5-8 価値観は、人それぞれだけど……
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。八歳
御神野 月ノ進 鳳珠……緋凰の実兄。若殿
銀河……鳳珠の側室
星吉……鳳珠の小姓
おひさ……銀河の侍女
若虎……西国の重臣、旗守家の長男。
花を模った飾り紐。
小鳥が彫刻されている可愛い櫛。
美しい色に染められている華やかな手巾。
その一つ一つを手に取って、若虎は熟考する。
「緋凰が瑠璃色になった時、この色合いじゃおかしいだろうか?」
ちいさく呟いてふう〜っと息をつくと、商品を置いて小物屋を離れた。
——人に物を贈るって、こんなに難しい事だったか?
てくてくと歩いている若虎は、頭が痛くなってくる。
——考えて見れば、誰かへ真剣に物を贈った事なんて、今まで一度も無かったな……。
いつの間にか日が頭の真上にあり、寒さがだいぶ和らいでいる事に気がつく。
通りすがりの大木の木陰に誘われて、歩いていった若虎は、木の根元に腰を下ろした。
「ようやくひと休みですか」
疲れた〜と、若虎の荒小姓である少年の卯の吉が隣に座る。
そのさらに隣で、護衛で共をしている男も無言で腰を下ろした。
ぼーっと考え事をしながら、若虎は卯の吉に問いかける。
「あと他に行っていない店はどこだ?」
「小物のお店なら、もう全部まわりましたよ。……一体何をお探しなのです?」
朝からずっと、未だに何も買っていない買い物に付き合わされて、卯の吉はうんざりした声で答えた。
「別に……たいした物じゃない」
前を向いたまま、軽く足を開いたお山座りで頬杖をついている若虎の返事に、
——これだけ店をまわっておいて、そんなわけないじゃん!
と、卯の吉は内心で叫ぶ。
ときどき行き交う人々を何気なく眺めていたら、若虎の脳裏にこないだの父の言葉が浮かんできた。
『——鳳姫様が西国に来られたとしたら、その後の事もよく考えておけよ——』
——その後の事? 緋凰が旗守家に来たら……。まあ、俺の世話役に——いや、無理か? ああそっか。
緋凰の身分を考えると、とても使用人になどできない。
——では、俺や弟達の武術指南役として召し抱える?
それだけでは何かしっくりこない。
なにせ、緋凰はまだ八歳程なのだ。
——ならば、俺の嫁として迎える……。だとしたらやはり、正室か……。
あの夏の山での緋凰が思い出される。
『若虎、見たぁ⁈ 私のが勝ったよ! 思い切り角でぶん投げたよぉ‼︎ カブトムシ武将はこの子だぁ〜』
松丸と一緒にカブトムシを戦わせて喜んでいた。
『うわ〜ん! 思い切り転んだぁ〜。痛いよぉ〜』
訓練で怪我をしている所をあまり見た事がないせいか、腕を擦りむいただけで泣いていた——。
「ブフッ! ——クク……」
七歳の緋凰の幼さに、思わず若虎は吹き出してしまった。
——うおっ。なんだ? 思い出し笑い?
卯の吉と護衛の男が目を丸くしてこちらを見ている。
必死に笑いを堪えながら、若虎は考える事を再開した。
——嫁だなんて……まだ子供だし。ああ、でも……。
瑠璃姫になっていた緋凰を思い出す。
別れる直前は、練兵場で瑠璃の瞳を涙でキラキラさせながら笑ってくれた。
——綺麗……だったな……。
フッと微笑んで、若虎は遠くを見た。
「若様」
卯の吉に呼ばれた声が耳に届いて、半ば、ぼんやりしながら若虎はそちらを向いた。
「若虎様、顔が赤いですよ。さすがにお疲れですか?」
「……は? な、別に、そんな事ないって!」
ドキッとした若虎は、慌てて顔を、軽くペシペシ叩いている。
——めっちゃ焦ってる。どうした?
