7-30 いきなり武将なの⁈
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。十歳。
御神野 月ノ進 鳳珠……緋凰の実兄。若殿
御神野 律ノ進 煌珠……緋凰の父。お殿様
真瀬馬 瑳矢之介 光桐(幼名・瑳矢丸)……緋凰の世話役兼護衛。
楯木五郎座……普段は護衛頭をつとめる。武将の一人。
早朝の冷たい大気が、寝起きの温かい体温を奪いにかかってくるように感じている。
「あ〜寒っみ〜。さっさと帰りてぇ〜。手柄あげられねぇんじゃ、クソつまらん」
吊るしてある鍋の下で燃えている火を管理しながら、道場の少年が集落にある陣営で朝餉の支度を手伝っていた。
「おまえ、まだそんな事言ってんのか? 血が多すぎだろ、鼻から出しとけ」
隣で芋縄を刻んでいる少年が呆れた声を出していると、近くの草むらから別の少年が興奮気味に駆けてくる。
「おい! すげぇぞ! イナゴ捕まえたぞ! この寒いのにデケェのがいた! 食おうぜ」
「待てよおい! いきなり鍋に入れんな!」
少年達がわいわい騒いでいる所へ、一人の兵士が近くを駆け込んできた。
「おい! ここに源太、湯吉、栄次郎という者はおらぬか!」
とっくみ合っていた道場の少年三人がそれをやめると、不思議な顔をして立ち上がりざま手を上げた。
「はい! おれらですけど……」
お前らかと小走りに近寄ってきた兵の男は、横一列に並んだ三人を確認すると、髪を一つ縛りにしてあるその頭の上にボス、ボス、ボスと烏帽子を無造作に被せていった。
「え? なんスか? これ——」
少年の問いかけは無視され、兵の男は言い放つ。
「いいか、たった今からお前達は大人になった」
「はぁ⁉︎」
「よし、三人ともついて来い。命令だぞ」
「どういう事⁉︎」
有無も言わさず兵士の男は三人を連れて行くのであった。
ーー ーー
緋凰が戸口から伸びている本堂の階段に足を踏み出した時、与太郎が小さく声をかけてきた。
「凰姫様、頑張ってくださいね」
「がんばる?」
動きを止めて尋ねると、
「軍評定はとても緊張してしまうものなので……」
硬い声音で返答がくる。
(そう言われれば、わたし、軍評定なんて出るの初めてだ。そんなに緊張するんだ)
誰もの命がかかっている上に、戦の最中であれば皆が血に酔っている事もある会議なので、
『よく荒れるんだよな〜。特に意見が割れると拳で語り合いそうになるし〜』
そう講義していた夏芽大学之介の話が頭をよぎり、若干顔を引き攣らせた緋凰は、
「……分かった、頑張るね! ありがとう」
小さく頷いてみせると深呼吸をして背筋を伸ばしてから、階段を上がって板戸の前で声をかけた。
入れとの煌珠の声で瑳矢之介が戸を開いたので素早く中へ入っていくと——、空気が一変した。
(わわっ……)
まるで水の中に飛び込んだかのような息苦しさを覚える程の張り詰めた雰囲気をしている中で、前と同じく、緋凰の正面にご本尊を背にした総大将である煌珠が床几に腰掛けている左右では、重臣だけではなくそれぞれの部将達も勢揃いして居並んで座っており、一斉にこちらを振り向いたのであった。
(あんまり知らない人もいる。ちゃんとお行儀よくしないと)
緋凰はどきどきと緊張しながら顔を引き締め、改めて背筋を伸ばすと足早に煌珠の前へ進み出てゆき片膝を折って頭を下げる。
「御神野の凰姫、参りました」
「……面を上げよ」
ものものしい空気が漂う中で言われるがままに仰ぎ見ると、真剣な顔つきの煌珠から単刀直入にとんでもない命が下ったのだった。
「次の戦いでは、そなたに騎兵の一隊を預ける」
「はい。……ん? ……んん⁈」
流れで返事をしてしまった緋凰が、
(隊を……預ける……っていうのは、え? あれ? わたしが……その人たちを指揮するって事?)
