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飛凰《ひおう》の姫君〜武将になんてなりたくない!〜  作者: 木村友香里
第八章 旅は寄り道⁈ 飛凰編
208/243

8-2 隠れている強さ

お越しくださってありがとうございます。

○この回の主な登場人物○

 御神野みかみの 緋凰ひおう(通称 凰姫おうひめ)……主人公。鳴朝城のお姫様。十二歳。

すい……旅芸人一座の美しき下働き。十歳くらい。


 「ささ、こっちへ。入って入って」


 宿場町の入り口付近にある旅籠(宿)へ連れてこられた緋凰ひおうは、奥部屋にある庭伝いの縁側えんがわにて渋い顔で黙り込んでいるすいともに待たされていた所へ、部屋で開け放たれている板戸からひょこりと顔を出してきた先ほどの男より、そう言って手招きをされたのだった。


 かさを被ったまま無言で歩き出す緋凰ひおうあとすいも続いてきたので、男はわずかに眉を寄せながら余計な事を言うなよと小声で念をおしている。


 そんな後ろのやり取りに気が付かない緋凰ひおうが部屋へ足を踏み入れると、その奥では酒肴を前にして小太りの目立つ中年の男が、あぐらをかきつつひじ置きにもたれかかって座っていた。どうやらこの男が旅芸人一座のおさであるようだった。


 仕立ての良い着物を見る限り、なかなか羽振りは良いのだろうと推測される。


 そしてその隣には、やや小袖を着崩した姿で芸者なのだと思わせるようにあでやかな雰囲気をまとう美しい女が、たおやかに横座りをしておさっていた。


 「こんにちは」


 緋凰ひおうが小さく挨拶の言葉をかけて一応の礼儀としてかさを頭から外して顔を見せた時だった。


 おさと隣の女が思わずあっと声を上げた。


 「おぉ、これは……なんと愛らしい。かなりな『上玉』、期待できる! なぁおえん——」


 予想以上の美しさに興奮気味になって鼻息荒く横を向いたおさであったが、


 「うそ……」


 小さくつぶやき大きく目を開いて片手で口もとを隠し、食い入るように緋凰ひおうを見つめるその女があまりにも驚きすぎているように感じて怪訝けげんな顔をした。


 「どうしたのだ? おえんから見てもそんなに有望な子供なのか?」


 その声にハッと我に帰ったえんは軽く咳払いをすると、


 「あ……どうでしょう……かねぇ。確かに、昼の演目でしたら今のように男装で舞っても、仙女の格好で舞ってもとんでもない人気者になりえます。ですが、『夜』の方は難しいかもしれないですねぇ」


 うって変わって最後には落ち着き払って言っている。


 その評価に意外な顔をしておさは改めて見定めようと、片膝を立てて正座に近い姿で座った緋凰ひおうをじろじろと眺め回した。


 「そうだろうか? 肌も綺麗だし多少みた目が男にいそうでも、そういうのが好きなヤツだっている。……ずいぶんと美しい座り方をするもんだ、上品な雰囲気からして並みの武家の娘ではないだろう。こういう女なら領主のような上のもんが喜ぶんじゃないか?」


 「……なんとも言えませんねぇ。人に媚びるような感じではなさそうだし、堂々としすぎるというか……雰囲気もきよらかすぎるというか……」


 「ハハ、そこはお前がうまく仕込めば良いだけだろう。——そうだ、おい、娘!」


 どうにもしぶっている様子のえんを一笑に付すと、おさは先ほどからの会話を全く理解していない顔で不思議そうにしている緋凰ひおうへとんでもない事を言い放ったのだった。


 「さあ。さっさと『脱いで』くれ」

 「……ん?」


 言われた意味が分からず、緋凰ひおうは目をぱちぱちさせて考えると、


 (脱ぐ? 草履ぞうりならもう脱いであるけど……。かさはずしたしあとは……あっ、これかな? おかしいな、これなら身につけたままでも礼儀に反しないはずなんだけど)


