4-1 誘拐犯から守る事!
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。七歳
御神野 律ノ進 煌珠……緋凰の父。お殿様
亀千代……緋凰の従兄
鷹千代……緋凰の従兄
真瀬馬 刀之介 忠桐……重臣。武将の一人
真瀬馬 弓炯之介 義桐……鳳珠の護衛。刀之介の長男
瑳矢丸……緋凰の世話役。刀之介の三男
岩踏兵五郎宗秋(とっくり先生)……臣下。緋凰の刀剣術の先生。武将の一人
桜の花びらがひらりひらりと風に運ばれている……。
ブンッと振られた木刀の風圧で、その花びらは吹っ飛んだ。
「亀兄〜。それじゃ脇が空いちゃうんだって」
「はああ⁈ だから! よく分かんねぇっつってん——だっ‼︎」
亀千代が木刀を斜め下から振り上げる。
「よっ、——はい、ここ〜」
緋凰がそれを軽々と避けて、亀千代の脇に自身の木刀をピタッと寸止めで入れた。
「あぁ…くそっ!」
脱力しつつ、肩で息をしながら亀千代が攻撃を終了する。
「お前の教え方じゃ、サッパリなんだよ!」
「亀兄の動きが遅いんだよ〜」
「うっせ! お前は後で算術の試験、倍にしてやるからな!」
「倍ってなんだっけ?」
「——⁉︎ こないだ教えただろっ‼︎」
「うわっ! ごめんなさいーー‼︎」
算術が苦手な緋凰は、亀千代から一目散に練兵場の端に逃げた。
あれからもうすぐ一年になろうとしている。
七歳になった緋凰は、この練兵場に出入りするようになった亀千代の相手をしながら、今日も元気に武術の訓練に勤しんでいた。
「あっ! とっくり先生、また練兵場でお酒飲んじゃってる!」
座って休憩をしている瑳矢丸や、同じく練兵場に出入りし始めた鷹千代、伊那達に混じって、『とっくり先生』こと岩踏兵五郎が顔を酒で赤くして笑っている。
緋凰は渋い顔で岩踏に警告をしてみた。
「とっくり先生ってば! 家で飲まないとまた奥様に怒られちゃうよ?」
「いやいや、家だとちょび〜っとしか酒が出てこなくてよ〜。ふふ〜ん、安心しろ。俺は酒が入った方が強くなるんだぞ〜」
「本当に〜? お酒くっさ!」
「何だと〜? よし! なら次は俺が相手になってやるぞ〜——とと!」
「弱そーー‼︎ アハアハ——」
ヨロヨロと立ちあがろうとして横に倒れそうになった岩踏を見て、緋凰は腹を抱えて笑ってしまった。
——また奥様にド叱られそうだな。
瑳矢丸達はそう呆れて二人を眺めていると、
「失礼致します、凰姫様」
と門の方向から声が聞こえた。
緋凰をはじめ、その場の全員が振り向くと、煌珠の荒小姓である与太郎が立っている。
「あ、与太郎さんこんにちは。御用ですか?」
緋凰は笑って迎えた。
「こんにちは、姫様。左様でございます。殿がお呼びです」
それを聞いた瑳矢丸が共をしようと立ち上がるが……。
「あ、姫様お一人でお越しになりますようにとの事です」
「え? そうなの?」
思わず緋凰と瑳矢丸は顔を見合わせた。
「そっか。じゃあ行ってくるから、瑳矢丸は先に二の丸御殿に戻ってくれていいよ。とっくり先生——」
行きますと断りを入れようと緋凰が振り向くと……。
「あ、寝ました」
訓練生がそう言ってゆび指した方を見ると、岩踏がゴロンと横になって、いびきをかきながら寝てしまっていた。
「いいよ凰姫、行って。先生はこのまま天日干しにしておいて、迎えを頼んでおくから」
「ありがとう! よろしくね」
鷹千代が笑って岩踏を引き受けてくれたので、緋凰は安心して与太郎についていったのだった。
ーー ーー
「え?私が……瑳矢丸を守るのですか?」
意外な言葉を受けて、本丸表御殿の部屋で正座をして聞いていた緋凰は、目をぱちくりして首を傾げる。
目の前にはひじ置きにもたれかかり、無表情で緋凰を見ている父、煌珠がいた。
