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飛凰《ひおう》の姫君〜武将になんてなりたくない!〜  作者: 木村友香里
第七章 戦乱の世に生きている 合戦編
202/238

7-55 モテすぎるのも考えもの

お読みくださって、ありがとうございます。


○この回の主な登場人物○

 御神野みかみの 緋凰ひおう(通称 凰姫おうひめ)……主人公。この国のお姫様。十二歳。

 真瀬馬ませば 瑳矢之介さやのすけ 光桐みつぎり……緋凰の元世話役で許婚。真瀬馬本家の三男。十四歳くらい。

 真瀬馬ませば 輝薙之介きなぎのすけ 澄桐すみぎり……真瀬馬本家の次男。分家へ婿養子に出た。

 小蘭こらん……輝薙之介の妻。



 ……止まらなかった。


 緋凰ひおうの心に絶望感が広がっていくのが止まらなかった。


 「えぇ⁉︎ 今朝けさ早くに瑳矢之介さやのすけ鳴朝めいちょう城へ帰っちゃったのぉ⁉︎」


 道を人に尋ねまわりながら、二日ほどかけてようやくたどり着いた真瀬馬ませばの分家である屋敷の門前にて、ほうきで掃除をしていた使用人の男からそう聞いた緋凰ひおう愕然がくぜんとすると、思わず持っていた棒槍を手からガランと落としてしまったのであった。


 「なるべく大きい道を通ってきたんだけど入れ違っちゃうなんて……。今から追いかけても鳴朝めいちょう城へ着く前に追いつくのは無理だ……。しかも輝薙之介きなぎのすけさんも見送りに出ていつ戻るか分からないって言っていたし……どうしよう……」


 教えてくれた男に礼を言ってその場を後にし、大きな屋敷をかこっている土塀どべいを沿うようにとぼとぼ歩いていると……。


 午後の暖かな日差しの中、どこからかそよ風に運ばれて桜の花びらがひらひらと舞っているのが目にまる。


 緋凰ひおうはなんとなく足を止めて風景に意識を向けてみた。


 (……綺麗だねぇ。桜ってどうして最期に散ってしまってもこんなに綺麗になるんだろう。道いっぱいに花びらの織物が敷いてあるみたい)


 道の砂地の部分も、横に生えている草の上も、土塀の下を通っているちょっとしたほりの水面も、下がほとんど見えなくなっているくらいに白色や薄紅色などで一面が埋め尽くされている。


 その色彩にいくらか心を和ませて、緋凰ひおうは日除けのかさの中で微笑みを見せていた。


 (私の部屋から見える瑠璃るり桜も、全部散っちゃったかな? 見たかったなぁ)


 ひらひらと目の前を落ちてきた花びらを思わず片手で受け止めてじっと見つめてしまう。


 (そういえば、みやこにある瑠璃るり桜って……。本当に花びらが瑠璃るり色なのかなぁ)


 いつぞやにみやこ方の御神野みかみの一族である奈由桜なゆさから聞いて、相当に美しいものに違いないと憧れすらいだいていたものである。


 (このまま、みやこにでも見にいっちゃおっかな〜なんて——)


 そんな事を思いながら、手のひらの中の小さな花びらをでていた時だった。



 『——もしまた何かあったら、必ず俺に相談するんだぞ——』



 そう言ってくれた従兄いとこの懐かしい声が記憶から飛び出してきて、緋凰ひおうはあっと声を上げた。


 「そうだ! みやこ! みやこにはしょう兄様(延珠えんじゅ)がいる! しょう兄様なら相談にのってくれるだろうし、むっちゃくちゃお勉強ができる人だからなんとかできるかもしれない!」


 絶望していた心境から一変してまたもや胸に希望が満ちあふれてくると、片手を花びらごとぐっと握り、みやこに行こう! と元気に叫んだ。


 しかし、元気よく一歩を踏み出そうとしたその足はピタリと止まる。


 (あ、でも……。このままみやこへいってしまったら、瑳矢之介さやのすけも私が死んじゃったって誤解しちゃうかもしれない。そうしたら——)


 それならば仕方がないと、別の女と婚礼を挙げてしまう瑳矢之介さやのすけを想像した緋凰ひおうは、



 「ぎゃああああああ! いやだぁーーーー‼︎」



 あまりの衝撃でぶっ倒れそうになったのを、かろうじて持っていた棒槍を地に突き立てて防いだのであった。


 (ダメダメダメダメ! そんな事になったら私、耐えられない! もう、生きられないよぉ!)


