3-8 岩踏先生だってやる気がほしい
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。六歳
瑳矢丸……緋凰の世話役。
岩踏兵五郎宗秋……臣下。武将の一人
伊農十兵衛晴路……臣下。武将の一人
今日の空は青空ではあるが、白い雲がやたらに多い。
「明日は晴れてくれねーかなぁ……」
もうじき梅雨に入る頃なので、雨がザーザー降ってこないか、あぐらをかいて地面に座っている岩踏は心配になってくる。
お天気は神様の気分次第、気を揉んでも仕方がないので、目線を空から城の練兵場に戻す。
岩踏の少し離れた所で、緋凰と瑳矢丸が互いの動作を確認しあいながら木刀で打ち合っていた。
「お〜い、そんなんじゃないぞ〜。馬鹿じゃないのか〜」
あぐらの足に肘を立てて頬杖をつきながら、反対の手で鼻の穴を掃除しようとした所——。
「馬鹿はテメェだーー!姫様に対して口のきき方、気をつけろやぁ‼︎」
突如頭をおもいきりはたかれて、岩踏の小指が鼻の穴にぶっすり刺さった。
「いはっ(痛)!何——あっ伊農様……」
すぽんと小指を抜いて岩踏は慌てて立ち上がると、鬼の形相で立っている伊農に一礼をした。
「お前はどれだけやる気が無いんだ‼︎ さっきから聞いていれば……姫様と瑳矢丸を一緒くたに考えやがって!」
ぷんすかしている伊農の言っている意味がよく分からず、岩踏はぶすっとして聞き返してみる。
「え、だって姫様は素人だったでしょう。まずは皆と同じように武術の基本的な事からすれば良いのでは? 瑳矢丸は初めからもうできてますけど」
本来なら城の練兵場には、高い技術を持つ者でなければ居るはずがないのだ。
三ヶ月くらい前に自身に弟子入りとなった素人のような緋凰は、親の七光りでここに居る。
そう感じている岩踏は、内心こころよく思っていない。
護身術を身につけさせたいなら城外の練兵場でもこと足りるはずなのに、なぜこの崇高な場所なのか? 不満すらあった。
そんな心情を察してか、伊農は少し落ち着いて意見をする。
「たとえ素人であっても、人はそれぞれ長所、短所、癖などが違う。そこをまずはしっかりとお前が見極めて、姫様に合った適切な言葉掛けや指導を——」
「あ〜、そんなにご心配なら伊農様が代わってくださいよ。私は人にモノを教えるのは苦手っすから〜」
ため息をついて岩踏は匙をなげた。
「できるならとっくに代わっておる! だがお前でなければしょうがないだろう。あぁ、姫様のご才能を摘んでしまわぬか、気が気でならん……」
口惜しげに言って腕を組む伊農に、岩踏は失笑する。
「ハハ、才能ですか……。しっかし、何故姫様の師が私でなければいけないんすかね?」
この質問に、伊農はハッとした。
「何⁈ 気づいていないのか? もう三月もたつのに!」
「何を?」
急に真顔になった伊農に、岩踏はドキリとする。
「まさかお前……、まだ一度も姫様と遣り合わせておらぬのか?」
「へ?……何をです?」
「刀での打ち合いに決まってんだろ⁉︎ このボケナスがぁーー‼︎」
伊農が放つ渾身のローキックを足に受けて、岩踏はのたうち回った。
「もういい! とにかくお前は今すぐ姫様と木刀で打ち合ってこい‼︎」
追いうちで飛んできた蹴りをかわしながら、岩踏は嫌そうな顔をする。
「え〜? あんなちっちゃい子供、殴りたくないっすよ」
「どんだけお前の目は節穴なんだ! 最初に殿が姫様の実力をお見せくださっただろう‼︎」
岩踏はあの日、みっともなく叫んで逃げ回っていた緋凰を思い出す。
「実力って……逃げてただけじゃないっすか?」
何も気がつかないこの男に、伊農はしびれを切らした。
「そうだ、逃げていたじゃないか! 殿の本気の攻撃を、すべて避けただろう! あの身のこなしは尋常じゃない‼︎ 木刀だって正確に真っ直ぐ投げただろう‼︎」
「そうだったかな?……でもそれと私に何の関係が——」
「もう、いいから行け‼︎ このスットコどっこい‼︎」
立てかけてある木刀まで走ると、伊農はそれを一本ぶん投げてよこした。
よっ、と受け取ってしぶしぶ歩き出した岩踏の背に、伊農が一つ助言をなげる。
「姫様はまだお可愛らしい。団子でつれるぞ」
「? へい、分かりやしたぁ〜」
