2-5 お姫様のお世話って恐怖⁈
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○この回の登場人物○
御神野 緋凰(通常 凰姫)……主人公。6歳の女の子
真瀬馬 刀之介 忠桐……重臣。武将の一人
瑳矢丸……刀之介の三男。8歳
真瀬馬 包之介 元桐……刀之介の父。隠居して料理人
銀河……鳳珠の世話役。11歳
刀之介が馬に乗る直前。
瑳矢丸は先程の刀之介の言葉で違和感を覚えたのを思い出し、近くに行って問いかけてみた。
「あの、父上。先ほど姫様は人の世話などいらぬお方とおっしゃっておりましたが、どう言う事でしょうか? 侍女が少ないのですか?」
刀之介は、振り向きもせず答える。
「正式な世話役でないお前が知る必要など無い。余計な詮索も出しゃばる事も許さん。お前はただ凰姫様のお体を心配しろ、よいな」
ひらりと乗馬した刀之介は、そのまま出発する。
「はい、分かりました」
刀之介の怒りが今だにおさまっていない事がよく分かる口調だったので、瑳矢丸もすぐに引いた。
そして今度は、母から一夜漬けで叩き込まれたお姫様の世話役の作法を思い出して見る。
つい最近まで自分がお世話される側だったのに、いきなり世話をする側になった挙句、それが小さな女の子。
数々の仕事の中で、ダントツに嫌だと感じたのが——
「なんでウン○した尻を自分で拭けないんだよ……」
この時代のお姫様というのは、一人で厠の処理ができない者も多かったと聞く。
「嫌だ。臭いだろうし、カッコ悪すぎる……」
それにこんな事、周りの友人達に知られてしまった日には何と言われる事やら……。
ずーんと青い顔をして、瑳矢丸はトボトボと歩いていったのだった。
ーー ーー
登城する父達と別れて二の丸御殿に着くと、瑳矢丸は館の使用人が使う入り口の前で、一度足を止めて大きく深呼吸をする。
今になって、ガッチガチに緊張してきてしまったが、意を決して震える足で館に入った。
「あの、失礼致します」
仕事中の使用人が二、三人こちらを見る。
緊張で頭が真っ白になってしまった瑳矢丸は、すがる思いで包之介を探したが、見当たらない。
すると——
「どちら様でしょうか?」
ふと目の前に応対に立った人を見て、瑳矢丸は度肝を抜かれた。
涼しげな目元に整った顔立ち、それでいて、ふんわり優しげな印象の美少女。
「せっ、仙女——?」
あまりの美しさと、どストライクの好みの容姿だった事で、一瞬で瑳矢丸は恋に落ちた。
いわゆる一目惚れである。
「あら? もしかして、包之介さんのお孫さんでしょうか?」
美少女の問いかけが耳に届いて、ほうけていた瑳矢丸はハッと我に返ると、慌てて答えた。
「は、はい! 左様でございます! あの……瑳矢丸と申します」
顔を赤くしながら、軽く頭を下げて自己紹介をすると、美少女はニコリと笑った。
その笑顔に、瑳矢丸の顔はますます赤くなっていく。
「お話は伺っております。包之介さんとよく似ていらっしゃいますわね。あなたが昨日、姫様にお怪我を負わせた方……」
ズンっと頭に岩が降ってきたような気分になった瑳矢丸は、小さく答える。
「はい、そうです……。その事は、あの、誠に申し訳なく……」
顔は笑っていても、雰囲気が怒っているであろう美少女に、瑳矢丸は謝ろうとするが……。
「そのお言葉は、どうぞ凰姫様に。では、お部屋へ参りましょう。あ、わたくしは銀河と申します。若様のお世話役です。どうぞよろしくお願いします」
もう一度ニコリと笑った銀河を見て、心を躍らせる瑳矢丸であった。
ーー ーー
(あーー……痛い。とにかく痛い……もう二度と戦うものかぁ……)
せっかく眠っていたのに緋凰は体の痛さで、目は閉じていても頭が起きてしまった。
(怪我が治るまで、ずっと眠っていたい……)
そんな事を考えてたら、顔のあたりに妙な気配を感じてスッと目を開けた。
見知らぬ顔が、でーんと目の前にある。
「わぁ!」
「わゎ!」
緋凰が驚いて声を上げたのと同時に、相手もばっと飛び退いた。
ドキドキしながら、緋凰は首だけ振り向いてみる。
「あ、昨日のお兄さん」
声をかけられて、瑳矢丸はわたわたとひれ伏した。
「す、すみません! お怪我の具合を見せて頂いておりました……。あの、昨日は本当にとんだご無礼をいたしまして、誠に申し訳ありませんでした‼︎」
ガチガチに緊張した声で一気にまくしたてながら、小さくなって叩頭している。
「あ、あの! お顔を上げて下さい」
そう言うと、緋凰は焦って上半身を起こしたので、激痛が体を走る。
だが今が謝るチャンス! 逃せない!
