3-11 実戦
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。六歳
御神野 龍ノ進 汪珠……緋凰の曽祖父
御神野 迅ノ進 玄珠……緋凰の従兄
真瀬馬 弓炯之介 義桐……護衛の一人
瑳矢丸……緋凰の世話役
待ち合わせていた場所からさほど進んでいないのに、先頭にいる汪珠と天珠が馬を止めた。
つられて後ろの全員がその場で止まる。
「あれ? どうしたんだろう……」
馬上で緋凰が不思議に思っていると、ふいに後ろに座っている玄珠が片腕で緋凰の身体をぐっと引き寄せてくる。
(なんだろう?)
後ろを見上げると、玄珠が険しい顔で前を向いていた。
妙に思って周りを見てみると、護衛達は皆険しい顔で意識を何かに集中していて、いつのまにか雰囲気が一変しており、シンとした中で緊張感が漂っている。
その空気にいたたまれず緋凰はもう一度、玄珠を見上げようとした。
「迅兄さ——」
ガバッと突如、玄珠が緋凰の上に覆い被さって上半身を伏せた。
「伏せろ‼︎」
汪珠の号令から一瞬遅れて、玄珠達の身体の上を矢がヒュッヒュッ、と通り過ぎていく。
「かかれーーーー‼︎」
山の中から声が響くと、茂みからわっと武器を持った人が大勢姿を現した。
玄珠は緋凰を抱えて、座ったままの体勢から馬の側面に沿って回転しながら着地をすると、
「隠れてろ‼︎」
緋凰を荷車の方に放した。
(賊だ‼︎)
言われた通り荷車に走る緋凰を確認すると、玄珠は抜刀がてら賊に向かって走っていく。
金目の物が積んである荷車目当ての賊達と、護衛達との大乱闘が始まった。
「どっかいけ! このっこのっ‼︎」
商人達と荷車の影に隠れながらも、緋凰は目の前で戦っている弓炯之介を助けたくて、頑張って敵に石を投げる。
「あっ! そうだ、瑳矢丸は? 瑳矢丸はどこ⁈」
姿が見えない事ですっかり忘れていた自身の世話役を、緋凰はキョロキョロあたりを見回して必死に探す。
あちこちでガンガン武器がぶつかり合い、怒号が飛び交い、人と人とが命懸けで戦っている中、ようやく必死で刀を振りかざして応戦している瑳矢丸を見つけた——と!
「瑳矢——‼︎ 後ろ‼︎」
緋凰は叫ぶが、前方に気を取られて、瑳矢丸は後ろから敵が迫っているのに気が付かない。
「瑳矢丸‼︎」
とっさに緋凰は荷車の影から飛び出して、全力で走る。
瑳矢丸の後ろで、敵が斜め横に刀を振り上げるのが見えた。
(間に……合えぇぇーーーー‼︎)
抜刀している刻がない!
緋凰はそのまま勢いよく瑳矢丸に体当たりをした。
敵が払った刀は瑳矢丸に当たらず、緋凰の頭上すれすれをザッと通り抜けていった。
「凰姫‼︎」
自身にしがみついている緋凰を見て瑳矢丸は驚いたが、その後ろから敵が刀を振り上げるのを見るとそちらに意識を向ける。
緋凰もまた瑳矢丸の背中越しに、別の敵が向かってきたのを確認した。
二人はとっさに身体を離すと、サッとすれ違ってそれぞれの前方にいる敵に挑む。
緋凰は腰の刀に手をかけながら、訓練時に伊那が教えてくれた言葉を思い出している。
『戦いに慣れぬうちに、いきなり敵の命を狙うのは難しいです。戦だと敵に勝つと言う事は相手が戦えなくなるという事ですから、まずは——』
緋凰は敵の動きを見据えると——。
(足が狙える!)
横に振り払われた敵の斧を、身をかがめてよけると、勢いよく抜刀しながら足へ払った。
「ぐあっ‼︎ このっ——‼︎」
斬られた敵が斧を横に上げたので、緋凰は腰を落としつつ刀を構える。
斧が横に払われたと同時に、緋凰はパッと後ろに飛び退いた。
すると突然、斧柄がスパッと切れると、下段から振り上げられた刀が敵を襲った。
「弓炯之介さん!」
敵を斬り終えた弓炯之介が緋凰を背にかばうと、
「荷車へ!」
隠れるよう促した。
「はい!」
弓炯之介を置いていくのは忍びないが、言う事を聞いて緋凰は荷車へ走り出した。
ところが、今度は二人がかりの賊を相手にしている汪珠の後ろから、さらに二人の敵が襲いかかろうとしているのが見えた。
(ひいお祖父様が⁉︎ 助けなきゃ!)
「うおおおおーーーーーー‼︎」
戦っている者達を器用に避けながら全力で走って汪珠の下にたどり着くと、斬りかかっている敵を体当たりで倒す。
すると目の前に立った敵が、鎌で斬りつけようと構えたので、とっさに緋凰は刀を使ってその鎌を吹っ飛ばした。
その時!
「痛っ‼︎」
ザッという音と共に右腕に激痛が走る。
斬られた衝撃で、緋凰は思わず地に手をついてしまった。
顔を上げると、トドメを刺そうと敵が刀を振り上げているのが目に映る。
(あ、しまっ——)
慌てて刀を構えようとした緋凰の頭の上を、ヒュッと刀が通り過ぎると目の前の敵を斬りつけた。
「迅兄様(玄珠)!」
そのまま玄珠は緋凰を背に立ちはだかる。
「緋凰! そこを動くな‼︎」
顔色を変えて叫ぶ汪珠と、駆けつけた弓炯之介が玄珠と同じく緋凰を背にし、円になって囲むように立ちはだかると、三人は守りながらその場で戦い始める。
(どうしよう……。私、邪魔になっちゃう……。腕痛い!)
オロオロしている緋凰は、つい斬られた腕を確認してしまった。
傷口と、そのまわりを鮮血が濡らしているのを見た瞬間——。
サッと血の気がひいて息が止まった。
(ち、血が……)
訓練での怪我は、打ち身ばかりでアザが多かったので、初めて緋凰は自身の皮膚が切れて血が流れたのを見た。
急に肝が冷え、えもしれぬ恐怖が全身を駆け巡ると、身体がカタカタ震え出してしまう。
(何⁈ どうしたの自分! ダメだ! 今怖がったら死んじゃう‼︎)
苦しくなってハッハッ、と肩で息をしながら、涙目で傷口から目を逸らす。
どこを見るべきか分からないが、必死にあたりを見回していると——、
(瑳矢丸が‼︎ またっ! 後ろぉ‼︎)
緋凰は走り出そうと立ち上がるが……。
がくっと前に倒れそうになるのをかろうじて踏ん張る。
(足が! 震えて——)
瑳矢丸の後ろに敵が迫る!
「させない‼︎」
とっさに緋凰は左手で持っていた刀を逆手に持つと、ググッと足を頑張って踏ん張り、勢いよく力の限りぶん投げた。
シュッっと真っ直ぐ飛んだ刀は、瑳矢丸の後ろで振り上げられた斧に直撃する。
それに気がついた瑳矢丸が脇の空いた敵の胴を、刀で思い切り払って倒したのが見えて、緋凰は安堵した。
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