2-6 介助がつら〜い
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。
御神野 月ノ進 鳳珠……主人公の実兄。若殿
真瀬馬 包之介 元桐……瑳矢丸達の祖父
真瀬馬 弓炯之介 義桐……鳳珠の護衛。刀之介の長男
瑳矢丸……刀之介の三男
銀河……二の丸御殿での鳳珠の世話役
星吉……鳳珠の小姓
ギチギチと足を動かしながら緋凰は部屋に戻ると、瑳矢丸に手助けしてもらいながら布団の上で横になる。
瑳矢丸は緋凰に夜着(掛け布団的なもの)をかけた後、何をしたら良いのか分からず、とりあえず枕元に座って緋凰を見下ろした。
ここでようやく、緋凰は瑳矢丸の顔をきちんと見る事となる。
(あれ?)
整った目鼻立ちに、美しい輪郭、きちんと結ってあるツヤツヤの髪、そしてなによりも綺麗な瞳——。
「お兄さんって……ものすっごく綺麗な顔していたんだね。おじいちゃん(包之介)とそっくり。目の色も同じだし琥珀みたい。素敵だね」
緋凰がニコリと笑って見惚れていると、瑳矢丸はやや不機嫌な顔をした。
「そうですかね……。周りには、狼と同じ目の色だとからかわれるので、嫌なんですけど」
「そうなの? ——でも狼って怖いけど、カッコいいよ」
緋凰は素直に褒めた。
だが、瑳矢丸は冷めた顔で言ってくる。
「お褒めくださり、ありがとうございます。でも、私に惚れないで下さいね」
(んん⁉︎)
最初は冗談で言っているのかと思ったが、瑳矢丸は真面目だった。
(——自信すごっ。たしかにすんごい綺麗な人だけど……)
親族や周りの人に美男美女が多い緋凰は、美しい人に見慣れている事や、よく似ている包之介を見て育ってきているので、瑳矢丸の美貌も、普通の人が感じるような大きな感動はなかった。
しゃらくさ〜く思った緋凰は、ムッとして言い返す。
「大丈夫、好きになんてならないよ。お兄さんよりも、弓炯之介さんの方がカッコいいもん」
瑳矢丸がピクッと反応した。
「……ふぅん、姫様は弓炯兄上がお好きなので?」
「もちろん! だって弓炯之介さんは、いつも笑顔でとっても優しいんだもん。お庭で兄上達と武術の訓練している姿だって、素敵だもの」
いつもの弓炯之介の笑顔が頭をよぎる。
そして何と言っても昨日、緋凰を守ってくれたあのたくましい後ろ姿。
(あ、あれ?)
思い出したら顔が熱くなってきて、急に心臓が早鐘を打ち始める。
(な、何だろ? 胸が……ドキドキして苦しい)
こんな事、初めてだった。
ただ胸の鼓動が激しい分、傷に振動が来る。
(ぎゃあ、いたっ! 苦しっ、痛い!)
よく分からない体の異変に、緋凰は内心焦っていると、瑳矢丸が言葉を続けてきた。
「弓炯兄上は、誰にでも笑顔で優しいですよ」
「いっ、いいじゃない。みんなに優しいなんて、いい事でしょ?」
そこも素敵な所だと思っていた。
つい昨日までは。
(あ……れ? ドキドキが止まったら、今度は胸がモヤモヤする感じになった。何これ?)
同時に、瑳矢丸がすんごく憎たらしく感じてくる。
(どうしてだろ……このお兄さんにモノ投げつけたい! 落ちつけ、自分‼︎)
これ以上瑳矢丸が横にいると、怒れてしまうので、緋凰は一つ提案をした。
「お兄さん、私寝るよ。暇なら文机に借りてきてもらった本があるから、読んでていいよ」
そう言って反対を向いて目をつぶる。
瑳矢丸が戸口のあたりにある机を見てみると、たしかに五、六冊の本が積んであった。
「……では、遠慮なく」
瑳矢丸が歩いていって、一番上の本を手に取って表紙を見てみる。
「げんじ……ものがたり? 『平家物語』みたいな軍記モノかな? もうこんな字が読めるのか」
緋凰の年齢にしては、ずいぶんと字の習得が早いものだと舌を巻きながら、パラリと本をめくって読み始める。
しばらくすると……。
「うぉっ。な、なぁ、ちょっ……あのさぁ!」
駆けてきた瑳矢丸にガッと肩を掴まれ、弓炯之介を想ってニヤニヤしていた緋凰はビクッとした。
「な、何⁈ 痛いよ!」
「あっすみません!」
瑳矢丸は急いで手を離すも、持っていた本を指差して問いかける。
「こ、こんなの……姫様が読んでいるのですか⁈」
「何それ? まだ読んでないけど。どんな話なの?」
聞かれて瑳矢丸は大いにうろたえた。
「どうって……えっと……恋の……話かな?」
緋凰の顔がパッとかがやく。
「そうそう! 恋のお話借りてきてって星吉に頼んだの! 見たいみたい!貸して‼︎」
「だっダメダメ‼︎ こんなの、姫様にはまだ早すぎます! もう少し大人になってから!」
あまりにも血相を変えて瑳矢丸が反対するので、仕方なく緋凰は素直に従った。
「も〜……分かった。じゃあ、返してきてもらうよ」
