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プロローグ

そう、それはまるで、この世界に私だけがいないようだった。

この窓ガラスに反射した姿も、紙の端で切った指の痛みも、

存在しているようで何も感じない。


「ちょっとー、何また黄昏た風をよそおってるんですかー。カッコつけたって僕しか見てないですって。それより仕事してください」


「君は何を言っているのかね。これは決して黄昏た風でもなく、カッコつけているわけでもないのだよ。これから何か、そう、とてつもない空虚が私の心を支配するような何かが起こりそうな気がしているのだ」


そして、「見てごらん、この黒ずんだ空を」と言い、まるでオーバーな芝居をする役者のように空へと手を伸ばす。


「あ、そんなこと言うとまた―」


リンリーン。鈴の音が鳴った。今時滅多にドアベルを本物の鈴にしている所などないであろう。


「ごめんください」


「ほら、言わんこっちゃない。事件の依頼ですよ、カッコつけの名探偵さん。まったく、いつも僕が無駄にツッコミしないといけないんだから」


名探偵と呼ばれた男の半分ちょっとくらいの身の丈しかない少女兼助手は「はー」とため息をついた。ちなみにこの少女、第一人称が「僕」であるが、少女である。僕っこというやつなのである。

そして、名探偵が気障なセリフをはき、少女がため息をつく時は決まって事件が舞い込むのだ。

俗に言う、フラグというやつである。


「だからカッコつけてはいないと言っているのに。助手君はどこまでも私に厳しいな」


そして、カッコつけの名探偵は来客を招き入れると、改まった雰囲気を醸し出しながら言った。


「私がお役に立てるのなら、あなたの為に尽くしましょう。綺麗なお嬢さん」


(はぁー、また始まった。女の人を目の前にするとホストみたいになる癖。そう、これは紳士ではなくホストだ)by助手。


「ほらほら助手君、ため息なんてついてないで、お客様をおもてなしする準備を」


「分かってますー」とどこか不服そうに言うと、探偵はお客人から依頼を聞き始めた。これが、巨大なパズルのほんのワンピースであるとも知らずに。


「お嬢さん、今日はどういったご依頼でしょうかな? まぁ、私としてはあなたの様に美しい方とは依頼などなくともお話したいですがね」


まるで、薔薇を手にしたホストの様に言うと、お客人が一瞬困った顔を見せ、彼の言った後半部分を無視するかのごとく、以来の内容を語り出したのであった。


「私は翁林志 静香と申します。実は、私の妹、京香がいなくなってしまって。それで、是非とも名探偵と噂される貴方にご相談したく参りました」


探偵は不敵な笑みを浮かべ助手をちらりと見た。


「はっはっは、聞いたかね?やはり私は全国の麗しきお嬢さん方に知れ渡っているほどの名探偵なのだな」


(おいおい、前から思っていたけど、内の探偵はあれなのか、気障でホストなカッコつけの上にナルシストというやつなのか。あーダメだ。この人はダメな部類の人だ)と軽蔑の意を込めて、冷めた目を探偵に返すと、探偵の代わりにお客人に質問した。


「それで、妹さんはいつから行方不明なんですか?」


「1週間ほど前からです。先週の木曜日に妹の帰りを待っても結局帰って来なくて、それから1週間思い当たる節を探したんですけど」


「警察に相談、被害届の提出などは?」


「・・・しました、でも」


女性は一瞬、目線を床へ向けた。探偵は知っている。探偵事務所を訪ねる人のほとんどは、警察に相談していないケースが多いことを。つまり、何か“ワケアリ”ということ。


「見つからなかったと。貴方の妹さんならお美しいに違いないですな。わかりました。この名探偵、貴方のご依頼をお引き受けしましょう」


・・・


そうして週末、探偵とその助手は、お客人が住んでいる家を訪問した。レンガ造りのどこか西洋を思わせるその家の扉は、以前と変わらないどこか儚げな印象を持つ女性によって開かれた。


「お待ちしておりました。古い家ですが、どうぞお上がりください」


依頼人に案内されるがまま家の中に入ると、探偵は納得した顔でこう言った。


「ほほう、このなんとも言えない雰囲気が、美しい貴方をミステリアスに彩っているのですな」


ホスト化した探偵はほっておき、助手の少女はリビングの棚に目を向けた。棚の上には写真立てがいくつか置いてある。子供の頃のハロウィンやクリスマスの写真は何とも楽し気だ。


「あ、もしかしてこの方が妹さんですか?」


依頼人の妹らしき人物が写っている写真を指差したその時、


「なに!?」


凄まじい勢いでホスト化した探偵が助手の横に並んだ。


「ふっはっはっは、ほら言っただろう。美し依頼人のお嬢さんの妹さんなら美しいに違いないと」


その写真に写っている女性は凛とした表情を持ち、それでいて姉を彷彿させる面影を持っていた。

この姉妹二人ともブロンズの髪だが、妹の方がややオレンジゴールドに近い髪色だ。目の色は茶色で、美しい顔立ちの印象とも言える。


「ええ、その子が私の妹です。とても素直な子で、自ら家出をするなんて思えなくて。だから何か事件に巻き込まれたんじゃないかって不安になったんです」


探偵は依頼人の手を取り、こう囁いた。


「貴方のお気持ちよく分かりますぞ。されど、美しい貴方の顔に曇りや涙は相応しくない。この私が今一度、貴方の笑顔を取り戻してご覧にいれましょう」


そう言い、王子スマイル、否、ホストスマイルを決めた瞬間、


「まず取り戻すのは、依頼人の妹さんですからね。もう、真面目にやってください」


助手のツッコミは今日も安定だ。まあ、本人は不本意ながらツッコミを入れてしまっているらしいが。その後、探偵と助手は依頼人に案内され、彼女の妹の部屋を訪れたが、特にこれといった物は発見出来なかった。


