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第63回 亀裂

 それは良くない変化だった。

 カローの現状と今後について議論し合う神聖なる議会の場にて、事が起こった。


「ナーサ!!」


 皇帝の秘書兼相談役のリューナが、突如ナーサを怒鳴ったのだ。

 元老院、各役職の長含め、その場にいた全員が理由を把握していた。


「ちゃんと話を聞きなさい」


 最高権力者たるナーサちゃんが、ぼーっと上の空で議論を聞いていたからである。

 なにもこの場で怒ることはない、と擁護したいが、リューナの気持ちもわかる。

 ナーサが議会に集中していないことは、今回が初めてではないのだ。


 これまでは終わったあとに注意していたが、さすがに堪忍袋の緒が切れたのだろう。


「ごめんなさい」


 素直に謝る反面、どこか不満げだった。

 きっと、自分が議会に参加することに意味を見出していないからだろう。


 自分は母シーナとは違う。

 自分の考えや発言など、全部的外れ。

 いくら勉強したって、それは一向に変わらない。


 なのにいなくちゃいけない意味ってなんだ。


 そんな風に拗ねているのだ。


「ナーサちゃんはどう思う? いまの財政難を打開する策はある?」


 私が優しく問いかける。


「えっと……。他国を……侵略……」


 全員が目を見開いた。

 まさか争いを知らないような子供が、こんな物騒な発言をするとは予想していなかったからだ。


 とうぜん、賛成するものなどいない。

 いま、カロー周辺の部族、国家の情勢は安定している。

 自国のために戦をするわけにはいかない。


 はぁ、とリューナがため息をついた。


「先程、違法な薬が蔓延して労働者が働かなくなったと話が出ていたでしょう。打開策は薬への対策。国民の健康と気力を取り戻し、労働に従事させることが大切なの」


「ご、ごめんなさい……」


「しっかり話を聞いて。ね?」


「は、はい」


 やはり、まだナーサちゃんには早すぎたのかな。

 いや、きっとこれからは良い方向へ成長してくれるはず。


 一瞬、私の脳裏をシーナが過る。

 散々死んでくれと願った人間の復活を、望んでしまったのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「じゃあ、ちょっと行ってくるね」


 翌日、私は荷物をまとめてリューナにそう告げた。

 行方不明になったユーナを捜しに、ベキリアへ向かうのだ。

 力になれるか不安だが、なにもしないよりはいい。

 というか、なんでもいいから情報がほしかった。


「どうか、お願いします。アオコさん」


「こっちこそ。ナーサちゃんをよろしくね、リューナちゃん」


「はい。アオコさんが帰ってくるまでには、薬物問題を処理してみせます」


 と強がって微笑んでいるけれど、目の下には大きな隈がある。

 彼女は幼い皇帝の教育係であり、相談役なのだ。本来皇帝が行う業務を、ほとんど代わりに行っているといっても過言ではない。

 かつてのシーナのように、相当疲れている。


「無理だけはしないでね。この時代の元老院さんたちは、みんなシーナを見て育っているから頼りになる。昔とは全然違うんだから」


「はい」


 本当に大丈夫だろうか。

 国民も、リューナも、ナーサちゃんも。


「あの、アオコさん」


「ん?」


「ちゃんと私が育てておきます。お庭のミニトマト」


「……ありがとう」


 一抹の不安を抱えながら、私は出発した。


 ベキリアまでの道が舗装されたおかげで、現在なら馬を走らせれば五日もかからない。

 まずはベキリアの総督に会って、話を聞こう。


 ユーナは、彼の庇護のもと暮らしていたはずだから。





「大事なご家族を守護ることができず、大変申し訳ございません」


 ベキリア議事堂の執務室で、総督の男性が私に頭を下げた。

 年齢も立場も彼の方が上なのだが、皇帝シーナの右腕という肩書が私への畏怖の念を植え付けているのだろう。


 まあ実際、彼がここで偉そうにふんぞり返れるのも、私が死にものぐるいで戦ったおかげなのだが。


「ユーナは、あなたの屋敷で暮らしていたんですよね?」


「はい。正確には、離れの小屋で。しかし夜な夜な抜け出しては、街で……」


「街で?」


「その……」


 はっきりしないな。

 そんなに言いづらいようなことを?


「盗み、喧嘩、それに……売春まで」


「え」


 信じられなかった。

 あのユーナが、そんなこと。

 ありえない。金に困るような生活はさせてないはずだ。


「本当なんですか?」


「はい。幾度か補導しているのですが、まったく反省せず、私どもも、正直困り果てていました」


 ありえない。

 だってこれまで何度かべきリアに赴き、ユーナと話したことがあるが、そんな素振りは見せていなかった。

 かつての明るさこそ失っていたけれど、でも……。


「どうして報告してくれなかったんですか!!」


「だ、だって……」


 そりゃ言えないか。

 お前の監督不行き届きじゃないのか、なんて責められると恐れたに違いない。

 しかし、それでも言ってほしかった。もっと早く知れたなら、なにかしら手を回せたのに。


 それにしても、ユーナはなんで素行の悪いことを……。


「とくに売春はほぼ毎日のように繰り返していました。まるで、自分の体を汚して、傷つけるように」


 自傷行為。

 破滅願望があるとでも?


「じゃあ、なにか事件に巻き込まれたんじゃ……」


「かも……しれません」


「彼女と関係を持った人間を教えて下さい」


「え」


「え、じゃない!! いますぐに!!」

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