表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飛凰《ひおう》の姫君〜武将になんてなりたくない!〜  作者: 木村友香里
第八章 旅は寄り道⁈ 飛凰編
222/239

8-16 騙そうとしている!

お越しくださってありがとうございます。

○この回の主な登場人物○

 御神野みかみの 緋凰ひおう(通称 凰姫おうひめ)……主人公。鳴朝城のお姫様。十三歳。

 佐吉さきち……商人らしき壮年の男。


 根張ねばり城の出入り口となる大きく立派な木組みの大手門を出て歩いてゆき、すぐに見えてきた賑わう城下町へ入った辺りで、


 「では、わしはここで」


 そう言って佐吉さきちが向き合ったので、先に書の蔵へ連れて行かれてしまったすいを諦めて一人ででも見送るべく隣を歩いていた緋凰ひおうが、被っているかさを上げて少し寂しげに笑ったのであった。


 「たくさん経験してきたけれど、やっぱりお別れってさみしいものだね。夏の間、佐吉さきちさんからあきないの事を教わったり旅の貴重なお話が聞けたりして楽しかったよ。ありがとう」


 「いやいや、こちらこそ〜。やもお(男やもめ)のわしには久しく賑やかな暮らしで……こっちも楽しかったですよ」


 佐吉さきちがポロッとこぼした言葉で過去に妻がいた事を知り、少し驚いた緋凰ひおうではあったが、繊細せんさいな事情がありそうなそこには触れずそっと流しておくと、懐から先ほど城内の屋敷で貰った褒美の銭が入る巾着を取り出している。


 「はいこれ、山での暮らしでたくさんあきないの品をくれたお礼だよ」


 そう言って差し出された手の中を見て、佐吉さきちは首を横に振った。


 「まったくおうさんときたら……、気にしなくてもいいのに。わしだってたくさんご褒美もらったよ〜。それはおうさんの旅に役立ててくださいな」


 「私はしばらく仙之助せんのすけさんのお屋敷で過ごすから大丈夫だよ! これも仕入れのもとにしてね、佐吉さきちさんのあきないがとっても繁盛する事を祈っているから」


 受け取らない佐吉さきちにそう説得をして、緋凰ひおうはそっとその手に巾着を握らせたのだった。


 「ありがとうおうさん。『瑳矢之介さやのすけ』さんが怒らなければぎゅ〜ってしちゃうトコでしたよ。あ、おっさんだし変態になっちゃうかな〜」


 いとおしそうな顔をして礼を口にしつつそんな冗談を言いながら、よいしょと箱を背負い直し、折りたたまれていた『よろずや』と書いてあるのぼり旗を伸ばして手に持つと、


 「まだまだしばらくはこの町にいますんで、見かけたら遠慮なく声をかけてくださいな。といってもわし……目立たないから見つけてもらえないかも〜」


 ハハハと佐吉さきちは自身に笑っている。


 ふ〜むと腕を組んで考えた緋凰ひおうは、いい事を思いついた様子であっと声を出した。


 「それだったら着物をもっと派手にしてみたらどうかな? 佐吉さきちさんが今着ている物は無地のかき色だから目立たないのかも!」


 「なるほど〜! ではいっそ、金ピカの着物にしてみようかな〜、ハハハ」


 「それならどこにいても分かっちゃうね! アハアハ」


 二人して腹を抱えて笑った後に、


 「どうぞお元気で。それではね〜」


 と片手を振って佐吉さきちは歩き出したのであった。


 「佐吉さきちさんもお元気でね!」


 緋凰ひおうもまた、大きく片手をあげて振り返していると、先ほどから斜め後ろで待っていた下男げなんが待ちくたびれた様子で声をあげてくる。


 「おい! 終わったならもう行くぞ!」


 緋凰ひおうはその声へ応えるように一度振り向いてからすぐに顔を戻してみると、もうそこには佐吉さきちの姿が煙のように消えてしまっていたのであった。

 

 

 

 ーー ーー

 

 佐吉さきちとの別れから城内に戻ると思いきや、下男げなん緋凰ひおうを連れて城下町を突っ切ってゆくと、町の出口となる木戸すら出てしまい、少し歩いた林の登り坂に入っていく。


