7-25 閃光のごとく 中
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。十歳。
御神野 勇ノ進 閃珠……緋凰の祖父
真瀬馬 瑳矢之介 光桐(幼名・瑳矢丸)……緋凰の世話役兼護衛。
真瀬馬 包之介 元桐……閃珠の世話役兼護衛。
暁闇宇道……苑我軍(敵)の武将。
この世のものとは思えぬその美しい瑠璃色の髪と瞳を一目見た瞬間、黒糸威の鎧武者である暁闇宇道の背筋には冷たいものが走った。
『あれ』は自分達の味方でないと分かった自軍の兵達が恐れを成している雰囲気を感じ取ると、槍を交えていた真瀬馬包之介が他の騎馬武者に横槍されて離れた瞬間に馬を駆り、青毛の馬の頭上にいるその小さき者に向かって大身槍を大きく払ったのだった。
檄を飛ばし終えた緋凰はその気配に気づくと、すぐにパッと飛んで大身槍をかわし、馬の頭には戻らず横に落ちてゆき、くるりと回転して着地をする。
(よくも——‼︎ お祖父様は討たせない! 絶対に守る‼︎)
しゃがんだ状態のまま上を向くと、馬上から暁闇宇道の放つ槍の穂先が迫ってきており、すぐに緋凰は横へ飛んでかわした。
だが、緋凰を外して地に降りた穂先が、そのまま横に振られて再び迫ってきてしまう。
かわせるのかヒヤリとした所で、瑳矢之介が走り込んできてその大身槍へ自身の短槍を思い切りぶつけた事で、事なきを得たのだった。
その隙に落とした自分の短槍を素早く探し出し、緋凰が転がりながらそれを拾っていると、峠の頂上付近から大きく法螺の音が鳴り響いてきた。
「三の退きだぁ‼︎」
「三の退きぃーーーー‼︎」
御神野軍から大きく号令が飛び交うも、目の前で瑳矢之介が相手の大身槍で地に叩き伏せられているのを見て、
「瑳矢ぁ‼︎」
その声が耳に入らず青ざめた緋凰は駆け寄ろうと走った。
すると、瑳矢之介に意識が集中してしまい敵から目を逸らしてしまった為、ハッと気がついた時には暁闇宇道の薙ぎ払った大身槍が目の前に迫ってきていた。
(しまっ——)
すんでのところで短槍を手前に構え、身を固くさせて大身槍を受けると、
「わあ‼︎」
緋凰の身体はゴルフボールのように斜め上方向へ吹っ飛んでしまったのである。
「緋凰‼︎」
瑳矢之介が起き上がるのとほぼ同時だった。
視界の横から青毛の馬がバッと走り出てきた途端に、馬上の武者が飛んでいった緋凰をガシッと受け止めたかと思うと、そのまま連れ去るように馬を走らせていったのである。
——今のは⁉︎
慌てて首を巡らした瑳矢之介は、近くで主を失って途方に暮れていた馬を見つけると、走っていって素早く馬の背に乗り、馬腹を蹴ってそれを追いかけてゆく。
近くの包之介もまた、自軍の兵達が退いていくのを確認すると馬を返して緋凰達を追いかけていくのであった。
(あ、あれ? どうなっているの?)
飛んでいった際、何かに打ち付けられる事を覚悟していた馬上の緋凰は、すごい勢いで景色が流れていくのを目にし、受け止められた腕の中で顔をあげてみた。
すると、鳳凰の前立て兜が目に飛び込んでくる——。
「お祖父様⁉︎」
面頬で表情は分からないが、両目をしっかりと開けて前を見据えている閃珠が、緋凰を抱えながら一心不乱に馬を走らせているのであった。
(お祖父様! お祖父様! あぁ、よかった! よかっ——)
嬉し涙で頬を濡らしながら緋凰はもそもそと身体の向きを変えると、しっかりと閃珠の身体にしがみつき、疾走する馬の邪魔をしないように身体を固定して目を閉じるのであった。
一方、走り去る馬の背を見て暁闇宇道は瞠目していた。
「馬鹿な‼︎ 何故生きている⁉︎」
先ほど確実な手ごたえを感じて仕留めたとばかり思っていた事で驚くも、彼の国の大殿であり、名高い武将である御神野閃珠の首を逃す手はない。
すぐさま馬首を返し追撃に移った。
山裾を御神野軍の騎馬武者の塊が土煙をあげながら疾走してゆき、暁闇宇道は逃げゆく歩兵達を蹴散らすように馬を疾駆させ、一気に距離を縮めてゆく。
前方の騎馬武者が横に進路を変え、次々と後続の馬たちが山の間道に入っていく所で一番後ろの騎馬武者が射程距離に入った為、暁闇宇道は大身槍を逆手に持つと上半身を大きく横に捻ってそれを投げかけた。
すると突然——。
「見参ーーーー‼︎」
後続の騎馬武者との間に横から馬で飛び入りしてきた金剛力士のようにゴツくてどデカい騎馬武者が立ち塞がり、大身槍を頭上でブンブン振り回しながら巨大な栗毛の馬を走らせて突進してきた。
ぎょっとした暁闇宇道は投げかけた槍を瞬時に逆手から持ち替えると、すれ違いざまその金剛力士が払った攻撃を受けながした。
そしてその衝撃で馬が回れ右をしてしまい、追撃の足が止まってしまう。
暁闇宇道の後に続いていた騎馬武者や手柄の欲にからんだ歩兵達が追い越して深追いしようとしたのだが……。
前方では続々と金剛力士達が無限にどこからか湧き出てきて横一列に並びだすと『雷殿垣』が出来上がっていく。
目を血走らせた鬼のような顔。各々にゴツい武器を持ち、ムキムキもりもりの筋肉の上に硬い鎧を纏いし巨体がずらり。
「なんだあれはぁ⁉︎」
あまりの威圧感に圧倒された苑我軍の追撃兵達が思わずその場でたたらを踏んだのを見て雷殿隊の金剛力士達はニヤリと笑うと、口々に大きく吼えながら一斉に武器を振りかざして向かっていったのだった。
「おわぁーーーー‼︎」
地獄の鬼どもが己を捕まえにきたように見えた苑我軍の歩兵達のほとんどが余裕を見せていた態度から一変、恐怖に慄いて武器も交えず背を向けて元きた方へ我先にと逃げてゆく。
苑我軍の騎馬武者達はわずかに応戦したのだが、今回の襲撃は決戦と言うつもりではなかったので互いに合図を送り合うと折を見て後退し、暁闇宇道もまた、大魚を逃したことで口惜しげに退いていったのであった。
「なんだよ〜、もう終わりか? 腑抜けどもめが!」
去っていった敵にハッと笑って一瞥をくれると、雷殿隊もまた自軍を追って山道に入っていったのであった。
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