8-2 隠れている強さ
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。鳴朝城のお姫様。十二歳。
翠……旅芸人一座の美しき下働き。十歳くらい。
「ささ、こっちへ。入って入って」
宿場町の入り口付近にある旅籠(宿)へ連れてこられた緋凰は、奥部屋にある庭伝いの縁側にて渋い顔で黙り込んでいる翠と共に待たされていた所へ、部屋で開け放たれている板戸からひょこりと顔を出してきた先ほどの男より、そう言って手招きをされたのだった。
笠を被ったまま無言で歩き出す緋凰の後に翠も続いてきたので、男はわずかに眉を寄せながら余計な事を言うなよと小声で念をおしている。
そんな後ろのやり取りに気が付かない緋凰が部屋へ足を踏み入れると、その奥では酒肴を前にして小太りの目立つ中年の男が、あぐらをかきつつ肘置きにもたれかかって座っていた。どうやらこの男が旅芸人一座の長であるようだった。
仕立ての良い着物を見る限り、なかなか羽振りは良いのだろうと推測される。
そしてその隣には、やや小袖を着崩した姿で芸者なのだと思わせるように艶やかな雰囲気をまとう美しい女が、たおやかに横座りをして長に添っていた。
「こんにちは」
緋凰が小さく挨拶の言葉をかけて一応の礼儀として笠を頭から外して顔を見せた時だった。
長と隣の女が思わずあっと声を上げた。
「おぉ、これは……なんと愛らしい。かなりな『上玉』、期待できる! なぁお婉——」
予想以上の美しさに興奮気味になって鼻息荒く横を向いた長であったが、
「うそ……」
小さくつぶやき大きく目を開いて片手で口もとを隠し、食い入るように緋凰を見つめるその女があまりにも驚きすぎているように感じて怪訝な顔をした。
「どうしたのだ? お婉から見てもそんなに有望な子供なのか?」
その声にハッと我に帰った婉は軽く咳払いをすると、
「あ……どうでしょう……かねぇ。確かに、昼の演目でしたら今のように男装で舞っても、仙女の格好で舞ってもとんでもない人気者になりえます。ですが、『夜』の方は難しいかもしれないですねぇ」
うって変わって最後には落ち着き払って言っている。
その評価に意外な顔をして長は改めて見定めようと、片膝を立てて正座に近い姿で座った緋凰をじろじろと眺め回した。
「そうだろうか? 肌も綺麗だし多少みた目が男にいそうでも、そういうのが好きなヤツだっている。……ずいぶんと美しい座り方をするもんだ、上品な雰囲気からして並みの武家の娘ではないだろう。こういう女なら領主のような上のもんが喜ぶんじゃないか?」
「……なんとも言えませんねぇ。人に媚びるような感じではなさそうだし、堂々としすぎるというか……雰囲気も清らかすぎるというか……」
「ハハ、そこはお前がうまく仕込めば良いだけだろう。——そうだ、おい、娘!」
どうにもしぶっている様子の婉を一笑に付すと、長は先ほどからの会話を全く理解していない顔で不思議そうにしている緋凰へとんでもない事を言い放ったのだった。
「さあ。さっさと『脱いで』くれ」
「……ん?」
言われた意味が分からず、緋凰は目をぱちぱちさせて考えると、
(脱ぐ? 草履ならもう脱いであるけど……。笠も外したしあとは……あっ、これかな? おかしいな、これなら身につけたままでも礼儀に反しないはずなんだけど)
解せない気持ちで問いかけてみる。
「これは護身のためだから、部屋でも『外さなく』たっていいって習いましたよ」
「……んお?」
そう言って笑いながら腰の脇差しに手を置いて見せられ、目を点にしている長の横で婉がプッと吹き出している。
「だれも刀の話なんぞしやしねぇ。今ここで着物を脱げって話だよ、身体が綺麗か調べてやるっつってんだよ」
