3-4 父と祖父、教育方針の違い
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。六歳
御神野 律ノ進 煌珠……主人公の父。お殿様
御神野 湧ノ進 閃珠……主人公の祖父
御神野 豪ノ進 天珠……主人公の叔父。煌珠の妹の夫。武将の一人
真瀬馬 刀之介 忠桐……重臣。武将の一人
瑳矢丸……刀之介の三男。緋凰の世話役。八歳
本丸御殿にある書庫の棚にて煌珠が書を探している所へ、小姓の与太郎が取り次ぎに来た。
「殿、凰姫様がおいでになりました。お会いしたいと申しております」
「何の用だ?」
棚に目を向けたまま、煌珠は問う。
「その……もう練兵場には行かないとの事で」
与太郎の返答に小さくため息をつくと、煌珠はつぶやくように言う。
「通せ」
頭を下げて与太郎が廊下に消えると、まもなくドスドスと足音を響かせて緋凰が戸口に現れた。
やや後ろで瑳矢丸も片膝をついて控える。
「父上! 私もう練兵場になんて行かないからね!」
鼻息も荒く、まくしたてる娘に見向きもしないで、棚の書物を物色しながら煌珠は問う。
「何故だ?」
「怖いからにきまってるじゃん! 嫌だよ!」
「外の練兵場にはお前くらいの歳の子供もいる。その者達を愚弄しているのか?」
「……ぐろうって何?」
緋凰の問いにみかねた瑳矢丸が、バカにしているという意味だとヒソヒソ声で教えた。
「! そんなつもりはないけど……でも、怖いんだもん」
煌珠は書物を一つ棚から引き抜く。
「誰だって怖い。でも戦う」
「……私には、無理だし……」
険しい顔で下を向く緋凰をよそに、煌珠は書物の中身を確認し始める。
「狼とやり合っただろう。何を言う」
「だってあれは仕方なく……でないと死んじゃうんだもん!」
パッと顔を上げて、緋凰は煌珠を睨みつけたが、
「同じだろう。皆『仕方なく』だ。生きる為に」
そう言われて、口を尖らせるとまた下を向いた。
「……毎回訓練に参加するなら、お前の好きな習い事を好きにさせてやる」
書物に目を落としながら、煌珠はこともなげに言い放つ。
「ほんと⁉︎ いいの? 刺繍とか生花とかやりたい‼︎ お願い‼︎」
慌てて顔を上げると、緋凰は前回叶わなかった願いに、もう一度全力で願い出てみた。
「与太郎に言っておけ。そもそもお前はまったく持って教養が足りな——」
「わぁい‼︎ やったぁ! ひゃっほぅ‼︎ 与太郎さあぁーーん‼︎」
説教を始めようとした煌珠の言葉に気がつかず、緋凰は喜び勇んで走って行ってしまった。
——話、途中じゃないのか⁈
青ざめながら瑳矢丸も慌てて追いかけてゆく。
これで静かになったと煌珠は、書物を手に部屋の隅にある文机に向かっていったのだった。
ーー ーー
本丸御殿奥の間の縁側に座って、真瀬馬刀之介相手に煌珠が将棋を指していた所、
「おい、このクソ小狐!」
鼻息も荒く閃珠がやってきた。
煌珠は大きく息を吐くと、隣に立った閃珠を見上げた。
「お戻りでしたか父上。お久しぶりデス」
すぐにふらふらどこかへ旅立ってしまう父親に、煌珠は嫌みったらしく真顔で丁寧な言葉を返した。
イラついた閃珠は腕を組んで息子を睨みつける。
「てめえは、緋凰を練兵場に連れて行った挙句に岩踏兵五郎に弟子入りさせるたぁ、どう言う了見だ」
「い、いい岩踏に⁉︎」
ガタタ、と将棋盤を揺らして隣の刀之介が狼狽した。
そんな事は気にしないで、煌珠は面倒くさそうに閃珠を見つめる。
「あのチビが戦っている姿を見ている筈。練兵場でも木刀を折ったのでしょう」
「——それはっ」
閃珠の脳裏に、緋凰が狼と戦っている姿と、練兵場で木刀を構えた時の姿が浮かぶ。
「前にご自身でおっしゃっていた通り、緋凰は間違いなく御神野湧ノ進(閃珠)の孫。ならばそのように育てるのが良ろしかろう」
「……だが、女の子だ。それに、嫌がっておるのだぞ!」
閃珠の声に、若干の戸惑いがあるのを見透かした煌珠だが、あえて念を押すように反論した。
「戦う事に女も男もあるか。嫌だから出来ないと言うのならば死ぬだけだ」
「何でそうなる⁈ 守ってやれば良いだろう!」
煌珠としては盲目にも聞こえる閃珠の言葉が癪にさわり、ついに声を荒らげた。
「父上の言う守るとはどのように? いつまで? 戦ばかりの世だ! 誰もが明日をも知れぬ命、よく分かっているだろう‼︎」
「だからと言って武術にばかり目を向けなくとも、他に生き残る方法はいくらでもあるだろうが‼︎」
次第に激しさを増す二人のやり取りに、刀之介はどう止めるべきか中腰になってオロオロしていると……。
「殿。豪ノ進(天珠)様がお見えですが、いかがいたしましょう」
遠く離れた場所から、与太郎が取り次ぎの声を上げた。
文字通り天の助けだと、刀之介は天珠の来訪を切実に願う。
「通せ!」
苛立ったまま煌珠が声をかけると間もなく天珠が歩いてきたのだが……。
「おいおい、聞いたぞ。緋凰を城の練兵場に入れたんだってな」
今一番避けて欲しかった話題を振りかざしてきたので、刀之介は顔を片手で覆って失望した。
「しかも、瑳矢丸と一緒に岩踏兵五郎に弟子入りなど……あ、義父上もお見えでしたか」
「さ、ささ瑳矢丸も⁉︎」
天珠の話に、ガタタ、とまた将棋盤を揺らして刀之介は大きく狼狽する。
煌珠は舌打ちすると、天珠を睨みつけた。
「まったく! どいつもこいつも、他に話す事はあるだろうが! この仁王像め‼︎」
——えぇ⁉︎ いきなり怒られたし、悪口まで言われんの? 機嫌悪ぅ〜。
足を止めて天珠がたじたじになっていると……。
「殿。先程ご所望致しておりました、揚げ入りうどんが出来上がったそうです。こちらにお持ちいたしますか?」
向こうから与太郎の質問が飛んできた。
「向こうで食う!」
すかさず煌珠が返事をすると、起き上がりざま走り出し、天珠を真横に吹っ飛ばして駆け抜けてゆく。
壁にドンッと身体を打ちつけて、ぐえっと声を上げた天珠を見て、閃珠が怒鳴った。
「こりゃ! 煌珠! モノにあたるんじゃない‼︎」
「……義父上、私はモノですかい?」
「ん? おぉ、すまんすまん。お前さんはバカでかいからのぉ……つい」
ちょっと傷ついた天珠の脇を通り抜けて、
「お待ちを! どう言う事なんです? 律ノ進(煌珠)様⁉︎」
叫びながら、刀之介が逃げた煌珠を追いかけて行ったのだった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します!




