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飛凰《ひおう》の姫君〜武将になんてなりたくない!〜  作者: 木村友香里
第八章 旅は寄り道⁈ 飛凰編
237/239

8-31 想い悩み

お越しくださってありがとうございます。

○この回の主な登場人物○

 御神野みかみの 緋凰ひおう(通称 凰姫おうひめ)……主人公。鳴朝城のお姫様。十四歳。

 翠一郎すいちろう……緋凰の旅についてきている見た目は美少女の少年。十一歳くらい。

 食氷はみつら慶之助けいのすけ……根張城のお殿さま。

 食氷はみつら仙之助せんのすけ……慶之助の長男、正室の子。十五歳くらい。

 橋一はしいち……慶之助の次男、側室の子。十三歳くらい。

 桔梗ききょう……慶之助の近習の一人。力強い女の人。


 六畳一間の真ん中に切られている囲炉裏いろりの中で、にじむように赤赤あかあかと燃えている炭の傍らにある灰の中から、桔梗ききょうが器用に餅を掘り出している。


 焼け具合を確認してからうつわへ移していると、隣で手伝いをしている緋凰ひおうの方でも茶の支度したくが終わりそうだったために、顔を上げて全開にしてある戸のさらに奥にある外へ目を向けた。


 あれから呼んでおいたもう一人の息子である仙之助せんのすけと合流した慶之助けいのすけは、散策した城下町を出て馬で近くの農村まで走り、隣の山の中腹にあるこの小さないおりまで橋一はしいちたちを連れてきていた。


 山の岩壁にあたる庭先では慶之助けいのすけ仙之助せんのすけ、そして橋一はしいちが遠く根張ねばりじょうを望みながら話をしており、


 「お茶が入りました」


 と、桔梗ききょうが声をかけた事で三人は部屋へ戻ってきたのであった。


 部屋の隅で文机にかじり付くようして書を読んでいる翠一郎すいちろうにも声がかかる中、囲炉裏の前に座った慶之助けいのすけへ入れた茶を出しながら緋凰ひおうは笑う。


 「静かで景色も素晴らしくて、とても良い所ですね」

 「おっ。そなたはまだ若いのに、ここの良さが分かるとは。結構こだわって作った所でな、ムフフ〜男の隠れ家ってやつだ」

 「隠れ家! 何かカッコいいね!」

 「そうか! 私はカッコいいか? ハハハ——ならばそなた、私のお嫁さんにならないか〜?」

 「またまた〜、アハアハ」


 その会話に、慶之助けいのすけの両横で聞いていた橋一はしいち仙之助せんのすけが眉をよせて苦言をていする。


 「父上! そのような事をおうへ言わないで下さい!」

 「冗談にもほどがありますぞ!」


 「うお! そ、そんなに怒らなくても……。え〜と、酒が飲みたいな〜ちょっとお勝手(台所)に行ってこよっかな〜。あぁ、お前たちは先に食べているがよい」


 息子二人がたいそう怒る様子に狼狽ろうばいした慶之助けいのすけは、そう言うなりバツの悪そうな顔をしておもむろに立ち上がると、そそくさと部屋を出て行ってしまったのであった。


 台所はいおりを出た先の近習たちが待機場所として使っている長細い小屋にある。ゆえに部屋を出てすぐの玄関から草履ぞうりをつっかけて外へ出てみると、


 「お待ちを」


 そう後ろから呼び止められたので慶之助けいのすけは振り向いていた。


 すると、同じく玄関から出た桔梗ききょうが足早に目の前まで来たのである。


 「あの、慶之助けいのすけ様。差し出がましいとは思うのですが一言ひとことを……。先ほどおうへ言った事は、冗談でも軽々しく誰にでも言うものではございませぬ。貴方様のお立場もありますゆえ」


 スッと切れ長の美しく整っている目を引き締め真面目な顔つきで諫言してきた事に、慶之助けいのすけは目をぱちぱちさせてからハハっと笑う。


 「やれやれ、そなたもまた手厳しいものよ。だがな桔梗ききょう、そなたは勘違いをしている。先の言葉は冗談ではないぞ」


 「え?」


 思ってもみなかった返しで今度は桔梗ききょうの方が目を丸くしたが、構わずに慶之助けいのすけは片手を腰に当てながら意味ありげな笑みを浮かべて続けている。


 「私とておのれの立場はよく分かっている。ゆえに本気でそう思った者にしか言わない、『誰にでも』ではないぞ」


 ドキリとした桔梗ききょう咄嗟とっさに口を開きかけた。


 ——では『あの時』も?


