4-20 自身の身分と松丸とのお別れ
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。お姫様。七歳
若虎……西国の重臣、旗守家の長男。九歳くらい
松丸……西国の北隣にある国の国衆、鶯鳴家の長男。七歳くらい
『特訓を……しよう』
数ヶ月前、最初にそう言い出したのは若虎であった。
そして緋凰と松丸にはその提案に、震える手をギュッと握って、力強く頷く理由があったのだった。
あの日河原で強くなりたいと若虎と松丸が緋凰にお願いした次の日。
しばらく進んだ帰り旅の途中、高い丘の上で三人は偶然にも見てしまったのである。
戦で負けた一族郎党達の処刑の現場を——。
そのあまりにも凄惨な場面に、三人は大きく目を見開き、衝撃を受けてガタガタ震えながら立ちすくみ、松丸と緋凰はその場で膝から崩れてしまった。
一刻も早く立ち去りたいはずなのに、三人の身体はそこに縫い付けられてしまったかのように動けない。
緋凰は何とかギュッと目をつぶる事が出来て、現実から視界を背けた。
すると、まぶたの裏に父の煌珠が現れたかと思うと、いつぞやの言葉を再び投げかけてくる。
『——お前が鳳珠を守るんだ——でなければみんな死ぬだけだ——』
(……父上……ちち……うえ……)
胸が押しつぶされそうなくらい苦しくなってきた時——。
突然バッと、若虎が緋凰と松丸の頭を自分の胸に抱えた。
「もう行くぞ! さあ、立つんだ二人とも‼︎ 頑張れ‼︎」
必死に励ましながら二人を立たせると、若虎は無理矢理連れて行ったのであった。
だが悪い事は重なってしまう。
つまずきながらも何とか進んでいった先で、今度は村が一つ、野武士達に荒らされている最中に出くわしてしまったのだ。
崖の上で叫びそうになるのを、両手を使って緋凰は必死に堪える。
三人は眼下で繰り広げられる、この世のものとは思いたくもないその地獄絵図に恐れ慄くと、意識がまたしてもその場面に捕られてしまう。
いち早く我に返った若虎が二人の手を引っ張って、その場から逃げ出した。
幸運にも野武士に見つからなかったようで、誰も追ってはこなかったが、三人は夢中でもと来た道をひたすら走る。
無言で走って——まだ走って——。
気がつくと、昨日野宿した河原まで戻っていたのだった。
三人は初めて見た世の中の闇に、肩で息をしながら、ただただ呆然とした後、じわじわと襲いかかってきた恐怖に、緋凰と松丸は若虎の左右にしがみついてすすり泣いた。
夜になってもその体勢から三人は動けない。
緋凰と松丸はただひたすら泣き続け、若虎は二人を抱えて寝転び、夜空に無数に散らばって瞬いている星をぼんやりと眺めていた。
三人はそのまま口を開かない。
だがその心中では、自身の親達が持つ身分の重大さ、そしてそれをいつか継いでゆくであろう自分の将来を、それぞれに深く深く——潜考してゆくのであった。
ーー ーー
……そんな出来事があったので。
「さッ寒い! まだ本格的な秋じゃないのに、朝が寒っむ〜」
鶯鳴の館で荷物をまとめている緋凰は、山の大気の冷たさに驚いている。
この帰り旅では、しっかりと情報収集をし、回り道をしてでもなるべく安全な道や場所を選んで通ってきたので、ずいぶんと日にちが経ってしまっていた。
「緋凰、用意できたか? 行くぞ」
「忘れ物ない?」
「うん! 大丈夫〜」
呼びにきた若虎の後ろを、松丸と話をしながら緋凰は屋敷の外門へ向かってついていったのだった。
ーー ーー
鈍色の曇り空の下、外門の前では鶯鳴家の人々と使用人達が見送りに出てくれていた。
「じゃあ、気をつけてね」
「うん」
「道、間違えちゃだめだよ。途中で変な物食べないでね」
「うん」
「若虎の言う事ちゃんと聞いてね。あと朝、早く起きるんだよ」
「うんうん」
「……」
「……」
向かい合っていた緋凰と松丸の目に涙がたまってくると、
「うわ〜ん、松丸ぅ〜」
「緋凰ぅ〜」
