2-3 刀之介の謝罪。どうやって償えば?
読んで下さり、ありがとうございます。
○この回の登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。お姫様。6歳
御神野 月ノ進 鳳珠……主人公の実兄。若殿。15歳
御神野 律ノ進 煌珠……主人公の父。お殿様
真瀬馬 刀之介 忠桐……この国の重臣の一人。武将
真瀬馬 包之介 元桐……刀之介の父
真瀬馬 弓炯之介 義桐……刀之介の長男。14歳
瑳矢丸……刀之介の3男。8歳
「なんでまたあいつは凰姫様とケンカを?」
本丸の表御殿にて報告を受けた真瀬馬刀之介が、先を急ぎながらも後ろについてきている息子の弓炯之介に、自身の三男である瑳矢丸がしでかした事の確認をとっている。
「ケンカではありません。瑳矢丸がお祖父様の忘れ物を届けに二の丸御殿にきたら、館に誰もいなかったそうで……。人を探して奥の庭に迷い込んだのを、姫様が泥棒と勘違いなされて——」
弓炯之介の顔が暗くなるのを見て、刀之介は再度確認をする。
「そんなに姫様のお怪我はひどいのか?」
「はい」
「あいつは?」
「ほぼかすり傷です」
「……最悪だな」
どうしたものか頭を悩ませていると、まもなく二の丸御殿にたどり着く。
急いで館に入り、部屋の前まで案内されると廊下でひざまずいて声をかけた。
「失礼いたします。真瀬馬刀之介忠桐、参りました」
「おう、入れ」
そう声が聞こえたので刀之介が部屋に入ると、手前に包之介と瑳矢丸が、奥に煌珠が座っているのを見た。
弓炯之介はそのまま部屋の前の縁側に座って控える。
「おい、忠桐が来たぞ」
煌珠が隣の部屋に声をかけた。
すると、ゴソゴソっと音がしたかと思うと、サッと隣の部屋との境目のふすまが開く。
そこから出て来た緋凰を見るなり、刀之介は仰天して腰を抜かした。
——顔はあちこち赤黒く腫れてボコボコしていて、右腕は添木で固定されている。
着物で隠れてはいるが、きっと体のあちこちにあざや傷があるのだろうと推測できた。
予想をはるかに超えた緋凰の重傷っぷりに、尻もちをついた刀之介は、わなわなと震えている。
目の前まで進み出た緋凰は、ゆっくりと正座をすると、そのまま叩頭したのだった。
「真瀬馬様……。申し訳ありません。わたし、ドロボーと間違えておにいさんを棒でたたいてしまいました」
怒られるかもしれない恐怖や申し訳なさ、恥ずかしさなど、色々な感情がごっちゃ混ぜになった緋凰は、そのままぐずぐずと泣き始める。
まだ腰がくだけている刀之介は、わたわたと這いつくばっていって、傷に触らぬように緋凰の肩をそっとつかむと、そのまま一緒に顔を持ち上げた。
「違います! 悪いのは愚息の方で、姫様が頭をお下げになる事などございません‼︎ どうか‼︎」
間近で見る緋凰の顔は、あざと涙によって見るも無惨で、刀之介は胸がしめつけられる。
「確認もせずに人を殴るものじゃない。悪かったな、許せ」
煌珠が横から口を出してきたので、刀之介は思わず勢いよく振り向いた。
「許しをこうのは我らなのです! 何をおっしゃるのですか⁉︎」
「だが、お前の息子も怪我をした」
「そんな、怪我といっても大した事……」
「右肩んトコ」
着物で見えない位置なので、青い顔をしたまま刀之介は、小さくなってうつむいている瑳矢丸を呼び寄せてよく見てみる。
包帯を上げると、くっきりと棒で突いた形の大きなあざが痛々しくついていた。
だが——。
「これしきの怪我! 真瀬馬の男なら気合いで治せ‼︎」
包之介と同じ事を言う。
「かわいそうだろう」
「貴方様に言われたくはありません‼︎」
瑳矢丸に同情した顔で言ってきた煌珠に、刀之介はつい荒小姓時代の口調で返してしまいながらも、もっと自分の娘を気遣えと言いたいのをぐっとこらえる。
そして、えぐえぐと泣いている緋凰にもう一度向き合った。
「あぁ……泣かないで下さい。お体に障ります。お許し下さい……あ、どうか、もう横におなり下さい」
しどろもどろでそう声をかけると、今度は隣にいる瑳矢丸へ鋭く言い放つ。
「お前は姫様のお世話を! お怪我が全て治るまで、家に戻る事は許さん‼︎」
それを聞いた緋凰はギョっとすると、慌てて言った。
「あのっ! お世話はいりません! おにいさんもお怪我をしています。一人で大丈夫です!」
必死になっている緋凰を見て刀之介は不思議に思ったが、もしやと思い、落ち着いた声で問いかけてみる。