「……続きが気になるので、私が読み終わったら返してきます」
「ズルすぎるでしょ‼︎」
ギャーギャーさわいでいた所に、部屋の外から声がかかった。
「どうなされたの?」
その声に、瑳矢丸はドキーンとして、振り向きざま本をうしろ手に隠す。
「銀河さん! あ、大丈夫です! 何もないです」
顔をわずかに赤くして、わたわたと返事をしている瑳矢丸を見て、緋凰はピンと来た。
銀河と言葉を交わす男達、いや、女でもそうだが、みんなこんな感じになるからだ。
銀河は縁側から話を続ける。
「姫様、包之介さんがお粥を作っておいでですが、お召し上がりになりますか?」
「うん、食べたい! お腹すいた〜。お願いしま〜す」
ずっと寝ていて朝ごはんを食べ損ねていた事に気が付いた緋凰は、急に空腹を覚えた。
「では、ご用意いたしますわね」
そう言ってそのまま下がっていった銀河を見届けると、緋凰は瑳矢丸にこそっとつぶやく。
「お兄さん、銀河が好きなんだ〜♡ ムフフ」
ビクッとしてこちらを向くと、瑳矢丸は顔を真っ赤にしながら怒ってきた。
「何言ってるんです! そんな……まだ会ったばかりで——」
「協力してあげるよ♡」
「……へ?」
話がよく分からず、瑳矢丸は目をぱちくりさせた。
「今から台所に行って、銀河からお粥をもらってきて下さいな」
ニヤリと笑った緋凰を見て、瑳矢丸は言葉の裏を読もうとする。
「……見返りは何なのでしょうか?」
「みかえり? ってなに?」
「お礼に私は何をすればよいのですか?」
「お礼してくれるの? ……じゃあ、弓炯之介さんの事、いろいろ教えて♡」
瑳矢丸はため息をつくと腰を上げる。
「分かりました。では行って参ります」
「ゆっくりしてきていいからね〜」
瑳矢丸が行ってしまうと、緋凰はどっと疲れた気分になった。
「あ〜も〜。一人がいい〜。なんかあのお兄さん……疲れる……」
——願いもむなしく、思ったより早く瑳矢丸はお粥を持って戻ってきた。
「あれ? 恥ずかしくて話せなかったの?」
「そんな事ありません。ちゃんとたくさん話しました」
そう言ってお粥をおいて、何気なく食事の準備を始めた瑳矢丸だったが、顔からして図星のようだった。
「また何かあったら、協力するね」
緋凰がゆっくりと上半身を起こそうとしたので瑳矢丸は手を貸しながら、
「別に、そんな面倒な事しなくても結構ですよ」
とそっけなく返事をした。
小皿にもりもりと粥を盛って、緋凰の斜め向いに座った瑳矢丸は、匙で粥をすくうと緋凰の口の前に差し出した。
「え? 自分で食べられるよ」
緋凰は言うが、
「ちゃんと食べさせるように言われましたので」
瑳矢丸がぶすっとした顔で返すので、仕方なく緋凰はパクリと粥を口に入れた。
ジュッ——
「あつ! ——あっつい‼︎」
口を開けてバッと後ろにのけぞるが、時すでに遅し……。
「大丈夫ですか⁉︎」
瑳矢丸が慌てて緋凰を見ると、唇の一部が赤くなって火傷をしていた。
どうして良いか分からずにオロオロしている瑳矢丸に緋凰は、
「水、ください」
とお願いする。
手渡された湯呑みを使って、ひざの手拭いを濡らすと、急いで口を冷やした。
(こ、このお兄さん。きっと人のお世話とか初めてなんだわ。……私、死ぬんじゃない? 痛いよぉ〜)
緋凰は絶望感でいっぱいになりながら、涙目で瑳矢丸を見ていた。
すると瑳矢丸は、次に匙ですくったお粥を、口で吹いて冷まそうと息を吸うが、吐かずにピタッと止まると、何やら考え始める。
(どうしたんだろう)
何を思ったのか、瑳矢丸は口で吹くのをやめて、代わりに手をうちわにしてパタパタと粥を冷まし始めた。
「え? 何で線香消すみたいにしてるの? 私、仏さん(亡くなった人)じゃないよ!」
たまらずに、緋凰はツッコミを入れた。
えっ? と振り向いた瑳矢丸は慌てて弁明する。
「ち、違いますよ! 姫様は一応——あ、すみません。えっと、尊い方ですから、私の息では汚いと思うかと……」
緋凰は目をぱちくりさせた。
(私、尊いの? 聞いた事ないけど。……面白い人だなぁ)
部外の人とは、ほとんど交流する事のない緋凰なので、自身の身分というものをよく分かっていなかった。
「そんな事は思わなかったけど。う〜ん……じゃあ、自分でフーフーするよ」
こうして唇の痛みをこらえながら、粥を全て食べる事ができた緋凰は、またゆっくりと横になる。
お腹いっぱいになったので、眠りにつくのに時間はかからなかった。
ーー ーー
緋凰がフッと目を覚まして横を見ると、枕元に机を運んで本を読んでいる瑳矢丸の横向きの姿があった。
正座した足元に本が積まれてあったので、緋凰はバレないようにそ〜っと一番上の本をつかむと、そろ〜っと引き寄せる。
ガシッ!
