おまけの巻3/ お祭り? 軍事演習〜後編〜
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。七歳
御神野 律ノ進 煌珠……主人公の父。お殿様。
瑳矢丸……緋凰の世話役。刀之介の三男。
岩踏兵五郎宗秋……家臣。武将の一人
ブォーーーーーー‼︎
あたり一面に法螺の音が力強く響き渡る。
その始まりの合図と共に、若者達が一斉に小山の頂上を目指して走り出した。
「うおぉぉぉ‼︎ ぜってーーおれが取る‼︎」
「バカ言え! おれがとっておミヨちゃんを嫁にしたる‼︎」
「え? お前、ミヨが好きなん?」
「あぁ‼︎ しまった! 言っちまった〜」
ゲラゲラゲラ〜、などと若者達はそれぞれに想い人を頭に浮かべながら我先にと、山道を駆けて行く。
「最初、誰が待ち構えているかなぁ。どうやって欺ける?」
「百敷様あたりだと難しそうね……」
「まあ、でもその辺りからくるんじゃない? 最後に(武術最高峰組の)真瀬馬(刀之介)様や伊農様でしょ。豪ノ進様は正面切って勝てるはずもないから、えっとぉ——」
それぞれに予想や戦略を立てながら突き進んでいると——。
間もなく前方で武器を持って立っている数人の人物が見えてきた。
「え? アレって……」
嫌な予感に、兵士達の胸がザワっと騒ぐ。
最初の関門には——
仁王立ちの閃珠を先頭に、一歩下がった左右に天珠や刀之介、横の岩の上には伊農が、他にも錚々たる顔ぶれの武将が数人、あちこちで待ち構えているではないか!
「はああ⁈ しょっぱなから武術最強組ぃーーーー⁉︎」
それを見るなり、若い兵士達は魂が消し飛んだ。
ずーーんと立っている沢山の猛者達の威圧感たるや……半端ない。もはや圧巻である。
——勝てる気がしねぇ‼︎
いきなりラスボスが現れたような感じで、兵士達の士気は一気にだだ下がりである。
そんな中、先頭を走っている玄珠が闘志を燃やして、真っ先に閃珠の元へ走ってゆく。
「湧ノ進様ぁーー‼︎」
名指しを受けた祖父の閃珠はニッと笑って、
「来い! わしの可愛い孫よ‼︎」
今や自分よりでっかくて迫力のある玄珠に向かって走り出した。
互いに間合いへ入った瞬間——!
ガキィンッ‼︎
頭上から振り下ろされた玄珠の練習用の槍と、中段から迎え打った閃珠の練習用の槍とが弾いて火花が散る。
それを見て父の天珠は、息子から自分に声がかからなかった事に、ちょっと残念そうだ。
ところが。
「お〜い、叔父上ーー♡」
姪っ子の緋凰が向こうから、髪を瑠璃色にぴかぴか光らせて、笑顔でちょこちょこ走りながら名指してきた。
——プフーー! か〜わいい〜♡ 名指してんだか、ただ呼んでるだけなのか……。
近づいてくると、緋凰が持っている小さな槍を構え始めたので、おっ、となった天珠は、ニコニコしながら小走りに寄って行く。
間合いに入った緋凰は、グッと足に力を入れて、一気にダッシュ!