「やっぱり、誘拐の可能性が高いですかね。この家からは特に不自然な点は見つかりませんでしたし」


「うーむ、その可能性もあるな。なにしろこの美貌だ」


二人で考え込んでいると、依頼人はさらっとこう言った。


「そういえば、最近おかしな声が聞こえるって妹が言っていました」


「え!ちょっとそれ、重大情報じゃないですか!」


助手の少女は驚きを露わにしたが、探偵はさも平然かのような面持ちだった。


「どんな声ですか?」


「えっと、確かどこの国の言葉か分からないような言葉で呪文のような感じって妹は言っていました」


「え、何それ!怖すぎです。まさか呪いとかじゃないですよね!?」


少女はブルブルと体を震わせた。


「ふむ、怪しい人物に心当たりはありますかな、お嬢さん?」


「いえ、それが妹も私もそれらしい人は見たことがないですし、心当たりもありません。妹もふとした瞬間に声が聞こえるだけで、周りに人はいなかったと言っていましたし」


「何ですかそれ!?更に奇怪現象率が高くなってきたじゃないですかやだー」


「助手君は相変わらずビビりだな。おっと、そういえばまだ子どもだったな」


「なっ!」っと言い放ち探偵をパンチしようとしている助手はおいておいて、依頼人から他に情報がないか聞いてみた。


「他に情報ですか。そうですね、後は些細な事しか」


「いえいえ、その些細な事が重要なんですよ。探偵にはね」


「おや、助手君はいつから探偵になったのかね?」


どや顔でセリフを決めた助手を冷やかす探偵。依頼人も微笑んでいる。


「それで、その些細な事とは?」


「お恥ずかしい話なのですが、実は妹が居なくなる前日に喧嘩と言いますか、軽い言い合いをしてしまいまして」


「お心を痛めておられると」


瞬間移動したかのような速さで、依頼人の手を取り囁くホスト。そしてその様子を見て、(へッ!)って心の中で呟き、細い目をしてホストを見る助手。


「はい。私が大学での様子を聞いたら言いたくないと言われてしまいまして。それで、私も『素直さはどこへ行ったのかしら』と言い返してしまったんです。今思えば、私もなんて幼い事をしてしまったのかと思って」


「喧嘩別れは辛いですよね。しかも、喧嘩って別れを引き起こすフラグと呼ばれるやつですしね」


「こらこら、助手君。不謹慎な発言は慎みたまえよ」


「あ、すみません」


「両親も忙しく、私も去年まで留学をしていましたので、妹には寂しい思いをさせてしまいました。だから、私も少し過保護になってしまっていたようですね…。妹は、自らの意思で家を出ていったのでしょうか…?」


「それはまだ分かりませんな。我々も全力で妹さんを探しますので、ご安心を」


「でも、情報が限られていて捜索は難航しそうです」


「また君はそんなことを言って。見たまえ、この美しい薔薇の色素が抜けてしまったかのように落ち込んでいらっしゃるお嬢さんを。ご安心ください、お嬢さん。私が貴方と妹さんを合わせてごらんにいれましょう。薔薇が赤くなくては違和感を覚えるように、美しい貴方が笑っておられないと、私は、いえ、世の人間全てが違和感を覚えますからな」


(うそーん。頭のいったい何処からそんなセリフが出てくるんだー。)by助手。


本日幾度か目の引きつり顔を披露した助手と、本日云百回目の登場を見せたホスト探偵。

大丈夫か、この二人。もしも世の人々にこの光景を見せたら、皆が口をそろえてそう言うであろう。


「さてと、日も暮れてきたことですし、今日のところは失礼しますよ。お嬢さんも何かあれば、直ぐに私の所へお越しくだされ。何もなくともお嬢さんなら24時間歓迎ですがな」


「そこ!後半部分いらないです。あとそのフッみたな顔と仕草も。それでは、お邪魔しました!」


こうして、ホスト、ごほん、探偵と助手は依頼人の家を後にした。探偵事務所への道中、探偵は珍しく真剣に考えていた。なにせ、今回の事件、今までのどの事件よりも不可解だったからだ。全くもって、糸係が見つからない。あんなに、気障に任せろと言っておきながら。


(やはり、キーになるのは“奇妙な音”だな…)


「考え事しながら歩いてると、また電柱にぶつかりますよー」


「ふっ、探偵がそんなヘマをするはずがっ!!…じーん」


「ほら、言わんこっちゃない」


実はこの探偵、頭は少々?大層?おかしいが、俗に名探偵と言われるだけあって推理の腕は中々のものであったりする。あの某バラバラ殺人事件も、某密室殺人事件もこの探偵が解決していたりするのだ。人は言う、彼はこの時代のホームズに違いないと。ふむ、この時代にはホームズさんが多いな。メガネボーイのお方とか、お孫さんの方とか。おっと、これ以上は言えない。


「あ、もうすぐ事務所ですよ。帰ってからこの事件おさらいしましょう」


「そうだな。今の私の頭には、紅茶と砂糖が必要だ」


「タンコブに氷も必要ですけどねー」


「ぐぬ…。ふっ、この事件必ず解決して見せるぞ!…ああ、痛い。タンコブが痛い」


にやけた表情の後に、タンコブをさするという何とも恰好のつかない探偵。それでも、やる気は十分。決意を新たに、二人は事務所のドアを開けた。


「わっ!?」


「なっ!?」


直後、目まぐるしい光線のような光が、二人を包んだ。そして次の瞬間、目を開けた二人の目の前にはネコミミさんが立っていた。


「ファ!?」


それが、探偵が発した第一声であった。

最後までお読みいただき、有り難うございます!

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