「ご紹介します。こちらが、この村の村長、タマ様でございます。タマ様、こちらは魔法反応があった場所に現れた方々です」
「ぶっ!タ、タマって、猫の名前の王道。招き猫の上にタマだって」
「助手君、やめたまえ。ナターシャさんと村長さんがネコの目を更に大きくしておられるぞ。あれ、猫なのか…?」
「すみません、つい」
どことなく日本の古民家を思わせる村長の家で、魚の串刺しが刺さっている囲炉裏をはさみ、向かい合って座っているのだが、2人の頭は終始「なにこれ」である。
「まあよい。そちら、ここへなおり名を聞かせよ」
「はい。私は探偵をしている、雨宮嵩音と申します。こちらは、助手の涼音琴葉ですぞ」
「アマミヤ・タカネとスズネ・コトハか。なんとも難儀で愉快な名前じゃのう。わしは、タカネとコトハと呼ぶぞ」
「ええ、かまいません。それでは、私たちがこの状況にある全ての理由を教えてくださいますかな?」
(なんで、この人、こんなに落ち着いていられるんだろう。やっぱ頭があれなのかな)などと助手が考えている間に、タマ様は事の粗筋を話されるのであった。
「よかろう。この村はな、ちと特殊な機能をしておってな。都を守る社として存在しているのだ。わしらは代々、妖術、一般的に言う魔法に長けていてな、都に近づく外部からの侵入者を妨げているのじゃ。して、今日、突如魔法の気が乱れだしおってな。孫のナターシャに調べに行ってもらってたのじゃ」
「それで、私たちが出現したのですな。・・・根本的なことを伺いますが、ここは地球ではないのですかな?」
「ここは、惑星“アーサニア”、都国“百色繚乱”にある村です」
「そうですか・・・。正直、ここが異世界だと判明しても、私たちの住んでいる世界では魔法などはおとぎ話のものでしてな。あなた方を信じるにも、まだこの世界とあなた方の存在は不信なのですよ」
ある日、扉を開けたらそこは原始時代でしたっていうのと、ある日、扉を開けたらそこは異世界でしたっていうのは、似ているようで全く違う。だって、原始時代は地球の歴史であり、原始時代に関する知識を有しているから。異世界というのは、異なる惑星というよりも、異質な世界なのだ。
「それは分らんでもない。しかしな、こちらからすれば、お主たちの方がよっぽど不審者じゃ。その身なりや名前が特にな」
確かに。2人にとって、ネコミミさんたちが異世界人であるように、ネコミミさんたちにとって2人は、異世界人だ。
「タカネさん、不審者と不審者が対峙した場合、どうやって不審者じゃないことを証明すればいいですか?」
「助手君よ、それは簡単な質問だな。ずばり、互いに情報を共有すれば不審者から知人へとステップアップするのだよ」
無駄なドヤ顔頂きました。でも、助手は声には出さなかったが、あることを思った。それって、コミュ障だったら大変じゃんって。うんうん、異世界もののお話って、不思議とコミュニケーション能力が高い人が主人公だよね。
「その通りじゃ。ワシらは互いに互いを知らねばならん。お主たちも“安全に”帰りたいであろう?」
「もちろんです。では、私たちが何故この世界に現れたのか、お聞かせ願えますかな?」
ナターシャは、何者かが2人を召喚したと言っていた。ただの探偵と、ただの助手を、一体どこの誰が好き好んで召喚するんだ・・・と思わずにはいられないが。
「それがな、わしにもよく分からんのじゃ。あの時の魔法の気はちと特殊でな、魔法を発動した者の特定は困難なのじゃ。何者かがお主らを召喚したのは確かなのじゃがのう」
村長は立派なお髭を撫でた。いや、ネコなのだから髭じゃなくて、あれも毛か。いや、ネコなのか?でも、モフモフだし。助手の心は悶々とした。
「そうですか。となるとやはり、その何者かを見つけないことには帰れないということですな」
「すまぬ。ワシも探索は進めるが、どこまで協力できるかは分からん。なにせ、お主らは未知の来訪者じゃからの。もしもお主らの影響で都が脅かされる事態にでもなったら、ワシらはお主らを排除しなければならん」
「排除ってヤバいですって!僕らエイリアン扱いですよ。ど、どうしましょう、タカネさん?!」
排除という物騒な発言を聞いて、少女は肝を冷やした。隣に座る探偵を左右に振り、ヤバい感をアピールしたが、探偵は相変わらずだ。
「確かに私たちがエイリアンであることは間違いないな。エイリアンは英語で外国人を意味するし、彼らの地に足を踏み入れている私たちは、エイリアンだ」
「ひえー!でもでも、エイリアンって宇宙人ってイメージあるじゃないですか。惑星を侵略してくるようなヤバいやつじゃないですよ、僕ら」
「宇宙人が必ずしもヤバいやつらかは分からんだろう。我々も友好的なエイリアンだと言うことを分かってもらえればいいのだよ」
「えー」
落ち着き払ってしまっている、探偵を見て、助手は再び遠い目をした。(この人、事件に関わりすぎて、一般的な地球人じゃなくなったの・・・?もはや、地球外生命体・・・?)。少女は、不安になった。
「エイリアンだの、ドリアンだのといった言葉は知らんが、今日の所は休んだらどうじゃ?明日になれば、お主たちのすべきことも見えてくるであろう」
「そうですな、今日はもう休ませていただきますぞ」