天珠の後ろに回り込んだ。
「——何⁉︎」
焦って後ろを向こうとした天珠の視界では、大きく真横に槍を振りかざしている緋凰の姿をとらえる。
ガンッ——
とっさに槍を盾にして、天珠はその攻撃を受け止めた。
——あっぶな〜。
油断大敵の文字が天珠の頭に浮かんだのも束の間。
正面から別の兵士達が襲いかかってきた。
その横を、別の兵士達が通り抜けようと走る。
「うお! いかん、いかん!」
天珠は踊りかかってきた兵士の首根っこを掴むと、横を走り抜けようとしている兵士達にそのままぶん投げて当てた。
そして次々に挑んでくる若者達を手当たり次第、薙ぎ払い始める。
その向こうでは——。
「伊農様ぁ! 娘さんをボクの嫁にくださーーい‼︎」
「ほざけぇ! 誰がお前らなんぞに愛しい娘をやれるかぁ‼︎ この、ボケナスどもめぇーー‼︎」
伊農が目を血走らせて兵士達を蹴散らしている。
その近くでは、刀之介が黙々と周りの兵士達を倒していたのだった。
圧倒的な武将達の強さに、ここを通り抜けられたのは……。
わずか二十名程なのであった。
ーー ーー
次の関門は……。
包之介をはじめとした数名の御年配の武将(OB含む)である。
「おっ。きよったわい。結構おるのぉ〜」
「も、ちっと減らしてほしかったなぁ」
「おぉ、きびきび動いとる。さあ、骨折らんようにせんと」
「ハハ、棒を振るだけであの世へ行けそうじゃわい」
待っている間、円座で軽く酒盛りをしていたのを切り上げて、わらわらと立ち上がると、ヨタヨタと皆配置についた。
その光景を遠目で見た若者達は、
——ジジイばっかじゃん! 殴ったらうっかり三途の川までいっちまうんじゃないか?
全盛期の彼らを見た事がないので、なめてかかってしまう。
間もなく間合いに入った兵士達が、攻撃をしかけるが……。
あっさり見切られてかわされてしまう。
それどころか、上手く地形の利を得る場所へ知らぬうちに誘導されて叩かれるなど、老獪な知恵で撃退されてゆく。
……結局時間内にこの場を通り抜けられたのは、かろうじてだいたい二人程であった。
ーー ーー
「全くあの御老体方は……。すぐ飲み過ぎるから取りこぼす——。あ〜お腹いた〜い」
小山全体がよく見える崖の上で、この国の軍師である細身の男が、ぶつぶつ文句を言いながら戦況を眺めている。
「もう少し残って欲しかったけど……。武将の方々の腕は全く鈍っていないのね、素敵♡」
その横で軍師補佐の一人、紫衣那がコロコロと笑っている。
そしてさらにその横では、亀千代や瑳矢丸をはじめ、後学の為、練兵場に通う少年少女達が眼下の状況を熱心に見学していた。
「すごっ。さすが岩踏先生……。もう鬼神の強さだね」
鷹千代がほぇ〜、と声をもらす。
——凰姫……。
瑳矢丸は自身の主を始終、目で追っていた。
程なくして、崖の先に立っている煌珠が与太郎へ何かを持ってくるように指示を出したのであった。
ーー ーー
「あれか!」
小山の頂上にたどり着いた岩踏は、奥の方で盛土にぶっ刺してある旗を見つける。
だがその前には、百敷達四人の武将が守って立っていた。
「お前どっち行く?」
あがった息を整えつつ、体勢を立て直しながら隣の兵士へ岩踏は声をかける。
じゃあ、左で、と答えた仲間達と共に、駆け出した。
百敷達も動き出す。
——流石! ここに至ってもなお、力強い‼︎ 見事だ!
岩踏と槍を交えながら、百敷はこっそり感動をしている。
ここを守る者達は、事務仕事を得意としているものだが……。
岩踏達は苦戦を強いられる。
——チッ! 簡単にはいかないか‼︎
得意科目は文系でも、戦国時代の優れた武将は基本的に文武両道。
百敷のように、多少ふっくら体型をしていても、武術の腕はきちんと持ち合わせていた。
——クッソ! じりじりと体力を削られる‼︎
自分達の力量が知られている事で、岩踏達は百敷達の戦略で前に進めない事に焦りが出てくる。
——よし、今ぁ‼︎
武将達を吹っ飛ばした一瞬の隙をついて、岩踏が旗に向かって走る!
だが——
ハッと何かの気配に気がついた岩踏が足に急ブレーキをかけた。
トスッ!
旗の手前に、飛んできた一本の矢が刺さる。
岩踏がその、軌道を確認して顔を上げると……。
向こうの崖の上で、煌珠が斜めに弓矢を構えている姿を発見!
——なぁぁ⁉︎ マジかよぉーーーー‼︎
ヒュッヒュッと飛んでくる矢を、必死に槍で叩き落とすが、
——くぅ! 刻が無い!
