8-15 嬉しい?ご褒美
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。鳴朝城のお姫様。十三歳。
翠一郎……旅の途中で出会った見た目は美少女の少年。十一歳くらい。
食氷仙之助……賊に襲われていたのを助けた身体の弱い青年。十五歳くらい。
佐吉……助けるのを手伝ってくれた商人らしき壮年の男。
小さな山々の稜線が連なっている手前に、まるで子供が砂場でつくるような三角の山がどーんと大きくそびえ立っている。緑の葉を繁らせた木々がもこもこと山肌を覆っており、所々に大小の曲輪が点在していた。
政庁も兼ねている城主の居館が城と繋がるように山の麓にあり、その家族の住まいは居館を行き来できるくらいの山中に築かれた曲輪の中にある。
根張城とは、そんなお城であった。
その近くで賑わう城下町の辻にて行商人の一行に声をかけていた緋凰が、軽く頭を下げて礼を言ってから翠一郎と共にその場を離れている。
「だめだぁ〜。私の故郷の方角へ行く人が全然捕まらない……。瑳矢之介に文が送れないよぉ……」
せっかく仙之助の看病で数ヶ月ものあいだ同じ場所に居たというのに、そこでも深い山奥にいた事もあって鳴朝城の方角へ行く旅人すら見つけられず、結局は誰にも連絡ができなかったのであった。
「なれば、私が父上にお願いしてそなたの文を城の誰かに届けさせよう。さすれば、わざわざ都にまで行かずともこの国で返信を待てば良いのではないか?」
二人が走り込んできた団子屋の軒下にて、長い床几に腰掛けて休憩をしていた仙之助がにこやかに提案した言葉に、緋凰は驚きと同時に笑顔となって喜んだ。
「え? そんな、いいの⁉︎ 本当に⁉︎」
「もちろんだ。なにせ私のあんなにも弱かった身体を、普通に外を出歩けるくらいに——いや、刀すら多少は振り回せる強さにまでしてくれたのだ。それくらい、瑣末な事。ゆえに、私と『一緒に』その返信を待とうではないか。そなたは料理や裁縫が好きだから屋敷の台所を案内してやっても良いのだぞ」
「やったぁ!」
「一緒には余計だろ?」
そう呟き、バンザイしている緋凰の横で小さく顔をしかめてフンと鼻をならした翠一郎にも、仙之助は提案してやる。
「心配せずとも、そなたも共に我が屋敷で客分として招こう。屋敷には書物がたくさん有る、待っている間にいくらでも好きなものを読むといい」
「え? いいの? 本当に♡」
書物大好き美少女にも見えてしまう少年の翠一郎が、目の色を変えて可愛こぶってくるので、
「やめれ、本物の女子に見えてしまって厄介だ」
惚れたらどうしてくれる、と今度は仙之助の方がしぶい顔つきとなる。
「佐吉さんはこの後、どうするの? 一緒にお屋敷へいかない?」
緋凰の誘いに、実はずっと仙之助の横に座っていた佐吉は、ひらひらと顔の前で片手を振ってみせた。
「いやいや、わしはもう商いに戻りますよ。この町はなかなか賑わっていて儲かりそうだし、しばらくはここで遊んでいこうかな。あぁでも、あわよくばご褒美が出るかもしれないから、あなたさん達をお屋敷まで送っていってからにしようかな〜」
「ありがとう、佐吉さんって優しいよね」
「いや、ご褒美の為ってがっつり本音を言っていたぞ」
にこにこと善意のみを受け取った緋凰の横で、翠一郎が思わずつっこみを入れている。
ここで参ろうかと腰を上げかけた仙之助だったが、ふと緋凰へ甘えるチャンスだと目を光らせると、
「凰、ちょっと身体を持ち上げてくれぬか」
そう両腕を伸ばしてみたのである。
「しょうがないなぁ〜もぉ〜」
だが、そう言って手を取ったのは佐吉だった。
「違う! おっさんではない!」
目論見が外れて喚く仙之助を、おっさんは気にしないでさっさと立ち上がらせてしまうのであった。
ーー ーー
屋敷の奥でずっと寝込んでいるはずの若君がある日突然、どこぞから堂々と帰ってきた。
との意味不明な出来事に、食氷家の居館では外門を守る兵たちがあわあわと混乱してちょっとした騒動となったのだった。
最初は偽物の若君ではないかと疑われたのだが、お忍びで出かけていたのだと言って仙之助が腰の刀にある家紋を見せている所で顔を知っている家の者が駆けつけ、無事に居館へ入る事ができたのであった。
ーー ーー
照りつける残暑の日差しを和らげるように、さらさらと微風になびく笹葉の軽快な音を聞きながら、緋凰たちは今、篠竹に囲まれている大きな屋敷の客間にて足を崩しつつ座りながらくつろいでいた。
「お殿様、お仕事大変そうだね」
居館の中にある政庁として使っている大きな館の前で、城主は数日前から領地の視察に出ていていつ戻るか分からない、と聞いた事で緋凰が隣を向いて話すと、
「……視察だけかどうか分からないけどな」
そう翠一郎が返した事で以前に、
『父上は暇さえあれば女を漁りにいくようなお人だ』
と仙之助が言っていた事を思い出して、緋凰はスス〜っと静かに口をつぐみ窓から庭へ目を移すと、奥にある整然たる篠竹が揺れる涼しげな借景を眺め始めている。
城主が不在だった為に、城内の曲輪にある『篠竹の屋敷』に先行した所、ようやく仙之助とその母である篠御前が涙の再会を果たし、深く感謝された緋凰たちは褒美をとらすから、とこの部屋にて待たされているのであった。
「仙之助さん、大丈夫かな? だいぶ歩いてきたから疲れがでたのかな」
自身の『家』に着いて気が抜けたせいもあってか、玄関先でへたり込んでしまい奥へ運ばれていった仙之助を気にして緋凰が呟いた時だった。
廊下から足音が聞こえてくると、開いている襖から侍女らしき装いの女と、小袖に袴のない素足の下男らしき仏頂面の男が巾着を三つ持って部屋へ入ってきたのである。
すると侍女の方がサッと部屋の中の三人を見た途端、黒髪でいる緋凰の姿に目が釘付けとなってしまったのだった。
——な、なんて綺麗な『男の子』なの! 雰囲気も凛々しくて私の好みだわ!