 眉を寄せた緋凰ひおうは前を歩く下男げなんに問いかけてみた。


 「ねえねえ、お城の台所を見せてくれるんじゃないの?」


 「ああ? ……まずは食いもんを取ってくるところから見ればいいんじゃねぇの」


 「そこから⁉︎」


 振り向きもせず明らかに適当な答えを返してきた背に口をとがらせながら、


 (あやしい……もう、あやしさしかない! これ、絶対に変なところへ連れて行かれるに違いない! すいは大丈夫かなぁ)


 緋凰ひおうは危険な予感を察しながらも、この後に翠一郎すいちろうまで連れてこられてしまうかもとそのたくらみを確認しておくべく、腰の刀をいつでも抜けるようにしておとなしくついていったのだった。


 登っている山道の幅が徐々に狭くなってゆき、あまり人が通らない所に来たのか左右の茂みから生えている野草の背がとても高くなっている。それでも歩き続けていると急に視界の開いた場所が出でてくる。すると、遠く朽ちかけている木の門やちょっとした登り階段、そして所々が崩れている土塀が目に入ったのである。


 「あれ、廃寺だよね?」


 そう呟いて足を止めた緋凰ひおうが門の中をじっと眺めてみると、そこにはヨレヨレの小袖こそでを着崩していたり暑さから上半身を脱いでいたりといった姿で、ぐだぐだな体勢になって座りながら談笑している男たちが数人ほど確認できたのであった。


 (ぞくだ! まごうことなき、ならず者だよ! ここ、近づいちゃいけない所だよぉ〜)


 やっぱりだまされている、と顔を引きらせて立ち尽くしていると、


 「なにしてんだ! はよ来い!」


 苛ついた下男げなんが掴み掛かってきたので、


 「私に触れないで!」


 ムッとして緋凰ひおうはその手をけたのだった。


 ますます腹を立てた下男げなんが何度も掴み掛かってくるので、緋凰ひおうはことごとく避けてやる。


 「クッ! 避けんなや! さっさと歩け!」

 「嫌だよ! だって明らかに変な所でしょ? ここは」

 「うっせーよ! ここまで来て逃げられると思うな!」

 「えぇ⁉︎ 本性が出ちゃっているよ!」


 二人して大きな声で言い合っている所へ、


 「なんだなんだ〜? おお、てめえか」


 その声を聞きつけたぞくたちがわらわらと階段から数人降りてきて二人を囲むように立つと、下男げなんの前に横幅の広い巨大な人影が来たのだった。


 「あ、お、おかしらさまがいらっしゃったとは。どうもどうも、えと、とんでもなく美しい上玉を連れてきやしたので……その……」


 目の前に漂う強烈な威圧感で完全に萎縮しながら告げた下男げなんの言葉で、ぞくかしらであるこの大男おおおとこ緋凰ひおうの方へ顔を向けるなり低く唸る。


 「おい、顔が見えんぞ」

 「は、はひ! ただいま!」


 飛び上がる勢いで返事をした下男げなんが被る笠に手を伸ばしたので、緋凰ひおうはやはりサッと避けている。


 その様子に眉を寄せた大男は首をかしげると、しゃがみながらググッと上体を横に倒して笠の中を遠目から覗き込んだのであった。


 「ほぉ、なかなか。まあ、これくらいだ」


 男が片手で示した指の数に、


 「なっ! 少なすぎですよ! こんな上玉、もう手に入りませ——」


 不満爆発で訴えた下男げなんであったが、次の瞬間には大男の岩のような拳の裏拳で殴られ、横に吹っ飛んでいったのである。


 (いま私、売られようとしているぅ⁉︎ そしてこの大きい人、何事も暴力で解決しようとする性格だ。しかも短気……)


 着地した先で白目をむいて気絶してしまった下男げなんを見ながら緋凰ひおうが冷静に観察していると、その振り払われた巨大な拳が開くなり自身を捕まえようと襲いかかってきたので慌てて後ろへ退いて避けたのだった。