 せない気持ちで問いかけてみる。


 「これは護身のためだから、部屋でも『はずさなく』たっていいって習いましたよ」


 「……んお?」


 そう言って笑いながら腰の脇差わきざしに手を置いて見せられ、目を点にしているおさの横でえんがプッと吹き出している。


 「だれも刀の話なんぞしやしねぇ。今ここで着物を脱げって話だよ、身体が綺麗か調べてやるっつってんだよ」


 具体的に言われてようやく裸になれという意味だと知り、緋凰ひおう仰天ぎょうてんして叫んだ。


 「えぇ⁉︎ 絶対いやだ! 何でそんな事しないといけないの? 恥ずかしいじゃん!」


 「何だ、品はあるのに下級武士の娘か? 上流の姫さんは毎日侍女に着替えさせられるから人前でもそんなに抵抗がないと聞いたぞ」


 そのおさの言葉にむむっと口をとがらせると、


 「そんなわけないでしょ! 誰だって人前で着替えるのなんて恥ずかしいよ! それにお着替えくらいちゃんと小さい頃から自分でやってたからね!」


 バカにするなと言わんばかりに緋凰ひおうわめいた。


 大名の娘ではあるが、父の煌珠こうじゅ緋凰ひおうに武術を使ってたくましく自立するように、そして個人的に貞操観念の高い女性を理想としている事でそうなるように教育をほどこしている。その為に、緋凰ひおうは戦国時代のお姫様とはいろんな所で価値観が少し違っているのであった。


 すると、部屋の入り口付近で見ていたガンが、そのやりとりに痺れを切らすと緋凰ひおうの近くまで歩いてくる。


 「もういいからさっさと脱げ! 手伝ってやっからよ」


 そう言って両手を伸ばそうとしているのを見た緋凰ひおうは、


 「私に触ると目にものみせるよ」


 ムスッとした顔で警告してやった。


 「はいはい、つべこべ言ってねぇでそら——」


 構わずガンが飛びつこうとした瞬間だった。


 緋凰ひおうは座ったままパッと左手で向かってきた片手の手首を掴むと、右手で目の前のたもとを取って背負い投げの要領でガンをぶん投げたのである。


 庭先で何も知らずに掃除をしていた者が、いきなり部屋の中から男の身体が勢いよく飛び出してきて向こうの垣根にズガンとぶち当たったのを見て、目を吹っ飛ばして驚いていた。


 本当に目にものみせられたガンに、部屋の中ではすいおさもポカンと口を開けて呆けてしまったが、えんだけはおなかを抱えて大笑いをしてしまったのである。


 「アッハハハ、アハアハ——。とんだじゃじゃ馬じゃあないかい。この子は演者よりも武将の方がよっぽど似合っているもんだ。ねぇ旦那、もともとすいは下働きとして連れて来たのだから、まずそれで様子を見てみるっていうのはどうですかね? ふふふ——」


 笑いすぎて涙が出てしまった目をそでで拭きながら提案したえんに、おさは無言でこくこくとうなずいて見せると、


 「じゃ、じゃあ、すい。連れてきたのはお前だからとりあえず……下の仕事を教えておけ」


 そう、青ざめながら手のひらを返してシッシと追い払うように命じた。


 「はい、分かりました! では——」


 それを聞いたすいはパッと笑顔を作って心底安心した様子になると、武将っていわれた〜とふてくされている緋凰ひおううながし、一緒になって部屋を出て行ったのである。


 ——あ〜あ、すいにあんな綺麗な子をつけるなんて。この人は娘の気持ちも知らないのかねぇ。『おじょう』がまた壮絶に虐めて、前に逃げてしまった娘みたいにならなければいいんだけど……。


 縁側えんがわへ消えてゆく二人の後ろ姿を見つめながら、その後を心配したえんはそっとため息をついたのであった。

 


 

 ーー ーー

 宿場町の入り口付近に、足の長い篝火台が両端に置いてある広い台座の舞台が青空の下にあった。


 それを緋凰ひおうは横目で見ながらすいの後ろをついていくと、ほどなくして大きな掘立て小屋が二つ、並んで建っている場所が見えてきた。


 すいのいる一座の拠点きょてんだろうか。小屋の前では屋根付きの炊事すいじ場などがあって人々がそれぞれに仕事をしていたり、奥では木々に張った綱や枝に干してある大量の洗濯物を取りこんでいたりと、簡素ではあるが生活ができる空間があるのであった。


 「毎年この時期に、さっき行った旅籠はたご(宿屋)のあるじがこの一座をひと月くらい雇ってくれるそうなんだ。おさの家族以外はここで寝起きしていて……今は十五人くらいがいるんだ」