ドキンと胸を弾ませながらも、緋凰の隣に座っている翠一郎が目に入ると、
——でも女連れか……。なにあの娘、ちょっと可愛いからって調子に乗ってんの? こんな素敵な男の子と『二人で』旅をしているとか……羨ましいったらありゃしない。腹たつわ〜。
妬ましさからジロリと睨みつけている。
この一連の態度に翠一郎は思う。
——あ、これは俺と凰の性別を間違えているな。しかもこの女、自分より可愛い女が大嫌いとみた。性根も悪そうな雰囲気だし面倒くさそうだ。
早々に性格を見抜きはしたものの、この侍女より遥かに高い美貌を持つ緋凰へ妬みの矛先が向かないように、また面白そうだからと自身に負の感情を向けさせたまま黙っていた。
「仙之助さ——仙之助様のお加減は良くなりましたか?」
何も気が付いていない緋凰が姿勢を正しながらそう声をかけた事で、パッと最上の笑顔を作った侍女はいそいそと目の前に座り始めた。
「それが〜、まだ少し〜若さまのお加減が良くなくてぇ〜。御前様が付き添っていらっしゃるので〜かわりにわたくしが〜ご褒美をお届けにまいりました〜」
両手を胸の前で組み、身体をくねくねさせながら甘えた声で話す侍女へ、翠一郎が面白がってなぜか対抗する。
「えぇ〜? 嬉しい! 銭でも頂けるのですか〜? 私たちの旅に役立つね〜」
可愛こぶって緋凰の顔を覗き込む翠一郎に侍女はイラっとすると、
「自分から銭の催促など、はしたないわね」
低い声で斜め後ろに控えていた下男の手から巾着を一つむしるように取ると、翠一郎へポイと放り投げ、反対に緋凰へは丁寧な仕草で巾着を差し出した。
侍女の妙な態度に違和感を感じながらも、ありがとうございます、とにこやかに巾着を受け取った緋凰は、そのまま城下町での仙之助との約束事を説明したのだった。
「まあ! ではしばらくの間、あなた様はここにご滞在なさるのですね? ではお部屋のご用意をしなくては」
嬉しそうになって立ちあがろうとした侍女へ、
「あ、わしはご褒美だけで大丈夫。貰ったら退散しますんで〜」
先ほどから翠一郎の斜め後ろに座っていた佐吉が声をかけた事で、侍女はビクッとして驚いた。
「い、居たの? もう一人……。ごほん、それではこちらを」
全然気が付かなかった、と差し出された巾着を受け取って満足している佐吉を見ながら、翠一郎は仙之助と自身も約束している事を侍女に告げてみた。
「あのさ、私も若様からここにある書物を滞在している間に読んで良いと言われているので、書の蔵がどこにあるか教えて頂きたいのだが」
「はあ……、書の蔵には殿方が読むような大事な書物しか置いてないわよ。そもそも女子のくせに書を好むなんて、何様のつもりかしら」
鼻で笑い、軽視して言う侍女を見て、緋凰はようやく翠一郎の性別が間違えられていると分かり、慌てて二人の間に入った。
「あの、この子は——翠は男の子です。だから殿方の読む書物が好きでもおかしくはないのです。それに私だって女ですけど、書を読むのは楽しいですよ」
この説明に仰天した侍女は、
「え⁉︎ あなたが女で……こっちが男……?」
緋凰と翠一郎を交互に眺めてしばし茫然としていると……。
「そ、そうなのね! あなたが男の子、どうりでかっこいい子だと思っていたの〜。では、私が書の蔵まで案内してあげるわ♡」
今度は打って変わり、翠一郎に対して甘い声で身体をくねくねし出したのだった。
その様子を見て、昔に自身を囲っていた旅芸人一座の娘を思い出した翠一郎は顔を引き攣らせながら、
「どうも。では、仙之助様は凰に屋敷の台所を見せる約束をしていたから先にそちらを案内してほしい」
男らしく毅然とした態度となって願い出てみるのだった。
すると、侍女は緋凰を見て一瞬だけ嫌な顔をすると、
「そんな下働きの仕事が好きなんて下賤なもの。そう、そなたに『ふさわしい』所に行くといい。この者が案内する」
後ろを向いて、控えていた下男へ顔を寄せると小さな声で命じたのである。
「『あの寺』へ連れて行ってよい」
すると仏頂面だった男の口角が……思わず怪しげに上がったのであった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