具体的に言われてようやく裸になれという意味だと知り、緋凰は仰天して叫んだ。
「えぇ⁉︎ 絶対いやだ! 何でそんな事しないといけないの? 恥ずかしいじゃん!」
「何だ、品はあるのに下級武士の娘か? 上流の姫さんは毎日侍女に着替えさせられるから人前でもそんなに抵抗がないと聞いたぞ」
その長の言葉にむむっと口を尖らせると、
「そんなわけないでしょ! 誰だって人前で着替えるのなんて恥ずかしいよ! それにお着替えくらいちゃんと小さい頃から自分でやってたからね!」
バカにするなと言わんばかりに緋凰は喚いた。
大名の娘ではあるが、父の煌珠は緋凰に武術を使ってたくましく自立するように、そして個人的に貞操観念の高い女性を理想としている事でそうなるように教育を施している。その為に、緋凰は戦国時代のお姫様とはいろんな所で価値観が少し違っているのであった。
すると、部屋の入り口付近で見ていたガンが、そのやりとりに痺れを切らすと緋凰の近くまで歩いてくる。
「もういいからさっさと脱げ! 手伝ってやっからよ」
そう言って両手を伸ばそうとしているのを見た緋凰は、
「私に触ると目にものみせるよ」
ムスッとした顔で警告してやった。
「はいはい、つべこべ言ってねぇでそら——」
構わずガンが飛びつこうとした瞬間だった。
緋凰は座ったままパッと左手で向かってきた片手の手首を掴むと、右手で目の前の袂を取って背負い投げの要領でガンをぶん投げたのである。
庭先で何も知らずに掃除をしていた者が、いきなり部屋の中から男の身体が勢いよく飛び出してきて向こうの垣根にズガンとぶち当たったのを見て、目を吹っ飛ばして驚いていた。
本当に目にものみせられたガンに、部屋の中では翠も長もポカンと口を開けて呆けてしまったが、婉だけはお腹を抱えて大笑いをしてしまったのである。
「アッハハハ、アハアハ——。とんだじゃじゃ馬じゃあないかい。この子は演者よりも武将の方がよっぽど似合っているもんだ。ねぇ旦那、もともと翠は下働きとして連れて来たのだから、まずそれで様子を見てみるっていうのはどうですかね? ふふふ——」
笑いすぎて涙が出てしまった目を袖で拭きながら提案した婉に、長は無言でこくこくと頷いて見せると、
「じゃ、じゃあ、翠。連れてきたのはお前だからとりあえず……下の仕事を教えておけ」
そう、青ざめながら手のひらを返してシッシと追い払うように命じた。
「はい、分かりました! では——」
それを聞いた翠はパッと笑顔を作って心底安心した様子になると、武将っていわれた〜とふてくされている緋凰を促し、一緒になって部屋を出て行ったのである。
——あ〜あ、翠にあんな綺麗な子をつけるなんて。この人は娘の気持ちも知らないのかねぇ。『お嬢』がまた壮絶に虐めて、前に逃げてしまった娘みたいにならなければいいんだけど……。
縁側へ消えてゆく二人の後ろ姿を見つめながら、その後を心配した婉はそっとため息をついたのであった。
ーー ーー
宿場町の入り口付近に、足の長い篝火台が両端に置いてある広い台座の舞台が青空の下にあった。
それを緋凰は横目で見ながら翠の後ろをついていくと、ほどなくして大きな掘立て小屋が二つ、並んで建っている場所が見えてきた。
翠のいる一座の拠点だろうか。小屋の前では屋根付きの炊事場などがあって人々がそれぞれに仕事をしていたり、奥では木々に張った綱や枝に干してある大量の洗濯物を取りこんでいたりと、簡素ではあるが生活ができる空間があるのであった。
「毎年この時期に、さっき行った旅籠(宿屋)の主がこの一座をひと月くらい雇ってくれるそうなんだ。長の家族以外はここで寝起きしていて……今は十五人くらいがいるんだ」