分かっていないのにそう返事をし、面倒くさそうに岩踏は休憩していた緋凰達の所までくると、ためらいがちに声をかけた。
「えっと……、お姫さん。今から俺とあっちで遣り合わない?」
——岩踏先生、それじゃただの女の人への誘い文句みたいになってます……。
瑳矢丸が内心焦りながら、ポカンとしている緋凰に小さめの木刀を渡して通訳をする。
「凰姫様、岩踏先生が稽古をつけてくださるそうです」
「ええ⁉︎」
細かく震え出した緋凰を見て、岩踏はつとめて明るい声で、しかし棒読みで説得をし始める。
「大丈夫ですよ〜。本気なんて出しませんよ〜。お姫さんがどれくらい強くなったか見るだけですよ〜。怖くないよ〜」
「ほんと? とっくり先生」
「いわぶみだよ〜。さあ、おいで〜」
そう言って岩踏は、緋凰を広い場所に連れていった。
——先生、それじゃまるで誘拐みたいですよ……。
瑳矢丸はなぜだかちょっと心配な気持ちになったのだった。
ーー ーー
「さあさあ、打っておいで〜」
ぷるぷる震えてなかなかこない緋凰に、仕方なく岩踏はこちらから仕掛けた。
「じゃあ俺からいっちゃうよ〜」
そう伝えて軽く走っていくと、手始めに上から木刀を振り下ろした。
緋凰はすかさず横に避ける。
そのまま岩踏は、モグラたたきの要領で、立て続けに木刀を振り下ろす。
緋凰がすべてかわしたので、今度は横に払ってもみる。
やはり避けられる。
——ふむ、確かに素早いな。
少しずつ岩踏は、木刀の速さを上げていく。
だが……。
——え? 当たらねぇ。これならどうだ!
ぶんぶんと木刀を振り回すが緋凰はどんどんかわしてゆく。
……気がつけば、いつの間にか岩踏は本気になって緋凰を追いかけていた。
——はあ⁈ マジか? 全部かわされただと⁈
驚きとともに、岩踏の武人としての心が揺さぶられる。
「おい、姫様! 逃げるだけじゃだめだ! 打ってこい‼︎」
「で、でも……人を叩くなんて……」
怖くて口籠る緋凰だが、彼女は忘れている。
以前、自分は父の煌珠に朝練で殴りかかっていた事を。
まごまごしている緋凰を見て、岩踏の脳裏に先程の伊農が掛けた助言がよみがえった。
「姫様! 俺から一本取れたら、ものすんっごい美味い団子食わせてやる!」
「え? そんなに美味しいもの?」
ごくりと唾を飲んだ緋凰のお腹がグーッと鳴ると、キッと目つきを変える。
祖父の閃珠の姿を頭の中で再生すると、木刀を両手でグッと握り、緋凰は岩踏に向かって走り出した。
「やあぁ‼︎」
下段から振り上げられる攻撃を、岩踏はあえて受けた。
——なかなか……重いじゃないか。面白い。
続けて緋凰は左手を木刀に残しつつ、右腕をブンっと振って勢いよく一回転をすると、左横から攻撃を繰り出す。
手を交差して木刀を右側へ真下に向けると、岩踏は再度攻撃をそこで受ける。
そして、幾度か緋凰の攻撃を受け止めているうちに、ようやく岩踏は気がついた。
——そうか! 俺と同じ両利きなのか! ……なるほど。
この城の練兵場に出入りする者で、利き腕が両方の武人はあと閃珠と天珠のみ。
二人は圧倒的な強さを持つが、緋凰の身内で、なおかつ姫として可愛がっている。
緋凰の武術の指導には向いていない。
すると、残るは岩踏一人だった。
——だから殿は俺に……。そうか、それに——。
また緋凰は、岩踏が畏怖の念を抱いている閃珠と同じ顔に同じ瞳。
もし同じく武術の才も受け継いでいるとなると……。
——もし大殿の若い頃をこの子で再現できたなら——。
背筋がぞくっとする。
——た、戦いてぇ‼︎ これは……、
岩踏は武者震いをすると、目に輝きが走った。
——育てたい‼︎
攻撃をかわして後ろに飛びつつ構えた緋凰に、岩踏は力強く叫ぶ。
「さあ! もっと本気で来い‼︎ 凰姫ぇ‼︎」
「おぉーーだんごぉーーくださーーーーいっ‼︎」
欲に目がくらんだまま激しく打ち合う二人を、瑳矢丸は目が点になりながらお山座りで見学している。
「どう言う事? これ、すごいはすごいけど……」
伊農はようやく緋凰に向き合い始めた岩踏を見て、満足気な顔で自身の仕事に戻っていったのだった。
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