それに気がついた瑳矢丸が本の反対側をつかんだ。
「いいじゃん! 私も読みたい! 恋の話!」
「ダメだって! てか、コレはホントに‼︎ 源氏物語よりヤバいって!」
「え? もう読み終わったの? もしかして全部?」
「あ、はい。もう今読んだので全部」
瑳矢丸の背中越しに外を見てみると、もう日が傾き始めていた。
「たくさん寝ちゃったんだ、私」
と言いながら、またそろ〜っと本を引き寄せる。
「だから! ダメだって‼︎」
「やだやだ‼︎ お兄さんだけズルい‼︎」
またもやぎゃーぎゃー騒いでいたら、部屋の外から声がかかった。
「緋凰、どうしたの?」
そのまま部屋に入ってきた鳳珠に、瑳矢丸はサッと姿勢を正して頭を下げる。
「兄上! お帰りなさい。あのね、本を読みたいのに、お兄さんがこれはまだ私に早いって言うの」
「どの本?」
緋凰から手渡された本の表紙を読んで、鳳珠は絶句した。
「これは……もう少し大人になったらね。よく書庫の人が貸してくれたね」
「星吉に借りてきてもらったの。恋の本が読みたくて」
緋凰の言葉に、鳳珠は片手で顔を覆う。
「ダメだったぁ?」
鳳珠の後ろに立っていた星吉が、不思議そうに聞いてきた。
瑳矢丸は、この人がこのとんでもないラインナップで、本を持ってきた人物かと仰ぎみる。
鳳珠が他の本も確認して答えた。
「そうだねぇ……。どれもまだ緋凰にはちょっと早いかな。星吉はここの本、読んだ事あった?」
「若様が読んだ本は全部見たよ〜。姫ちゃんがオトナの恋の本がいいって言ったし、コレすっごい笑っちゃったから、楽しいかな〜ってえ……」
「そんな笑うとこ……あったかな?」
鳳珠が不思議そうな顔で記憶を探っている横で、瑳矢丸は、とんでもない感性の持ち主だと、内心ビビっていた。
「後で万葉集の恋の歌でも読んであげよう。……ん?」
持っていた本を瑳矢丸に手渡して、緋凰の顔を見た鳳珠が、口元の火傷跡に気がついてそっと触れる。
それを見た瑳矢丸がビクビクし始めた。
「私、間違えてあつあつのお粥、食べちゃったの……」
緋凰は無意識に瑳矢丸をかばっていた。
鳳珠が瑳矢丸の方を向いて口を開きかけた時、
「もうお兄さん、帰らないと門が閉まっちゃうよ」
と緋凰が帰宅のさいそくをしたので、鳳珠がもう一度緋凰に向き直る。
おずおずと瑳矢丸が口を開いた。
「いえ、あなた様のお怪我が治るまで、家には帰らないので……」
「え? それじゃあ、いつ帰れるか分からないよ。お兄さんのお母上様がご心配なさるから、夜は帰った方がいいよ」
「大丈夫です……」
ぼそぼそと言って瑳矢丸が下を向く。
正直なところ、二の丸御殿から真瀬馬家は距離があるので、いちいち帰る方が大変なのだが……。
そうとは知らない緋凰は、鳳珠に交渉してみる。
「兄上。夜はもう大人しく寝るだけだし、お兄さんをお家に帰してあげてほしいよ」
(ずっと一緒にいたら疲れる……)
そんな緋凰の心中を察してか、鳳珠はやれやれと承諾すると、瑳矢丸に指示を出す。
「では、今日の所はもう片付けて帰りなさい」
「はい。承知いたしました」
瑳矢丸は戸惑いながらも、机と本を元の位置に戻して退出していった。
「さて、お姫様にはどのお話がいいかな?」
鳳珠が緋凰の隣にゆったりと寝転ぶ。
その反対側に、なぜか星吉まで大の字になってゴロンと寝転ぶ。
「じゃあ、竹取物語がいい♡」
そうお願いすると、緋凰はわくわくしながら目を輝かせる。
鳳珠は笑うと、ゆっくりと語り出したのだった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します!