歩きながら翠が説明をし、二人がその場へ足を踏み入れた途端、
「翠は何で戻ってこないのよ! その武者女が連れ去ったんじゃないでしょうね! なんで一人で買い出しに行かせたの? こんのバカ!」
そんな金切り声が飛んできたのである。
声を辿って奥の炊事場あたりを見ると、一人だけ身なり良く小袖を着た、そこそこ美しくも意地の悪さが滲み出ている顔立ちである十三歳くらいの女が、周りの者達へ苛立ちをぶちまけている最中であった。
うわっと顔を引き攣らせた翠であったが、次の瞬間には何かを思いついたような顔となり、
「すみません、戻りました」
と穏やかに声を上げた事でその声の主がこちらに顔を向け、慌てた様子で駆けてきたのだった。
「あぁ、私の翠! 良かった! 変な武者女に怪我をさせられたんですって? 連れ去られてしまわなくて本当に良かった」
もう情報がここまで来ているのかと内心でげんなりしている翠を、女は嬉しそうに抱きしめたり顔を撫でくりまわしたりしている。
頭ひとつ背の高いその女に、無表情でされるがままにさせている翠が静かに答えた。
「大丈夫ですよ『お嬢』。怪我も大した事はないのですが、手首を痛めて力仕事が難しかったので手伝ってくれる者を連れてきたのです」
そう言われて『お嬢』と呼ばれた長の娘は、翠の後ろに笠を被ってぼんやりと立っている緋凰を見るなり顔を険しくさせる。
「あんたが私の大事な翠に怪我をさせた小娘ね! 何してくれんのよ! それと、翠はこの私のものなんだから手を出すんじゃないよ!」
掴みかかる勢いで緋凰へ迫ろうとしたお嬢のその腕へ、翠がパッと抱きついて止めた。
「お嬢。この者はもう反省もしていますし、これから私がきびしく炊事などを手伝わせますので怒らないであげてください」
そう言い、眉をさげて潤んだ瞳で見つめられたお嬢は、うっとりとした顔つきに変わって感嘆のため息をつくと、
「あぁ、なんて愛らしいの……。可愛いんだから!」
またもや翠を力いっぱい抱きしめている。
(よっぽど好きなんだなぁ、この人)
やはりぼんやりとそんな事を思いながら二人のやりとりを見ている緋凰へ、お嬢から解放された翠が、
「さあ凰、仕事しよう。こっちだ」
そう声をかけて手を繋ごうとしたので、
「触ったらダメだって」
サッと緋凰は手を上げて避けたのであった。
「もう。いいじゃないか、手をつないだって」
その言葉にお嬢は、緋凰へ甘えた感じでちょっと膨れっ面を見せている翠へ目を剥いた。
「ちょっと翠、こんな女と手なんて繋がな——」
言いかけたお嬢の声に翠は聞こえぬふりをして緋凰へ続ける。
「『俺』と凰の仲なんだし」
「え? どんな仲なの?」
「いいじゃん、少しくらい」
「駄目だって、瑳矢之介が怒るもん」
「……誰だよそれ。も〜じゃあこっち来いよ」
「うん」
そんな会話をしながら、仲も良さげに見たこともない笑顔になって緋凰を連れて歩いていく翠を、お嬢は茫然として眺めていた。
「なに……? どうして翠はあんな女に親しげなの? ……私以外の女に優しいだなんて!」
嫉妬の炎で心を燃やしたお嬢はギリッと親指の爪を噛むと、
「見てらっしゃい。私のものに手を出したらどうなるのか思い知らせてやるわ。あんな呆けた小娘、『前の女』みたいに思い切り虐めて遊んであげる。——ふふふ」
不敵な笑みを浮かべながら、緋凰の背を鋭く見つめるのであった。
だがお嬢は知らないのである。
緋凰の純粋な雰囲気によって隠れているその、『強さ』を……。
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これからも、どうぞよろしくお願い致します。