 だが、思った事は声に出る事はなく、息をつきながら口を閉じると目を逸らしてわずかに俯いてしまう。


 何かしら納得のいかないといった顔をしてみても、慶之助けいのすけは最後には穏やかに笑ってきびすを返し、さっさと小屋へ入っていったので、桔梗ききょうもまた慌てて後を追っていったのだった。



 「ちと子供たちとナイショ話をするから、誰も近付かせぬように」


 台所で温かい酒の入った瓢箪ひょうたんを手に持って近習たちにそう命じ、小屋を出て行った慶之助けいのすけの背をぼんやりと見つめてから、桔梗ききょうは自然に出てくるため息と共に土間と部屋のさかいになる段差に腰を下ろしている。


 「どうした? 疲れてんのか、飲むか?」


 それを見て竈門かまどの世話をしながら酒を温めている暫枝ざんき源九郎げんくろうがかけてきた声に、桔梗ききょうは笑って片手を振って見せてから、反射的に思っていた事を口にした。


 「すみません、ちょっと変な事を聞きますが……。慶之助けいのすけ様って、本当に女人にょにんにモテないお方なのですか?」


 「ん〜? どうだろうなぁ〜。今まで慶之助けいのすけ様がいろんな女を口説いているのを見てきたが……、上手くいったのを見たことはないな」


 長い髭が燃えないように気をつけながら、斬枝ざんきは棒で竈門の中を慣らしつつ遠い目をして笑ってしまう。


 そうですか、と小さく言ってぼんやりと大きくなってゆく竈門の炎を眺めている桔梗ききょうの頭に、先ほどの慶之助けいのすけが意味ありげに笑った顔が浮かんでくる。


 ——だけどあの笑顔かおは……。何だろう、ずるい……気がする。


 すると突然、目の前に近習仲間の女の顔がひょこりと現れた事でふと我にかえる。


 「わ〜、ぼんやりしている桔梗ききょうさんってな〜んか色っぽくて素敵♡ 頬が赤いけど外はそんなに寒かった?」


 屈託くったくのない笑顔で言われて急に焦り出した桔梗ききょうは、自分でもなにゆえ動揺しているのか分からないまま顔を両手でペチペチと触ってから慌てて立ち上がると、


 「え? あ、そ、そうだろうか? えと、外の見回りにでも行ってくる」

 「あっ、外の見回りは今終わったばかり——」


 仲間の声が耳に届かず、小走りに小屋を出ていってしまうのであった。

 

 

 

 ーー ーー


 「え⁉︎ ひな姫ちゃんを私の故郷くにへ逃がしたい?」


 いおりに戻ってきた慶之助けいのすけから打ち明けられた話に緋凰ひおうが驚きの声を上げたので、斜め向かいに座る仙之助せんのすけが慌てて人差し指を口元に当てて見せている。


 「左様さよう。私もな、思っていたのだ、ひなに西の領主の側室は無理だろうと。しかも、橋一はしいちふみに書いていた女人を見つけて問うてみたらなんと、二つ返事で承諾したそうだ」


 しっかりライバル達を蹴散らして側室の一番になります、と目を輝かせながらそんな抱負をかたったその娘に、慶之助けいのすけたちは頼もしすぎると開いた口が塞がらなかったものだった。


