6.これ、しつけなの? それとも虐……?
読んでくださり、ありがとうございます。
至らぬ点も多いかと思いますが、
皆さまに楽しんで頂けるよう、がんばります。
それから数日の間は、何事もなく過ぎていった。
ところがある日。
初夏の清々しい陽気に誘われて、近くの山にでも遊びに行きたくなった緋凰は、子守のおたねを探していた。
子守といえば、四六時中子供のそばに付き添っているものなのに、おたねは最初からたまに緋凰をおいてふらりと消える。
最近は特にそれがひどかった。
(また父上の部屋かな?)
緋凰はパタパタと小走りに煌珠の部屋にいくと、縁側からそっと中をのぞいてみる。
いた。
おたねは誰もいない煌珠の部屋で、ホウキを持ってぼんやりと立っていた。
「おたね! おたね!」
緋凰の呼びかけに、ギョッとした顔で振り向くと、
「何であんたがここに居るの⁈ あの廊下から先は入ってはいけないと言ってるでしょう‼︎」
すんごい剣幕で怒鳴ってきた。
ビクッとしながらも、緋凰は前々から気になっていた事を、何気なく聞いてみようと部屋に入っていった。
「ねえ、どうしておたねは一日に何度も父上の部屋を掃除するの? そんなに父上って汚いの?」
どちらかと言えば煌珠はすんごい綺麗好きで、整然とした空間を好む。
ゆえに、居室は自身でも散らかさないので、使用人が片付けるものなどない。
おたねの言う掃除とは、ただ煌珠の部屋に入る口実でしかなかった。
「はぁぁ⁉︎ 律ノ進様(煌珠)が汚いわけないでしょう‼︎ あんたと一緒にしないで! この神聖な部屋がよごれるから、早く出なさいよ‼︎」
そう怒鳴りながらおたねはぐいぐいと緋凰を押し出してくる。
質問した答えが分からぬまま緋凰は部屋を出ようとした時、ふと床の間にある花瓶に目がいった。
(あ、あれは……)
花瓶に生けてある植物の上に、バッタのような虫がチョンと乗っていたのだ。
(可愛い♡ 捕まえて鷹ちーにあげよう)
従兄の鷹千代は大の虫好きだった。
緋凰はパッと床の間までいくと、虫にサッと手を伸ばした。
しかし、虫もぱっとよけて飛んでいってしまう。
まずい事に、その手の勢いで花瓶を倒してしまった。
ゴロリと床に転がった花瓶の中身が飛び出して、水が畳を濡らしてゆく。
「きゃあ——‼︎ 何してるのぉ⁉︎」
絶叫したおたねは裏拳で緋凰のこめかみあたりを思い切り殴った。
よろめいた緋凰は、柱にまでゴンと頭を打ちつけて床にたおれてしまう。
「ご、ごめんな——」
言い終わらぬうちに、腹に蹴りまで飛んできた。
(く、苦しい……)
ふと緋凰の脳裏に亀千代の言葉が浮かぶ。
『殴り返すだけだ』
ぐっと痛さをこらえながら頑張って跳ね起きると、緋凰は拳を振り上げておたねに向かっていった。
ところが。
振り下ろした拳はやすやすとかわされて、反対におたねの正拳突きが緋凰の胸にキレイに入って縁側まで吹っ飛ばされる。
「いったぁ……ひいい——!」
こちらを見ているおたねの目がすわっている。尋常じゃない。
(殺される‼︎)
恐怖のあまり痛みも忘れて、起き上がりざま猛ダッシュで緋凰は逃げていった。
(ダメだ! ぜんっぜん敵わない‼︎ オトナってみんなあんなに強いのぉ⁈)
この時緋凰は知らなかったが、おたねはいわゆる普通の人ではない。
この日から、おたねのゆきすぎる体罰が始まったのだった。
ーー ーー
いよいよ夏の真っ盛り。
連日うだるような暑さが続いている。
あの日、煌珠の部屋で吹っ飛ばされてから、おたねの体罰は日増しに酷くなっている。
ただ、緋凰が何かしら失敗をした時に蹴りやパンチを飛ばすので、おたねとしては『躾』であり、当然の事だった。
それなのに、目上の者達には体罰がバレないように、いろいろと工夫はしているようである。
「あつ〜……暑いよぉ。ねぇ、私も日陰に行きたい」
屋根のない庭の真ん中で汗だくの緋凰は、日陰の縁側に座って足をおけの水に浸して涼んでいるおたねに何度も懇願していた。
「こっちで遊んだら縁側が濡れちゃうじゃない。おけに水がまだ入ってるでしょ。水遊びしたいって言ったのはあんたなんだから」
「でも……。じゃあ笠かぶりたい」
「だめ。笠が濡れるでしょ」
「……」
(笠って雨降ってる時にかぶるじゃん)
暑さにやられて頭がボーッとしてきたせいで、反抗もできなくなってきた。
立っていられなくなってしゃがみ込むと、足元のおけに手を入れる。
しかし庭にでているおけの水は、どれも暑さでお湯に変わってしまっていたので、体が冷やせない。
ついに頭がくらくらしてきて、緋凰はその体勢のまま動けなくなってきてしまった。
その様子を遠目で見ていた若い女の使用人が、居ても立っても居られなくなり、急いでおたねの元へ走ってくる。
「おたね様、大変でございます。殿様のお部屋に虫がはっておりました!」
それを聞いたおたねはガバッと立ち上がると、
「まぁ大変! 律ノ進様のお部屋をお掃除しなくっちゃ♡」
満面の笑顔でいそいそと用意を始める。
おたねが行ってしまったのを見届けると、使用人は急いで緋凰を抱きかかえて、縁側の涼しい所にそっと寝かせた。
「姫様! 姫様! 大丈夫ですか⁈ あぁ……申し訳ありません。いつもいつもお助けする事がかなわず……」
使用人はテキパキと素早く緋凰の処置を始める。
「おたね様のご実家は家柄が良いので、私どもでは逆らう事がどうしてもできず……」
さらに言えば、絶世の美女とまではいかないが、わりと容姿の美しいおたねは、周りにもバレバレなくらい煌珠を慕っているので、本当に側室になるのではないかとささやかれてもいたのだった。
体が冷えた事で少し頭が楽になった緋凰は、じっと使用人を見つめると、
「もう、行っていいよ。ありがとう」
と、うわ言のようにつぶやいた。
使用人は驚いて手が止まってしまう。
「でも……」
「ここにいておたねが戻ったら、たたかれちゃうんでしょ? すごぉく痛いんだよ?」
幼子の思いやりに、胸が締め付けられる思いだった。
使用人はふるふる震えて目に涙をためると、ぐっと緋凰の顔近くに寄ってきた。
「姫様、あと少しのご辛抱です。大殿と包之介様が旅からお戻りになったそうで、間もなくこちらにお帰りになります。お二人のおそばにいらっしゃれば、おたね様も手が出せませぬから。必ずどちらかのおそばにいて下さいまし、いいですね」
使用人は何度も念をおしておき、緋凰が大きく頷いたのを見ると、後ろ髪を引かれる思いで仕事に戻っていった。
一人で動けずにおとなしくのびていたら、かなり近い所で蝉がジーッと鳴き始めたので、頭に響いて辛くなる。
(うるさぁいよぉ〜。……お祖父様と、おじいちゃん……早く会いたいなぁ)
ぼんやりと天井を眺めていたら、睡魔に襲われ、うつらうつらと目が開けられなくなってくる……。
意識を手放す直前、亀千代の声が頭をよぎっていった。
『味方でもつくりゃいい』
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。