4-5 自分の方があやしさ全開だった……
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。七歳
真瀬馬 弓炯之介 義桐……鳳珠の護衛。十五歳くらい
瑳矢丸……緋凰の世話役。弓炯之介の弟。九歳くらい
瑳矢丸が戻る前日の夜——。
「あ〜楽しかった! 明日からはいつもの訓練や勉強になるのか。あ〜あ……」
残念に思いながら、緋凰は寝る支度を終えて部屋の布団で横になる。
「そういや真瀬馬のお屋敷、素敵だったなぁ。立派でお洒落なおうち……」
昼間、閃珠達と町をぶらついた時、たまたま近くまできたので通りすがりに真瀬馬家の外観を見たのだった。
その時、ふと緋凰はある疑問にたどり着く。
「あれ? 瑳矢丸は明日くるけど、おじいちゃんはまだお休み……。てことは、一人でここに来るの?」
一人で歩いてる瑳矢丸が突然襲われ、ぐるぐる縛られて、知らない者達にわっしょいわっしょいかつがれて、持っていかれてしまう光景を想像した。
(大変だ‼︎ 子供が一人で居るなんて、悪い奴からしたらチョロすぎる!)
がばっと寝床から起き上がった。
(え? なに、どうしよう! どうしたらいいの? 迎えに行こうかな……。でもいつ来るんだろう)
とりあえずもう一度布団にもぐるが、気になって気になって、ほとんど眠ることができない。
布団の中でもそもそしながら考えていたら、一睡もできず、とうとう朝になってきてしまった。
「あーー……朝になるぅ。もう悩んでもしょうがない! おうちまで迎えに行こう」
緋凰はのろのろ起き上がると、隣の部屋の兄を起こさないように静かに着替える。
(たくさん歩くから、脇差は背負って行こう)
護身用の小振りの刀を背中にくくりつけると、そーっと襖を開けて廊下に出る。
ぬき足さし足歩いていたら、隣の部屋の襖がすーっと開いた。
ドキッとして立ち止まって横を見ると、星吉がひょこっとねむそうな顔を出したのと目が合う。
「早いなぁ。どっか行くんですかぁ」
「早く起きたから、ちょっと訓練で走ってくる」
「ふーん。がんばれぇ」
そう言って星吉は部屋にそっと引っ込んで襖を閉めた。
ほっとした緋凰は、そのままとっとっとっ、と小走りに玄関まで行って草履をはくと、そのまま二の丸御殿を後にした。
城の敷地と外を繋いでいる大きい門までたどり着くと、緋凰は門番に声をかける。
「おはようございます、凰姫です。通してください」
まだ全然人が通らない刻限なので、門番のおじさんは驚いた。
「おはようございます。姫様、このような刻限にどうされましたか? まだだいぶお暗いですよ」
「そーちょー(早朝)くんれんだよ。町まで走って帰ってくるの」
武術の訓練の後、緋凰がよくボロボロになっているのを見かけるので、門番はその言葉を信じた。
「そうなんですか……大変ですね。ではこちらのくぐり戸からどうぞ」
大きな門の脇にある、通用口の扉を開けてもらった。
「ありがとうございます。行ってきま〜す!」
「いってらっしゃいませ。ん? あれ? お一人⁉︎」
この時、緋凰は瑳矢丸の身を心配するわりには、自分の方がもっと小さな子供で、一人で出歩いてしまっているという事実に、全く気付いていなかった。
ーー ーー
運の良い事に、何事もなく真瀬馬家の前までたどり着く事ができていた。
だが緋凰は屋敷の前でうろちょろとしながら迷っている。
「ここで待とうか……それとも中に入るべき?」
ずいぶんと悩んだ所で朝日が登ってきた。
(あ〜寝不足の目に光がしみるぅ〜)
すると、門の中から声が聞こえてくる。
(あ、瑳矢丸の声だ)
まだ心の準備ができていなかったので、緋凰は近くの木の後ろに慌てて隠れた。
木の影からそっと見ていると、屋敷の門のくぐり戸から弓炯之介と瑳矢丸がでてくる。
(あ、なんだ。弓炯之介さんと一緒なら大丈夫じゃん。私が来なくてもよかったな)
自分の出番がないのに声をかけるのも面倒くさいと思ったので、緋凰はこっそり後をついてゆく事に決めた。
弓炯之介があたりを見回すので、緋凰はサッと隠れる。
(弓炯之介さんはホンモノの護衛だからなぁ。頑張って隠れないとすぐバレちゃうかも)
弓炯之介達が歩き出すと、緋凰は知恵をしぼってだいぶ距離を置きながら、風景に溶け込めるようにほっかむりをして、コソコソついて行く。
あやしさ全開だ。
時折り弓炯之介が歩きながら何気なく辺りを見回すので、そのつどサッサッと隠れる。
(弓炯之介さんとかくれんぼしているみた〜い♡)
楽しくなってきた所で、前の二人が右に曲がって山道に入って行った。
(あ、あそこは長くまっすぐの道だからのぞいてから曲がろう)
背中を丸めて不審者丸出しの格好で、コソコソ角の所まで来ると、慎重に頭を出そうとした。
すると——
後ろから片腕をつかまれ、グイッと後ろにねじり上げられる!
