5-17 宴会、その前に
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。八歳。
鷹千代……緋凰の従兄。天珠の三男。九歳くらい。
瑳矢丸……緋凰の世話役。十歳くらい。
「『ただいま〜』」
「『おかえりなさい』」
「『おっかえり〜』」
ここに三体の紙人形が集結した。
「『よ〜し、今からぶじゅつのくんれんだぞ〜』」
「え? 美瑚都ちゃん?」
「『わ〜い! えい、おまたふんさいげり〜』」
一体の人形が足を向けて飛んでくる。
「ええ⁈ 月華ちゃん⁈」
「『やったなぁ〜。とう、ひっさついなずまずつき〜』」
その蹴りを受けた美瑚都の人形が、宙を舞い、頭から急降下してくる。
「『わあ、や〜ら〜れ〜た〜』」
倒れた月華の人形の横に立った美瑚都の人形は、くるっと背を向けると、
「『まだまだ、あおいな』」
立ち去って行った。
「アハアハアハ! かっこい〜♡」
五歳くらいの幼い姫君二人が、腹を抱えて笑い転げた。
(……それぞれに父親の血が濃いのかな?)
天珠の娘である美瑚都と、岩踏兵五郎の娘、月華とで、ひいな遊び(ままごと)をして宴会が始まるのを待っている緋凰は、思ってたのと違うと言った顔で、幼い二人を眺めている。
そこへ、きちんとした礼服姿の瑳矢丸が呼びにきた。
「失礼致します。もう、皆様お見えになりましたよ」
わぁい! と人形を放り出して、美瑚都と月華が瑳矢丸の元へくると、
「うわぁ! 瑳矢お兄さん、カッコいい♡」
「瑳矢丸様、とっても素敵〜♡」
と言って、拳を握りしめながら羨望の眼差しで力説した。
「ありがとうございます。瑚都姫様も月姫様も、今日は一段と愛らしくていらっしゃいます。さあ、遊んだ物を元に戻してから行きましょう」
やんわりと微笑んだ瑳矢丸の言葉に、二人は頬を赤くしてキャッキャッと喜ぶと、人形を元の位置に戻し、仲良く手を繋いでパタパタ走って行ってしまった。
人形を戻した緋凰も、瑳矢丸の元へ歩いてくると、
「ほんとだね〜。瑳矢丸、今日はいつも以上にカッコいいよ! さすがだね」
と言って笑顔を向けた。
褒められて、小さくドキッとした瑳矢丸は、なんとな〜く頬の辺りが、じわじわと熱を帯びてくる。
「そう……かな? まあ、うん……。あ、凰姫様も——」
気恥ずかしさから、もごもごと言葉を返していると……。
「凰姫〜!」
縁側伝いの向こうから鷹千代が呼んできたので、緋凰は手を振ってそちらへ行ってしまった。
——あああ……。何やってんだ、俺。瑚都姫達はあんなにすらすら褒めたのに、肝心の凰姫を褒めそこなうなんて!
後できちんと褒めよう、と猛省しながら瑳矢丸も後を追いかけると、鷹千代の横に夏芽大学之助の娘である芙蓉が、緋凰を羨望の眼差しで眺めているのが見えた。
「以前の袴姿も素敵でしたけど、今日の打掛け姿はとても素敵ですわ、凰姫様」
「ありがとう! 蓉姫ちゃんも、とてもとっても可愛いね! 桃色のお色がよく似合ってるよ‼︎」
「まぁ……そんな。凰姫様に褒めていただけるなんて……♡」
にこにこと笑顔の緋凰を見ると、芙蓉は顔を赤くして、恥ずかしさのあまり両手で隠してしまう。
すると、鷹千代が口を尖らせ始めた。
(た、大変だ! 鷹ちーがやきもちをやいている⁉︎)
「さ、さあ。行こうよ! 皆きっと来たんじゃないかな〜?」
慌てて緋凰が促したので、
「はい、では参りましょう」
そう言って芙蓉が踵をかえすと——。
コトン。
「きゃああーーーーーー‼︎」
前方の縁側にカメムシのような昆虫が落ちてきたので、驚いた芙蓉にバッと抱きつかれた緋凰は、胸がキュン、となった。
(あ、虫が苦手なのかな? かわいそうに震えちゃってる。でも……可愛いなぁ。女の子っていい匂い♡ おっと、いけない!)
緋凰の着物をキュッと掴んで、その肩に顔を埋めている芙蓉の頭をそっと撫でると、
「大丈夫だよ、今——」
取り払ってくるから、そう言おうとした。
すると、その様子を見てムスッとした顔の鷹千代が、ドスドス音を立てて進み出ると、パッと虫を掴んで、力の限りぶんっ! と投げた。
(虫に八つ当たりしたよ! 絶対に!)
飛んでいった虫はそのまま翅を広げると、ブーーンと去っていった……。
「ほら、蓉姫ちゃん。鷹千代兄様が虫をどこかへやってしまったよ!」
緋凰はここぞと言わんばかりに、鷹千代に花を持たせた。
「まあ、ありがとうございます。鷹千代様」
おそるおそる顔を前に向けた芙蓉はホッとすると、鷹千代に笑いかけた。
——かわいいっ!
ボッと顔を赤くした鷹千代は、
「いえいえ、これくらい。私にお任せください」
キリッと姿勢を正すと、芙蓉に手を貸して、エスコートをしながら歩き出した。
「あんな鷹ちー、初めて見る。よっぽど芙蓉ちゃんに惚れてるんだね」
緋凰は面白がって、隣の瑳矢丸に話しかけた。
鷹千代と芙蓉の後ろ姿を見ながら、瑳矢丸はわずかに思案を巡らす。
「……うらやましいか?」
「え? 何が?」
問われている意味が分からず、緋凰は首を傾げた。
瑳矢丸としては、
——あのように手を引いて歩けば、凰姫も喜ぶのだろうか?
そう思って、自分もさり気なく手を差し出そうとするが……。
ぷるぷる震えて、手が上がっていかない。
——くぅ……何だろう……恥ずかしっ‼︎ 無理だ‼︎
結局、何もしないで顔を強張らせたまま、瑳矢丸はタターーッと早歩きで行ってしまった。
「ええ⁈ どうしたの? ねえちょっと! 最近、瑳矢丸ってば、何か変だよ!」
うっかり主を残して行ってしまった瑳矢丸の後を、緋凰は急いで追いかけて行ったのであった。
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