言葉の意味を理解するにつれてどんどん目を大きくして前のめりになっていく。
(それって、侍大将のお仕事で……え? ぶ、部将⁈ わたしが⁈ えぇ⁈ てか武将……ぶしょーーーー⁉︎)
あまりにも重大で意外すぎる命令に、ギェーーーーと叫びそうになるのを必死に堪えながら、緋凰は目を吹っ飛ばす勢いでギュッと口を引き結んだ。
『重要な話し合いの場では心内を簡単に表へ出さぬよう——』
学問の師である百敷喜左衛門の教えを守り、心臓をバコバコ言わせて懸命に無表情を作りながら内心で動揺しまくっていると、煌珠が淡々と話を進めてくる。
「補佐は楯木五郎座だ。向こうで詳しい話を聞け。以上だ、下がってよい」
(無理だよ! むりぃーーーー‼︎)
そう絶叫したいのだが、自分を見ている周りの部将達が醸し出している重苦しい空気がそれを許してもらえそうにない。
焦りながら緋凰は兄である鳳珠を見た。
煌珠の隣で座ったまま、動く事なく表情を消して見つめ返してくる。
声をかけようと口を開きかけた所で、緋凰の後ろに楯木五郎座が進み出てきて一礼の後に参りましょうと促してきたので、素直に従うほかはなかったのだった。
(ぶ、ぶしょ、ぶしょー……)
『部将』と『武将』の二つの文字がぐるぐると頭の中で踊っている緋凰は、よろよろと立ち上がって一礼をすると、戸口に向かうべく楯木五郎座の後ろで左右にいる部将達の間を歩いていた時。
(あれ?)
ふと、一人の男と目が合った。
だがすぐにその目を伏せられ、居並ぶ他の者達と同じようになっている。
なんとなく気になって通り過ぎざま緋凰はじ〜っと見てしまうが、声をかける理由もないのでそのまま開かれた戸口から退出したのであった。
その様子を見ていた煌珠が、緋凰達が出て行ったのを確認してから口を開いた。
「興長」
突然呼ばれたその男は、返事をしながらパッと顔を上げたのである。
ーー ーー
「むりだ……。いや、ムリ! ムリムリムーーーーリィ‼︎」
「まあまあ、落ち着いてくだされ凰姫様」
「だってだって! わたしが部将だなんて出来ないよ! みんなに指示するとか戦い方をすぐに考えるとかいろいろやれないよぉ! 楯木さまだってこんな子供に指示されるのなんて嫌でしょ? おかしいと思わない?」
「う〜む……。ふつうの子供でしたら『クソッタレが』と思いますが、凰姫様はそもそも国一番の姫君ですし、普段から厳しい訓練を受けていらっしゃるのでそのうち武将におなりになる〜って予想は皆でしていましたから……別に」
「そんなぁ⁉︎ そ、それにわたしは兄上の護衛を目指していたのであって、武将なんてできっこないよぉ‼︎」
「あ、もうわしの事は『楯木』なり『五郎座』なりと呼び捨ててくだされ」
「だあぁ、いきなりそれもムリーーーー‼︎」
曇り空の下、本堂の前にある広場のすみっこで煌珠に言えなかった泣き言を楯木五郎座へぶちまけながら、緋凰は頭を抱えてしまった。
「まあ、大丈夫だと思いますよ。楯木様がついておられますし、これまでにも軍事演習にだって参加していた(させられていた)ものですから。こないだの戦いでも兵士たちに檄をうまく飛ばしていたではありませんか」
そう言ってポンと肩に手を置いてきた瑳矢之介の落ち着きように、緋凰は訝しげな顔になる。
「瑳矢之介は驚かないの? わたしが部将だなんて」
「もちろん驚きましたよ、昨日そう聞いた時は。そして当然ですが私も凰姫様の隊に配属されております」
「昨日⁉︎ なんで先に教えてくれないの⁉︎」
「……昨夜、殿よりお聞きになっているものだと」
「…………」
