第4話 ミスコンのことね
ここ最近は朝、ノワール殿下と一緒に学校へ通っている。と言っても、殿下は個別で学ぶことも多いらしく、週に2度ほど一緒になるくらい。
現国王とお妃の間に子どもはいないらしく、なんとそれでもよしとされていることにびっくりだ。ここのところ、細かい設定は覚えていなかったから時々こういう知らないことが出てきて困惑する。
「フリージア様」
「ヴィオレッタ。久しぶりね」
彼女の出自はあまり良いものとは言えないが、容姿がすこぶるいいので校内でも噂になっているようだった。
彼女は確かに愛想がいいとは言えないけれど、見かけたら挨拶や立ち話はするし、おそらくだけど私は彼女に割と好かれている気がする。少なくとも、嫌味を言われたことはない。
いつも通り少し立ち話をして別れると、貴族の娘たちがわたしの周りを取り囲む。
「ヴィオレッタとお知り合いですの?」
「いけませんわ。あんな身分の低い方とお話ししちゃあ」
「え……そうなの?」
一人の女性が得意げに説明してくれる。平民と同じ敷地内の学校とはいえ、よほどのことがない限り交流しないらしい。こんな設定だったっけな?
「フリージア様ももしかしたら同情なさっているのかもしれませんが。…お母様も同じ出自ですものね?」
「え…?」
「あまり都合の良い話ではなかったかしら? 失礼しますわ」
くすくす笑い、3人はくるっと踵を返して早歩きで去っていく。フリージアの出自も同じ? ということは、フリージアの母も平民出身だったのかしら。
そこから殿下の婚約者までたどり着ければ、確かに妬まれても仕方のないことかもしれない。まあ実際は愛される気配もないのですが。
「フリージア。こんなところで何しているの?」
サラが話しかけてくれて、ほっと安心する。そこで初めて緊張していたんだわ、と気づいた。エミリーのいない今、彼女だけが唯一気のおけない存在なのかもしれない。
「サラ。……私のお母様のこと知ってる?」
「ええ、今更よ。でも私だってそうだわ。愛人の子で何が悪いのかしら。……何か言われたの?」
「いいえ。…ふと考えちゃっただけなの」
サラがぎゅっと手を握る。すべすべしてるな、と考えていると、「またぼーっとして」と笑われた。ヴィオレッタとは雰囲気の違う美人だけれど、サラは表情がころころ変わってかわいい。
「でもフリージアは、次期国王のお嫁さんよ。誰も文句は言えないわ」
「でも……」
サラは知らない。私たちは1年後に別れることが決まっているなんて。
「自信を持って。殿下に見初められ……」
「フリージア」
サラの言葉を遮って、後ろから聞き慣れた声がした。振り返ると殿下がそこに立っている。私たちはぱっと手を離してお辞儀をした。
「ジャンヴィエ公爵令嬢。彼女をお借りしても?」
「ええ、ええ。もちろんですわ」
「次の授業は君も同じ部屋で受けるんですよ。今朝話したはずですが」
にこやかに、だけどちくりと刺すような言い方。
「あ、ああ。すみません。そうでしたね…」
そう言って案内されたのは、豪華すぎて眩暈がするような部屋だった。椅子やテーブルも全部、何かしらの装飾があって落ち着かない。部屋をきょろきょろ見回していると、殿下がくすっと笑った。
「落ち着かないでしょう」
「はっ! す、すみません…」
「僕も最初はそうだったんです。家のものはこんなふうに色がたくさん混ざっていませんから。今はもう慣れましたが」
「殿下は昔からこの部屋で?」
「ええ。…覚えていませんか?」
「?」
そのとき、まったく同じ顔をした2人の講師が入ってきて会話は中断された。ドレスの色が違ったからいいものの、そうでなければ絶対にわからない。
やかましい2人は歴史と民俗を混ぜたような授業を担当していた。まったく意識していなかったが、この国にも歴史や政治があるんだなと考えると不思議な気持ちになる。
「そういえば、そろそろascaコンクールの時期ですわね」
「今年は3年生ですし。お二人も出場されるのかしら?」
休憩時間になって、お茶を飲みながらおしゃべりな双子の講師はこう切り出した。殿下はうなずく。
「はい。僕も彼女も出場するつもりです」
「えっと…」
何かまた知らない言葉が出てきて困惑する。
「まあまあ。素敵ね。お二人ならきっと大丈夫よ」
「両陛下もそうだったもの」
ここの両陛下、というのは、おそらく国王とそのお妃のことだろう。ぼんやり顔を思い出す。
「そうですね。できればそれを目指したいですが、彼女にも負担のない程度で頑張れればいいかなと思います」
「あらあらあら!」
「素敵ね!」
私のほうを見てはにかむ彼に、双子の講師はまたハートを射止められたようだった。わたしもにっこり笑顔を作るけど、正直話を合わせるので精一杯だ。エミリーがいれば、このコンクールがなんなのかこっそり聞けたんだけど、……いや、もう考えるのはよそう。
◇◆◇◆◇
迎えにきたレオナルドに帰りの馬車で聞くと、「ascaコンクール」は元の世界で言う「ミス・ミスターコンテスト」のようなものだった。