 「しかも、そなたの故郷くにつかわした者が一人、戻ってきてな。良い国だとたいそう褒めておったぞ」


 その言葉に大きく胸を鳴らした緋凰ひおうは、


 「瑳矢之介さやのすけからふみがきたのですか⁉︎」


 つい言葉を遮って囲炉裏を挟んだ向かいに座る慶之助けいのすけへ、前のめりになりながら尋ねてしまう。


 両脇に座る仙之助せんのすけ橋一はしいちは思わず息をのんで横を向き、翠一郎すいちろうもまた、妙に胸を緊張させて慶之助けいのすけの顔を見つめている。


 だが、返ってきた答えは期待通りではなかったのだった。


 「それがな、その瑳矢之介さやのすけという者が屋敷に居なかったようで、なかなか会えずにそなたからのふみすら渡せていないとの事だ」


 「そうですか……。瑳矢之介さやのすけはお仕事が忙しいから……」


 落胆を隠せず肩を落とした緋凰ひおうに、橋一はしいちが慌てて励ましの言葉をかける。


 「大丈夫だよ、今頃はきっとその人にふみが届いているはずだよ。春には必ず返事もくるから」


 「そうだね……そうだと……いいな」


 期待が大きすぎた分、落ち込みも大きかった緋凰ひおうの瞳からついに涙がこぼれ出てきてしまった。


 「こ、こら。泣くな、泣くのではない」

 「おう、泣かないで」


 ギョッとした仙之助せんのすけ橋一はしいちが急いでそばにきてなだめるので、緋凰ひおうはうんうんと頷きながらグッと口を引き結んで涙を堪えている。


 隣で三人のやり取りを見つめながら、翠一郎すいちろうは考えにふけっていると、


 ——瑳矢之介さやのすけというやつ、実は本当におうの事を忘れているとか……。もう、いっそ俺がそいつにおうの事をどう思っているか聞いてやりた——あっ。


 ここまで考えた時、ある提案が頭をよぎった事でハッとなったのだった。


 ——そうか、ひな姫がおう故郷くにへ行くというのなら……。


 あぐらの上に乗せているこぶしをグッと握ると、目を閉じて一度深く深呼吸をする。


 自身の心にある決断を下して目を開いた翠一郎すいちろうは、顔を横に向けて緋凰ひおうへ確認をするのだった。


 「おう、あのさ。お前には故郷くに瑳矢之介さやのすけの他に頼れる者はいないのか?」


 橋一はしいち手巾しゅきんで涙を拭かれていた緋凰ひおうが、不思議そうに顔を上げた。


 「頼る? えっと、そうだね……叔父上おじうえや先生たちがいるけど」


 「何だ、たくさん頼れる者がいるではないか。それならば——」


 翠一郎すいちろうは改めて慶之助けいのすけへ身体を向けて背筋をのばすと、



 「殿との様、お願いがございます。私もおう故郷くにきとうございます。ゆえに雛姫ひなひめ様にご同行させて頂けませぬでしょうか?」



 そう願い出て頭を下げたのである。


 「そうか! そなたがともに行ってくれるか! いやいや実はここ数日の間、ひなおう故郷くにへ行くように勧めていたのだが責任感が強くて聞かなくてな……。友である翠一郎すいちろうと一緒ならばひなも説得できるであろう、有難ありがたい!」


 ひざを打って喜ぶ慶之助けいのすけに頷いて見せた翠一郎すいちろうは、わずかに驚いた顔をしている緋凰ひおうへ内心の緊張を隠しつつ落ち着いた声で話す。


 「もう、俺がお前の故郷くにへ行って様子を調べてきてやるよ。旅に出て長いのだから、もしかしたらおうが戻っても良くなっているのかもしれない。さっさと済ませれば春には戻って来られるだろうから」


 「……うん」


 「うまくいけば、その瑳矢之介さやのすけも引っ張り出してここへお前を迎えに連れてきてやるよ」


 「うん、そっか……ありがとうすい。……よろしくお願いします」


 元気づけるように言われてようやく微笑ほほえんだ緋凰ひおうは、きちんと翠一郎すいちろうへ身体を向けると深く頭を下げたのであった。


 その様子を見ながら瓢箪ひょうたんを傾けて慶之助けいのすけが愉快そうに酒をあおる。


 「よしよし、西から花嫁を迎えにくるのが正月三日であるからその前日までには旅立てるように手はずを整えようぞ。あぁ、元日には橋一はしいち、お前の元服を行うが聞いたか?」


 「はい、父上。御前ごぜん様がお知らせ下さいましたので」


 養母となっている椿つばき殿は武家のしきたりをあまり知らないようだったので、こちらで支度をします。と言った内容のふみ篠御前しのごぜんから届いた事を思い出して橋一はしいちが答えていると、緋凰ひおうを挟んで反対隣にいる仙之助せんのすけが小さく息をついた。