「すみません。瑳矢丸では……怖いですよね」
これだけボコボコにされたのだから……と刀之介は考えたようだが、緋凰としては前に追い出した子守のおたねを思い出して恐れたのだった。
「それならば! 姫様のお世話、この刀之介がさせていただきます‼︎」
(なっなんですとぉぉー⁉︎)
この突然の提案に、緋凰は驚きのあまり涙が止まってしまった。
この国で、とてつもなくえら〜い人にお世話をしてもらうなど、胃にボコボコと穴のあきそうなくらい、こっちが気を使うであろう。
「えぇ……とぉ……」
もうお世話する気マンマンの顔をしている刀之介に緋凰は困惑してしまい、内心で必死に言葉を探していると、
「駄目に決まっているだろう。お前には他に仕事がてんこ盛りだ」
煌珠がまたもや横から口をはさんできた。
(よく言ったくれた! 父よ‼︎)
普段はムカつく人なのだが、今だけ緋凰は父に感謝した。
「律ノ進様! もう貴方様は黙っていて頂きたい‼︎」
もはや少し正気を失っている刀之介は煌珠にどなりつけると、とにかく緋凰を寝室に運ぼうと腰をあげかけた。
すると、
「刀之介殿」
穏やかな声がそれを制する。
皆が顔を向けると、鳳珠が緋凰の隣に進み出てきたのだった。
「一度この瑳矢丸を家に戻して下さい。きちんと身なりを整えて、明日からこの二の丸に来るように」
そして今度は緋凰の方を向いて説得をする。
「そのままではろくに食事もできないよ。傷が治るまでで良いから、この者に手伝わせてあげなさい」
「……はい、兄上」
父の煌珠には逆らう事ができるのだが、優しい兄の鳳珠には頭が上がらない緋凰は、しかたなく承諾した。
「承知致しました、若殿。明日からこの瑳矢丸が誠心誠意、しっかりと凰姫様のお世話をさせて頂きます」
そう言った刀之介と共に、瑳矢丸、包之介、弓炯之介も一緒になって頭を下げている。
そして鳳珠は父の方を見た。
煌珠はふうっとため息をついて立ち上がると、
「好きにしろ」
と言って、部屋を出て行ったのであった。
ーー ーー
今日の所は包之介が付きっきりで緋凰を看病する事になったので、刀之介は瑳矢丸と弓炯之介を連れて館を辞した。
門をくぐって、あまり人の通らない場所までくると、くるっと振り向いた刀之介が瑳矢丸をバシンとひっぱたいて叫んだのだった。
「愚か者! お前はなんて事をしてくれたのだ‼︎ 即刻首をはねられていても、おかしくはなかったのだぞ‼︎」
瑳矢丸は急いでひざまずく。
「お許し下さい‼︎ まさか、あの方が凰姫様だとは全く思わず……」
どんな言い訳も通用しないのは分かっているのだが、言わずにはいられない。
「あのような小さなお子をかように傷つける為に、お前に武術を学ばせているのではない‼︎」
烈火のごとく怒っている刀之介の言葉に、瑳矢丸も懸命に言い訳を続ける。
「分かっております! でも、その、強かったので……」
「何を言う! 姫様は武術はおろか、刀一つ握った事のないお方。嘘をつくでない‼︎」
「そっ、そんなはずは——!」
瑳矢丸には信じられない言葉だった。
あの時の緋凰の動きを思い返してみても、少しは武術を学んでいるとしか思えなかった。
「はじめはたしかに素人に見えましたけど、だんだん強くなっていって……最後は、攻撃も早くて……」
まだ言うか、と刀之介が手をあげかけた時、
「お待ちください、父上」
二人の間に弓炯之介が割って入った。
「最後、凰姫様が瑳矢丸の肩を突いた所を私も見ました。たしかにあの時の動き、とても素人とは思えません」
真剣な顔の弓炯之介に、刀之介は手を下げて問いかける。
「では凰姫様も、武術を学んでおられると言うのか?」
「……分かりません。お庭で、若殿や大殿(閃珠)のお稽古をごらんになっているのはお見かけしますが……」
わずかに沈黙した後、刀之介は瑳矢丸を見てため息をつくと、
「義桐(弓炯之介)、こいつを家まで送れ。ついで奈由桜(刀之介の妻)に、事情を説明して明日からの支度を整えるよう言っておいてくれ」
そう言付けて歩き出した。
「分かりました」
弓炯之介と瑳矢丸は頭を下げて、仕事に戻る父親を見送ったのだった。
後にこの話を聞いた瑳矢丸の母である奈由桜は、あまりの出来事にその場で卒倒してしまったのであった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します!