「うむ。ナターシャ、2人を宿へ」
「はい、おじい様。では、お二方こちらへ」
タマ様なる招き猫から話を聞いた2人は、ナターシャと共に宿へ行った。道中、彼女に自分たちが怖くないのかと聞いたところ、「お二人の仲睦まじい様子を見ていると、なんだか微笑ましくて、とても怪しい方々には見えませんよ」と、笑顔で返された。2人は思った。ナターシャちゃんは天使だと。みなさーん、天使が実在してますよー。
・・・
-猫村の宿“ねこや”3号室
「それでは、お二人とも。何かありましたら、私に声をかけて下さいね。お休みなさい」
「ありがとうございます、ナターシャさん」
「お休みなさいです」
宿の一室でナターシャと別れ、2人はやっと2人きりになった。異世界に召喚されるなどという大事件を、果たして2人は解決出来るのか。ため息と不安は尽きない。
「しかし、ここは家の中まで不思議な所です。なんていうか、外見は楕円形の住居みたいで、中は意外と広くて日本っぽいっていうか」
「そうだな。あちこちにある、村長顔の提灯が良い味を出している。宿の内部もしっかりと掃除されているし、この魚型のテーブルなんて、手彫りだぞ。肉球は器用なんだな」
人は気まずくなるとなにをするか。それは、周りを無駄に見てしまうのだ。困惑している頭は、何か別の情報を取り入れることで落ち着こうと試みる。けれど、2人は結局、顔を見合わせて口をへの字にした。
「えっと、とりあえず情報整理しましょう。ここは異世界と思われ、僕らは何某の手により魔法で転移させられた。この村は都の守護役で、招き猫様が村長で、ナターシャちゃんは天使。以上が今日得られた情報です」
「ああ」
「「・・・」」
彼らの気持ちを解説しよう。まず一般的価値観の上で考えてみるとする。ある日、扉を開けたら別の世界に移動して、大勢のネコミミさん達がチラチラ見てくる村へ招かれ、今後の行動を考える。
なんだ、この状況は。そうか、天国か。ちゃう!これはまさしく、「なんでやねん!」な状況なのだ。「ていうか、数ある異世界移転物語の主人公たち、郷に従いだすの早くね?適応力高過ぎ!僕らはそんな順応できませーん!」これが、助手君の今の心の中である。ちなみに、探偵は既に悟った顔をしていた。なるほど、探偵は落ち着いているのではなく、無心になるべく悟っていたのだな。
「はぁ~。どうしましょう。そして、どうなるんでしょうか、僕たち」
(コトハ・・・。いかん、私がしっかりしなければ、コトハが不安になるだけではないか)
2人は、かれこれ7年ほど一緒にいる。と言うのも、2人が一緒に暮らし始めたのは、コトハが5歳の時からなのだ。あの日、幼き少女を守ると決めた彼の心は、世界が異なろうと変わりはしない。
「考えていても仕方あるまい。負のスパイラルになるだけだ。助手君、探偵十か条のその二は?」
「え、えっと、“歩かなければ、道は出来ない”です」
「そうだ、行動しなければ証拠は得られない。つまり、探偵業は行動してなんぼなのだ。我々は、たとえ世界が変わろうと、探偵としての己を忘れてはいけない」
「確かに、そうですね。じゃあ、明日からは行動調査ですね!」
「ああ、そこで、都とやらに行ってみようと思う。そこになら、我々の帰る術が見つかるかもしれないからな」
「そうしましょー!」
彼らの状況は、人知れぬ森の中に置かれているのと同じだ。木々をなぎ倒してでも道を造り、正解の場所へ辿り着くまで、諦めないこと。それが、重要だ。
「ところで、ずっと気になってたんですけど、タカネさんはどうしてナターシャちゃんや他の女性の住民の方にはホスト対応しないんですか?」
「だから、ホストではないと言っているのに。これはあれだ、彼女たちはレディであることには変わりないのだが、何しろ猫要素が強すぎて、なんだその、私は人型でも人間しか対象に入らないようだ」
「あー、なるほど。それは何となく分かります。この村の住人たちは、どちらかというと、生きたぬいぐるみって感じですし。モフモフで癒されますし。可愛いですし」
「ほほう、助手君にもやはり女の子らしさが残っているようだな。良かった、良かった」
「む!残ってるってなんですか!僕はれっきとした女の子です!」
プンプン助手のコトハちゃんをなだめて、2人は眠りについた。寝落ちを願って。
・・・
しかし、翌朝、もちろん寝落ち現象は起きなかった。だって、目の前で村長顔提灯が揺れているし、ナターシャちゃんが朝食とおもしき品をテーブルに並べているからだ。尻尾がユッサユッサしているのでご機嫌のようだ。ちぇ、なんだよ。寝落ちを願ったのに。でもこうしてナターシャちゃんを見ていると、夢じゃなくて良かったなんて思ってしまった自分がいた。
「私も未熟だな」
「オーマイガー!寝落ち失敗!僕はコトハで、ここは猫村。よし二度寝しよ」
「これこれ」
起きたと思った助手の人格は、どうやらおかしくなってしまったようだ。でも、現実逃避という名の二度寝をしようとしたが、天使のナターシャちゃんに「お早う、コトハちゃん」と言われ、覚醒した。
「異世界最高!!」
「これこれ」
朝から胃がキリキリした探偵であった。
最後までお読みいただき、有り難うございます!