3-13 守っている人を守りたい
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。六歳
御神野 律ノ進 煌珠……主人公の父。お殿様
御神野 豪ノ進 天珠……主人公の叔父。煌珠の妹の夫。武将の一人
美紗羅……天珠の妻。煌珠の妹
御神野 迅ノ進 玄珠……天珠の長男
亀千代……天珠の次男
鷹千代……天珠の三男。八歳
水の張ったおけで手拭いを軽く絞ると、美紗羅は布団で寝ている緋凰のおでこにそっとかけた。
「どう? 少しは痛みが引いた?」
「うん、お薬のおかげでだいぶ痛く無くなってきたよ」
叔母である美紗羅の問いかけに、熱が上がってぼんやりしている緋凰は、弱々しく笑いながら答えた。
あれから天珠の屋敷に運び込まれた緋凰を、美紗羅がつきっきりで看病している。
そして、寝込んでいる鳳珠を緋凰の怪我で驚かせないように、しばらくここで預かる事にもなったのだった。
「姫なのにこんな傷を作ってしまって……。護衛は何をしていたのかしら? まったく……」
ため息をつきながら、切長の美しい目元の眉間にシワを寄せて、しずかに怒っている美紗羅に、緋凰は慌てて弁明をする。
「あのね、皆はちゃんと隠れてって言ったんだけど、私が勝手にとびだしちゃったの! ごめんなさい」
「まあ、何故そのような事を……。そう言えばあなた、兄上(煌珠)にむりやり武術を習わされているそうね? 安心なさい、私がちゃんと辞めさせるように言っておくから」
美紗羅の申し出に一瞬心が揺らいだが、緋凰は首を横に振った。
「ううん。いいの。私、武術は続けるよ」
「何を言うの⁈ こんな怪我までして……。泣いてもいたでしょう!」
驚く美紗羅に、緋凰は心に迷いがありながらも今の気持ちを言葉にしてみた。
「さっきね、敵に襲われている時に瑳矢丸やひいお祖父様が危なかったの。それでとっさに飛び出しちゃったんだけど……。もし、何もしないで二人が死んじゃったらって思ったら……苦しくなるの……」
そんな場面を少し想像してみただけでも、心臓がえぐれるような苦しみが緋凰を襲った。
「だから……良かったと思っているの。怪我して痛いしすんごい怖かったけど、瑳矢丸達が死ななかったから……」
小刻みに震えつつ説明している最中に、緋凰の目からこぼれた涙を、美紗羅が手巾で優しく拭う。
「でもね、緋凰——」
「私、護衛になりたい……」
言葉を遮ってポツリとつぶやいた緋凰に、美紗羅は言葉を失う。
動揺しながらも、胸の前でぎゅっと拳をにぎると、慎重に声をかける。
「でも、また今日のように怪我をしてしまうのよ? 私は……」
口篭ってしまった美紗羅の方を向かないで、天井を眺めたまま緋凰はポツリポツリと話す。
「だって……本当は今日、兄上がお迎えにいくはずだったでしょ。もし、襲われたのが兄上で……もし、もし……死ん……」
ブワッと目から涙が噴き出てくる。
優しくて、大好きで、母親同様に思っている鳳珠が死んでしまうなど、言葉にするどころか、怖くて想像すらできなかった。
……いつぞやの煌珠との会話が頭をよぎる。
『いざとなったら、お前が鳳珠を守るんだ』
『え? 兄上を? ……私が守れるの?』
『でなければみんな——』
しゃくりあげ始めながら、緋凰は天井を凝視して思いを口にする。
「私……が、兄上を……守るの……。守りたいの……。ひーー……ん」
堪えきれず、最後には泣き出してしまった。
胸が潰れそうなほど苦しくなりながら、美紗羅はオロオロと頭を撫でたり、涙を拭ったり、緋凰を懸命に宥めた。
少しずつ、緋凰が落ち着きを取り戻した所で、美紗羅は微笑んで話し始める。
「あのね、緋凰。何も武術だけが人を守る術じゃないのよ」
この言葉に、緋凰がゆっくりと美紗羅の顔を見たので、そのまま話を続ける。
「私もね、昔同じように思ったの。私を守って皆が怪我をするのがとても辛くて……」
護衛だった頃の天珠達が傷を負うのを見たくなくて、父である閃珠に駄々をこねて武術を習ってはみたが……。
