第66回 窮状
「リューナちゃん!!」
家に到着するなり、寝室へ走る。
リューナはベッドで横になっていて、傍には看病をしているノレミュが座っていた。
「す、すみませんアオコさん。少し、体調を崩してしまって」
辛うじて目がうっすら開いている。
顔の色も悪い。
ノレミュが口を開いた。
「熱が治らないようですわ。ここ数日、ろくに寝ていなかったようですわね」
「そんな……働きすぎだよ」
「私が頑張らないと……」
こんなになるまで自分を追い込むなんて。
この子がそういう性格だとわかっていたのに……。
「ノレミュ、自分の家はいいの? 赤ちゃんは?」
「いまアンリがいるから大丈夫ですわ。それより、どうしてこの家にはお手伝いさんがいませんのよ」
「ご、ごめん」
あんまり好きじゃないんだ。
日常的に身分差別しているようで。
「リューナ、とにかく、しっかり寝て休むんだよ」
「……を」
「ん?」
掠れた声で、リューナが訴える。
「ナーサを、頼みます。あの子、どんどん……」
どんどん、なんだ?
「う、うん。わかった」
「アオコさん、ユーナは?」
「……」
言えるわけがない。
ユーナが私たちに内緒でどんな生活をしていたのか。
薬物の売買に関わっているかもしれないなんて。
「情報はなかった」
「そう……ですか……」
「とにかく休んで」
リューナを寝かしつけて、
「ごめんノレミュ、もう少し」
「構いませんわ。今夜はここに泊まるつもりです」
「ありがとう」
私は議事堂へ向かった。
とりあえずナーサに会って、街にユーナの捜索隊を派遣させる。
この広い街のどこかにいるはずなんだ。
議事堂に到着すると、入り口に数人の元老院たちが話し合っているのが見えた。
なにやら怪訝な顔つきで、不安を抱えていることが見て取れる。
「どうしたんですか?」
「あぁアオコ殿!! ようやく戻られたか!!」
「え、なんですか?」
「我々にはあの皇帝が手に負えません。シーナ様は、死ぬのが早すぎた!!」
「いったいなにがあったんですか?」
元老院たちが顔を合わせる。
私がカローを出てからの約一〇日間になにが?
「実は……」
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本来、皇帝がいる執務室に入るには相応の地位と厳正なる承認が必要になる。
無許可で入れるのは、相談役のリューナと、後見人の私だけだ。
ノックもせずに扉を開ける。
皇帝ナーサが、恋人であるクレイピアとキスをしていた。
「なっ!? アオコさん!!」
「帰ったよ」
バッと、恋人から距離を取った。
「せめてノックぐらいしてくれても」
「それよりさ、どういうこと」
「なにが、です?」
「薬物の合法化ってなに?」
ナーサの表情が一気に曇る。
まるで、親に怒られる子供のようだ。
「アレのせいで国民は怠惰になってるんだよね? しかも過剰摂取で病院送りになってる人もいる」
合法化など、元老院たちが認めるわけがない。
皇帝、独裁官としての職権を利用したのだ。
その気になれば、自分一人で国のルールを変えることができる力を。
あのシーナでさえ、戦後の混乱期でしか使わなかったのに。
「ちゃんと考えてやったんだよ!! 用量を守れば、アレはちゃんとした薬になる!!」
「具体的には? どんな効果があるの?」
「ストレス緩和とか……い、医療にも使える!!」
「医療用の麻酔薬なら既にあるし、中毒性が非常に高いのはわかってるよね?」
「それは、ちゃんとルールを守って」
「話にならない」
「なんでそうやって否定するの!? 皇帝はこの私だ!! 少しは私を信頼してよ!!」
子供の暴走か。
来るべき時が来たな。
なるほど、だからリューナは……。
「信頼してほしいなら、相応の態度を見せないと。……この案、リューナが倒れてから発案したよね?」
ナーサが黙る。
先ほど元老院たちが言っていた通りだ。
「目の上のたんこぶがいなくなったから、怖い教育係が側にいないから、この気に乗じて皇帝面するなんて、卑怯だよね」
「うるさい!! 私が、私が一番偉いんだ。母さんのような皇帝になる資格があるんだ!! 母さんにできたなら、私だってできる!!」
「シーナを舐めるな!!」
別にヤツを崇拝しているわけじゃない。
しかし、私が最もヤツを近くで見てきた。
駄々をこねる子供なんかと、一緒にしていい存在ではない。
ナーサの呼吸が荒くなる。
そわそわしだして、首や頭を掻きむしる。
なんだ? こんな癖あったか?
途端、ナーサは引き出しから白い粉の入ったビンを取り出した。
まさか……。
「なんで、なんで否定ばっかり」
無造作に粉を手に乗せて、鼻から吸い込む。
ナーサの表情が、恍惚に染まる。
「私は、私が皇帝なんだ。あは、あはは」
その信じがたい光景に目を奪われていると、ナーサの恋人のクレイピアが、口を開いた。
「話を聞いてください」




