7.武術って、見るだけなら素敵! 閃珠の朝練
読んでくださり、ありがとうございます。
至らぬ点も多いかと思いますが、
皆さまに楽しんで頂けるよう、がんばります。
——目を覚ますと、緋凰は見慣れた天井が薄明かりに浮かんでいるのを見た。
(あれ? 私の部屋だ……)
寝たまま辺りを見回すと、布団の上に寝かされている事に気がつく。
着物も着替えてあった。
(もう夕方……ん? 違う⁈)
チュンチュンと鳴く小鳥の声と、明かり取りの障子の色で朝だと分かった。
(うーん、どんだけ寝たんだろう……。ま、いっか。厠行こ)
だるい体をもそりと起こして、のっそりのっそり静かに部屋を出る。
厠から出て部屋に戻ろうとしたら、わずかに風を切る音が聞こえた気がして、緋凰は足を止めた。
(あっお祖父様⁈ 絶対そうだ!)
確信を持って、緋凰は祖父の部屋へ走り出す。
緋凰の祖父、御神野湧ノ進閃珠は放浪癖のある男で、まだ若いうちに早々に隠居をすると、この国の重臣であった真瀬馬包之介元桐を引っ張っていっては、ふらふら旅に出てしまう。
緋凰としては、かなりのレアキャラだった。
祖父の部屋の前までくると、空を切る音が大きく聞こえてくる。
(やっぱりそうだ! 帰ってきたんだ!)
閃珠は武術の稽古が朝夕の飯よりも好きな男なので、おそらく朝練をしているのだろう。
邪魔をしないように、緋凰はそっと部屋の襖をあけた。
部屋の奥、開け放たれた障子のさらに向こうにある庭で、あがった息を整えつつ立っている閃珠の横顔を見つけた。
嬉しくなって一歩部屋に入った所でなぜだか足が止まってしまう。
(何だろう……息が……苦しい)
閃珠の放つ威圧感が、何者も寄せ付けない。
(どうしよう……怖い……)
逃げ出そうかと思ったが、足がかすかに震えていて動かなかった。
ふと顔をあげて見ると、閃珠の深い瑠璃色の瞳が、朝日を浴びて透き通ってゆく……。
真っ直ぐ前を見据えると、ゆっくりと刀を上段に構えた。
(……怖い……のに……見たい……)
緋凰の胸の鼓動が、ドクンドクンと大きくなってゆく。
わずかに訪れた静寂。
次の瞬間——。
刀が力強く振り下ろされた。
(わぁ‼︎)
緋凰が大きく目を見開く。
そのまま刀を下から斜め横になぎ払い、すぐに防御の構え。
そのままくるっと左回転をして横から叩く——!
(すごっ……すごい! キレイ‼︎)
鍛え抜かれた身体から繰り出される太刀筋は、あまりに見事で美しい。
閃珠の武術の才は天賦のもの。
この時代の初老と呼ばれる歳であろうとも、未だこの国で一、二を争う腕を持っていた。
心臓をドキドキさせながら、緋凰は閃珠の一挙一動を逃さぬよう、食い入るように見ている。
……やがて、一つの勝負がついた。
フッと息をつくと、閃珠は身体の緊張を解く。
「あっちーなぁ」
汗だくになった体を拭こうと、縁側まで来て置いてあった手拭いを持ち上げた時、閃珠は部屋の廊下側の入り口に人影を見つけてビクッとした。
「なっ……座敷わら……」
目がおかしいのか?と手拭いで顔をゴシゴシゴシッと勢いよく拭いて、もう一度よく人影を確認する。
「ん? おや? ……緋凰か。お〜い、そんな所で何やっとるんじゃあ」
閃珠の呼びかけに、ボーッと惚けていた緋凰はハッと我に帰ると、久々の大好きな祖父の声に嬉しくなって走り出す。
「おじーさまー‼︎」
走ってくる可愛い小さな孫に、閃珠は破顔して両手を広げた。
緋凰は勢いよくジャンプして飛びつくと……。
「ぶえっ! 冷たっ‼︎」
汗でびったびたの閃珠の着物で、体温が奪われた。
「おぉ! すまん、すまん」
閃珠は慌てて緋凰を縁側に下ろすと、愛おしげに頭をなでて笑いかける。
「やっと起きたか〜。お前のカッコいいジジイが帰ってきたのに、遊び疲れて朝まで寝てしまうとは……。寂しかったぞ〜」
どうやら次の日の朝らしい。
そんな事など、どうでもいい緋凰は大興奮でフンフンと鼻息を荒くして、閃珠を羨望の眼差しで見上げた。
「お祖父様! すごいすごい‼︎ カッコいい! 素敵‼︎ 大好き♡」
閃珠としては、何をそんなに褒められているのかよく分からなかったが、目をキラキラさせて喜んでくれている、自分に顔がそっくりの孫がたまらなく愛らしい。
ちなみに、煌珠の顔は父の閃珠に瓜二つ。
緋凰の顔も父の煌珠に瓜二つ。
三世代同じ顔が続いたのだった。
「お、おぉ! そうか! わしのカッコよさが分かるとは。お前は男を見る目があるのぅ。どれ、ちゅっちゅしてやろう♡」
「ぎゃあ! それはヤダ〜」
キャッキャしながら緋凰は閃珠の顔をよけまくる。
スキンシップをすべてかわされて閃珠は少しがっかりするが、気を取り直してもう一度笑いかけた。
「さあ、朝メシだ! わしも着替えるからお前も支度をしなさい。元桐(包之介)が緋凰の好きな胡瓜の漬物を漬けてたぞ」
「やったぁー!」
喜びが全開になって、緋凰はぴょんぴょん飛び跳ねた。
料理が趣味の包之介の腕はプロ顔負けである。
その事もあってか、閃珠は自身の荒小姓であった頃から今の今まで包之介が手放せない。
御神野家と真瀬馬家は、先祖からの長い付き合いなので家同士の関係自体も、とても深かった。
「じゃあ、あとでね。お祖父様!」
「おう」
手を振って閃珠の部屋を後にすると、緋凰は包之介の顔を思い出す。
(おじいちゃんがいるなら今頃台所は……)
包之介はすごい。
何がすごいのかと言うと、人からのモテっぷりがすさまじいのだ。
容姿端麗という言葉がピタリと当てはまるこの男。
幼児期には美しさのあまり家族、親族の度肝を抜き。
少年、青年期にはクールなその人柄が美しさと相まって妙な色気を放ち、女達をバッタバッタと倒してゆく。
壮年期にはダンディな魅力で男までも虜にしていった。
初老にさしかかった今では、性格も丸くなって好々爺になり、子供にまで絶大な人気を誇る。
子の刀之介も、孫の弓炯之介も、容姿は抜群なのだが、この男のモテっぷりには敵わなかった。
(御殿のみんな、今日はゴキゲンだね。あー早く胡瓜食べた〜い♡)
まだまだ花より団子の緋凰は、よだれをたらしながら自室に走っていったのだった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




