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飛凰《ひおう》の姫君〜武将になんてなりたくない!〜  作者: 木村友香里
第七章 戦乱の世に生きている 合戦編
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7-37 親の心(回想) 前

読んでくださり、ありがとうございます。

○この回の主な登場人物○

 御神野みかみの 緋凰ひおう(通称 凰姫おうひめ)……主人公。この国のお姫様。三歳。

 御神野みかみの りつしん 煌珠こうじゅ……緋凰の父。お殿様。

 御神野みかみの つきしん 鳳珠ほうじゅ……緋凰の実兄。若殿。十二歳くらい。


 清廉と澄んでいるような青空の下。


 そよそよと柔らかく吹く風が、時折りふわりとその幼子を包み込んでは通り過ぎてゆく。


 なびく髪とわずかに細めた瞳が陽の光を浴びて瑠璃るり色に美しく光り輝いている。


 神の化身を演じて頭にはきらきら光る天冠をいただき、豪華な唐衣に袴姿で屋根のない神輿みこしに担がれている三歳の緋凰ひおうは、沿道えんどうで祭りの列を見に来た沢山の民衆の度肝どきもを、その神々しさでことごとく抜いていったのだった。


 そして——。


 娘の晴れ姿を見る為に神社の本堂の前で皆と待っていた煌珠こうじゅは、鳥居を潜って歩いてきた瑠璃るり色に輝く緋凰ひおうを見た瞬間、息が出来なくなる程の衝撃を受けてしまった。


 笑顔でこちらへ向かってくるその美しい姿が、かつて都で相見あいまみえた『瑠璃るり姫』の姿と重なっていく……。


 ハッと気がついた時には、大声で怒鳴っていたのだった。



 「なっ、何をしている⁉︎」

 

 

 

 ーー ーー

 鳴朝城めいちょうじょうの本丸御殿まで馬を風のように走らせ、玄関先でさらうかのように連れてきた緋凰ひおうを横抱きにしたまま馬上から飛び降りた煌珠こうじゅは、履き物を脱ぐ事すら忘れて奥御殿まで突き進んでゆく。


 途中、使用人達へ誰も来ぬように命じてから奥にある自室へ飛び込むと、部屋の中ほどまで進み、抱えていた娘の小さな身体を静かに置き、素早く戸口まで戻ると慌ててふすまを両手でぴしゃりと閉めたのであった。


 心臓が早鐘のように打っており、肩で息をしている程に動揺が激しい。


 波立つ気持ちを鎮めようと、ふすまの取手を持った状態のまま無理やり深呼吸を繰り返す。すると、いくらかしないうちに潮が引くように心が落ち着いてきたのであった。


 ——まさか、本当に……。


 煌珠こうじゅはゆっくりと振り向いて見てみると、ふすまが閉まった事で少し薄暗くなった部屋の中で黒髪になった緋凰ひおうが驚きで目をまん丸にして座ったままきょろきょろと辺りを見回している。まるでリスや仔ウサギのようである。


 ——コイツが……『瑠璃るり姫』などとは……何て事だ……。


 人を容易たやすく惑わしてしまうような美しき瑠璃るりの美貌を持つと言われている『瑠璃るり姫』。


 御神野みかみのの一族からまれに出現する珍しき人。


 ——今までの伝承で聞く『瑠璃るり姫』達は、みなみやこで生まれていたから、この地で生まれるなどと考えもしなかった……。


 自身も御神野みかみのの血が流れているとはいえ、都の貴族である御神野みかみの家から昔にとある貴人が地方の武家へとついで生まれた祖父の汪珠おうじゅ、その子である父の閃珠せんじゅ、そして孫の自分は他家から妻をめとっている為にその血もだいぶ薄いものだと勝手に思い込んでいた。


 だが……。


 ——そんな事はないと分かっていたはずだ。現に瞳だけが瑠璃るりである者も少ないのにこの地には他に四人もいるのだからな。しかも緋凰ひおうの目が瑠璃るりなのは分かっていたのに……油断した。『瑠璃るり姫』だと知っていれば人目になど決して触れさせはしなかった!


 女であっても瞳だけが瑠璃るりという者もいた。さらに自身の幼い頃に別の『瑠璃るり姫』と出会っていた為、次に生まれるとしたら百年後くらいだろうともなんとなく思ってもいたのだった。


 ——よりにもよって、今……この時代に生まれてしまうとは……。


 今より二十年以上前にみやこでも町中が灰燼となるような大乱が起きているように、全国では大小の騒乱が続いている激しいいくさの時代である。


 しかしそのいくさのほとんどが、みやこの大乱の原因ですら家督かとく争いとその延長上の領地の奪い合いが原因であり、全くの他人が治める土地を大義名分もなく武力によって切り取るなどという事はまだ誰も考えていなった。