そういえばふんわりそういう設定を書いたような気がするけど、初めて聞く名称だったから驚いた。
出場資格は3年生であること。それだけ。身分も容姿も関係なく、どれだけ人望があるかが投票で決まるもの。と言ってもほとんど容姿や家柄によって決まるらしいけど。
各クラスから男女ひとりずつ選ばれた候補者たちは、共同作業なんかを通してまずは講師陣にアピールしていく。講師陣の投票で代表を絞り、そこから生徒たちの投票で最終結果が決まるというものだ。
双子の先生が言っていたが、これを現国王皇后両陛下はカップルで受賞したらしく、大変ですねえとレオナルドは苦笑いしていた。
「やっぱり私と陛下が受賞するよう頑張らないといけないかしら?」
「まあ、そうでしょうね。フリージア様の立場的には」
「?」
「このascaコンクールで優勝した2人は結ばれるという話がありますからね。…まあたかだかここ20年くらいの話らしいですが」
「もしかしてそれも国王陛下の…」
レオナルドはうなずいた。まったく傍迷惑な人たちだ。でも、「優勝した2人は結ばれる」って言うのは気になるかも。うまく作戦に使えればいいけど。
◇◆◇◆◇
「…ということで、貴女に出場してほしいんだけど」
「何を言ってるんですか…!」
3番棟の教室を訪ねた私に、ヴィオレッタは珍しく焦った様子を見せた。私を中庭に連れ出してはきょろきょろ辺りを見渡す。表情は相変わらずだったが、彼女がこんな仕草を見せるようになるなんて、と嬉しく思った。
「いきなりこちらの棟にいらしたと思ったら……ascaコンクールのお話ですか?」
「ええ。私のクラスはもう決まってしまったんだけど」
一瞬サラを推そうと試みたのだが、彼女にひとにらみされて黙った隙に決定されてしまった。そのあとサラに怒られたのは言うまでもない。立場ってものがあるから仕方ないか。
「私はそんなものに興味ありません」
「ええ! 困るよ…」
「困る?」
朧げな記憶を辿っても、ミスコンはたしか、フリージアが負けることになっていたはず。だからヴィオレッタが出場しないことには意味がないのだ。
3番棟で張り込み、彼女と同じクラスから出てきた子に聞いてみたら、なんと女子の候補者はまだ決まっていないらしかった。だから直談判するしかないかと思ったのだが。
「……わ、私だって困ります」
「え」
ヴィオレッタは目線を私から逸らした。
「…殿下が私に声をかけているのを、貴族クラスの方々が見かけたらしいのです」
「…そうなの?」
「ええ。…ここで私が出場したら、きっと面白がる人が出てくると思うと…」
「……」
私はそうなってほしいんだけどね。
でも、ヴィオレッタが迷惑に思っている(ポーズかもしれないけど)のに無理強いすることは得策じゃない。
あくまで彼女と殿下が自然に惹かれあって、わたしはフリージアの幸せを見つけてあげなきゃいけないんだから。そのフェーズに移るためには、なるべく彼女と親しくしておきたかった。
「わかったわ。…実はね、もっとヴィオレッタに会える時間が増えるかなと思ったの。それもあって貴女に出てほしかったんだけど」
「…そうなんですか?」
わたしは頷く。候補者たちは共同で奉仕活動や広報活動を行うことになっていて、会う機会が増えたらきっと今後の作戦も練りやすくなるかと思ったんだけど。
「私のわがままで振り回すわけにはいかないわ。ごめんなさい」
「…いえ。……」
ヴィオレッタはぐっと下唇を噛んだ。何がそうさせるのかはわからないが、きっと何かで心象を悪くしてしまったんだろう。ここは一旦引き下がるべきだ。
「そんな顔をしないで。ごめんね。もう言わないから」
またね、と立ち去ろうとしたら、「待ってください」と呼び止められた。
振り返ると、真っ赤な顔をしたヴィオレッタがこちらを見ている。さああっと風が吹いて、そういえば中庭なのに人気がないな、とか、私が男の子だったら期待するだろう、とか、そういう言葉が一瞬のうちに頭を駆け巡る。そのくらい、自分が思い描いていた告白シーンのように思えた。
「…わ、私も。フリージア様にもっと会いたいです」
「…」
ぎこちなく自分の気持ちを伝えるヴィオレッタは、言葉を失うぐらいに可愛かった。
その手がかすかに震えていることに気づく。ポジティブな感情を伝えるのがきっと苦手なんだろう。そこがたまらなく愛しく思われる。
「だから、出場します」
「え!?」
「フリージア様も出場されるんですよね?」
「う、うん。そうだけど…いいの?」
さっきまで心配していたことが嘘のように、彼女はこれでもかと言うくらい大きく頷いた。
「……フリージア様。どうか変な噂が立っても、それを信じないでくださいね」
さながら神像を拝むように、彼女は私の前で膝をついた。
私を見上げる熱視線に気づかないふりをして頷き、もう教室に戻らなくちゃね、と彼女の腕を引っ張って立ち上がらせた。
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