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飛凰《ひおう》の姫君〜武将になんてなりたくない!〜  作者: 木村友香里
第四章 私の方が守るんかい! 美しい人って大変だ 〜美童狩り編〜
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4-7 悪意と恋情

読んでくださり、ありがとうございます。

○この回の主な登場人物○

 御神野みかみの 緋凰ひおう(通称 凰姫おうひめ)……主人公。この国のお姫様。七歳

 御神野みかみの つきしん 鳳珠ほうじゅ……主人公の実兄。若殿

 美紗羅みさら……緋凰の叔母

 瑳矢丸さやまる……緋凰の世話役。九歳くらい


 数日後の昼下がり。

 

 小さな石がポーンと放物線ほうぶつせんを描いて、緋凰ひおう頭頂部とうちょうぶに当たろうとしていた。


 それは本当に無意識の行動だった。


 小石が当たる前に、緋凰ひおうは身体をスッとわずかにずらして、それをけたのである。

 ハッと気付いた緋凰ひおうの足元付近を、小石がコツン、コロコロ……と転がっていく。


 (あれ? 私、今天井から降ってきた石をよけた——)

 と思ったら、今度は何かが迫る感じがしてパッと横に飛んだ。


 すると、勢いよく飛んできた小石が緋凰ひおうの横を通って、今立っている縁側えんがわの向こうに着地したのが見えた。


 (え⁉︎ 今、横から石が——)


 緋凰ひおうが驚いたのと同時に、


 「きゃっ!」

 「わぁぁ‼︎」


 女の甲高かんだかい悲鳴と、人の倒れる音が聞こえたので、緋凰ひおうは急いで顔をそちらに向けると……。

 石が飛んできた方向の縁側の角で、三人の女が男二人に取り押さえられて、床に押さえつけられているのを見た。


 「え? 何? どう言う事?」


 訳がわからず、緋凰はとりあえず駆け寄ると、縁側の角を曲がった奥、突っ伏している女達のやや後ろに、叔母の美紗羅みさらが険しい顔をして立っていて驚いた。


 「叔母上? どうしてここに?」

 緋凰ひおうの問いに、美紗羅みさらは心配な顔で答える。


 「緋凰ひおう、大丈夫だった? あなたがこの間、石が降るなど料理が変など言っていたから、護衛に見張らせていたのよ」

 「見張る?」


 何が何だか分からない緋凰ひおうは、一瞬立ち尽くした後、下を向いて女達の顔を確認すると目を見開いた。

 そこには何と、こないだ廊下でぶつかって寝れネズミになった時の使用人の女達が捕まっていたのだった。


 「見たわよ、あなた達が緋凰ひおうに石を投げる所を! 言い逃れはできないわよ‼︎」


 女達に鋭く言い放つ美紗羅の言葉で、緋凰はようやく天井から落ちてきたと思ってた石が、実は女達によって自分に投げられていたことに気が付いた。


 「ど、どうしてそんな事するの⁉︎ 私、何か悪い事したの? 廊下でぶつかったから?」


 あわあわと緋凰ひおうは問いかけるも、女達はみな、神妙な顔で目を逸らして黙っている。


 「そんな……お姉さん達も私のこと嫌いだったの?」


 たまに仲良くおしゃべりに加えてもらっていたので、緋凰ひおうとしては女達を友達のように思っていたし、信頼もしていたのだが……。


 (……お姉さん達も、おたねと同じだったのか……)


 元子守であるおたねは、行き過ぎる体罰で考えが表面化していて分かりやすかったが、この女達のような陰湿で目に見えない悪意あくいの当たりにして、緋凰ひおうの背筋が凍りついてゆく……。