 「およ? すばしっこい鼠だな。よっ」


 大男が今度はブオンと空気を切り裂く音を出して、開いて掲げた左の拳を振り下ろしてきた事で、緋凰ひおうもまた横に飛んでかわしていると、数人の手下たちも一斉に捕まえにかかってきたのである。


 (逃げようと思えば逃げられるけど、私と入れ違ってすいが売られてしまったら……どうしよう)


 迫り来る賊たちの手をひらりひらりと躱しながら考えると、


 (仕方がない! よし、戦術の基本! 隊を散らすには大将を狙う!)[難易度高し]


 緋凰ひおうはすぐに決断をして、大男の脇を全力で走り抜けていった。


 「うお?」


 あまりの速さにまだ子供だと油断をしていた大男も賊たちも一瞬だけ緋凰ひおうの姿を見失ったが、たった一人の賊だけ目を見開いて思わず両手を広げた。


 それは大男の真後ろにて土塀どべいを背にしていた男で、正面から突っ込んでくるその身体を捕まえようとしたのだが——。


 手前で緋凰ひおうは両手をついて素早く側方倒立回転の捻り飛び(ロンダート)をして男の目の前で背を向けると、その勢いで上に飛び、男の頭に手をかけて後ろ手に半回転をしながら塀の壁を蹴って前方に向かった。


 (いまだ!)


 弾丸のように飛んでゆく緋凰ひおうは空中で腰の刀に手をかけると、逆刃での抜刀術で後ろから大男の後頭部付近の急所を打ったのだった。


 悲鳴をあげる暇もなく気絶し、前のめりにズシンと倒れた自分たちのかしらを見てその場の全員が凍りつく。


 「な、な、何して……くれとんのじゃあ!」


 手下たちは驚愕きょうがくしながらも、手に手に鎌を持ったり小刀を抜いたりして前へ突き出してみたのだが、緋凰ひおうの放つ鋭い気迫とあっという間にかしらを倒された事実に、腰がひけていたり小刻みに震えていたりしてしまう。


 彼らの虚勢を見抜いた緋凰ひおうは、


 (あっ! これは、『強い言葉』で威嚇いかくすればいいやつだ! そうすれば、父上たちがやってたみたいに、ガーッて言うだけで敵は逃げちゃうもんね!)


 可愛らしい顔つきであっても、雰囲気が武御雷神たけみかづちといった軍神ばりの気迫をもっていた煌珠こうじゅが落としていた強烈な言葉のかみなりを思い出し、静かに刀をさやに収めると背をぴしりと正して言い放ってやるのだった。



 「ものども! 聞け!」



 高くはあるが切り裂くような声で、賊たちはその第一声にビクッと身体を震わす。


 「私は『売れない』ぞ! しからば、この戦いは無意味だよ!」


 だが、最後のこの語尾で、


 「ん?」


 と目を点にして賊たちの動きが止まってしまったのだった。


 (やっちゃった! つい、『だよ』とか言っちゃったよ! これでは怖くなくて逃げてくれないかなぁ……)


 とりあえず無表情を作りながら緋凰ひおうは内心でドキドキと動揺していると、やがて恐る恐る互いの顔を見てうなずき合ったぞくたちが、


 「そうだね……意味ないね〜。じゃあ、えと、どうぞ……」


 ぼそぼそと言いながら後ろに下がって帰り道を開いたのであった。


 (思ったのと違うけど、これ以上戦わないで帰れるなら……まあいっか)


 ホッとしながらも、その様子すらおもてに出さないように毅然きぜんとした態度で歩き出した緋凰ひおうであったが、賊たちの横を通り過ぎる際に、


 「そうだ、ここに『すい』という子が売られにきても買わないでよ! いや、そもそも悪いことなんてもうしないでよね‼︎」


 忘れずに伝えておいてから、賊たちが茫然としている中で颯爽さっそうと巨人が倒れるその場を後にしたのであった。

 

 

 このように、旅をしていていくさどころか練兵場にも行っていない緋凰ひおうなのではあるが、本人が望まずとも武術の腕ばかりは上がっていってしまうものなのであった……。

 


ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。

柿色の着物、ちょっとしたヒントです。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