痛みをこらえながら、よいしょ、よいしょと布団の上で正座をする。
「いきなり襲いかかった私が悪いのです。あの、申し訳ありませんでした」
そのまま頭を下げた緋凰を見て、瑳矢丸は驚きのあまり一瞬声が出せなかった。
「どうか、もう私に頭をお下げくださらないでほしい。お願いです!」
どうして良いか分からず、大いにうろたえながら、瑳矢丸は緋凰に懇願する。
「こんな事になってしまって、ごめんなさい。えっと、お手伝い、よろしくお願いします」
改めてきちんと瑳矢丸にお願いして、緋凰はもう一度頭を下げた。
「こちらこそ! あの、何なりとお申し付け下さい!」
瑳矢丸も頭を下げたので、二人とも同じ格好でしばし間ができる。
そろりそろりと両者共にゆっくり頭を上げたら、目が合った。
ボロボロの顔の緋凰を見て、この顔は本当に治るのだろうか、瑳矢丸は途方に暮れてしまう。
そんな瑳矢丸をよそに、緋凰はそのまま立ちあがろうとした。
「どうされましたか⁈」
ギョッとした瑳矢丸が慌てて緋凰の体を支えてくれたのだが……。
(シッコしたいなんて……言うの恥ずかしいな。こんな時、大人の女の人はなんて言うんだろう)
う〜んと考えて、叔母が使っていた言葉を思い出してみた。
「えっと……ちょっとお花摘みに……」
「花? それなら、私が取りにいきますよ?」
瑳矢丸が首をかしげる。
(ダメだ! カッコつけすぎて伝わらない! 恥ずっ)
「ええっとぉ……厠へ……」
あきらめて言った緋凰の言葉に、瑳矢丸がピタリと止まる。
来た!
来てしまった‼︎
いきなりの初仕事がお尻拭きになるのかと、瑳矢丸が硬直していると、
「じゃあ、行ってきます」
緋凰は体をギチギチさせながら、歩いて行こうとした。
「行ってきますって……あの、おまるはどこですか?」
緋凰は目を向いた。
「えぇ⁉︎ ここでは使わないよ! 厠あるんだから私、そんな小さな子供じゃないもん!」
「でも、お怪我がひどいですし……」
「歩く事はできるもん!」
なんだかバカにされた気分になった緋凰は、プンスカしながら歩き出す。
「あ、じゃあ、おぶります」
瑳矢丸が緋凰の前に来て、背中を見せてしゃがんだ。
何だか断るのも悪いので、
「お願いします」
とお言葉に甘えて瑳矢丸にしがみつく。
背中ごしに案内しながら、そのまま廊下を運んでもらって厠の前に来たので、
「ここで降ろしてください」
と言った瞬間——。
立ったまま、瑳矢丸がパッと手を離したので、緋凰はズデンッと真下に落ちて尻もちをついてしまったのだった。
「ーーっう……」
全身が稲妻でも走ったかと思うほど痛み、緋凰の息が一瞬止まる。
「もっ申し訳ありません‼︎ 大丈夫ですか⁈」
瑳矢丸が、真っ青になって助け起こしてきたのを見ると、
(悪気は……ない……のね……しょうがない……か)
怒る事もできず、痛みで声も出せないので、代わりにこくこくとうなずいてみせた。
手助けをしてもらいながら、ヨロヨロと立ち上がって緋凰が一歩を踏み出したのを見ると、瑳矢丸が先回りをして厠の扉を開けた。
「ありがとう」
お礼を言われて、瑳矢丸は少し驚く。
身分の高い者達は、こういう事などやってもらって当然なので、礼など言わないものだと思っていたからだった。
緋凰は、厠の中に入るもなかなか扉が閉まらないので、不思議に思って振り向いて聞いてみた。
「あの……扉、閉めて下さい」
入り口で困惑している瑳矢丸は、思い切って緋凰に尋ねた。
「……中へ一緒に入れば良いのでしょうか?」
「んん⁉︎」
緋凰は何を聞かれているのか分からず、動揺し始める。
「お尻、私が拭くのですよね?」
瑳矢丸の言葉に、緋凰は絶叫しそうになった。
(ぎゃああああ! 何言ってるのーーこの人⁉︎)
「いやいやいや! 大丈夫だよ、お兄さん! ほらっ右手は動かせないけど、左手があるからっ‼︎ 自分でするよ、ねっ!」
「いいんですか⁉︎」
瑳矢丸がほっとした顔になる。
「もう、いいから部屋に行っててください! 終わったら自分で戻るから。ここに居られると、恥ずかしいよぉ」
緋凰の言葉に、瑳矢丸はいそいそと扉を閉める。
「では、えっと、お部屋でお待ちします」
そしてそのまま部屋へ退散した。
「なんか、聞いてたのと違うな……でも良かったぁ〜」
瑳矢丸は心から安堵したのだった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
不定期更新ですみません。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