 その時、ピンッと緋凰ひおうの勘が働いた。

 石が飛んでくるようになったのと、同じ時期に始まったあの腹痛、料理の違和感——。


 「じゃ、じゃあ、あれは毒なの? お姉さん達がお膳に……入れていたの……?」


 恐怖でわなわなと震えながら、声を絞り出して緋凰ひおうは問いかける。

 女達の一瞬ギョッとした顔を、美紗羅みさらは見逃さない。


 「なんですって⁉︎ お前達! 緋凰ひおうに何をしたの⁈」


 その怒鳴り声に我に返った女達は、


 「ち、違います! そんな事してません‼︎」

 「誤解です!」

 口々に否定をし始めた。


 「絶対そうだよ! だって石が落ちてきた時と同じくらいだったもん、お腹痛くなるようになったの!」


 ここまで言って緋凰ひおうは、もう一つの可能性を思いついて、サッと顔色を変えた。


 「あ、兄上にも毒を入れてたんだ! だからこの頃よく寝込んでいたんだ‼︎ ひどい! 何てことするの‼︎」


 兄が害されていると思ったら、今度は怒りが一気に頭のてっぺんまで駆け上った。


 だが女達は、今度は驚愕して悲鳴混じりにまた否定を始めた。


 「そんな! ありえません‼︎ 若様のお膳には毒を入れたりしません!」

 「そのような恐ろしい事、できやしませんから‼︎」


 国の跡取りである鳳珠ほうじゅに毒を盛るなど、一族全員の首がただちに吹っ飛ぶ。

 食ってかかるかのように必死で緋凰ひおうに訴えてかけている女達の言葉を、美紗羅みさらは冷静に聞いている。


 「うそだ! お前達が兄上のご病気を悪くさせたんだぁ‼︎」


 母親のように慕っている兄が苦しめられたと逆上した緋凰ひおうは、ついに抜刀した。


 「きゃあ‼︎ 違うっ‼︎ 助けて‼︎」

 「やめて! 私じゃない‼︎」


 美紗羅みさらの護衛二人に押さえられながら悲鳴を上げる女達に向かって、緋凰ひおうは怒りにまかせて刀を振りあげようとした。


 ところが——


 「やめろ! 凰姫おうひめ‼︎ 駄目だ‼︎」


 不意ふいに横から緋凰ひおうを探しにきていた瑳矢丸さやまるが駆けつけると、刀を持つ腕をつかんで止めた。


 すると、女達がわずかに喜んだ顔を見せる。

 瑳矢丸さやまるが自分達を助けてくれたのだと……。


 「はなして! コイツら、兄上を‼︎」


 怒りのあまり我を失っている緋凰ひおうは、顔を真っ赤にして目に涙まで浮かべながら瑳矢丸さやまるに怒鳴った。


 おくする事もなく、瑳矢丸さやまるはまっすぐに緋凰ひおうの目を見てさとす。


 「落ち着くんだ! あなたがこんな卑賤ひせんな者達を斬ってはいけない! 刀がけがれてしまう」


 「そ、そんな……」

 瑳矢丸さやまるさげすまれた事で、女達の表情は失意と共に一変して青ざめた。


 ここで美紗羅みさらが口を開いた。


 「その通りよ、緋凰ひおう。あなたが斬らなくてもいいわ。刀をしまいなさい」


 「叔母上……」

 悔しさのあまり歯を食いしばりながら、緋凰ひおうはやむなく刀を鞘におさめる。


 女達はほっと胸を撫で下ろした——が。


 「正蔵しょうぞう、その女達の首を一人ずつ斬りなさい」


 美紗羅みさらの命令を聞いた女達が度を失って暴れ出した。


 「嫌だ! お助けを‼︎ どうして⁈」


 半狂乱になっている女達を冷ややかな目で見下ろしながら、美紗羅みさらはゆっくりと話す。


 「若殿のお膳に毒を盛るなど……。生かしておくとでも? さあ、斬りなさい」


 護衛の正蔵しょうぞうは、暴れている女達の一人を押さえ込むと、スラリと短刀を抜いて女の首元に当てた。

 冷たい刃の感触に、死を予感した女はぶるぶる震え出す。


 「や……やめ、て……」

 短刀にクッと力がこもった瞬間——!