「近頃どこぞの国の大金持ちが、世にも美しい少年をとんでもない金で買い取ると言っているらしく、この国でも『美童狩り』をする連中がいるそうだ」
淡々と、煌珠は話を続ける。
「瑳矢丸が攫われたら、主の緋凰に責をとらせる。ちゃんと一人で護衛しろ」
「お待ち下さい!」
近くで聞いていた瑳矢丸の父である真瀬馬刀之介は仰天した。
隣には長男である弓炯之介も息をのんで座っている。
「そんな! 幼い姫様お一人に愚息を守って頂くなど……。滅相もございません!」
刀之介は声を強めながら手をついて反対した。
しかし煌珠は全く耳を貸さず、スッと立ち上がると、
「瑳矢丸にはこの事、知られるな」
そう下命して、さっさと部屋を出て行ってしまった。
部屋に残された三人は、ただぼう然とするしか無かったのだった。
ーー ーー
煌珠が行ってしまったので、緋凰は弓炯之介に二の丸御殿まで送ってもらう事になって二人で歩いていた。
本丸御殿を出てから緋凰は、父の命令をきく為に何をするべきか一生懸命に考えていて、難しい顔をする。
「弓炯之介さん。護衛のお仕事って、どうやるものでしょうか?」
『仕事』と言うものを全く経験した事がない上に、知識も全然ない。
まだ七歳の緋凰は困ってしまって、隣を歩いている弓炯之介に聞いてみた。
「そうですね……。姫様にはずっと弟の近くにいて見守って下されば、それでよいかと」
「それだけですか? もっとこう……にらみをきかせるみたいなのは?」
緋凰は精一杯の怖い顔を作ってみる。
「にらみ……ですか? えぇっと……」
緋凰のよく分からない問いに、弓炯之介は返事に困ってしまう。
護衛の仕事を詳しく説明する事は出来るのだが、産まれた時から知っているこの幼い姫に、命をかけさせる事はしたくなかった。
「ずっとそのお顔のままでは皆驚いてしまいますよ。愛らしいお顔のままでよろしいかと」
(愛らしいだなんて! 弓炯之介さんったら〜♡)
なんだか胸がドキドキしてきて、緋凰の頬が赤くなってしまった。
弓炯之介はさらに言葉を続ける。
「大丈夫です。真瀬馬の家からもきちんと護衛を付けますから。姫様は弟のそばで襲われそうになったら、大声で知らせて下さい」
「でも、父上は一人で護衛しろと……」
言いつけを破ったら弓炯之介達が、煌珠にどんな目に合わされる事やら。
「姫様が弟を護衛して、我々が姫様を護衛するのです。それならば命令に反しておりませんでしょう」
弓炯之介のにこりとした笑顔が、素敵でまぶしいくらいだ。
「でも……弓炯之介さんが父上に怒られてしまっては……」
(そんな事になったらもう、捨て身で父上に殴りかかるしかない!……返り討ちにあうだろうけどね‼︎)
そんなヤバい場面を想像したら、緋凰はいろいろ心配になってきてうつむいた。
それを見ると弓炯之介は歩みを止めて、緋凰の前にまわり込んでひざまずくと、今度は微笑んでこたえた。
「構いません。姫様の御身は私の命よりも大事です」
(きゃああああーー‼︎ すてきぃーーーー♡)
ドカーン!と頭が噴火したかと思うくらいの衝撃を受けると、緋凰は真っ赤になって意識がぶっ飛びそうになる。
(もぉ好きぃ〜この人!お嫁さんにしてくださぁい♡)
抱きついてしまいたいが、弓炯之介が好きすぎて触れられないので、そんな事ができるはずもなく、なんとか言葉をしぼり出す。
「わっ私だって弓炯之介さんが……真瀬馬の方達が大切です! あの、それでは、私の事は父上にバレないように護衛をしてください、お願いします!」
全身を茹でだこのように赤くさせたままそう言うと、緋凰は恥ずかしさのあまり、そのまま弓炯之介の横を急いで通り抜けていく。
「はい、承知致しました」
笑顔のまま立ち上がると、弓炯之介は緋凰を追いかけていったのだった。
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