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飛凰《ひおう》の姫君〜武将になんてなりたくない!〜  作者: 木村友香里
第七章 戦乱の世に生きている 合戦編
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7-38 親の心(回想)  中1

読んでくださり、ありがとうございます。

○この回の主な登場人物○

 御神野みかみの 緋凰ひおう(通称 凰姫おうひめ)……主人公。この国のお姫様。五歳。

 御神野みかみの つきしん 鳳珠ほうじゅ……緋凰の実兄。若殿

 御神野みかみの りつしん 煌珠こうじゅ……緋凰の父。お殿様

 御神野みかみの ごうしん 天珠てんじゅ……緋凰の叔父。煌珠の妹の夫。屈指の強さを誇る武将。


 あれから、息子の鳳珠ほうじゅが嬉しそうであったが為に、祭事場から連れてきた緋凰ひおうをそのまま二の丸御殿に戻す事を決めた煌珠こうじゅは、後の諸事を小姓頭へ命じて本丸御殿へ戻っていった。


 次の日の報告で緋凰ひおうの子守りには、かつて鈴星すずほの護衛をしていた女衆の一人である興長おきながの娘が願い出てきたので、その者へまかせたと聞く。


 だがその女は、単に自身へ近づきたいが為に子守り役をかって出ただけだったという事が、この朴念仁ぼくねんじんには気づくよしもなかった……。


 そして、瑠璃姫るりひめである緋凰ひおうをどうするべきか答えが出ぬまま、政務に追われて一年程が過ぎてしまったある雪の降りしきる日。


 煌珠こうじゅは険しい顔を作りながら雪除けのかさを深くかぶり、鳳珠ほうじゅともなって二の丸御殿への山道を歩いていた。


 歩速を息子に合わせているつもりだったが、目まぐるしく考え事をしていた為にずんずんと早くなってしまっている。


 小走りに近寄ってきた鳳珠ほうじゅは心配そうな顔で被っている笠をずらして見上げると、小さな声で話しかけてみた。


 「父上。何かお困り事でもおありで? 先ほど夏芽かが殿とお話しされていた事と関係が?」


 その声でふと我にかえった煌珠こうじゅは一度足を止めると、近習らに離れて歩くように命じてから鳳珠ほうじゅと並んで再び歩き始める。


 「……近頃、興長おきなががこそこそと不穏な動きを見せている」


 ぼそりと発せられたその言葉に驚いた鳳珠ほうじゅだったが、大きな声が出ぬように自身も小さく返した。


 「あの北と東の間に配置している城を預けている者ですよね? 不穏とは?」


 「必要以上に武器を集めていたり、隣の国へやたら使者を出していたり……といった所だ。あいつはうつわのちっさい男だが、馬鹿みてぇに欲と気概だけは一丁前なやつだからな。妙な事を考えているのかもしれぬ」


 呆れるようにため息をついた煌珠こうじゅの隣で、鳳珠ほうじゅも前を向くと険しい顔つきになる。


 「ではその男、我らを裏切るという事ですか?」


 「まだ分からぬ。だがそうであるならその前に手は打つ。アイツのジジイがなまじ有能だったせいで知行ちぎょう地がデカいからな、手に余るものを継いだせいであの阿呆は下剋上でも夢みているのであろう」


 伊勢いせなにがしのようにと、煌珠こうじゅはふんと鼻で笑ってしまう。


 そしてそれきりにまた、思考の沼に意識が沈んでいった煌珠こうじゅの隣で、一緒になって鳳珠ほうじゅも二の丸御殿の門をくぐったのであった。

 



 ーー ーー

 やかたの居間にある囲炉裏いろりの前で、ぱちりとはぜる音を出して燃えている炎をぼんやりと眺めながら、煌珠こうじゅはいまだに意識の沼に沈んでいた。


 ——別で手を借りようとしているのであれば……。



 「——! ——‼︎」


 近くで何か騒いでいるのだが、煌珠こうじゅの耳には届かない。


 ——任田とうだ家か。だとしたら——。


 何かを掴めそうな感覚がして意識を集中させていると突然、ガッと顔が掴まれたかと思ったらぐるっと強制的に横を向かされた。


 ——なっ!


 苛ついた煌珠こうじゅが怒鳴ろうとしたら、娘である緋凰ひおうの顔が飛び込んできたので咄嗟に言葉を飲み込む。


 「あのね……」


 何かを言いかけた緋凰ひおうへ、今(頭の中が)忙しいと言う代わりに、少々力を入れて顔にくっついている小さな手を自身の片手で振りほどいてみせると、煌珠こうじゅはすぐさま意識の沼に飛び込んだ。


 ——だとしたら、クソ面倒——。


 すると今度は目の前にでん! と緋凰ひおうの顔が横から間近に現れた。



 「——! ——、——追い出して‼︎」


 かろうじて語尾だけ聞き取れた緋凰ひおうの怒鳴り声だったが、今の煌珠こうじゅはそれどころではない。


 もう無視して考えを続けた。


 ——どうにかして、興長おきなが知行ちぎょう地を減らしてやればあるいは……。



 「——、——! ——大っ嫌い‼︎」


 またしても語尾だけ耳に届いた緋凰ひおうの怒鳴り声に、煌珠こうじゅはここで一つ勘違いをした。


 この嫌いと言われた人物が無視をしている自身であると。


 ——うっせーな! 嫌ってんのは承知だ! 全く話してもいないからな。いいから少し黙ってろ!