知らぬは自分だけだったのかと緋凰はチーンと遠い目をしている。
その様子を見ながら瑳矢之介は微かにため息をついた。
——大丈夫とは言ったものの、緋凰は血に弱いし根は優しいから本当は戦場になど行ってほしくないのだが。
できる事なら、このまま担いでゆくなりして強引にでも居城である鳴朝城へ連れ去ってしまいたい。
だが、掌中の珠のように緋凰を大事にしている鳳珠でさえ、おそらく断腸の思いでここに残しているとなると、そうも出来ない。
——ならば……。
瑳矢之介は言葉を選びながら励ましを始める。
「凰姫様。今回、凰姫様の為に編成された隊の人達は見知った方々が多いのですよ。水時新衛門殿などもおりますし。ですからご安心を、ほとんどが凰姫様と一緒に戦おうと思っている者ばかりです」
不意に瑳矢之介の脳裏に峠で暁闇宇道と戦った時の光景が思い出されて、肝が冷えると同時に妙に気分が高まってくるのを感じた。
「それに、私も隣に居ます」
瑳矢之介は肩に置いていた片手をそっとずらして手首の辺りをしっかり持つと、
——そう、隣で必ず……。
緋凰へ力強く言葉をかけるのだった。
「必ず、命に替えても——、私が凰姫様を……守るから」
この瑳矢之介の真剣な言葉に、緋凰の不安で荒れていた気持ちが急速に落ち着いてくる。
(そうだ……守らないと。父上も兄上もみんな命をかけて頑張っている。出来るか出来ないかじゃなくてやらないと……。そうだよ! もう誰も死んでほしくないのに!)
出てきた涙を目に溜めながら、緋凰は掴んでいる瑳矢之介の手にもう片方の手のひらを置いてグッと握ると、
「ありがとう! 私も守るからね! 必ず、瑳矢之介を!」
しっかりと頷いて頼もしい笑顔を見せたのであった。
「いやもう、あなたは部将だから守られる方なのに……」
少しだけ困り顔で笑う瑳矢之介もまた、無意識に手を握り返していると……。
ゲフンゲフンと近くでわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「わしらもね〜、いますよ〜。『みんなで』守ろっかな〜」
四角い顔についているもじゃもじゃの顎髭をくりくりとこねながら、楯木五郎座がこそばゆそうな顔であさっての方向をみて言っているのに気がついた二人は、ハッとなって慌ててパッと同時に手を離し、顔を真っ赤にさせながら互いにあわあわと顔をそむけたのだった。
(しまったぁ! は、はっずかし〜! 楯木さまがいるの忘れてたよぉ——ん?)
緋凰が両手をうちわにしてパタパタと火照った顔をあおいでいると、急に向こうで本堂の戸が開いたと思ったら、中から先ほど目があった部将の男がスッと出てくるのが見えた。
そしてそのすぐ後に夏芽大学之助も出てくると、二人して足早に門の向こうへ消えていったのである。
「どうなされました?」
そう声をかけられて、ぼんやりとその二人を目で追っていた緋凰が我にかえった。
「あの夏芽先生と一緒にいた人、誰だったかな? どっかでみたような」
「あぁ、あの方は——」
楯木五郎座が答えようとすると、
「それよりも! 楯木様のご説明を早く聞かないと!」
急に瑳矢之介が緋凰の両肩を持ってグリンとその身体を方向転換してきた。
「……それでは、ご説明をさせて頂きましょう」
楯木五郎座は瑳矢之介を見て、理由は分からぬが答える続きをやめる。
何故ならば、その表情に険しいものがあるのを見てとったからであった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




