5-14 変な人
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。八歳。
瑳矢丸……緋凰の世話役。十歳くらい。
じ〜〜〜〜。
ごそごそ……。
じ〜〜。
「よし! ぎりぎり買える♡ おじさ〜ん! この『白虎』って名前の筆、く〜だ〜さい!」
商品をじっくり眺めた後、聞いた値段と自分の財布の中身を照らし合わせた緋凰は、喜びの声を上げた。
「やっと決まったか……」
この若虎への返礼品を探す買い物に、どれほどの刻と労力を使った事か。
はいはい、毎度〜と、笑顔の店の主人へ、贈り物なの〜と、うきうきと伝えている緋凰を、店の入り口で見ていた瑳矢丸が大きく安堵の息をつく。
会計を待っている間、今度は熱心に布製品を次々に眺めている緋凰を見て、瑳矢丸は不思議に思った。
「もう、お小遣いはないだろう。何を探しているんだ?」
身分がバレないよう、気安い言葉で問いかけられた緋凰は、振り向いて返答をする。
「買うんじゃなくて、どれくらいの出来の物なら売り物になるのか調べているの」
「どういう事?」
緋凰は商品を丁寧に置いて、説明を始める。
「こないだ父上に、狩りじゃなくて他に何かお金稼げないかなぁって、なんとなく聞いてみたの」
「え……え? 稼ぐ?」
戸惑う瑳矢丸を気にしないで、緋凰は続ける。
「そしたらね、『お前は裁縫が好きなのだから、それで作った物を売ればいい。さすれば、好きな事もできて、売った金で新しい布も買える。一石二鳥だろう』って教えてくれたの!」
——むちゃくちゃ偉いお殿様(お金持ってそう)なのに、娘(お姫様)へ内職の案内をしている⁉︎
瑳矢丸はポカンと口を開けてしまった。
「それは……」
「父上ってすごくない⁈」
「えぇ⁉︎」
動揺している瑳矢丸の言葉を遮って、緋凰は目をきらきらさせながら興奮している。
「好きな事でお金が稼げるなんてさ! 父上ってほんと、天才だぁ!」
「うん……まあ……」
この驚くほど前向きなお姫様に、緋凰の裁縫の腕をよく知っている瑳矢丸は、世の中、そんなに甘くはないぞ。と言いかけたが……。
いたずらに希望の芽を摘むのも気が引けたので、熱心にリサーチを重ねている緋凰を、もう何も言わずに見守っているのであった。
ーー ーー
笠をかぶって店を出た緋凰は、縮こまっていた身体をぐ〜っと伸ばすと、後ろから出てきた瑳矢丸に提案をした。
「買い物に付き合ってくれてありがとう。お団子屋にでも寄る?」
団子屋と言う言葉に、瑳矢丸はドキッとする。
「いいよ。俺……おごるから」
思わず声に緊張がこもってしまい、焦った瑳矢丸に気が付かないで、緋凰はパッと笑顔になった。
「いいの? やったぁ‼︎ ありがとう! じゃあ行こう、すぐ行こう——っと、その前に……」
そろそろと歩き出した緋凰を見て、瑳矢丸は小さく頷くと、そっとその後ろを付いていく。
そろ〜っとお店の角に身体をくっつけると、緋凰はしばし待ってみる。
すると……。
壁の向こうから笠の先っちょが、にょ〜んと現れてきたので、
「わっ‼︎」
と、緋凰は驚かして見た。
「のぉわぁっ‼︎」
悲鳴と同時に、一人の男が尻もちをついた。
「アハアハ! 驚きすぎ〜。おじさん、さっきからずっと付いてきているよね? 私に用事?」
煌珠のお使いを済ませて賀名瀬の屋敷を出たあたりから、ずっと感じていた気配はこの男だろうと思った緋凰は、問いかけてみた。
「いや、その……。貴方は……御神野の凰姫様——であられますか?」
「う——」
答えようとした緋凰を、瑳矢丸がサッと二人の間に入って背に隠す。
(おぉ。 私、守られている♡)
憧れのか弱いお姫様の気分になって、呑気に緋凰は喜んでしまう。
「何者だ」
険しい顔で問いかける瑳矢丸を、男は一瞬だけ睨みつけた。
だが、すぐにいそいそと立ち上がって、着物の砂埃を払うと、
「いや、いろいろと気になったまでの事。失礼致した」
言うなりサッサとどこかへ行ってしまった。
「……変な人。瑳矢丸を睨んだからムカつく! う〜ん。でも、何だろうねぇ」
首を傾げている緋凰の横で、険しい顔のまま瑳矢丸は男の背が消えるまで見ていた。
「緋凰」
「なあに?」
軽く振り向いた瑳矢丸が、真面目な顔で言葉を続ける。
「知らない者へ、うかつに名を出さない方がいい。こういった時は、まず先に相手から名乗らせるようにするんだ」
言われて、ぽけ〜っとわずかに考えると、
「……そうなんだ。うん、気をつけるね」
何故なのかはあまり理解できなかったが、緋凰は素直に瑳矢丸の言葉を信じて頷いた。
「それにしても……」
ムフフっと緋凰が笑うのを見て、瑳矢丸は妙に思う。
「やっぱり瑳矢丸は頼もしいね! 刀先生みたいでカッコよかったよ‼︎」
惜しげもなく褒めてくる緋凰に、瑳矢丸はじわりと嬉しさが込み上げてくると、
「あ……そう……」
目を逸らしてぽりぽりと鼻の頭を掻いた。
その反応をみて、緋凰は不思議な顔をした。
「あれ? いつものは言わないの?」
「いつもの?」
今度は瑳矢丸も不思議な顔を向ける。
「『だからって、俺に惚れるなよ』ってやつ」
どうしたんだ? と言わんばかりに緋凰は目をぱちぱちさせている。
ギョッとした瑳矢丸は、
「……いや、別に……そんな事は……もう……」
咄嗟に言葉が浮かばず、ごにょごにょと言い淀んでしまう。
「え〜。あれ、面白かったのになぁ。……じゃあ、次は——」
「次って……」
にやりと笑った緋凰に、瑳矢丸は嫌な予感がする。
「そんなカッコいい人には、ほっぺにちゅ〜の刑だぁ♡」
祖父の閃珠が、家族によく言うやつだ。
煌珠に言おうものなら、もれなく拳が飛んでくる。
そんな気などさらさらないが、緋凰は口をタコのように尖らせてふざけてみた。
「はぁぁ⁈ まじ、やめろよ‼︎」
煌珠の密命などスコーンと忘れた瑳矢丸が、真っ青になって後ずさりを始めるので、
(アハアハ、やっぱり冗談が通じない)
緋凰は面白がると、そのままにじり寄ろうとする。
「おい! ふざけんなってぇ〜!」
パッと瑳矢丸が逃げ出したので、
「まてまて〜」
ゲラゲラ笑いながら、緋凰は走って追いかけていったのであった。
……近くの木の上で隠れていた忍の男は、胸をドキンドキンさせながら焦っている。
——やっべ〜。気をつけないとオレもそのうちバレるんじゃね?
グッと気を引き締めると、二人の後を慎重に追いかけていったのだった。
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