2-8 煌珠と朝練
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。6歳
御神野 律ノ進 煌珠……主人公の父。お殿様
「おい、起きろ。——おいって!」
あれからひと月ほど経ったある早朝。
二の丸御殿の緋凰の部屋で、煌珠が懸命になって娘を起こしていた。
「おい、マジかよ……。こいつ全然起きねぇ」
両手で緋凰のまぶたをにょ〜んとこじ開けてみても、ただただ白目をむくだけで覚醒しない。
叩き起こしたい所ではあるが、いまだに瑳矢丸と戦った時のあざが治りきっていない顔をみると、さすがの煌珠も若干の躊躇がある。
苛立つ気持ちをおさえながら煌珠は少し考えると、緋凰の耳元でそっとささやいた。
「おい。朝メシ、味噌と塩(汁物の味)どっちにするんだ?」
「………………みそ」
煌珠の作戦は成功した。
食欲が睡眠欲に勝った緋凰は、重いまぶたを半分開いて、もそもそと顔を起こした。
「……おじいさまだ」
「おい、誰がジジイだ。さっさと起きろ」
煌珠と閃珠は顔が瓜二つだ。
加えて煌珠は、二の丸御殿ではなく主に本丸の奥御殿で寝起きをしている。
緋凰が父と祖父を間違えるのも無理はなかった。
「……ちちうえだぁ。オハヨウゴザイマス」
寝ぼけ眼でもそもそと布団の上に正座をすると、ぺこりと挨拶をした。
「しっ! 鳳珠が起きる。静かに袴をはいて庭に出ろ」
煌珠が自身の口に人差し指をあてて緋凰に注意を促すと、そのまま先に部屋を出ていった。
あわてて口元を両手で隠した緋凰は、そっと隣の部屋につながる襖を見てみる。
(兄上、起きなかったかな? 体調良くなったかなぁ)
昨日、体調を崩して寝込んでいた兄の鳳珠の眠りを妨げないように、緋凰は慎重に支度をすると、ぬきあしさしあしで表にでた。
こっちだ、とあごで指図しながら歩き出した煌珠の背中を追いかけながら、緋凰は不思議に思った。
(父上が私に用事なんて初めてだ。こんなに朝早く何だろう。なんか棒もってるし……てか寒っむ〜)
近頃はだいぶ朝晩が寒くなってきたので、布団が恋しい。
両腕を乾布摩擦のようにさすっていたら、煌珠がふと立ち止まって振り向いた。
緋凰もつられて少し離れた所で立ち止まる。
庭の奥の方まで緋凰を連れてきた煌珠は、持っていた2本の木刀のうち小さめの木刀を一本、緋凰に投げてよこした。
「わわっ!」
ギリギリ落とさないで緋凰はそれを受け取る。
「さあ、それで俺にうってこい」
煌珠の突然の言葉に、緋凰は首をかしげる。
「? ……うつってなあに?」
「……その木刀で俺に向かってこい」
「? ……向かって何するの?」
「俺に殴りかかれっての!」
「え⁈ 何でそんな危ない事するの?」
「……」
話が全く通じない事に煌珠は苛立ちながら、どう言えば良いかを考えた。
「……お前、俺の事嫌いだろ。今なら俺を殴っても怒られないぞ」
「え? ……別にわたし、父上の事嫌いじゃないよ」
「……何でだ?」
「何でって……。父上とは全然しゃべった事ないから……。嫌いとか好きとかなんて分かんないよ」
「……」
要するに、煌珠が緋凰に目を向けなかったので、緋凰としても全然自分に関わってこない煌珠に興味がなかった。
たとえ同じ空間にいても緋凰は、使用人や護衛達と同じような存在感というくらいにしか思ってなかったのである。
……二人の間に妙な雰囲気が漂う。
娘の予想外の言葉に、煌珠はもう一度考えてみる。
彼はこの国のお殿様。
人をうまく動かすのもお仕事のひとつ。
「お前、もし俺にその木刀で一発でも殴る事ができたら、裁縫道具一式くれてやるぞ」
「え! ほんと⁈ ——やる‼︎」
緋凰の目が怪しく光る。
煌珠の仕入れる情報は正確だった。
そしてやると言ったら緋凰の行動は早い。
「てぇい‼︎」
木刀を下段に持ったまま突如、煌珠の下に走りつくとそのまま横になぎ払った。
スッとよけられたので、そのまま反対にもなぎ払う。
後ろに飛んでよけた煌珠をさらに追いかけざま、木刀を上段から振り下ろす。
「え〜い!」
くるりと回転してよけた煌珠は、緋凰の背中に一太刀あびせた。
「ぐぇ‼︎」
倒れた拍子に思い切り腹を打って、緋凰は一瞬息が止まる。
が、——
緋凰はその体勢のまま左手に木刀を握り直すと、煌珠の足もと目がけて力一杯なぎ払った。
「あぶ——!」
間一髪、煌珠はバッと飛び退いてその攻撃をよけた。
「あぁ、おしい!」
欲に目が眩んだ緋凰は再び立ち上がると、元気に飛び掛かっていったのだった。
ーー ーー
「これまでだ」
軽く上がった息を整えながら、煌珠が終わりを告げる。
「えぇ! 待って、まだ、もう一回! 裁縫どうぐぅ〜」
ゼェゼェ肩で息をしながらも、緋凰は煌珠にせがんだ。
「この後、俺は仕事だ! また明日来る」
「ほんと? 絶対だよ! 約束して‼︎」
「わぁったよ」
子供の物欲ハンパねぇ、と内心面倒くさく思いながらも、煌珠としてもまだまだ確認し足りない事もあり、その約束を承諾した。
「なあ、お前。利き腕どっちだ?」
緋凰の攻撃をしているさまを見て、妙に思った煌珠が問いかける。
「ききうでってなあに?」
「……箸をもつ手の方だ」
「はし? ……両方つかうよ」
「は? ……」
なんと、緋凰は両利きだった。
「お前、なに行儀悪いことしてんだ!」
「えぇ⁉︎ 私、お行儀悪いの?」
またもや話しが噛み合わない事に、煌珠はついに焦りが出てきた。
——こいつ、もしや常識が著しく足りない——?
今さらながらに、緋凰を任せてしまった元子守のおたねを恨む。
「もういい。とにかくもう戻れ」
ため息をついて煌珠は部屋に帰るように促す。
「はい。父上、さよーーなら〜」
ぺこりと頭を下げて緋凰は背を向けるも、立ち止まって振り返ると、
「明日ね! 裁縫道具ね!」
と念を押した。
「うるせー、行け!」
煌珠が怒鳴ると、今度こそ緋凰は退散していった。
——クソッ、両利きかよ……。
自身の知っている尋常でない力量を持つ、両利きの武人が3人頭に浮かんだ。
一人は煌珠の父、閃珠。
一人は義弟の天珠。
今一人は……。
煌珠は頭をかいて盛大にため息をついた。
——とりあえず先に常識……礼儀作法を——。
踵を返して控えの者のところまで歩くと、
「美紗羅の所へゆく」
すれ違いざまに呟くように言い、二の丸御殿を後にしたのだった。
ーー ーー
余談ではあるが、煌珠としては緋凰を三歳まで預かった天珠の妻であり、妹の美紗羅に文句の一つでも言おうとしたのだが、彼女の気の強さは天下一品だった。
その為、逆にブチ切れられて、久々に派手な兄妹喧嘩を繰り広げたのであった……。
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