 ちょっと想像しただけであったが、辛くなりすぎてドバッと涙があふれてきてしまう。


 「うぅ……どうしたら……。戻りたいけどみんなを守らなきゃ……。どうにかして瑳矢之介さやのすけだけにでも、私が生きているって伝えないと——って、んん? 伝える……そうか!」


 以前、山で修行をしようとした時に、兄の鳳珠ほうじゅへ心配かけないようにふみを送った事を思い出したのである。


 「これだ! ふみを書いて伝えればいいんだ! ここの真瀬馬ませばの人に頼めば確実に瑳矢之介さやのすけへ届けてくれるよね! 紙なら『写し』のあまりが少しあるからコレを使えば——」


 寺の道場へ行くときは、兄が目覚めますようにと写経をしておさめてくるのを日課としていた為にその紙をふところから取り出すと、緋凰ひおうそでで涙をぬぐってから花びらの舞う道の脇で、一生懸命にふみをしたため始めたのであった。

 

 


 

 ーー ーー

 「——それで? 我が義弟君おとうとぎみに『恋文』を届けろと言う不届きな者はどこにいるの?」


 真瀬馬ませばの分家である屋敷の玄関先にて、たまたま近くにいた事でやむなく応対に出た輝薙之介きなぎのすけの妻である小蘭こらんが、その気の強そうな顔立ちの中にある美しい形の目元をスッと細めて問いかけると、


 「はい! 私です! でも恋文ではありません、とっても大事な事が書いてあるのです!」


 ビシッと片手を挙げて土間どまから元気よく返事をしたその子供を、まじまじと眺めてみる。


 ——身なりは悪くないわね。はかま帯刀たいとうしていてちゃんとしたかさを手に持っていて……。凛々しくて美しい『若君』だこと。武士の子よねぇ。こんな子、領内にいたら絶対に噂になるはずだけれども聞いた事がない。どこの子かしら。


 式台の上から小首を傾げてさらに小蘭こらんは問いかける。


 「大事な……。そなた、我が義弟君おとうとぎみとはどのような関係なの?」


 「関係? えっと——」


 緋凰ひおうは少し考えてみる。


 (友——かな? う〜ん……。でももう、身内みたいなものだと思うのだけど……。そう言った方が早く届けてくれるかな? よし!)


 意を決して緋凰ひおうは正直に答えるのだった。


 「瑳矢之介さやのすけとは、将来さきを誓い合った仲です!」


 「なんですってぇ⁉︎」


 緋凰ひおうを男の子と勘違いしている小蘭こらん度肝どぎもを抜かれてよろめいてしまう。



 ——そ、そんな! 我が義弟君おとうとぎみおのこの方が好きだったなんて! そう……だから、あんなにも女子おなごにモテるというのに目もくれなかったのね。あぁ、どうしよう! こんな一大事、私だけでは対応できないかも……。いいえ、大丈夫! こっちだって夫に言い寄ってきた女達をどれほどあしらってきた事か。



 結婚していても、色男である夫の輝薙之介きなぎのすけに言い寄ってくる数多あまたの女たちを(ごくまれに男も)撃退してきた歴戦を思い出して自分をふるい立たせると、大きく深呼吸をしてしっかりと背筋を伸ばし、毅然きぜん緋凰ひおうへ向き合ったのだった。


