第76回 救世主
馬を走らせる。
休ませることなく、食事を取ることもなく。
ひたすら前方だけを向いて走り続けた。
やがてアンリが率いる軍へと追いついた。
「アンリ!!」
「アオコ!? なぜここに」
「なぜここにって、こっちのセリフだよ。私も加勢する」
「そりゃ、お前がいてくれたら心強いが、政治はどうなる?」
「そんなの元老院がどうにかする」
兵士たちを見渡した。
若い。
若者が多い。
かつて私たちと共に戦った手練もチラホラいるが、それでも新米兵士の数が圧倒的。
しかもみんな不安そうな顔をしている。
それもそうだ。
ここ一〇年以上、戦争の気配なんてまるでなかった。
戦を知らない世代の、最初の戦争が湖の国。
怖くて怖くてたまらないはずだ。
「アンリ、軍を二手にわけて左右に展開して」
「それでは真ん中が手薄になる。挟み撃ちにする前に正面突破されるぞ」
「正面は、私がやる」
「……」
「私ひとりで充分だ」
アンリの表情が歪んだ。
「バカかお前は!! お前のスキルが最強なのは認めてやる。しかし、相手は超大国。何百、何千人いると思っているんだ!!」
「大丈夫。私は無敵だから。私を止められる唯一の天敵は、もういない」
「だが……」
「アンリ」
「……」
「信じて」
私がやる。
私ひとりで戦う。
誰にも血は流させない。
私が、湖の国を食い止める。
「アンリは防衛に専念して」
「責任を、取るつもりか」
ナーサが壊れてしまった責任。
シーナの遺言を果たせなかった責任。
「私も共に戦う」
「ダメだよ。アンリはみんなと一緒にいて」
「ひとりなんて無理に決まってる」
「ふふ、おかしなこと言うね」
アンリはこういうところがある。
シーナに憧れているわりに、根底は常識人。
だからこそ、私やナーサより民草の気持ちを理解できるのだ。
「私は、救世主だよ。あの神に選ばれたシーナすら頼るような、カローの救世主」
そのために召喚されたのだ。
望んだわけではない。
いっそ、異世界などに転移されず、あのまま死んでいればと思ったこともある。
救世主なんて呼ばれたくなかった。
だがそれは過去の話。
私は、己の運命を受け入れた。
「アオコ……」
そっと、元気づけるようにアンリを抱きしめた。
「私はアンリを信じてる。だからアンリも私を信じて。私の、一番の友達」
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私のスキルは時間を操る。
誰にも干渉されず、誰にも屈することのない、神の領域にいるのだ。
荒野に広がる無数の兵士たち。
油断は感じられない。
知らされているのだろう。あそこに一人佇む女は、怪物だと。
一斉に弓を構える。
十中八九、スキルで奇襲を仕掛けるものもいる。
だからといって、まったく脅威ではない。
誰も、私の時間に入ってくることはできないのだ。
「こい」
剣を抜いて、私は己の足で走り出した。




