4-12 囚われの美少年?
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。ある国のお姫様。七歳
若虎……囚われている美少年。九歳くらい
松丸……囚われているもう一人の美少年。七歳くらい
『瑠璃に触ると不運がくる』
ここでも使用人にそう嘘をついて、一人で行水(でっかいタライで身体を洗う)をさせてもらい、サッパリした緋凰は用意されたフンドシ、そして着物と袴を身につけた。
緋凰は女の子ではあるが、毎日武術の稽古をしている事もあって、普段からフンドシを身につけているので特に抵抗はない。
欲を言えば腹掛けか、胸に巻くサラシも一緒にほしかった。
(わ! 可愛い薄紫の着物だぁ。……あれ? 私女ってバレてない⁉︎)
廊下で待っていた使用人の所へ行くと、緋凰は心配になって尋ねてみた。
「私はどうしてこんな可愛い色の着物なの?」
「それは……お前が女の子みたいに可愛い顔立ちだからだよ。文句を言うんじゃない、さあこっちだ」
(みたいって事はバレてないのね)
緋凰はふぅっと息をついて安心すると、慌てて使用人についていった。
昼の日差しが強い中、たどり着いた部屋の前では、いかにもならず者の用心棒といった格好の、刀を腰に差している男二人が、襖の両側にあたる縁側に壁へもたれながら立っていた。
「この中に入って」
襖をわずかに開けて促すので、緋凰はてくてくと部屋に入っていく。
完全に部屋に踏み入った所で、後ろ手になった襖がピシャリと閉められた。
(な〜んにもない部屋だなぁ)
くるりと部屋を見渡してみても、掛け軸はおろか、壺一つ置いていないガランとした部屋だった。
だがそこには——。
(おぉ! すんごい美形の男の子が二人もいる!)
部屋の奥には、まるでそこだけ華やいでいるかのような気分になるほど美しい少年達が、一人は正座で、一人はあぐらをかいて座っていた。
(もしここに来たのが私じゃなかったら……)
自国代表の美少年、瑳矢丸がここにいる場面を想像してみると……、とてつもない美の共演になりそうだと緋凰は思った。
「こんにちは。みんなもさらわれてきたの?」
二人の前にきて緋凰も正座をしながら、なんとなく声をかけてみた。
「……なんだ。今度は女みたいな顔の小っさいやつが来たな」
あぐらをかいている紺色の着物がよく似合う、気の強そうな顔立ちの美少年がつぶやくように言った。
「こんにちは。君もさらわれてきたんだね」
その隣で正座をしている草色の着物のよく似合う、優しげな顔立ちの美少年は頼りなく笑って緋凰を迎えてくれた。
「そうそう、運悪くすんごい腕の立つ人さらいに会っちゃって……。最悪だよぉ。あ、私は緋凰って言うの、よろしく〜」
にっこり笑って緋凰はうっかり本名を名乗ってしまう。
「……僕は松丸って言うんだ。よろしく」
そう言って草色の着物の美少年が、今度はふわりと笑ったので、緋凰はなんだかほっこりした気分になった。
「こんな状況でよく名乗り合えるな。……俺は若虎だ」
ため息をついて呆れるも、紺色の着物の美少年もきちんと名乗った。
「よろしく〜。若虎さんも松丸さんも今ここに来たの?」
「俺は今朝方売られてきて、松丸……でいいか? ……は一刻程前にこの部屋に来たな」
若虎は九歳くらい、松丸は緋凰と同じ七歳くらいなので、呼び捨てでも構わないと頷いた松丸を見て、若虎は簡単に緋凰へ説明をした。
「そうなんだ。……でもびっくりしたよ。子供ってすんごい高く売れちゃうんだね。人攫い達が喜んでてムカついたよ!」
「……どれだけ金を貰っても、死んだんじゃ意味ないさ」
「え? 死ぬ?」
若虎の言葉の意味が理解できず、緋凰はついつい聞き返した。
「何だ、見てないのか? 俺は屋敷の外で取り引きされたからか……。人攫い達が金を受け取って帰ろうと後ろを向いた瞬間に、全員斬られたぞ」
「えぇ⁉︎ 殺されちゃったの⁈」
「そっそんな……」
驚いた緋凰の横で、松丸も青ざめた。
世の中には、悪党を上回る悪いやつがいるものだった。
カタカタ震え出した松丸を見て可哀想に思った緋凰は、慌てて話題をかえる。
「そうだ! この後どうするんだろう。お腹空いたなぁ〜」
「……夜にはまぁ、『お楽しみ』をされるんだろうな……」
盛大にため息をついて、若虎は苦々《にがにが》しげな顔をした。
「ん? 楽しい事? お菓子とか食べるの?」
「……は?」
キョトンとした顔の緋凰を見て、若虎と松丸は、
——真性の世間知らずキターーーー‼︎
と、驚愕している。
「んなワケないだろ‼︎ ……あのなぁ、それは——」
仕方がないので、若虎は緋凰にしぶしぶ説明をかなり詳しくしてやった。
………………。
「ぎゃああああああああーーーー⁉︎」
緋凰の絶叫に、部屋の外でうたた寝をしていたごろつきの二人がビクッと起きた。
この日、緋凰は世の中の知りたくもない事を一つ、聞いてしまう。
「い、嫌だ‼︎ ぜっっっっ対にそんなのヤダ‼︎」