 「だいぶ慌ただしくなりますね、いくさの支度もある事で」


 「え⁉︎ いくさがあるのですか?」


 「こらこら、そのような物騒な話はあとだ後。ささ、おうよ。私にそなたの故郷くにの話をもっと詳しく聞かせてくれないか——」


 そう言ってにこにこしながら立ち上がった慶之助けいのすけが、部屋の隅から菓子箱を手にして戻ってくると、緋凰ひおうたちの目の前で重箱の蓋をサッと開けている。


 中で綺麗に並んでいる饅頭を見て皆の目が輝いた事で、今しがたの物騒な話は流れていったのであった。

 

 

 ーー ーー

 

 その後、一通り歓談を楽しんだ緋凰ひおう翠一郎すいちろうは、橋一はしいちの初めてとなっている家族の団欒だんらんに気を遣ってひと足先にいおりを辞していた。


 桔梗ききょうたちに馬で城下町まで送ってもらってからは、ここからなら大丈夫だからと護衛たちと別れて、今は二人で町中を歩いているのであった。


 茜色になりかけている西日が眩しく感じて緋凰ひおうが笠を斜めにする横で、翠一郎すいちろうは思い悩むように節目がちになって黙々と歩いている。


 ——これでいい。俺はおうを気に入ってはいるが、まだ慕うほどではないはずだ。それならば……。


 まだ自身の気持ちを否定している翠一郎すいちろうの耳に、こないだ仙之助せんのすけへ言った言葉が蘇ってくる。


 『これ以上、おうと共にいてその想いが大きくなってしまえば、別れる時に苦しむのは——』


 ——そうだ。おうには瑳矢之介さやのすけがいる、そして出会えば必ず別れの時が来る。今日と同じ日がずっと続くはずもないのだ、それが当たり前なのだから良いではないか。


 これまでの人生において一期一会が多かった事で別れなど慣れているものと思うのだが、先ほどいおり緋凰ひおうの国への同行を願い出た時から妙に胸がチクチクと疼いている。


 ——おうだって、別に俺がいなくとも……。


 無意識に、翠一郎すいちろうはちらりと横で歩く緋凰ひおうの横顔を見てみる。


 ——おうは、どう思っているのだろう。俺と別れても、別に何とも思わないだろうな。でも、もし……もしも……。


 妙に胸を騒がせた翠一郎すいちろうの歩みがゆっくりとなり最後にはピタリと止まった。


 数歩先を行った緋凰ひおうがそれに気付いて足を止めるなり、こちらを振り向いている気配を感じる。


 ——ありえない、そんな事……。


 そう思うのだが顔をあげた翠一郎すいちろうはつい、問いかけてしまうのであった。


 「あのさ、おうは……俺がいなくても平気か?」


 いつものようにからかってきたのかと思った緋凰ひおうは、笑いながら答えようとしたのだが、笠を上げて翠一郎すいちろうの表情を見た瞬間に口をつぐんだ。


 (どうしたのだろう、とても真剣な顔になっている)


 そして、真っ直ぐにこちらを見つめる翠一郎すいちろう眼差まなざしには、見覚えがあった。


 (同じ……あの時の若虎わかとら松丸まつまると……)



 『俺は、お前が好きだ』


 『僕、緋凰ひおうが大好きだよ』



 そう言って小さく笑った二人の顔を思い出すと、緋凰ひおうの胸に緊張が走る。


 (今なら分かる……。あの二人が言ってくれた言葉の意味が。だから……だから、ちゃんと『答え』ないといけない気がする)


 緋凰ひおうはゆっくりとまばたきをしながら悟られないほどわずかに深呼吸をすると、小さく微笑んで言うのだった。



 「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」



 見つめていた翠一郎すいちろうの眉がぴくりと動く。


 だが、すぐにいつもの何でもない顔に戻ると、


 「だよな〜。俺と出会う前は一人で旅をしていたのだから、まぁ、大丈夫だよな」


 そう軽口をたたきながら足早に緋凰ひおうを追い越してゆく。ところが、何かを思い出したように翠一郎すいちろうは再び足を止めて振り向いたのであった。


 「なあ、佐吉さきちさんってまだこの町にいるだろうか? ちょっと探してみないか?」


 このまま城の屋敷へ戻って橋一はしいちが戻るまで二人きり、という状況に耐えられる自信が感じられない事で、何となくそう思いついた翠一郎すいちろうが笑って前を向いてみると——。


 「——ん? あっ! あれは!」


 町の角から、白地に富士山やら鷹やらド派手な柄のついた小袖がひらひらと歩き出てきたのを見つけたのであった。

 


ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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