第61回 新時代
カローがシーナを失って一年が経った。
多くの国民が涙を流してから、ナーサちゃんが皇帝に即位するまで、特に問題が起きなかったのは、シーナが完璧と言っていいほど後処理を済ませてくれたおかげだろう。
「では、今日の議会を終わります」
ナーサが大仰にため息をつく。
「どうしたの? ナーサちゃん」
「ごめんアオコさん。全然発言できなくて」
「大丈夫。少しずつ慣れていけばいいよ」
「でも、もう一年も経つのに。……シーナママが見たら、きっと失望する」
「そんなことないよ」
「……それは、否定も肯定もしづらいときの台詞だ」
鋭いな。
こういうところは母親にそっくりだ。
正直なところ、ナーサは普通の女の子すぎる。
シーナのようなカリスマも、知性も、覇気も、なにも感じられない。
それもしょうがない。ナーサはまだ一五歳なのだ。
頂点に立つには、早すぎる。
あんなに死んでほしかったシーナの死が、いまでは惜しい。
もう少し、母親として、指導者としてナーサの側にいてほしかった……。
「とにかく、自分を追い詰めないで。足らないところはこっちが補う。そのために私やリューナがいるんだから」
「……うん」
「焦るような問題もない。戦争の危機も、地位を脅かす者もいない。だからゆっくり、学んでいこう」
ナーサは私が責任をもって育てる。
ライナの願いとシーナの意志を受け継ぐ子。
絶対に守り抜いてみせる。
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「ナーサ様はどうだ」
議会が終わり、私はアンリと街を歩いていた。
彼女は現在元老院入りを果たし、カローの議員兼街の警備隊総長を努めている。
「うん。まあ、頑張ってるよ」
「プライドが高い子だからな。シーナ様との違い、市民の期待と将来の不安に押しつぶされそうになっているに違いない」
「うん。……街はどうなの? アレは?」
「なんとも」
アンリが険しい顔つきに変わる。
ナーサには『問題はない』と告げていたが、一つだけ、街の平和を脅かす闇があった。
ちょうど、複数の警備兵が飲み屋から出てくる。
「こい!! キサマを連行する!!」
誰かを引きずっていた。
力なくだらりと倒れ、目が真っ赤に充血している、異常な男。
やせ細り、髪もボサボサで、何より肌が不自然に青い。
まるで私の世界で恐れられていた『ゾンビ』のようだ。
「また捕まったか」
「幻酔薬……。ちょうど私も、今朝方押収したところだ」
アンリが小瓶に入った白い粉を見せてくる。
摂取すると幻覚作用が起こり、中毒になって夢と現実の区別がつかなくなる危険な代物。
やがて生きる気力が失われ、あんなふうにゾンビのような生き物へ変わってしまう。
つまりは、麻薬。
ここ最近、急速に流行り始め、街の平穏を揺るがしていた。
売るのも、使用するのも犯罪。
これまで何十人と所持者を逮捕してきたが、一向に解決の兆しが見えないでいた。
「医療用の麻酔薬にも幻覚作用はあるが、これは効果も中毒性も極めて高い。一度でも使用すれば脳が侵され後戻りができなくなるとされている」
「しかも安値で取引されてるんだよね? 普通ならもっと儲けようと、高値に設定するはずなのに」
「それにわからないのは、薬の売買はこの街に集中しているということ。カローの他の街は、あまり……」
「単に、人口が多いからかな?」
「どうだろう。……首都の次に流行っているのはベキリアだが、あそこはあまり人は多くないぞ」
「ベキリア、か……」
ユーナちゃんがいる街だ。
「いま、どうしているんだろう」
ベキリア総督の加護を受けながら暮らしているはずなのに、三ヶ月前から行方不明になってしまったのだ。
何百人も動員してあちこち捜しているが、一向に見つからない。
なにか事件に巻き込まれたのだろうか。
怖くて怖くてたまらない。
「リューナ様は?」
「今日は寝込んでる。早くユーナちゃんを見つけないと」
「そうだな」
ユーナにいったい何が起きたのだろう。
コロロのことで、変な気を起こさないといいけど。
「あ、ノレミュ」
「アオコさん……アンリ」
偶然にも、ノレミュとばったり遭遇した。
突然の妻の登場に、アンリの顔がポッと赤くなる。
それよりも気になるのは、ノレミュが抱えているもう一つの命。
二人の可愛い可愛い一人娘、ミーアちゃんだ。
「ほらミーア、アンリママよ」
ふふ、アンリってば照れてる。
アンリママだって。
「アーちゃんママだね」
「消すぞ!!」
「はは、怖い怖い」
ミーアちゃんがキャッキャと笑っている。
私がこの異世界に転移したとき、まだ一〇代だった。
それがあっという間に大人になって、子供を導く立場になってしまった。
こうやって歳を取って死んでいくんだろう。
下手をしたら、私も病に冒されるかもしれない。
その前にどうにかしないと。
薬のこと、ユーナのこと。
ナーサやミーアが生きる、次の時代のために。