卯の吉と護衛の男は、なおも目を丸くして見つめていた。
落ち着こうと、若虎は大きく深呼吸をする。
息をついて顔を上げた先で、桜の枝が目に留まった。
葉がついていないせいか、物足りなく見えるその小枝の先には、冬の間に休眠していた花芽に、少しだけ緑が入ってきているように感じた。
何の気なしに若虎は立ち上がると、あさっての方向をむいたまま、卯の吉に尋ねてみる。
「……女って、何を贈れば喜ぶだろうか?」
「……もっと早く言って下さいよ!」
最初から聞き出しておけば、こんなに歩かなくて済んだのに、と卯の吉はがっくりと肩を落としたのであった。
ーー ーー
自然の中に溶け込んでいるかのように見事な整備をされている、鳴朝城にある庭園の中を、緋凰は左右に鳳珠と銀河の手を繋いで散歩を楽しんでいる。
こういう時は、小袖に打掛け、陽を浴びて瑠璃色の髪も下ろしているお姫様の姿なので、おしゃれをしているのが嬉しくて、緋凰はルンルン気分だ。
笑顔でたくさんおしゃべりをする緋凰に、鳳珠も銀河もつられて微笑んでいるが……。
「月ノ進(鳳珠)様。星吉さんが……」
銀河がぽそりと言った言葉に、鳳珠が後ろを向いて見ると。
おひさと一緒に後ろで共をしている星吉が、ぶす〜っと、した顔で頬を膨らませて不機嫌そうにしている。
やれやれといった顔で、鳳珠は声をかけた。
「星吉」
「楽しそうでいいなぁ〜」
「ならば、お前もこちらへおいで」
「いいの? やったぁ〜」
パッと笑顔になった星吉は、いそいそと鳳珠の隣に走ると、空いている手を繋いだ。
それを見て緋凰が、
「星吉ってば、もう大人なのにまだ兄上と手を繋ぐの?」
呆れて言うのだが、
「オレはまだ元服してないから子供だも〜ん。残念でしたぁ〜」
星吉も負けずに、飄々と屁理屈をこねる。
「もう、十四歳くらいじゃん。背だって高いから兄上とおんなじくらいだし」
「関係ないも〜ん」
緋凰の言葉を星吉はつ〜んと返す。
四、五歳くらいに養父から酷い扱いを受けていたのを鳳珠に引き取られてから、星吉はずっと卵からかえった雛のように、いつまでも鳳珠が大好きだった。
「私はね、もうお姉さんだから順番っこできるんだよ」
そう言うと緋凰は、鳳珠と銀河の手をそっと繋ぐと、自身は反対側に回って銀河の空いた手を繋いだ。
「まあ♡ ありがとうございます」
そう銀河は美しく微笑むので、緋凰もつられて笑う。
「後でまた代わってね」
「もちろんですわ」
そんな二人を、鳳珠は優しく笑んで見ていたのだった。
ーー ーー
庭園の東屋(休憩所)で、おひさと星吉が茶の準備をしているのを、そわそわしながら緋凰は菓子待ちで眺めている。
隣に座っている鳳珠は、そっと緋凰をうかがいながら思案する。
——さて、どうやって切り出そう。
瑳矢丸が緋凰に対して、悪戦苦闘をしているのを見かねて、手助けをしようと瑳矢丸のいない間に、緋凰を連れ出したのだった。
——瑳矢丸の事、どう思っているのやら。
手助けだけではなく、親代わりの兄としても、気にはなっている事である。
「わぁ〜い! いただきま〜す」
出されたお団子を、無邪気にかじりついている緋凰へ、鳳珠は穏やかな声で問いかけた。
「ねえ、緋凰。……緋凰は瑳矢丸の事、どう思っている?」
恐らく、まわりくどい言葉を使っても、気が付かないであろうと思った鳳珠は、唐突だが単刀直入に切り込んでみた。
「瑳矢丸? いつもビシビシに厳し〜よ。あの人は礼儀作法の鬼の化身だよ、絶対」
団子の串を片手に、遠い目をして緋凰は愚痴を言った。
「そうなんだ。じゃあ、瑳矢丸は嫌いなの?」
「ん? 嫌いじゃないよ。だって友達だもん。優しい時もたまにはあるよ」
「そっか。……瑳矢丸は容姿が美しいから、緋凰はお嫁さんになりたいとか思ったりしないの?」
「しないよ」
「え⁉︎」
「他の人にもよく聞かれるけどね」
緋凰があまりにキッパリと否定したので、鳳珠は少しうろたえた。
「瑳矢丸の容姿は、緋凰の好みでは無かったかな?」
「そんな事ないよ。むっちゃくちゃ好みだよ。だけど瑳矢丸は『他人の者』だから」
緋凰は二つ目の団子にかじりつく。
ん? と、鳳珠は不思議な顔になった。
「他人の? どう言う事?」
モグモグごくん、と団子を飲み込んでから、緋凰は答える。
「だって瑳矢丸は自分に惚れないでって言うから。ゆくゆくは別の人と一緒になるんでしょ。だから瑳矢丸はその他人の者。『いつかの他人の者を愛でてもつまらんし、そもそも他人の者になぞ興味はない』って祥兄様(延珠)が言ってたよ」
「延珠……」
鳳珠が片手で顔を覆って困ってしまう。
「だから私は、父上のお決めになったお相手を、うんとう〜んと大好きになるの! どんな人になるのかなぁ〜」
三つ目の団子を串に残したまま、緋凰はきらきらした目でうっとりと遠くを見つめた。
「……緋凰は、お相手を父上が決めてもいいの?」
「だって、私のお相手は自分できめられないのでしょう。どこの国に嫁がされるのかなぁ」
その言葉に、さっと顔色を変えた鳳珠が厳しい顔を向けた。
「誰がそのような事を?」
「え……。誰も言ってないけど、そうなのかなって思って……」
急に真面目な顔をした鳳珠に、何か悪い事を言ってしまったのだろうか、と、緋凰はギョッとする。
ふっと息をつくと、鳳珠は緋凰の頭を撫でてゆっくりと言い聞かせた。
「緋凰はね、他国には嫁がないんだよ。父上もそうおっしゃっていたからね」
「え⁉︎ そうなの? ……じゃあ私、この国でお友達たくさんできても、いつかお別れしなくてもいいの? 兄上達とずっと一緒にいられるの?」
「もちろんだよ。この国の人を、たくさん好きになってね。ずっとみんな緋凰と一緒だよ」
パァァッと、緋凰は笑顔になっていくと、
「やっったぁ‼︎ 嬉しい♡」
団子を皿に放り出して、嬉しさのあまり、鳳珠に抱きついた。
鳳珠もにこやかにギュッと受け止める。
その二人を、周りの者達は微笑ましく眺めていたのであった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




