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第59回 役目は終わった

 私はもうシーナの部下でもなんでもない。

 家族だとも思っていない。

 二度と顔を合わせるつもりはないし、次に会うとしたら今度こそ殺すときか、葬式のときだ。


 そう思っていたはずなのに。


「アオコ様どうか。シーナ様からのお願いですので」


「……」


 とある警備兵が私の家に訪れた。

 シーナが私に会いたがっているらしい。

 理由は不明。


 いよいよ私を殺すつもりか?

 ならばこんな回りくどい真似をする必要はないか。


「……」


「どうか」


「……はぁ、わかりましたよ」


 やつの体調も確認したいし。

 しょうがない、たまには会ってやるか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 議事堂二階の執務室。

 かつて私がシーナと決別した場所で、


「久しぶりだな」


 実に三ヶ月ぶりに彼女と再会した。

 とても病に侵されているようには見えない瑞々しい肌。

 生気に満ちた顔つき。

 もしかして、治ったのか?


 私の疑問に答えるよう、シーナは笑った。


「不審か? ふん、病気のことを悟られるわけにはいかないからな。見た目には気を使っているのだ」


「気を使ってどうにかなるものですか?」


「私を誰だと思っている」


 こいつは人間離れした女。

 自分の体に活を入れて外見を維持するくらい……本当にやってしまいそうだな。


「で、なんの用ですか」


「あぁ、いや。あらかた引き継ぎの準備が整ったからな。いつ死んでもいいと伝えようと」


「……そうですか。じゃあ帰ります」


 こいつと他愛もないお喋りをする気はない。

 振り返って部屋から出ようとすると、


「待ってくれ」


 必死な形相で、シーナが懇願した。

 みっともなく震えだし、強がるように笑い出す。


 異常事態。

 明らかな虚勢。


 こんなシーナ、はじめてだ。


「ふふ、悪いな。正直に告げると、わかるんだ。もう本当に、時間がない。常に心臓に違和感がある。唐突に手足が痺れる。呼吸が難しい。何時間も、意識が飛んでいたこともある」


「……恐れているんですか、死ぬのを」


「この私も、一人の人間に過ぎないわけか」


「何人も、殺したくせに」


「それはお前も同じだろう」


「……」


「もう間もなく。間もなくだ。報いのときが、迫っている」


 シーナの頬を涙が伝う。

 散々人を殺したくせに。

 トキュースさんを、コロロを、その手で殺めたくせに、死ぬのが怖いだと?

 腹立たしい。


「もう少し、一緒にいてくれないか。アオコ、お前がいると安心する。何でも乗り越えられる気がするんだ」


 未だに、私をそんな風に。


「し、死んだらどうなるのだろうな。死後の世界など、まるで興味がなかったから、考えたこともなかった」


「どうでしょうね。私が前にいた世界には、天国だの地獄だのありましたけど」


「死後の楽園……というやつか?」


「国によって考え方が違うんですよ。ずっと天国にいられるとか、いずれ復活するとか、別の生き物に生まれ変わるとか」


 私も興味はない。

 死んだらどうなるか、なんて気にして何になる。

 いま、いまこの場に亡くなった人がいないのなら、意味がない。


「なる……ほどな……」


 シーナの呼吸が落ち着いていく。

 震えが収まっていく。


「そういえば、お前が前にいた世界のこと、じっくり聞いたことがなかった」


「だからなんですか」


「文明が進んでいるんだろ? 移動手段が優れているのだとか」


 他愛もないお喋り。

 する気はなかったけど、シーナを見ていると何故か帰る気になれなかった。


「まあ、この世界に比べたら凄いですよ。ボタン一つで敵の国を爆発させたり、遠くの人と簡単に会話できたり」


「面白そうだ。行ってみたいな」


「私の世界じゃ殺しはご法度ですよ。誰であろうと」


「そんなことはしないよ。普通に暮らす」


「え?」


「きっと素敵な女性も多いのだろう? 文明の利器に頼って悠々自適に暮らしながら、たくさんの可愛い女の子たちに囲まれたいな。ふふふ」


 この期に及んで、どこまでも俗なやつ。

 呆れを通り越して尊敬の念すら覚える。

 私もこれくらいポジティブに生きたい。


「あんた美人だし、背も高くて頭もいい、おまけに強くて、隙きもある。きっとハーレムを築けるでしょうね」


「ほほう、アオコは私をそう見ていたのか」


「……」


 口が滑った。


「ははは、そう怒るなよ」


 笑ってやがる。さっきまで震えていたくせに。

 忌々しい。またぶん殴ってやりたい。

 ギュッと拳を握る。


 いまならたぶん、シーナを殺せる。

 仕事を終えた以上、もはや生かす理由はない。

 なのに、動けない。

 もう少し話していたいとさえ思ってしまう。


「死後の世界があるなら、お前の世界がそうだといいな」


 漠然とした予感がある。

 たぶん、これが最後の会話になる。


「やはり、お前との会話は気が楽になる。恐怖を忘れられる」


「そうですか」


「まだ、私に付き合ってくれるか?」

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