(何⁉︎ こっちに人さらい⁉︎)
緋凰はとっさにねじり上げられた腕の方にもぐり込んで、体をぐるっと回転させながら、その勢いで掴まれていた腕を振り払う。
相手の手が離れた所で、背中の刀の柄に手をかけるとにらみをきかせた。
すると、同じく刀の柄に手をかけている弓炯之介と目が合う。
「え?」
「え?」
お互い同時に声が出た。
「兄う……え?」
バタバタと弓炯之介の横に来た瑳矢丸が、緋凰を見て棒立ちになった。
わずかな間、三人の目が点になって妙な空気が流れる……。
(あ〜……バレた。やっぱホンモノの護衛にはかなわないなぁ。どう説明しよう……)
「……おはようございます!」
緋凰は柄から手を離してほっかむりを取ると、とりあえず真顔で朝の挨拶をしてみた。
ハッと我に返った瑳矢丸が、大きな声で怒鳴ってくる。
「何をしているんですか! 凰——むぐっ」
緋凰の名が出ないように、慌てて弓炯之介は手で瑳矢丸の口をふさいだ。
一国の姫君が護衛も付けず、一人で町を歩いているなど物騒極まりない。
それこそ人さらいが寄ってきてしまう。
瑳矢丸がその事に気がついて落ち着くと、弓炯之介は辺りをうかがいながら手を離した。
瑳矢丸もキョロキョロと周りを確認してから、もう一度問いかけた。
「何でこんな所に一人でいるのですか?」
そこで緋凰はさっきから使っている、とっておきの言い訳を口にした。
「そーちょーくんれんで、走っていました」
「そんなわけ無いだろ!」
「えぇ⁉︎」
嘘が一瞬でバレる。
「毎朝どれだけ叩いても起きないのに、そんな事できるはずがありません!」
「……瑳矢丸、いつもそのような事を?」
弓炯之介がジロリと見るので、瑳矢丸は焦りながら緋凰をもう一度問い詰める。
「本当にお一人なのですか? どうして? また殿が何かおっしゃったのですか?」
どきーん! とすると、緋凰はしどろもどろになった。
(何で分かるの⁈ いや、でも内容まではバレてないかな? どうしよう、どうやってごまかそう……)
事情を知っている弓炯之介は、自分がした護衛の仕事の説明が悪かったと反省しながら、緋凰がどうするのかを見守っている。
あわあわと一生懸命考えながら、緋凰は瑳矢丸にぼそぼそと答えた。
「その……その……瑳矢丸いないから……、えと、眠れなくて……さみしくて……」
最後、とっさに出た言葉に緋凰はドキッとした。
(さっ、さみしいなんて言っちゃった! 瑳矢丸に⁉︎ はっずかしぃーー‼︎)
緋凰は瑳矢丸からぱっと目線をはずしてうつむくと、みるみる顔が赤くなっていく。
顔を上げられずにまごまごしていたら、くるりと瑳矢丸が後ろを向いてスタスタと歩いて行ってしまった。
慌てて顔を上げると、後ろ姿の瑳矢丸の耳が少し赤くなっている。
「ダメだぁ。怒らせちゃった……。ごまかすのって難しすぎる」
がっくりとうなだれる緋凰だったが、隣で聞いていた弓炯之介はクスクス笑って言った。
「大丈夫、怒ってなどいませんでしたよ。お見事です」
「え? そうなのですか?」
赤鬼みたく怒っていたように見えたので、緋凰は首をかしげた。
ふと弓炯之介が、ちょっとした好奇心で問いかける。
「瑳矢丸がいないと、おさみしいですか?」
聞かれて緋凰はちょっと考えると、
「はい。瑳矢丸と一緒にいるのは楽しいので。よく叱られるけど」
と素直に答えた。
すると弓炯之介は、そうですか、とにっこり笑った。
(きゃあああーー‼︎ 笑顔が! 朝日よりもまぶしーーい‼︎)
何で喜んでくれたのかは分からなかったが、緋凰も嬉しくなって笑っていると、向こうの方で瑳矢丸がにらんでいるのが見えたので、慌ててかけよった。
近くまでくると、ひそひそと瑳矢丸はなじってくる。
「何だ、やっぱり弓炯兄上がお目当てだったんじゃないか」
見当違いの事を言われて、いい加減腹が立った緋凰は怒って言った。
「違うわ! さすがにそんな事しないもん! 瑳矢丸を迎えに来たのにっ‼︎」
ハッとなった。
(しまった! ほんとの事言っちゃった‼︎)
慌てて緋凰は口元を手で隠すと、目線を外した。
(終わった……。迎えに来た理由がもう、思いつかない……)
緋凰が観念していると、くるりと背を向けて、瑳矢丸がスタスタと歩き出した。
「あれ?」
何も言われないので、緋凰は不思議に思って顔をあげた。
すると、後ろ姿の瑳矢丸が今度は耳を真っ赤にしている。
後ろを見ると、弓炯之介はまたクスクス笑っていた。
何が何だかよく分からない緋凰は、とりあえず瑳矢丸を追いかけてゆく。
二人のやりとりを、微笑ましく見守りながら、弓炯之介は少し後ろをついて行った。
その日から瑳矢丸はずいぶんと長い間、実家に帰ろうとはしなかったのである。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します!