 「お、男といえども、『したっている』のであれば……それは立派な恋文であろう。そんなもの、届ける義理などないわ」


 「へ? ……あ、私、女です。よく間違われるんですけど。ほらこの脇差わきざし、かわいいでしょ? お花柄〜」


 「なんですってぇ⁉︎」


 にこにこしながら腰の脇差わきざしの可愛さをアピールしてくる緋凰ひおうに、信じられない思いで小蘭こらんはまた腰を抜かしかけたのだが、


 ——たしかに、よく見れば可愛らしい顔立ちね……。男装で雰囲気が凛々しい上に、男でも女でもどちらにもいそうな感じで整っている顔だから間違えてしまった……。


 気を取り直して一つ、せき払いをすると改めてたずねたのであった。


 「本当にそれは『恋文』ではなく急ぎの用事なのね?」

 「はい、そうです」

 「嘘だったら怒るわよ」

 「嘘じゃないです」


 「…………そう」


 真剣な緋凰ひおう眼差まなざしと男の子と間違えてしまった罪悪感で、小蘭こらんはもう根負こんまけした。


 「いいでしょう。明日、本家へ届け物をするついでにその文も義弟君おとうとぎみに渡してあげましょう。……もう、下がりなさい」


 「やったぁ! ありがとうございます! よろしくお願いします‼︎」


 大喜びで二回もその場にて頭を下げた緋凰ひおうは、外口まで下がると笑顔で手を振って行ってしまったのであった。



 「…………さて、それをこちらへ」


 式台の上から声をかけられて、使用人の男は受け取った文を差し出された小蘭こらんの手へ渡したのだが……。


 そのまま預かるのかと思いきや、なんと文を解いて中の紙を取り出し始めたのを見て男は大いに驚いたのである。


 「あ、あの……勝手に見て、よろしいので?」


 「念の為よ。恋に狂った女なんてすぐ『私たちは想いあっているのよ〜』だなんて妄言を吐くもの。あなたも知っているでしょう」


 確かに。と使用人の男は思う。


 なぜならば、輝薙之介きなぎのすけに惚れ込んで屋敷まで押しかけてきた女たちが、盲信的にそう言っていたのをこの男もよく見かけていたからだ。


 そのたびに、小蘭こらんは夫の耳をねじり上げている。


 「それに、いろいろ驚きすぎてあの者の名を聞き忘れてしまっていたわ。——どれ」


 その取り出した紙には三枚にも渡って事の子細しさいが書かれている。


 一枚目と二枚目に、命を狙われて家に戻れない事と、阿三郎あざぶろうから聞いた情報、そしてみやこ延珠えんじゅに相談しに行くので着いたらまたふみを出すとの事を書き、三枚目にその返事をみやこで待つと短く結文してあった。


 だが、ここで一つ、まずい事が起こっていた。


 緋凰ひおうは焦るあまりに、その三枚目が一番上になるようにたたんでしまっていたのである。


 ゆえに……。


 「へ、下手な字なこと——。もう、名前の所のすみにじんでしまってよく読めないわ……。本文はええっと……、『みやこにてきみふみをいつまでも待つ』——って、とんだ恋文じゃないの!」


 その恋文に使われる呼びかけにも見える文章に、やはり瑳矢之介さやのすけの『追っかけ』だったのかと誤解をし、だまされたと頭にきた小蘭こらんはその場でふみをビッと真っ二つにくと忌々しげに土間へ投げつけてしまった。


 「まったく人騒がせな……。モテすぎるというのも考えもの——」


 ぶつぶつと文句を言いながら立ち去る小蘭こらんの後ろ姿と捨てられたふみを交互に見つめながら、使用人の男は唖然あぜんとして立ち尽くしているのであった。

 

 


 

 ーー ーー

 輝薙之介きなぎのすけが屋敷に戻ったのは次の日の昼ごろであった。


 「——それで、その女武者はかように凛々しかったのか。男にもいそうな美しさとは……、俺も見てみたかったものだな。ハハハ」


 「……ほんに、本家の殿とのがたはよくよくおモテになる事。もはや、驚きを通り越して恐ろしいわ」


 帰ってきたというのに出迎えもしないでねていると聞き慌てて妻の部屋をたずねた輝薙之介きなぎのすけの横で、小蘭こらんは正座をして花を生けながらムスッとした顔をしている。


