2-15 瑳矢丸、命の逡巡《しゅんじゅん》
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。六歳
御神野 律ノ進 煌珠……主人公の父。お殿様
御神野 湧ノ進 閃珠……主人公の祖父
瑳矢丸……緋凰の仮の世話役。八歳
岩踏兵五郎宗秋……臣下。武将の一人
「うわああ! 凰姫ぇーーーーーー‼︎」
仰天した瑳矢丸が煌珠の横にすっ飛んでくると、手をついてガバッと崖下をのぞいた。
バキバキボキーーッ‼︎ と木の枝が折れる音がしたかと思うと、そのままシーンとなる。
「そんな……凰姫……」
最悪の事態を想像して、瑳矢丸はカタカタ震え出す。
その横で煌珠が腕を組んだまま崖を見下ろしている。
瑳矢丸の反対隣には岩踏も進み出てきていて、腰に手を当てて同じく崖下を覗き込んで見ていた。
しばらくすると——。
崖下の木の影から、豆粒大の緋凰が這いつくばってもそもそ出てくるのが見えた。
「あ! 生きてる‼︎ おーーい! 凰姫ぇーー‼︎」
パッと笑顔になった瑳矢丸が崖下に声をかけると、おにーーさ〜ん、と返事が来た。
緋凰を助けに行こうと走り出した時——。
「待て! 瑳矢丸」
大きくかけられた命に、瑳矢丸は身体をピタッと止める。
そのまま煌珠は、崖下に向かってとんでもない事を言い出した。
「緋凰、俺達はこのまま帰る。お前もそこから一人で城まで帰って来い! よいな‼︎」
驚きのあまり、瑳矢丸は煌珠を二度見した。
はああ⁉︎ 無理ーーーー‼︎ っという返事を無視して、踵を返すと煌珠は歩き出そうとした。
「殿‼︎ 何故ですか⁈ 凰姫様がお一人でお戻りになるなど無理です! 私、助けに行きます‼︎」
それだけを言って走り出そうとした瑳矢丸を、再び煌珠が止める。
「駄目だ! 今、緋凰の所に行くのならお前の家族の首、全員はねるぞ」
「なっ⁉︎ そんな——」
さっと青ざめた瑳矢丸が目を見開いて振り向いた。
その場に立ち尽くしてしまった瑳矢丸を確認して煌珠は背を向けて歩き出す。
酒をグイッと一口飲んで、岩踏も煌珠を追って歩いてゆく。
——なぜだ⁉︎ 娘じゃないのか? クッ……どうしよう、どうしたら……?
瑳矢丸は焦りながら懸命に考える。
先ほど首をはねると言った煌珠の目は本気に見えた。
——こんな高い崖から落ちたのだから、絶対怪我をしているはず。そもそも城まで一人でなんて……。
だが今、緋凰の所に行けば家族が——。
拳をギュッと握りしめて目をグッと閉じる。
……ほどなくして瑳矢丸は、震える足でゆっくり一歩を踏み出すと、煌珠達の後を追ったのだった。
ーー ーー
「ちょっと! 待ってよーー‼︎ 置いてかないでってば‼︎ 父上ぇーーっの、ぶぁかぁーーーーーー‼︎」
緋凰は力一杯叫んだが、崖の上からはもう誰の頭も出てこなかった。
「そんな、うそだぁ……。身体中痛くて歩きたくないのに。てか……寒いよぉ」
絶望のあまり涙が盛り上がってきたが、ここで顔が濡れると顔面が冷たくなりそうなので、必死にこらえる。
「どうしよう……。えっと、あっちの方から来たと思うから……この方角でさっきの道に行けるかな?」
もしかしたら、父達と合流できるかもしれない。
そう希望をもつと、緋凰は身体の痛みをこらえながら歩き出したのだった。
ーー ーー
城に帰り着くと、門の前で岩踏は馬を降りた。
煌珠はそのまま瑳矢丸を乗せて、二の丸御殿まで馬を走らせる。
そして屋敷の前の門で瑳矢丸を降ろした。
「よいか。この事、鳳珠に決して言うな。知られて鳳珠が倒れたら責を問うから覚悟しておけ」
馬上からそう脅しをかけると、煌珠は帰ってゆく。
頭を下げて見送った瑳矢丸の心臓は、ずっとドキンドキンと激しく鼓動がしっぱなしであった。
——いいのか? これで……凰姫……。
胸がギュッと苦しくなって、泣きたくなる気持ちを抑え込みながら、瑳矢丸はノロノロと屋敷の門をくぐる。
下を向いて歩いていたら、前から歩いてきた使用人の女がすれ違いざま声をかけてきた。
「あら、瑳矢丸さんもお帰りで」
顔を上げると、その女の顔がぽわぽわしていてゴキゲンそうに見える。
——お祖父様? 旅から帰って——。
瑳矢丸がハッとなった。
煌珠の言葉が頭をよぎる。
『鳳珠に決して言うな——』
——なら若様(鳳珠)にさえ言わなければ⁈
『今、緋凰の所に戻るなら——』
——もう『今』じゃない! 後から戻ったって事なら——。
ギリっと歯ぎしりをする。
——あぁでも……。こんな言葉遊びみたいな言い訳、通用するのか?
ギュッと目を閉じると、緋凰の泣いている姿が頭に浮かんできた。
「——凰姫‼︎」
意を決してバッと顔をあげた瑳矢丸は台所に向かって走り出した。
「お祖父様‼︎」
台所に駆け込んで祖父の包之介を探したが見つからない。
焦ってキョロキョロしていたら、奇跡が起こって瑳矢丸の目が大きく見開いてゆく。
旅装束のまま、台所でつまみ食いをしている大殿の閃珠と目があったのだった。
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