7-27 継ぎたいもの
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。十歳。
御神野 月ノ進 鳳珠……緋凰の実兄。若殿
御神野 律ノ進 煌珠……緋凰の父。お殿様
御神野 豪ノ進 天珠……緋凰の叔父。煌珠の妹の夫。武将の一人
真瀬馬 瑳矢之介 光桐(幼名・瑳矢丸)……緋凰の世話役兼護衛。
真瀬馬 弓炯之介 義桐……鳳珠の近習。
御神野 星ノ進 双珠 (改名前・星吉)……煌珠の養子となり緋凰の兄となる。鳳珠の近習。
……火鉢の中にある炭が、パチリと音を立てて小さくはぜる音を聞いた。
弓炯之介に抱えられ、庭から部屋へ戻った緋凰は、横向きに寝転んだ状態で軽く丸まりながら鳳珠に膝枕をしてもらい、頭を撫でてもらっている。
煌珠が本堂へ戻っていってから四半刻(約三十分)ほどしてようやく悲しみに沈んでいた心が落ち着いてゆき、ぼんやりと息をしていると、ずっと頭から離れない言葉がまた頭の中で響いてきた。
『……お前は、ジジイを忘れるのか?』
(お祖父様の事を忘れるわけないよ、何でそんな事言うんだろう)
最初は言葉の意味も分からず、ただ挑発でもされているかのようで腹が立ったのだが……。
(……違う。さっきの父上、そんな風には見えなかった。たぶん、本当にわたしがお祖父様の『何か』を……忘れてしまうのを心配しているような気がする)
昔と違って今の緋凰は、これまでの日々のうちに父である煌珠を心から信用していた。
(何だろう……)
思い出してしまうとまた涙が出そうになるのだが、必死に堪えながら目を閉じて閃珠との日々を頭の中で探ってみる。
縁側に座って一緒におやつを食べながら談笑し、一緒に出かけたり散歩したり。釣りをしたり囲碁を打ったり一緒にいたずらをして怒られたり……。そして、時折り武術の指導もしてくれた。
(……あぁ、もうお祖父様のあの綺麗な太刀筋……見られないんだ……)
瞑った目にまたじわりと涙が滲んでくる。
まぶたの裏には二の丸御殿の庭で初めて見た閃珠の訓練している姿が浮かんだ。
それを見た時の感動は、今でも鮮明に覚えている。
(あんなに凄くて、強くて——)
『——惜しかったな〜』
ふいに耳の奥に蘇った閃珠の言葉と、その時の光景に胸がチクリと疼いた。
(あ、そう言えば……。結局わたし、お祖父様の考えた最後の大技が習得できなかったな……。あの技はたしか——)
いつぞやに閃珠と二人、縁側に並んで座って話していた時が思い出される。
『あの大技はな〜。わしの全てが詰まっておる。もはや生き様じゃな〜』
『いきざま?』
『そうじゃ。わしが生きてきた中で感じた事、考え、知恵、経験、ぜ〜んぶ、ぶち込んである』
『すっご〜い!』
『あれを体現できた時は、わしの阿保みたいに強かった武術の師匠を超えたぞーーって思ってだな——』
最後には子供のようにはしゃいで話していた閃珠の姿に、緋凰は目を閉じたままわずかに笑っていた。
(お祖父様の全部かぁ……。習得、したいな。でももうお祖父様がいないんじゃやり方も忘れていってしま——)
『——ジジイを忘れるのか?』
急に頭をかすった煌珠の言葉に、ドキリと心臓が大きく跳ねた勢いで緋凰の両目がパッと開いた。
(あ! そうか! 父上がさっき言っていた事ってこの事かも……。あの大技、わたしあとちょっとで出来そうだったけど習得まではできていないから、刻がたっていけばきっと思い出せなくなる——)
固唾を飲んで思案していた緋凰は、
『——そうすれば、兄上をカンペキに守れるね!』
いつぞやに言った自身の言葉を思い出して、あっと小さく叫ぶとガバッと跳ね起きた。
突然のこの行動に、火鉢の前にいる瑳矢之介や双珠、戸口の近くで控えている弓炯之介がわずかに驚いて顔を向ける中、鳳珠は静かに見守っている。
上半身を起こしたまま、緋凰は険しい顔をしてなおも考え込んでいた。
(そうだ! あの大技が出来るくらい強くならないと、兄上を守れない! だって、あの人、強くて——)
閃珠が最後に戦っていた黒糸威の鎧武者の姿が目に浮かぶと、全身に冷たい感覚を覚えて思わずぶるっと身体が震えてしまう。
咄嗟にパッと振り向いて兄の鳳珠を見た。
こちらを見つめ返すその瑠璃が瞬く瞳は、心配そうに揺れている。
その鳳珠が何かを言おうと口が開きかけたが……、声も出さずにまた閉じると再び片手で緋凰の頭を撫でるのだった。
その優しい感触に目を閉じると、
(わたし、絶対、兄上を守る! 強くなる! いや、ならないと! 今なら——そう、まだあの大技の動き、覚えている!)