目を血走らせて全力で緋凰は拒否をする。
「誰だって嫌だっつーーの! だから攫われないように頑張るんだろ」
やれやれとため息をついて若虎は嘆く。
すると——。
突如、険しい顔をして緋凰がバッと立ち上がったので、若虎と松丸はギョッとして見上げた。
「どう、したの?」
松丸が恐る恐る声を掛けると、
「……帰る‼︎」
拳を握り締めて、緋凰は高らかに宣言する。
「はぁ? 何を言って——」
「みんなも一緒に帰ろうよ。嫌なんでしょ?」
緋凰の言っている事が理解できず、若虎は混乱した。
「帰れる……の?」
松丸が少し興奮気味に問いかけるので、
「帰ろうよ! だってここの人、お金払ってもいないんだし、いいじゃん!」
緋凰は堂々と言い放つ。
「問題、そこじゃないだろ! 見張りがいるし、逃げられないじゃないか!」
若虎の意見に緋凰は、
「見張りなんてぶっ飛ばせばいいでしょ?」
と、とんでもない事を平然と言ってのける。
「はああ⁈ 何を言って——」
ますます混乱した若虎が緋凰を問い詰めようとした時——。
「何だ何だ? 騒々《そうぞう》しいぞ!」
部屋の襖が開いて、あの人相の悪い商人の男が一人で入って来た。
付き従っていた使用人は、見張りのごろつきと縁側で待つのが見える。
緋凰達がキッと睨みつけるが、人に恨まれるのには慣れているのだろう、人相の悪い商人は気にも留めない顔で目の前にきた。
「おぉ……。大金をちらつかせたかいがあったな。どれも玉のように美しい……」
思わず舌なめずりをした人相の悪い商人をみて、三人の背中がゾッとする。
「気持ちわるっ‼︎」
吐き捨てるように言った緋凰は、ついでにべんべろべーーっとしてやった。
イラついた人相の悪い商人が殴ろうと腕を振ってきたので、緋凰はパッとしゃがんでよけた。
「まあいい。まずはお前から遊んでやろう」
人相の悪い商人の手が、松丸に向かって伸ばされる。
恐怖のあまり、松丸は震えて固まってしまっていると——。
「てぇい‼︎」
その手を緋凰が横から手刀でコーン! と叩き落とす。
「何なんだ! さっきからこの野郎が‼︎」
ついに人相の悪い商人がブチ切れて、緋凰に殴りかかってきた。
(悪いやつめ! くらえ! 岩踏流『お股粉砕蹴り』‼︎)
緋凰は畳に手をついて片足に渾身の力を込めると、蹴りを繰り出した。
「ぐぎゃ‼︎」
人相の悪い商人は、お股で何かが潰れ、痛みのあまり泡を吹いてバタリと倒れて気絶した。
「テメェ‼︎ごるぁーー‼︎」
縁側で見ていたごろつきの二人が、鬼の形相で部屋に入り向かって来たので、緋凰も迎え撃ちに走る。
掴みかかろうと手を伸ばした方の男を、向かってくる勢いを利用して背負い投げで畳に叩き伏せると、ぴょんっと飛んで両足を使って胸を踏みつけてやる。
「グフっ‼︎」
男の息が一瞬止まって動かなくなった隙に、緋凰は身体を回転させながら、倒れた男の腰にある刀を引き抜くと、もう一人の立っている男に下段から斜め上に斬りつけた。
「ぐあっ‼︎ このガキがぁ‼︎」
腕を斬られてもなお、男は刀に手をかける。
(抜かせない‼︎)
緋凰は振り上げていた刀をさらに反対方向へ払う。
「いてぇ‼︎」
抜刀する直前に太ももを斬られた男はドッと倒れ込んだ。
「この——」
背負い投げで倒れていた男が起きあがろうとしたのを見て、緋凰は男の顔めがけて刀を振り下ろした。
「ぎえええええええええーーーー‼︎」
数ミリを残し、顔面スレっスレの横を通って、刀の切先が畳に刺さる。
もう刀が顔に刺さって死んだと思った男は、勝手に気絶してしまった。
それを見て、腕や足に怪我を負った男の方は、這う這うのていで部屋から逃げ出していく。
縁側では使用人が腰を抜かして、青ざめたまま動けなくなっていた。
(終わったかな?)
他に敵はいないか、油断をしないで辺りをみていると、気絶していた人相の悪い商人が意識を取り戻したようで、もそもそと動き出した。
「うぅ……一体何が……」
体の激痛に耐えながら、人相の悪い商人が上半身をヨロヨロと起こした所……。
その目の前にスッと刀身が現れた。
「ひっ——」
人相の悪い商人が、恐る恐る目線で刀の元をたどってゆっくり顔を上げる……。
するとそこには、冷ややかな目を作って、内心で懸命に煌珠の顔マネをしている緋凰が立っていた。
「こ、殺すな、た、頼む……」
刃を向けられた人相の悪い商人が、死の恐怖で震えながら命乞いをし始めた。
緋凰はどうするべきかちょっと考えると、
(あっそうだ)
部屋の奥でポカンと口を開けて固まっている若虎と松丸に向かって質問をしてみる。
「一緒にお家に帰るひと〜?」
その言葉に、美少年二人はサッと手を上げた。
「じゃあ私達、お家に帰るから三人分の旅費、く〜だ〜さい!」
煌珠の顔マネのまま、緋凰は白目をむきかけている人相の悪い商人に、『お願い』をしてみたのだった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します!




