2-4 誰が娘に武術を仕込んでる?
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通常 凰姫)……主人公。6歳の女の子
御神野 律ノ進 煌珠……主人公の父。お殿様
御神野 月ノ進 鳳珠……主人公の兄。若殿
御神野 湧ノ進 閃珠……主人公の祖父。大殿
真瀬馬 刀之介 忠桐……重臣。武将の一人
真瀬馬 弓炯之介 義桐……鳳珠の護衛。刀之介の長兄
瑳矢丸……刀之介の三男
パチンと黒い碁石が、盤上に着地する……。
本丸の奥御殿にある縁側で、大殿の閃珠は腕をくんで見下ろすと、盤上とにらめっこを始める。
一人で碁盤の前に座りながら、ああでもないこうでもないと悩んでいた。
すると、突如白い碁石がパチンと降ってきた。
「ほう?」
いい手だ、と思う。
閃珠が顔を上げると、そこには息子の煌珠が立っていた。
「お、やるなぁ。だが——」
パチンと黒の碁石を打つ。
それを見て煌珠は対面に座ると、パチンと白の碁石で迎えうつ。
そして勝負が続いていく……。
途中、煌珠がつぶやくように言った。
「よくもまあ、俺の知らない所で……。このクソたぬき」
パチンと素早く白の碁石が打たれる。
「あぁ? どれの話よ? このクソ子狐。思い当たる事がありすぎるわい」
すかさず閃珠が黒の碁石を打つ。
「緋凰の事だ。こっそり武術を仕込んでんだろ? 暇ジジイが」
煌珠がバチン! と碁石の音を響かせて仕掛ける。
「何でわしがそんな事をする。緋凰は、ばーさんに似て刺繍とか好きだから、おしとやか〜な美しい姫に育てようぞ♡ そろそろ家事をやめさせて、詩の先生でもつけてやらねばのぉ」
すかさず閃珠はパチンと碁石を打って防御する。
そしてそのまま二人は間髪いれず無言のまま、パチパチと一気に黒と白の石を交互に打ってゆく。
途中。煌珠がちらりと閃珠を見る。
先ほどの言葉に嘘は感じなかった。
——パチっと思わぬ所に白い碁石が打たれる。
「ん? ——うお! ちょっ、ちょっと待て!」
閃珠が悲鳴を上げた。
「うるせー。早くしろ」
煌珠は面倒くさそうに催促をする。
「ぐぬぬ……。あ〜参った! お、この陣形は……」
降参した閃珠を見届けると、煌珠は立ち上がった。
「なんじゃ? もう一戦しようや」
「うるせー。ムキムキくそじじい」
そう悪態づくと、煌珠はそのまま去ってゆく。
「何しにきよったんじゃ? アイツ、えらい機嫌が悪かったなぁ」
そうつぶやくと、先ほどの一戦の考証を始めた閃珠の元に急報が入ったのであった。
ーー ーー
「おい! 大丈夫なのか⁈ ひお……おぉ⁈」
バタバタと部屋に入ってきた閃珠は、ボロボロの緋凰を見て愕然とした。
「なんと! せっかくの可愛い顔が……。何でまたお前が武術の訓練など……」
ヨロヨロと近づいてきた閃珠に、枕元で座っていた鳳珠が席を譲りながら尋ねた。
「武術の訓練ですか?」
「ん? 違うのか? わしゃ、元桐(包之介)の孫と庭で訓練しすぎて怪我をしたと聞いたが……」
どうやら煌珠は、こういう事にしておきたいのだろう、と鳳珠は推測した。
首をかしげている閃珠に緋凰はきちんと説明を始める。
「違うの。おじいちゃん(包之介)の忘れ物を届けに来て庭にいたおにいさんを、わたしがドロボーと間違えて棒でたたいちゃったの……」
「そうか……。しかしここまでせんでも良いのになぁ」
閃珠は頭をなでたいのだが、傷にさわらないか躊躇していた。
(あ、そうだ。お祖父様から言ってもらえれば、おにいさんがお世話にこなくて良くなるかも)
緋凰は涙目で見てくる閃珠に提案をしてみる。
「お祖父様、明日おにいさんがわたしのお世話に来るの。でもおにいさんもお怪我してるから、かわいそう……」
「まっ、しゃーないわな」
「えぇ⁉︎」
さも当然のように言ってのける閃珠に、緋凰は慌てる。
「でも、おにいさんは悪くないのに……」
「いや、悪いだろう。無断で奥御殿まで入ったし、姫であるお前をこんなに傷つけたんだぞ。どちらも重罪、普通なら首をフッとばすのじゃがな」