緋凰はすぐにカッと目を開いて立ち上がり、戸口に向かって走り出した。
「え? 凰姫様⁈」
急に部屋を飛び出した緋凰を見ると、慌てて瑳矢之介も火箸を置いて腰をあげざま追いかける。
「姫ちゃん、急にどうしたんだぁ?」
横にいた双珠の問いかけが耳に届かなかった鳳珠は、しばし無言で緋凰が出て行った戸口を見つめているのであった。
ーー ーー
縁側から裸足のまま飛び降りた緋凰は、そのまま立てかけてある二本の棒に手を伸ばした所である事を思い、ピタリと身体を止めた。
(でも……あの大技、父上が相手で習得できるかな?)
煌珠の武術は並の強さよりもはるかに抜きん出ている。
それでも、天賦の才を持つ閃珠にはもっと勢いのようなものがあるように感じていた。
(もっと怪物みたいな力強さ、と言うのかな?それがほしいかも……。でも、父上より強い人なんてそんなにいない——)
フッと緋凰の頭に浮かんだ影があった。
腕も身体も足も、ムキムキな筋肉に覆われている縦にも横にも大きい仁王様のような巨体を持つ男。
(そうだ! 叔父上! 叔父上がいるぅ‼︎)
あの棍棒を一振りしようものなら大地を割るであろう怪力をもつ天珠の姿を思い浮かべると、緋凰の胸に希望の光が差し込んでくる。
だが、
(あ〜でも、叔父上って力は強いけど、父上ほどの素早さはないかも……。素早さは欲しいな。そもそも叔父上はわたしに優しいから本気なんて出してくれないだろうなぁ……)
すぐに絶望的な気分に変わってしまった。
(……とりあえず、父上にお願いしよう! まずはそれからだ!)
気を取り直した緋凰は改めて二本の棒を持ち抱えると、煌珠のいる本堂へ走って行く。
追ってきた瑳矢之介と一緒になって庫裡を出てしばらく無言で走っていると、すぐに本堂の入り口が見えてきた。
その手前で控えている数人の小姓達の先頭にいた父の護衛である与太郎の前まで来た緋凰は、肩で息をしながら声をかけた。
「与太郎さん! あの——」
すると話途中でニコリと笑った与太郎は、緋凰の手からそっと棒を預かると、
「どうぞ中へ」
そう促したのであった。
取り次ぎをしなくてもいいのか不思議に思いながらもぺこりと一礼をした緋凰は、本堂の入り口にある階段を急いで上がっていく。
(父上のような素早さと、叔父上のような力強さがある人がいればいいのに……)
そんな事を思いながら閉じられた戸口の前に立ち、中へ大きく声をかけるとすぐに煌珠の声で入れと返事がきた。
「失礼します!」
先回りして瑳矢之介が開いた板戸から勢いよく飛び込んだ緋凰は、一斉にこちらへ顔を向けた中にいる者達の視線を受けて一旦、その場で足を止めた。
正面には、ご本尊を背にしてあぐらをかいて座っている煌珠がおり、その左右には叔父の天珠や真瀬馬刀之介ら五人の重臣が座っている。
そして煌珠と向かい合わせになって跪いていた一人の男が、こちらへ振り向いた。
すると緋凰はその男と目が合うとハッとなり、みるみる口と瞳を大きく開いていく。
(い、いたぁーーーー‼︎ 父上のように素早くて、叔父上のように力強いひとぉーーー‼︎)
胸には再び希望の光が差し込んでくるのであった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