 声にすると怒鳴りつけてしまうであろう事で押し黙ろうとしたのだが、目の前でどんどん騒ぎが大きくなっていくようで、ついに煌珠こうじゅが口を開いた。


 「——そんなにここが嫌なら、お前が出ていけ」


 そんな事が出来るはずもないと踏んで、脅しをかけたつもりだった。


 ところが。


 勢いよくたもとを小さな両手で掴まれて、いいよという予想外の返事が返ってきたのだった。


 なんと気の強いやつだと、煌珠こうじゅはムッとしながら天珠てんじゅの屋敷へは行かせないと告げてみると、緋凰ひおうは眉を寄せて黙り込んでいったのである。


 これで静かになるだろうと思っていた矢先であった。


 すると緋凰ひおうは、


 「……じゃあ、母上の所へいく!」


 などと、とんでもない発言をかましてきて、煌珠こうじゅの背筋がスッと凍ったのである。


 ——何を言い出したのだコイツは⁉︎ 母? 誰だ? 美紗羅みさら(緋凰ひおうを預けた妹)の事か? いや、美紗羅みさら天珠てんじゅの屋敷だ。誰の事だ?


 混乱して問いただすとヤケになっている緋凰ひおうはさらにとんでもない事を叫んできたのだった。


 「——だから死んで母上に文句を言うの‼︎私なんて産まなきゃよかったじゃんって!」


 この瞬間、煌珠こうじゅの脳裏にりし日の妻の姿が映る。


 緋凰ひおうを腹に宿やどして喜んでいた姿、大きくなってゆく腹の子へ嬉しそうにいつも話しかけていた……、そして産んだ直後の笑顔、その後の……死——。


 ぶちりと頭の中で何かが切れた感覚がしたと思う間もなく、煌珠こうじゅは怒りで勢いよく振り上げた右手を払ったのだった——が。


 全くの予想に反してその手は思い切り空振りをしたのだった。



 ——え? 何でけられるのだ?



 普通に育てられているお姫様ならば急にきた張り手など避けられるはずもない。また、娘の反射神経の良さに驚いたすきを突いてタックルをかまされて、煌珠こうじゅは尻もちをつく。


 怒り心頭で立ち上がりはしたが、その一方で不思議に思う気持ちも湧き出てきた。


 ——偶然か? そうだ、怖くなってとっさに隠れようとしただけだ。


 だが向かい合ってみると、緋凰ひおうはなんと逃げるどころか腰を小さく落として明らかにかまえ始めたのである。


 ——何だと? やる気か? いや待て、アイツは武術の心得があるのか? そんな事聞いてないぞ。……マジで俺とやり合うつもりか?


 いかりよりも戸惑いの方が上回うわまわってきたが、それを隠しつつ試しにもう一度平手打ちを繰り出すべく片手を上げかけると、鳳珠ほうじゅが二人の間に割って入り、これまたとんでもない事を言い出したのだった。


 自身が緋凰ひおうの子守りを後妻にするのだという噂がある、と。



 ——んなワケねぇだろぉーーーーーー‼︎



 名前も覚えておらず、声すらかけたこともない使用人である。


 内心で絶叫してからあわあわと息子に弁明していると、その背に隠れている緋凰ひおうがべんべろべーと挑発してくるので、羞恥と再燃した怒りにより一発は殴ってやろうとその頭にこぶしを振り下ろしたのだが……。


 ——あ、当たらねぇ! そんな馬鹿な!


 何度も向かってくるこぶしを素早く避けまくる娘を夢中で追い回していると、不意にいつの間にか来ていた天珠てんじゅに捕まり、後ろから羽交締はがいじめにされてしまう。


 そしてその息子の亀千代かめちよにより、緋凰ひおうが子守りに痛めつけられていた事実を知った。


 ——いい度胸だこのくそアマ。 八つ裂きにして一族全員の首をねてやろう。


 スッと冷静になり即断で刑罰を決めてふむ、と一人ごちたが、それを言葉にする前に天珠てんじゅの方が先にえた。


 ムキムキのでかい身体から発せられた気迫で腰を砕いたその女の顔を見た時、煌珠こうじゅはある事に気がつく。


 ——まて、あの顔は! そうだ、あの女か、興長おきながの娘は!


 あの興長おきなが裏切るかも事件をこの件で解決する算段を一気につけた煌珠こうじゅは、思い切り抜刀した天珠てんじゅを止めたのである。


 この場の後始末を命じてから、すぐさま行動にかかろうと踏み出した足をすぐに止めた煌珠こうじゅは、キョトンとした顔で事の顛末てんまつを眺めている緋凰ひおうをじっと見つめた。


 ——こいつは……いろいろと普通ではないな。


 この時、煌珠こうじゅの中で緋凰ひおう瑠璃姫るりひめに関する解決策の何かしら糸口に触れた気がしたのだが、先の件を急がねばならず、娘に声をかける暇もなく部屋へ去っていったのであった。


ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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