 「凰姫おうひめぜんにだけーー‼︎ 毒を入れたのはーー‼︎」


 力一杯、女は叫んで自供じきょうした。


 正蔵しょうぞうが短刀を首から外す。

 余程の事でもない限り、御殿を血で汚すなどしないので元より脅しであった。


 (あ、そう言えば兄上のお膳には毒味役がいたんだった……)


 鳳珠ほうじゅに被害がなかったと確信すると、緋凰ひおうはホッと脱力した。

 すると今度は疑問が湧いてきて、観念してうなだれて泣いている女達に緋凰ひおうはノロノロと質問をした。


 「何で私を? 嫌われるにしても、恨まれる覚えなんてないのに……」


 その言葉に、手前にいる女がギリっと歯ぎしりをすると、バッと顔を上げ、うるんだ目をして瑳矢丸さやまるへ叫んだ。


 「私は瑳矢丸さやまる様をお慕いしています‼︎」


 「…………は?」


 急に何を言い出したんだ、と瑳矢丸さやまるが眉をひそめると、


 「私だって瑳矢丸さやまる様が好きなんです‼︎」

 「いいえ! 私が一番、瑳矢丸さやまる様を深く愛しています‼︎」


 そう競って女達が告白してきた事で、緋凰ひおうへの所業の動機が思い至った瑳矢丸さやまるは、みるみる顔を強張らせてゆく。


 「え? え? 急にどうしたの? 何の事?」


 隣にいる緋凰ひおうが、言動を理解できずに戸惑いながら女達にもう一度質問をしてしまう。


 手前の女がキッと緋凰ひおうを睨みつけると、


 「あなた様が無理矢理に瑳矢丸さやまる様を世話役にしてかこうからでしょう!気安く喋ったり、ベタベタさわったりして‼︎ お可哀想よ‼︎」

 とうとうヤケになって緋凰ひおうに当たり散らした。


 全く身に覚えのない話に仰天した緋凰ひおうは、慌てて反論する。


 「ええ⁉︎ 無理矢理なんてしてないよ‼︎ それに私、自分から瑳矢丸さやまるに触った事なんてないし! そんな恐ろしい事しないもん‼︎」


 「……何で恐ろしいんだ?」

 普段の厳しさのあまり、緋凰ひおう畏怖いふの念を抱かれている事に気づいていない瑳矢丸さやまるがえ? と振り向く。


 見かねた美紗羅みさらが口を挟んできた。


 「緋凰、あなたがうらやましいってだけよ。瑳矢丸さやまるの近くにいられるから、ねたんでいるのよ」

 「羨ましい……?」


 まだまだ人生経験の浅い緋凰ひおうなので、どうしてもその動機に理解ができず、またもや女に向かって問いかける。


 「そ、そんな理由で酷いことするの? 何で? お姉さんも瑳矢丸さやまると友達になればいいじゃん!」


 度を失っている女はもはや、平然と怒鳴ってきた。


 「容姿にも身分にも恵まれているあんたに、私の気持ちなんて分かるものか‼︎」


 「め、恵まれて……」

 とっさに反論ができなくなって固まってしまった時——。


 緋凰ひおうの両肩にそっと手が置かれる。


 「あっ、兄上!」


 緋凰ひおうの後ろに、いつの間にか鳳珠ほうじゅが立っていた。


 振り向いた緋凰ひおう鳳珠ほうじゅはそのまま自身の懐にギュッと抱きしめると、


 「大丈夫、緋凰ひおうは何も悪くないよ」


 そう優しく声をかけて、交差した手でそっと緋凰ひおうの耳を塞ぐ。


 わずかに顔を上げると、低く、恐ろしく冷たい声で……鳳珠ほうじゅは命令を下したのだった。

 「その女達を——」

 

 太古の昔から語られるように、恋心は時に狂気にまで発展する。

 その心に宿った悪意を、自制しがたい恋情を抑えることができなかったばかりに、若い女達は自らの人生を棒に振ってしまったのであった。


ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。

これからも、どうぞよろしくお願い致します!

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