「し、死罪なの⁉︎」
思ってもみない話に、緋凰は驚いた。
「当然じゃ。だが、元桐の孫じゃから、アイツ(煌珠)も特別に計らったのだろう。お前の世話だけで済むんじゃ。軽すぎるわい」
閃珠の隣で聞いている鳳珠も、うんうんと同意している。
(そうか。お世話を断ると、おにいさんは死んじゃうのか……)
それはさすがに申し訳ないので、緋凰はもう観念するしかなかった。
閃珠が大きくため息をつく。
「よいか、緋凰。今度からは怪しい奴を見たら、立ち向かわずに逃げなさい。何にせよ、お前の命には変えられないのじゃからな」
そう諭すと、緋凰に夜着をかけなおした。
「はい、お祖父様。……ごめんなさい」
そう言ってうなだれた緋凰の頭を、閃珠は愛おしげになでる。
熱が上がってきて顔も体もズキズキとさらに痛みが増してきた事でつらくて目を閉じた緋凰は、やがてそのまま眠りについたのだった。
ーー ーー
次の日の朝。
真瀬馬家の屋敷では、瑳矢丸が出立の為に玄関にて草履をはいている。
その後ろで、母の奈由桜が険しい顔で見守っていた。
「いいですか、瑳矢丸。くれぐれも凰姫様に対し、粗相のないようしっかりとお世話をするのですよ」
昨日から何度聞いたか分からない言葉に瑳矢丸はうんざりしながらも、草履をはき終えて後ろを向くと、
「はい、母上。必ず」
と返事をする。
「はい、兄上。ねぇ、いつお帰りになるの?」
荷物を手渡しながら、緋凰と同じ歳である妹の花桜が問いかけてきた。
その隣では、四歳になる弟がぴょんぴょん跳ねている。
「さぁ、分からない。何ヶ月も後になるかも……」
「えぇ! そんなのヤダ‼︎ どうして瑳矢兄上が女の子のお世話なの? カッコ悪いよ! お姫様なんて他にたくさん侍女がいるでしょ?」
娘の言葉に奈由桜が目を剥いた。
「花桜! かっこ悪いとは何事です!」
「だってそうじゃない。あ、分かった! お姫様は瑳矢兄上に惚れちゃったんだ! だってこんなに綺麗でカッコいいから、一緒にいたいんだわ。怪我なんて嘘かもよ」
この怖いもの知らずの発言に、支度を終えて戸口に立っている刀之介がブチ切れた。
「いい加減にしろ! 姫様は人の世話などいらぬお方。自分をひどい目にあわせた瑳矢丸などむしろ嫌っておられるのを、無理にお世話をさせて頂くようお願いしたのだ! くだらぬ事を言うな‼︎」
嫌っているという言葉に、瑳矢丸はなんとなく落ち込む。
父のすごい剣幕に花桜がシュンとしたので、刀之介の隣にいる弓炯之介が、もうそれくらいで、と仲裁に入った。
「瑳矢丸、これを。姫様の好物だと聞いて私が作ったの。食べてくださるかしら? あぁ……やっぱり、私も行きたい」
そう言って奈由桜は、刀之介にお願いしてみる。
妻の願いを聞いてやりたい所だが……。
「本当にお怪我がひどいのだ。見舞いに行って姫様に気を使わせてしまってはお体にさわる。我慢してくれ」
暗い顔で刀之介は諭したのだった。
シュンとした母親を見て、瑳矢丸は昨日知った事実を思い出す。
生前の緋凰の母である鈴星は、奈由桜と友人として親しかった。
その事もあって、緋凰を産んですぐ亡くなった鈴星の代わりに、花桜を産んで少したっていた奈由桜が急ぎ、乳母として緋凰《緋凰》に乳を飲ませていた時期がある。
なので、昨日ボコボコにした小さな貴人は、なんと自分の乳兄弟だったのだ。
この時代、身分の高い者とのこういった関係は、将来を大きく左右する事もあった。
「もぅ最悪だ……」
誰にも聞こえない程小さな声で、瑳矢丸は嘆く。
「では、行ってくる」
そう言って出てゆく刀之介の後に弓炯之介が続き、慌てて瑳矢丸もついて行った。
「お気をつけて、いってらっしゃいまし」
見送りの一同が頭を下げる中、奈由桜は心配そうな顔でずっと三人を見つめていたのだった……。
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