 ところがこの年、どんなに大きい争いでも身内同士のものでしかなかったものが、ぼう国の伊勢いせなにがしという男により打ち破られてしまったのである。


 その男はあろう事に、自身の国づくりの夢……否、野望の為にえんもゆかりも無く恨みもない領主の治める国の土地を突如、武力によって攻め取ってしまったのだった。


 それを知った諸国に戦慄せんりつが走る。


 これにより、戦国乱世の幕が切って落とされたのであった。



 ——これからいよいよ、世が乱れてゆくというのに……。


 これまでは、家督の相続問題に気を配っていればよほど国は大丈夫だと思われた。


 煌珠こうじゅの正室であった鈴星すずほが世継ぎを産んでいる以上、側室を持たなくてもよく、その鳳珠ほうじゅも家臣に信頼される者に成長していったので、鈴星すずほ亡き今でも後妻などは必要もない。どのみち他の女でそばに置きたいと思える女もいなかった事を良しとして、自身に来る全ての縁談を理屈で跳ね飛ばしてきた。


 そのせいもあってか、煌珠こうじゅの治める国は他の国に比べて比較的安らかであったと思う。


 いくさがあるとすれば、ほとんどが同盟国への援軍だったり、飛んできた火の粉を払うような理由の戦いなのであったのだが……。


 ——この国は大国というほどでは無いが、実り(資源)豊かな国だ。必ず奪いにかかってくる奴が出てくる。なれば戦いは避けられぬであろう。もし、俺らがいくさで死んだ時……コイツはまともに生きていけるのか?


 煌珠こうじゅは目の前を凝視した。神職姿ではあるが黒髪になっている幼い緋凰ひおうはなおも辺りを見回したり、時折りこちらを見つめていたりもする。そんな幼子らしく愛らしい様子が一層の不安をかき立てた。


 ——人と大きくかけ離れたものを持っている者などが人の群れに入れば、いっそ神のようにあがめられるかもしくは……迫害されるのみ。


 そう思うと煌珠こうじゅの胸が、なまりを飲み込んだかのようにズシンと重くなる。


 事実、どこかの『瑠璃るり姫』がそうであった。


 あまりにも美しすぎた為にいつしか人は瑠璃るりを恐れるようになり、飢饉ききんなどによって人々の心がすさんだ際に一族もろとも迫害されかけている。


 そんな事もあってか、御神野みかみの一族は『瑠璃るり姫』が生まれると人目に触れぬように育て、神のような存在にして守っていったのであった。


 ——しかも……『瑠璃るり姫』は……。


 耳の奥で、昔に聞いた鈴のように美しい声がよみがえる。


 『——十五歳を超えた人は誰もいないのだもの』


 その切ない言葉に、煌珠こうじゅは思わずグッと目を閉じた。


 ——また……すぐに失うというのか……先にった……二人の子のように……。


 心臓が握りつぶされたかのような苦しみが襲い、奥歯を噛み締めて耐えていたその時だった。


 「……ぐず……ふえ……ふえ〜ん……」


 小さく聞こえてきたそのか細い声に、煌珠こうじゅの意識がサッと現実に引き戻された。


 慌てて目を開けてみると、部屋に座っている緋凰ひおうが泣き出してしまっているのが見えたのだった。


 ——まあ……いきなり知らぬ所へ連れてこられて、知らぬ男と閉じ込められれば……誰でも泣くであろうな。


 表情こそあまり出ないが、煌珠こうじゅとて人並みの心はある。


 悲しそうにしゃくりあげている我が子を見て可哀想に思うと、あやすべく部屋の中に何かないか顔を巡らしてみるのだが、普段から必要以上の物をあまり持たない自身の部屋には子供が喜びそうな物など全く無かった。


 ——何もねぇな。取りえずは抱いてあやすか。……いやしかし、知らぬ男にいきなり抱きしめられる方が恐怖か。頭くらいなら撫でても大丈夫……か?


 そう思った煌珠こうじゅはゆっくりと手を伸ばしてゆく。


 だが、その手が緋凰ひおうの頭上にくると急にズキリと胸に衝撃が走ったと同時に、頭の中で鈴星すずほが亡くなって間もない頃に赤子の緋凰ひおうを無意識に投げてしまった時が思い出されてしまい、思わずパッと手を引っ込めてしまった。


 ——クソ、他に何か……。


 娘の泣き声にますます気がいてくると、またしてもいつぞやの美しい声が耳の奥でよみがえってくる。



 『——桃千代ももちよふえきたいわ』



 ハッとなった煌珠こうじゅはその言葉にいざなわれるように床間とこのまの隣まで歩き、天袋(上部に取り付けられている小さな物入れ)のふすまを開いて中から桐箱を取り出すと、手早く封をしている瑠璃るり色のひもを解いて中から『鳳凰ほうおう』のふえを取り出したのだった。

 

 

 ーー ーー

 血相を変えて妹を突然、馬上にかついで去っていった父のあとを慌てて追って、ようやく本丸御殿に辿り着いた十二歳くらいの若君である鳳珠ほうじゅが奥御殿へ向かって足早に廊下を進んでいる時、ふいに美しい笛の旋律が聞こえてきてその足を止めた。


 「父上?」


 久々に聴くその笛の音を不思議に思い、再度足を進めて煌珠こうじゅの部屋の前まで来ると、つい中へ断りも入れるのを忘れてそっとふすまを開いてしまう。


 部屋の中の光景を見て鳳珠ほうじゅは一瞬だけ目を丸くしたのだが、すぐにその顔は笑顔となっていったのである。


 その見ている先では、立って笛を奏でている煌珠こうじゅの足元で、そのはかまを片手で握りしめながらきゃっきゃと喜んで、緋凰ひおうが嬉しそうに笑っているのであった。

 

ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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