なんとか護身術を身につけるのがやっとで、美紗羅には武術の才能はほとんどなかった。
「だからね、私は医術を学んだのよ。草花が好きだったから……。それで皆を守っているの。役に立っているわ」
「すごい! 叔母上! 私も草花好きだから、医術を学びたい‼︎」
いつの間にか泣き止んで、興味津々でお願いしてくる緋凰に、美紗羅はホッと胸を撫で下ろした。
「いいわよ、もちろん! だからもう練兵場に行かなくていいのよ」
「……」
緋凰は少し考えると、また小さくつぶやいた。
「……いいの。武術はやっぱりやめない」
「どうして? もう十分だと思うわ」
美紗羅が心配してくれる気持ちを嬉しく思いながら、緋凰は自分の気持ちを話す。
「兄上を……一番近くで守りたい。それに、父上だって守ってあげるの」
「……え? 何故……お父上を?」
傍目から見たら、なかなかひどい父親としか見えない煌珠を、緋凰が守りたいと言うのは意外でしかない。
「だって父上はこの国の人々を頑張って守っているんでしょ? 父上だけじゃない。叔父上(天珠)も迅兄様も……。それに、亀千代兄様も鷹千代兄様も国の人達を守っていくのでしょ? だから……」
緋凰はにっこり笑って美紗羅に言う。
「この国を守るみんなを、怪我しないように、私が守るよ」
子供の純粋な優しさに触れて、美紗羅は胸が熱くなる。
「もちろん、叔母上も美瑚都ちゃんも守るからね!」
フンッと鼻息荒く、緋凰は意気込んだ。
「……ありがとう。そんなあなたを、私達も必ず守るわ。お父上も喜ぶ?……と思う」
本当はこれ以上武術に携わってほしくなかったが、美紗羅は微笑んで緋凰の頭を撫でる。
ふと、つい気になった事を尋ねてみた。
「緋凰は……お父上が、好きなの?」
「う〜ん……まあ、割と好きだよ。前はどうでも良かったんだけど、父上と仲悪いの?って聞かれて気になったから、こないだ聞きに行ったの。そしたら父上も私の事嫌いではないって言ったから」
「え⁉︎ そ、そんな事言ったの? あの人が?」
とてもと〜っても信じられないと、美紗羅が仰天したのを見て、緋凰は不思議な顔をしてその時の事を詳しく話し出した。
ーー ーー
「失礼致します。凰姫様がお目通りを願われておりますが……」
本丸奥御殿の縁側で、書をよみつつ囲碁を一人でさしていた煌珠は、また文句でも言いに来たのかとため息をついた。
「通せ」
間もなく元気な足音が聞こえてきたと思ったら、緋凰が煌珠の横に滑り込んできた。
「父上! ねえ、父上は私の事好き?」
「……まずは挨拶をしろ」
「あ、父上、こんにちは‼︎ 今日は晴れてるね。ねえねえ、私の事好き? 嫌いなの?」
適当な挨拶をかましていきなり質問を投げかけまくる緋凰に、向こうで控えている瑳矢丸があっけにとられている。
煌珠は見向きもしないでそのまま書を読み続けた。
「ねえってば! 好き? 嫌い? どっちなの⁈」
ガシッと片腕を掴んで、緋凰はゆさゆさと煌珠の身体を揺らしてみるも、つーんと無視される。
五回くらいねばって同じ質問をぶん投げたが、煌珠は全く見向きもしなかった。
「もう! いいよ! ふ〜んだ!」
緋凰はチラリと碁盤をみつつ、二、三個の石を適当に置き変えていたずらをすると、立ち上がって帰ろうと歩き出した。
「……別に嫌いではない」
つぶやくように発せられた煌珠の言葉に、緋凰の足がピタリと止まる。
パァ〜っと笑顔になった緋凰は、また瞬足で煌珠の隣に滑り込んできた。
「ほんと⁈ じゃあ、私の事好きなの?」
興奮してまた緋凰が身体を揺らしてくるが、煌珠はついっとあさっての方向を見る。
「ねえ、好きなんだね? すきなんでしょお〜」
こんどは座っている煌珠の後ろからムギュ〜っと抱きついて緋凰はキャッキャと飛びながら聞いてみる。
だが結局、煌珠はそれ以上何も答えなかったのだった。
ーー ーー
「だからね〜私、分かっちゃったの!」
「何を?」
むふふっとにやにやしている緋凰に、美紗羅はとても信じられない話だとやっぱり驚いていた。
「父上はね、とぉ〜ても恥ずかしがり屋さんなの! だって女の人と喋ってるの見た事ないもん。女の人を見るのが恥ずかしいんだよ、絶対!」