 歩きながらすいが説明をし、二人がその場へ足を踏み入れた途端とたん


 「すいは何で戻ってこないのよ! その武者むしゃ女が連れ去ったんじゃないでしょうね! なんで一人で買い出しに行かせたの? こんのバカ!」


 そんな金切り声が飛んできたのである。


 声を辿たどって奥の炊事場あたりを見ると、一人だけ身なり良く小袖を着た、そこそこ美しくも意地の悪さが滲み出ている顔立ちである十三歳くらいの女が、周りの者達へ苛立ちをぶちまけている最中であった。


 うわっと顔を引きらせたすいであったが、次の瞬間には何かを思いついたような顔となり、


 「すみません、戻りました」


 と穏やかに声を上げた事でその声の主がこちらに顔を向け、慌てた様子で駆けてきたのだった。


 「あぁ、私のすい! 良かった! 変な武者むしゃ女に怪我をさせられたんですって? 連れ去られてしまわなくて本当に良かった」


 もう情報がここまで来ているのかと内心でげんなりしているすいを、女は嬉しそうに抱きしめたり顔をでくりまわしたりしている。


 頭ひとつ背の高いその女に、無表情でされるがままにさせているすいが静かに答えた。


 「大丈夫ですよ『おじょう』。怪我も大した事はないのですが、手首を痛めて力仕事が難しかったので手伝ってくれる者を連れてきたのです」


 そう言われて『おじょう』と呼ばれたおさの娘は、すいの後ろに笠を被ってぼんやりと立っている緋凰ひおうを見るなり顔をけわしくさせる。


 「あんたが私の大事なすいに怪我をさせた小娘ね! 何してくれんのよ! それと、すいはこの私のものなんだから手を出すんじゃないよ!」


 つかみかかる勢いで緋凰ひおうせまろうとしたお嬢のその腕へ、すいがパッと抱きついて止めた。


 「おじょう。この者はもう反省もしていますし、これから私がきびしく炊事などを手伝わせますので怒らないであげてください」


 そう言い、眉をさげて潤んだ瞳で見つめられたおじょうは、うっとりとした顔つきに変わって感嘆かんたんのため息をつくと、


 「あぁ、なんて愛らしいの……。可愛いんだから!」


 またもやすいを力いっぱい抱きしめている。


 (よっぽど好きなんだなぁ、この人)


 やはりぼんやりとそんな事を思いながら二人のやりとりを見ている緋凰ひおうへ、おじょうから解放されたすいが、


 「さあおう、仕事しよう。こっちだ」


 そう声をかけて手を繋ごうとしたので、


 「触ったらダメだって」


 サッと緋凰ひおうは手を上げてけたのであった。


 「もう。いいじゃないか、手をつないだって」


 その言葉におじょうは、緋凰ひおうへ甘えた感じでちょっとふくれっ面を見せているすいへ目をいた。


 「ちょっとすい、こんな女と手なんてつながな——」


 言いかけたおじょうの声にすいは聞こえぬふりをして緋凰ひおうへ続ける。


 「『俺』とおうの仲なんだし」

 「え? どんな仲なの?」

 「いいじゃん、少しくらい」

 「駄目だって、瑳矢之介さやのすけが怒るもん」

 「……誰だよそれ。も〜じゃあこっち来いよ」

 「うん」


 そんな会話をしながら、仲も良さげに見たこともない笑顔になって緋凰ひおうを連れて歩いていくすいを、おじょうは茫然として眺めていた。


 「なに……? どうしてすいはあんな女にしたしげなの? ……私以外の女に優しいだなんて!」


 嫉妬の炎で心を燃やしたおじょうはギリッと親指の爪を噛むと、


 「見てらっしゃい。私のものに手を出したらどうなるのか思い知らせてやるわ。あんな呆けた小娘、『前の女』みたいに思い切り虐めて遊んであげる。——ふふふ」


 不敵な笑みを浮かべながら、緋凰ひおうの背を鋭く見つめるのであった。


 

 だがお嬢は知らないのである。

 緋凰ひおうの純粋な雰囲気によって隠れているその、『強さ』を……。

 


ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
さてさて、旅芸人一座の皆様も各々ひと癖ありそうな人ばかりですね。 座長と娘さんは兎も角、翠と婉さんは何かしらの目論見がありそう。 それにしても、緋凰さん呑気か。(笑) 道草くってる場合じゃありません…
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