ひしっと抱き合って別れを惜しみまくっている。
「何か親子の別れみたいな会話だな」
隣で若虎が小さくツッコミを入れた。
緋凰からそっと離れた松丸は、次に若虎の方を向く。
「いつか若虎の所へ遊びに行ってもいい? 文もだしたい!」
「もちろんだ! いつでも歓迎するよ。俺も文を書くから」
そう言い合うと松丸と若虎もしっかりと抱き合った。
「本当に国境までで大丈夫なのか?」
松丸の父である鶯鳴が、やや心配げな顔を向けてくる。
子供二人なので、馬でそれぞれの国まで送ってゆく、という申し出を国境までで、と遠慮した二人は、
「はい、大丈夫です。お世話になりました」
感謝の意を述べて頭を下げた。
「では、こちらへ」
鶯鳴家の護衛二人が連れている二頭の馬に、緋凰と若虎がそれぞれ乗せてもらう。
その後ろに護衛達もまたがり、準備が整った。
「じゃあ行くね。松丸、元気でいてね!」
「うん! 緋凰も若虎も元気でいてね!」
三人が手を振ると——、馬が走り出した。
館の者達も手を振って見送る。
ところが……。
「待って! 待って‼︎」
少し走った所で、松丸が呼びかけながら追いかけてきた。
二人の護衛が慌てて馬を止める。
「待って、緋凰!」
「え⁉︎ どうしたの?」
馬上からの緋凰の問いかけに、追いついた松丸が顔を上げると、
「あの……あのね、えっと……その……僕は……」
まごまごして言いよどんでいる。
「?」
不思議に思った緋凰は、ひらりと馬から降りると松丸に向かい合った。
その様子を見た若虎と護衛二人は、
——コレってもしや——⁈
なんとな〜く視線を逸らして、さりげな〜くその場から距離を置いてゆく。
何か言いたげなのは分かるので、緋凰は松丸が話すのを根気強く待ってみた。
すると、ハッとした松丸が慌てたように言った。
「あのさ! 緋凰ってどこに住んでいるの? 聞くのわすれちゃった! 文が送れないよ」
あははっと顔を赤くしている松丸につられて、緋凰も笑った。
「あっ! そうだったね! あっぶな〜」
(そうだね。もう、ちゃんと自分の事を言おう。松丸の文、欲しい!)
そして緋凰は、そっと小さな声で自身の身分と住んでいる所を告げる。
言い終わって緋凰はにこりと笑うが、反対に松丸は顔がこわばってしまった。
「……そう、やっぱり緋凰は……すごいお姫様だったんだね……」
そう小さく呟いた松丸は、
「緋凰、父上の書いた書状をちょうだい」
そう言って手を出した。
「え? う、うん」
神妙な顔の松丸を見て訳が分からずに緋凰は、背負っていた荷物から書状を出して手渡した。
遠くでそれを見ていた若虎が訝しげな顔をする。
「どうして?」
その緋凰の問いかけに、松丸はただ寂しげに笑うだけだった。
だが、その顔で緋凰はなんとなく察した。
「そう、私は松丸の世話役にはなれないんだね……。ごめんね」
松丸は小さく首を振る。
「いいんだ…………。僕、緋凰に出会えて本当によかった」
涙ぐみながら、松丸は笑った。
「私も、松丸に出会えて嬉しいよ」
そう言って二人は最後にもう一度、しっかりと抱き合った。
「じゃあ、今度こそ行くね」
「うん」
松丸が頷いたので、緋凰は護衛の所まで行くと、馬に乗せてもらう。
「松丸ぅ! またね‼︎」
「またね! 緋凰、若虎、必ずまた三人で会おうねぇ!!」
「うん、絶対ね‼︎」
「ああ、必ず‼︎」
別れの言葉が終わると、今度こそ馬は前方に真っ直ぐ走って行く。
三人は互いの姿が見えなくなるまで懸命に手を振り続けたのであった。
数年後、緋凰と若虎と松丸の三人は、そろって再会を果たすのだが、その場所はこの時には思いもよらない場所になるのである。
ちなみに、松丸から緋凰の身分を聞いた鶯鳴は、何て事をしてしまったんだ! と大きく頭を抱えてしまったのだった……。
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これからも、どうぞよろしくお願い致します。




