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飛凰《ひおう》の姫君〜武将になんてなりたくない!〜  作者: 木村友香理
第八章 旅は寄り道⁈ 飛凰編
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8-11 いろいろ謎

お越しくださってありがとうございます。

○この回の主な登場人物○

 御神野みかみの 緋凰ひおう(通称 凰姫おうひめ)……主人公。鳴朝城のお姫様。十三歳。

 翠一郎すいちろう……旅の途中で出会った美しい少年。十一歳くらい。


 さらさらと穏やかに流れる川の浅瀬に突如とつじょ、身なりの粗末な男が吹っ飛んできて大きく水飛沫みずしぶきを上げながらうつ伏せに倒れた。


 それでもめげずに立ち上がった野盗の男は、河原で繰り広げられている金目の物強奪戦に戻るべく手から離れなかったかまを振り上げると、たくさんの野盗たちが襲いかかっている中で、六人程の武士たちが守っている一番身なりの良い若者へ襲いかかっていく。


 腰の刀を抜いてはいても腰が引けて狼狽うろたえているその若者へ、近くまで走り込んできた野盗の男が死角から一気に鎌を振り下ろしていると——。



 「若様! はようお逃げを! くぅ!」



 バッと間に割り込んだ老年の武士が、下からすくい上げるようにして振り上げた刀で鎌を弾き返し、背にした若者へ叫んだのだった。


 『お家の為に、いざとなれば一人であっても逃げる』


 日頃からそう教え込まれていた事と、やまい持ちの身体が熱を出して悲鳴をあげ始めてしまっていた事で、


 「じい……すまない……」


 呟くように詫びながら、若者は後ろ髪を引かれる思いでその場を走り出した。


 その様子を見た近くの護衛もひとり、棍棒で殴りかかってきた野盗を急ぎ刀で吹っ飛ばし、被っているかさを押さえながら後に続いてゆく。


 川沿いに河原を走っていった若者であったが、


 ——駄目だ! 身体がついて……こられない……。


 ただでさえ日頃からよく熱が上がり、一日の大半を寝込んでしまうような弱い体質なのである。しばらく行った所で途端に胸が苦しくなり、走りがよろよろと減速してしまう。



 「だ……誰かーーーーーー‼︎」



 苦し紛れに精いっぱい叫んでみたが、その声は川の片側にある断崖に跳ね返り、対岸の林にこだまして消えてゆくのを感じるのみ。


 後ろからくるぞくたちの迫りくる声に若者が絶望していると、かすれる目で見据みすえていた正面の遠くにある河原あたりで、陽の光を受けて小さく何かがきらめくのを見た。


 「なんだ? ——あっ!」


 走りが鈍くなっていた足がもつれてしまい前のめりに転んでしまった若者は、胸を押さえて肩で息をしながらも、片手で懸命に上半身を起こして後ろを振り返ってみる。


 すると、先ほどまで自身を護衛していた武士の男が走ってくるのが見えた為にひとまず安心をし、立ち上がる事ができずに手を貸して貰おうと待っていたのだが……。


 「え?」


 走り込んできた味方であるはずの男が手に持っていた刀を振り上げた相手は、まさかの自身であった。



 ——そんなっ! 



 鈍く光る刀身が頭上で振り下ろされた時、若者は強く死を意識したのであった。

 

 

 

 ーー ーー


 ジーワジーワとけたたましくあちこちで叫んでいるせみの声と、ムシムシとした暑さで目を覚ました緋凰ひおうは、木々に渡した布の下からもそもそと這い出してきた。


 「あっつぅ〜。しかもまた……寝坊しているぅ……」


 木漏れ日から見える太陽の位置を確認すると、もはや昼近くなのだと推測できてしまう。


 「すいは川の方へ降りていったかな? ま〜た書物に夢中になっているのだろうなぁ」


 朝の弱い自身にげんなりしながら寝床を片付けて手早く荷物をまとめ、それを抱えて近くを流れる川に向かい林の斜面を下って河原に出ると、読み通りに書物へ目を落としている翠一郎すいちろうの背があったのだった。


 「ねぇねぇ、な〜んでいつも起こしてくれないのさ〜」


 距離を置いて隣りに進み、川の浅瀬で手拭いを濡らして顔を洗いながら問いかける緋凰ひおうに、大きな岩陰の下になっている小さな石の上に腰掛けながら足を川に浸してりょうを取っている翠一郎すいちろうは、書物から目を離さないで答えている。


 「別に俺は、必ずしもみやこへ行きたいわけじゃないし。正直、気楽に書を読むことができればどこでもいいんだよね。それに今はどちらかと言うとお前の国にあるデカい書庫の方が気になる」


 「学問が好きすぎるでしょ! ……でも、お勉強できるってうらやましー」


 「あ、腹減っているから早くめしにしてくれ。そこに魚」


 相変わらず目線を下に落としたまま指された先を緋凰ひおう辿たどってゆくと、浅瀬に石で川を丸く仕切ってある中に魚が二匹入っており、その付近で適当に火の用意がなされているのを見つけたのだった。


 「ここまで用意したのなら、待っていなくても最後まで作って食べていればよかったじゃん!」


 「めんどくさい」


 「その、『めんどくさい事』をするのは私なんですけどぉ〜」


 知的好奇心の強い翠一郎すいちろうは一秒でも長く本を読んでいたいので、学問以外の事をとにかくめんどくさがる。元は人にお世話をされる若君であった事や、生来せいらいより自身が動くより人を動かす方にけているので非常に王様気質でもあった。