焦りながらも、冷静にチャンスを狙っている。
与太郎が終了の合図を出すべく法螺を持ち出した。
——マズイ‼︎ もぅ、行ってやれ!
岩踏がバッと旗に向かったのを見て、サッと煌珠が矢をつがえる。
ところが。
わずかに目を見開いて、煌珠は右手の矢を放さなかった。
あと数歩の所、岩踏の手が旗に伸ばされる。
すると——。
突然、頭の上にズンッと何かがのしかかり、前のめりになった。
——何だぁ⁉︎
倒れ込む寸前、顔をわずかに上げた岩踏の目に、キラキラとした瑠璃色が映る。
岩踏の頭を足がかりにして、緋凰が飛び込みながら旗を掴んで倒れ込んだのだった。
「やったぁぁーーーー‼︎ 取ったよぉーー‼︎」
起き上がりざま、髪の毛ぐしゃぐしゃ、身体もボロボロになっている緋凰が歓声を上げた直後、法螺の音が響き渡り、演習の終了を告げた。
「お前! 居たんか⁈ こら、師匠の頭を踏んづけるんじゃない‼︎」
岩踏がプンスカ怒ってくるが、
「え〜? だってとっくり先生、こないだ『戦場では俺の屍を超えてゆけ』って言ってたもの」
何で? と緋凰は首を傾げる。
「まだ死んでねぇよ! おい‼︎」
大きくツッコミを入れて、岩踏は疲れた〜、と後ろに倒れ込んだのであった。
ーー ーー
小山の麓では、兵士も武将も全員集まって終わりの反省会が行われている。
それぞれの良かった所、問題点等を議論した後、最後に煌珠が緋凰を前に呼んだ。
「刻限内に旗を取った褒美だ。お前は誰を選ぶ?」
「え?」
問われた緋凰は、戸惑ってしまう。
なぜなら、緋凰としては旗を取って一等賞! みんなにほめてもらえる。といった幼子ならではの名誉欲のみで動いていた為、目に見える物品でない褒美の事など、全くもって忘れていたからだった。
「えっと……、う〜ん……」
頭を掻いて困っている緋凰の後ろでは……。
「やっぱり弓炯之介様でしょ。姫様、好き好きだもの」
「え〜私は瑳矢丸くんだと思う。歳も近いし、いつも一緒だからさ」
「おれ、弓炯之介様に賭ける」
「おれは瑳矢丸だな」
「ふん、愚かな。俺は穴で鷹千代様に賭ける」
「うお! あり得る、やべ」
兵士達が興味津々で、予想しまくっている。
鳳珠の顔が少し険しい。
瑳矢丸は何故だか異常に緊張している自分に首を傾げている。
興味があるのは、煌珠も例外ではない。
「お前は誰が一番好きなんだ?」
わずかにその瑠璃色の瞳を深めながら、煌珠は噛み砕いた言葉で、もう一度問いかける。
その場の全員がもう、ドッキドキで耳を澄ましていると。
……ほどなくして、緋凰が口を開いた。
「一番……好きなのは——」
ドッキ、ドッキ、ドッキ、ドッキ——
「私は、兄上が一番だいすき♡ 兄上とずっと一緒にいるんだぁ〜」
……だぁぁ〜‼︎
子供かよ! と男の兵士達は、賭けにならなかったと残念がり、可愛い〜♡アハアハ、と女の兵士達は笑っている。
鳳珠が破顔して軽く両手を広げたので、緋凰はスキップをひとつして、わぁい! とその胸に飛び込んでゆく。
ズルい〜、と星吉がぶー垂れて文句を言っている。
隣で瑳矢丸がなんとも言えない顔をしていて、玄珠や弓炯之介達は、微笑んでいた。
それを見て、
「……良かろう。ではこれにて終わりとする‼︎」
煌珠が無表情で、本日の演習の終わりを告げたのだった
後にこの国では、自分の本心を垣間見た若い兵士達がこぞって動き出し、一時期、お見合い合戦が至る所で繰り広げられたのであった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