 「やれやれ。昨日に押しかけてきたのは瑳矢之介さやのすけの女であろうに、そなたが怒ることもなかろう。そら、今宵こよいともに飲み明かそうではないか、久しぶりに」


 そう言って、輝薙之介きなぎのすけ徳利とっくりの入った包みをひらひらとチラつかせてくるのを横目で見ると、小蘭こらんはフンと息をついて軽くそっぽを向いた。


 「どうせまた、お仕事が終わらなくていらっしゃらないのでしょう」


 だが、人の心情をよくさっする輝薙之介きなぎのすけには分かっている。


 そんなつれない事を言ってはいても、お酒大好きな妻は今、内心で大喜びをしている事を。


 なので、すかさず追い討ちをかける。


 「いや、今日はもう仕事はしない。ゆえに今から飲もうではないか」

 「今から⁈ まだお昼ではありませんか」

 「構わぬであろう、ともをしてくれるな?」

 「……仕方のない人ねぇ」

 「そうだ、俺は仕方のない奴なのだ。だから良いであろう」


 ここぞと言わんばかりに、愛想と色気を全力で振りかざしながらにこりと笑う年下の甘え上手な夫に、小蘭こらんはふふッとつい笑みがこぼれてもうお手上げ状態になるのであった。


 「……では片付けますゆえ、あなたもお召し替えをなさってくだされ」


 そう穏やかな声で言われてホッと胸を撫で下ろした輝薙之介きなぎのすけは、また後でと包みを残して部屋を出たのであった。


 「……全く瑳矢之介さやのすけのやつめ、とんだとばっちりであったな。それにしても、あいつはあんな短い滞在でいつの間に女を口説いていたものやら」


 そう笑いながら回廊を歩き始めた輝薙之介きなぎのすけに、庭先から使用人の男がパタパタと走り込んでくると、おずおずと何かを差し出してきた。


 「あの、若様。これを……」


 「何だ? 紙か? ……見事に真っ二つだな」


 「これが昨日の女の子が持ってきたものでして……。わたしは字が読めませんので本当に捨ててもよろしいものかどうか……」


 「おっ。例の恋文か? ——瑳矢之介さやのすけは父上に似て堅物だと思っていたがやるではないか。ハハ、どれどれ……」


 縁側えんがわまで出てふみを受け取るなり、破れた上の部分をめくって文章を読んだ輝薙之介きなぎのすけの表情が……一変した。


 急に勢いよくその場にいつくばるように両手をつき、青ざめた表情で紙の上下を合わせて食い入るように文章を読む様子に、使用人の男はギョッとしている。


 「しまった……。らん! 小蘭こらん!」


 鋭く呼ぶその声に驚いた小蘭こらんが部屋から飛び出してくると、上半身を起こしざま輝薙之介きなぎのすけは問いかけた。


 「昨日の武者は、本当に凛々しく美しい女子おなごだったのだな? 他に何か目立つものはなかったか?」


 初めて見せるような夫の切羽せっぱまった表情と手元に広げられているその破れたふみに、小蘭こらんもまたギョッとしてあわあわと答える。


 「え、……はい、あの、元気な子供でしたが……まれに見る綺麗な顔立ちの子で。——あ、お腰の刀が珍しく花の形をあしらったものでした」


 言われた瞬間、輝薙之介きなぎのすけの脳裏に緋色の可愛い脇差わきざしをいつも携帯している緋凰ひおうの姿が思い出された。



 「間違いない……姫様だ! 誰か! 誰かある!」



 並べてあったふみふところにねじ込んで立ち上がった輝薙之介きなぎのすけそでを、慌てて小蘭こらんが急いでとる。


 「あの、姫様とは……」


 「凰姫おうひめ様だ、そのお方は御神野みかみの殿とのの妹君であられる凰姫おうひめ様! 瑳矢之介さやのすけの『まことあるじ』だ!」


 「えぇ⁈」


 このとんでもない事実に、小蘭こらんは驚きすぎて大きく開いてしまった口元を無意識にそでを離した両手で隠して固まってしまった。



 「——早馬を用意せよ! 鳴朝城めいちょうじょうへゆく! 義父上ちちうえはいずこに——」



 呼ばれてすっ飛んできた小姓らに指示を出し、慌ただしく走り去っていった輝薙之介きなぎのすけの背を茫然として見送った小蘭こらんは、またしばらく大好きな夫との晩酌ばんしゃくが無くなってしまった事に気がついて、おのれの早とちりにがっくりと項垂うなだれてしまうのであった……。

 


ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
いやぁ~~。 前話から続く今話。 コメディのお手本のような御作に、只々にやにやしてしまいました。 思い込んだら即行動の緋凰らしいといえばそれまでですが、これは、都も賑やかになりそうな予感。 果たしてど…
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