 ゆえに、小姓かのように世話をさせられている緋凰ひおうなので、


 「もう、どちらが旅についてきている身なのか分からないよ……」


 ふうと息をつきながらも料理を始めているのである。


 短刀を使ってごりごりと魚の鱗やヒレを取り、内臓を出して身を洗うと、山菜で作った調味料で味をつけて枝にブッ刺し焚き火で焼く。ついでに保存食を出してきて半分に割れている竹筒を使って簡単な雑炊を作っている所で翠一郎すいちろうを呼んだのだが、書に夢中になり過ぎていて彼は気が付かない。


 いつもの事なので緋凰ひおうは気にせず出来上がった料理を先に食べていると、やがて、何で待たないのだと理不尽な事を言いながらやって来た翠一郎すいちろうも向かいに座り、ずは焚き火の前から棒を引き抜いて魚を食べ始めたのだった。


 「ここ、ウロコが残っているし、内臓をもっときれいに出さないから苦みがあるぞ」


 「文句を言わないの! ふ〜んだ、ごちそーさま。あ〜あ、お天気のいい日くらいは早起きできたらなぁ。そうすればみやこにも早く行けるのに」


 さっさと食べ終わって後片付けをしながらなげいている緋凰ひおうに、


 「何を言ってんだか……。みやこに着かないのはお前が人助けばっかりするからだろ? それをやめて——」


 翠一郎すいちろうが呆れた声でこれ以上は人に関わるなと言いかけると、



 「だ……誰かーーーーーー‼︎」



 突然に響いてきた叫び声でハッと二人は顔を上げ、聞こえてきた方向へ振り向いたのである。


 「あ、しまった」


 ふと我にかえった翠一郎すいちろうが顔を戻した時には、もうすでに緋凰ひおうの姿は無かったのであった。

 

 

 

 ーー ーー


 叫び声の聞こえた方へ川沿いを走り、直角に近い形で折れている河原道にぶつかって横を向くと、右手に開けた奥の方で盗賊らしき格好の者たちと武士の姿の者たちが戦っているのが小さく見える。そして、手前に向かって若者とその後ろにかさを被った武士姿の者が走ってきているのに気がついたのであった。


 (賊に襲われて逃げているんだ! 助けないと——)


 緋凰ひおうが急いで走り出した所で手前の若者が転んでしまい、何故かその後ろに来たかさの男が倒れているその者へ刀を振り上げたのだった。


 (えぇ! あの二人は仲間じゃないの? じゃあ誰が敵——っていけない!)


 とにかく倒れてしまっている若者を助けようと、緋凰ひおうは走りながら素早くさやから小柄こづかを引き抜いて鋭く投げるも、刀を振り下ろしかけたかさの者がそれに気がつき、咄嗟とっさに身体を後ろ手にひねった事で、飛んでいった小柄こづかは肩袖をわずかに引き裂いて通り過ぎただけであった。


 (あの状態から避けられるなんて——)


 内心で少し驚いた緋凰ひおうは、若者からわずかに後ろへ下がったかさの者の前まで走り込んでくると、その勢いで脇差わきざしを抜刀しつつ斬り込んでゆく。


 一回転して正面を向きかけたかさの者は脇差の切先が迫る感覚を覚えて片足で地を蹴り、後ろへ跳ねてその攻撃をかわしたのであった。


 (かなりの手練てだれだ!)


 その身のこなしに舌を巻きながら緋凰ひおうが突きを入れようとかまえた所で、向こうから二人くらいの賊たちが迫ってきてしまうのを感じる。


 (あれは敵? どうしよう、分からない——)


 一瞬だけ迷いが生じた緋凰ひおうに向かって、かさの者が斬りかかった時だった。


 走ってくる賊たちの目の前に、空からまりのようなものがポトリと落ちてきた。


 「うお?」


 足に急ブレーキをかけた賊たちの視界で、まりの一部が赤くはぜた瞬間——。


 大きな爆発音と共に砕けたまりから大量の煙が吐き出されると、賊たちの姿があっという間に見えなくなってゆく。


 「なっ⁉︎」


 その音に驚いた笠の者が踏み込んだ足をとめて横を向くその背後から、いきなり振られたのぼり旗が現れるなり身体を煙雲の中へ吹っ飛ばしたのである。


 「何事……?」


 急な展開に唖然としている緋凰ひおうの前に、今度は旅装束で身を固めた壮年の男が立つと、にっこり笑って言ってくるのであった。


 「さあ、逃げますよ〜」


 「誰ですか⁈」

 


 ーー ーー


 やがて煙と一緒になるように賊たちも散り散りになって逃げていった河原では、いなくなった若者の姿を武士たちが懸命に探し始めていた。


 やむなく刀をさやに収めているかさの者の視界で、河原の石にまぎれた何かがキラリと光る。近くまでいって拾い上げてみると、それは愛らしい花の彫刻がほどこされた小柄こづかであったのだった。


 「……強かったな」


 小さく呟いた笠の者は、先程の緋凰ひおうの姿を思い出してため息をついてから、それをふところへ入れるのであった。 



ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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