5.亀千代のありがた〜い? 助言
読んでくださり、ありがとうございます。
至らぬ点も多いかと思いますが、
皆さまに楽しんで頂けるよう、がんばります。
カアッと鳴いたカラスの声に、縁側で座ってあやとりをしていた緋凰は、ハッと顔を上げる。
「……もう、こんな刻」
あれから天珠の屋敷に連れてきてもらって、兄と同い年の従姉妹である美鶴(十三歳)の華道のおけいこを一緒にしたり、去年産まれた叔母の末っ子の姫君と遊んだりと、楽しい刻を過ごした。
美鶴が席を外しているので、一人ぼんやりと少しずつ茜色に染まってゆく空を眺めていたら、忘れていたおたねとの事が脳裏に蘇ってくる。
「帰りたくないなぁ……」
ぽつりとつぶやいたとたん、急に横からこぶしで頬をぐりぐりされた。
「いたたたた!」
慌てて横を見ると、いつの間にか亀千代が隣でしゃがんでいる。
幼いながらも叔父の天珠に似たいかつい顔が、ムスッとしてこちらを見ていた。
「何するの⁉︎」
緋凰は怒って抗議するが、
「何でお前がここに居る?」
亀千代の問いに押し黙ってしまう。
下を向いてしゃべらなくなった緋凰を見ると、面倒くさそうに亀千代は立ち上がった。
「お前がここにいても邪魔なだけだからな、さっさと帰れ」
いつものようにからかい口調でそう言うと、背を向けて歩き出す。
(そうだった。私、邪魔になったから叔父上のお屋敷から出されたんだった……)
先程遊んだ末の姫君が産まれた事で、煌珠の妹である叔母が忙しくなるので元の屋敷に戻された。
そう緋凰は思っている。
「うん、帰る……。もう、来ない……」
小さく聞こえた声に、亀千代の足がピタリと止まる。
ハァーッとため息をつくと、少し苛立って振り向いた。
「来るなとは言っていないだろうが。バカじゃねぇの?」
言葉がキツいので亀千代は苦手なのだが、藁にもすがる思いで緋凰は聞いてみた。
「……亀兄は、人に叩かれたらどうする?」
唐突なこの質問で、亀千代は緋凰がここに来た理由が、何かから逃げてきたのだろうと察した。
「殴り返すだけだ」
またも亀千代は面倒くさそうに答える。
「相手が強くて叩き返せなかったら?」
「そいつより自分が強くなればいいだろ」
「強くなるまではどうするの?」
「めんどくせーな、自分で考えろ」
「……」
言われた通り、緋凰は一生懸命考えてみたが、いい案が浮かばない。
下を向いて静かになった緋凰を見て、亀千代はまたもため息をつくと、
「味方でも作りゃいい」
そう言って後ろを向いた。
緋凰は慌てて立ち上がると、ガシッと亀千代の腕をつかんだ。
「じゃあ、亀兄が私の味方になって!」
すがるような哀れみの目でお願いする緋凰に、亀千代は腹が立ってきてつい苛立った声で答えてしまう。
「やだね。……めんどーだ」
最後のセリフの半分は建前だった。
亀千代はそう遠くない未来を見つめる。
これからいよいよ激化してゆく戦乱の世に、弱者は生き残る事などできない。
まだ八歳ではあるが、亀千代は世の流れを分かっていた。
「お前も御神野家の者だ。誰よりも強くなる必要がある」
つかんでいる緋凰の手を振りほどくと、
「今みたいに、一旦逃げるのもアリじゃね?」
そう言い残して亀千代は去って行ってしまった。
また一人になった緋凰は、難しい顔をして亀千代の言葉を考え始める。
(強くなる? 私も叔父上みたいにムッキムキにならないといけないのかな?)
強さとは腕っぷしの事だけではない。
世の中にはざまざまな戦いがある。
だが、まだ四歳の緋凰には、亀千代の話の半分も理解できなかった。
巨人のようにでっかい身体の天珠が、武術の稽古をしている姿を思い出してみる。
こうかな? と、フンフン言いながらパンチの練習をしてみていたら、向こうの廊下からパタパタと足音が聞こえてきた。
「緋凰! 緋凰!」
笑顔でかけ寄ってくる九歳ほど年上である兄の鳳珠(十三歳くらい)の姿に、緋凰はドキリとした。
「若様ぁ、走ったらお熱でるよぉ〜」
後ろから小姓の星吉(十歳くらい)が鳳珠を諌めながら追いかけている。
さらにその後ろを、こないだ元服を終えて鳳珠の『小姓』から『護衛』に仕事が変わった真瀬馬弓炯之介義桐(十二歳くらい)も、心配した顔で追いかけている。
息を切らして緋凰の前まで来ると、鳳珠は一旦呼吸を整えてからこちらをみた。
「おそくなってごめんね。寂しかったね、さあ帰ろう」
優しい顔立ちの鳳珠が微笑んだのを見て、緋凰の胸がわずかにキュッと苦しくなる。
(兄上……私の事、嫌いなのかな?)
そんなはずはないと思いたいのだが、おたねの言った事もあり得そうで、どうしていいか分からず動けなくなってしまう。
「緋凰? どうしたの?」
いつもなら笑顔で飛びついてきてくれるのに、目線を外して固まっている緋凰を見て、鳳珠は心配になってきた。
(嫌いかどうかくらいなら、聞いてもいい……かな?)
緋凰は思い切って、おそるおそる鳳珠に向かって口を開く。
「あ、兄上は……私……」
声が震えてうまく話せない。
(あぁ……どうしよう。嫌いとか言われたらもう……終わりだ……)
小さく震えはじめた緋凰の前にかがむと、鳳珠は腕をなでてやりながら、
「大丈夫、ゆっくりでいいよ。何があったの?」
慎重に言葉の続きを待つ。
口が開いたまま、どうしても声が出てこないので、緋凰はもう聞くのを諦めて自分の思いを伝えようとした。
けれども……。
「……私は……兄上……好きだよ……一緒……」
言い終わらないうちに、ボロボロ涙が出てきてヒックヒックと泣き出してしまった。
鳳珠は動揺するも、落ち着いて懐から手巾をだすと、緋凰の涙を拭きながら笑いかける。
「私も緋凰が大好きだよ」
(ほんとかな? 母上の事、謝れば、許してもらえるのかな?)
怖くて怖くて、緋凰はぐっとこぶしを握りしめる。
それでも頑張って震えながらも声を出してみた。
「ごめ……なさい……死なせ……」
「……え? 何?」
か細い声でほとんど聞き取れなかったのだが、鳳珠の耳に不吉な言葉がよぎる。
顔色を変えた鳳珠を見て緋凰もまた顔がこわばってしまった。
(ダメだ! やっぱり私、嫌われてる⁉︎)
いたたまれなくなって、その場から逃げようとわずかに後ろに下がる。
それに気がついた鳳珠が慌てて緋凰の腕をつかんだ。
「大丈夫! 大丈夫だから、もう一度……」
しかし緋凰はもはや、泣きながらごめんなさいを繰り返すばかりになってしまった。
その姿があまりにも哀れに感じた鳳珠は、もう追及するのをやめた。
落ち着いた頃にもう一度聞き直そうと、鳳珠は緋凰を抱き寄せて背中をゆっくりとなでていく。
だが、鳳珠がこの言葉の意味を知るのは、だいぶ後の事になるのだった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
間違った表記等は、その都度直していく所存です。
皆さまのご意見、ご感想が頂けたら嬉しく思います。
これからも、どうぞよろしくお願い致します!
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