「……そう……かしら?」
別段、普通に女の人と話をする煌珠を知っているので、美紗羅は不思議な思いでいると、在りし日の光景が頭に浮かんでくる。
『ほんと、律ノ進様ってすぐ照れちゃうんだから』
『え? 兄上のあれって照れてる顔なの?』
緋凰の母である鈴星が、笑いながら同じような事を言っていた——。
「…………プッ、ふふ、ホホホ——」
思わず美紗羅はコロコロと笑い出してしまった。
(叔母上が笑ってる〜可愛い♡)
華やかに花が咲いたような美紗羅の美しい笑顔が、緋凰は大好きだった。
だが——
「あれ? どうしたの⁈ 泣いてるの?」
笑ったと思ったら、今度は涙を流している美紗羅を見て、緋凰は焦り出した。
「……大丈夫……嬉しいの……」
そう言って美紗羅は寝ている緋凰にそっと抱きついたのだった。
部屋の前の縁側では、先程からずっと亀千代と鷹千代が二人の話を聞いていた。
鷹千代はもらい泣きで、もう顔がグズグズになっている。
亀千代はわずかに険しい顔をしていたが、気を取り直して部屋に向かって声を掛けた。
「失礼致します。入ってもよろしいですか?」
入りなさい、と返事が来たので、鷹千代も袖で顔をぐりぐり拭いて、亀千代の後ろからついて部屋に入った。
「母上、そろそろ父上がお戻りになりますゆえ、ここは代わります」
「あら、そう。ではそこの薬を煎じておいてちょうだい。また後で来ます」
美紗羅は緋凰を一つ撫でると、亀千代達と入れ違いに部屋を出ていった。
「全く……。あのなぁ、俺らはお前なんぞに——」
言いかけた亀千代をグイッと押しのけて、鷹千代が緋凰の前に座って笑いかける。
「凰姫! 僕もこれから武術の稽古、一緒に頑張るよ! だから、みんなで守り合いっこしようね‼︎」
「うん! しようしよう‼︎ アハアハ——」
無邪気に笑い合っている二人を見て、亀千代はため息をついて部屋の隅に行き、薬を煎じにかかったのであった。
ーー ーー
先程の緋凰とのやりとりを思い出しながら、わずかに下を向いて廊下を歩いていると、
「どうした? 美紗羅」
前から声がかかって、ふと顔を上げた。
すると、向こうから天珠が歩いてきて目の前に立つ。
「あなた……。おかえりなさいませ」
暗い顔で出迎えた美紗羅に天珠は不安が込み上げてきた。
「緋凰に……何か?」
美紗羅はゆっくりと首を振る。
「いえ、大丈夫です。だいぶ落ち着きましたから……」
「そうか。……心配をかけてすまない」
自分を気遣ってくれる天珠に、美紗羅はわずかに微笑んだ。
「……あの子、とてもいい子で……。ほんと、鈴星様にそっくりですの」
そう言って美紗羅は、先程の緋凰とのやりとりを全て天珠に話した。
「そうか、あの子はそんな事を。ハハ、お前にもよく似ているじゃないか。そうやって武術を習った所なんて」
そう言って天珠は昔を思い出す。
美紗羅に武術の稽古をつけてやってくれ、と閃珠に頼まれ、天珠が仕方なく教えていた時。
拙く木刀を振り回す美紗羅を見て、
『何これ、くっそ可愛い〜』
と、惚れてしまった事を思い出した。
にこにこしている天珠にコホンと咳払いをすると、美紗羅は不安を口にした。
「緋凰に対して兄上が戸惑うのも、無理はないと思います。きっと……何か焦っているのかもしれません。私も……とても……心配です」
うなだれてしまった美紗羅を、天珠は片腕でそっと抱き寄せる。
「すまない。今日のような失態は二度と犯さぬ。だから……そんなに心配しなくていい。大丈夫だ」
天珠の優しい声に美紗羅は落ち着くも、不安を拭い去る事はできない。
少しでも安心を求めて、天珠の胸にそっと寄り添う美紗羅なのであった。
その二人の会話が、廊下の向こう、壁の影で玄珠の耳に聞こえていた。
緋凰の様子を見に行きたいのだが、今の二人の横を通っていく勇気がない。
仕方がないので少し時間を潰しに、玄珠はその場を離れたのであった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します!




