2-1 ドロボーを追い払え!
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○この回の登場人物○
御神野 緋凰(通常 凰姫)……主人公。この国のお姫様で六歳の女の子。
御神野 律ノ進 煌珠……主人公の父。お殿様。
御神野 月ノ進 鳳珠……主人公の兄。若殿。
真瀬馬 包之介 元桐……御殿の料理人。隠居した元重臣
真瀬馬 弓炯之介 義桐……鳳珠の護衛兼側近。
この日は本当に、神様がイタズラでもしたのだと思うほどに、いろいろな偶然が重なった。
そしてこの事により、緋凰の運命が大きく変わってしまった日なのである。
時々に、雲が陽を隠しながら流れている、ある秋晴の朝。
お城では昨日直撃した大きな台風によって、被害が出た場所の後片付けが行われていた。
二の丸御殿でも使用人達が通常の仕事と分担して片付けに追われていたのだが……。
『大変な事になった! みんな手を貸してくれーー‼︎』
思わぬ事故が起きてしまい使用人が全員そちらに走っていった。
なのでこのわずかな時、二の丸御殿の館の中にはだ〜れもいなかった。
ただ一人を除いて……。
「いよ〜し! 終わったぁ〜」
井戸で洗った自分の着物を干し終わった緋凰は、大きく伸びをして体をほぐすと満足そうに笑う。
「結構お洗濯も早くできるようになったなぁ。星吉が教えてくれた、『必殺ごしごしパンパ〜ン』のしゅーとく(習得)が早かったんだわ! 私、て〜んさ〜い♡」
あの日おたねを追い出してから季節が巡り、緋凰は六歳になっていた。
『もうお世話なんていらない、自分の事は自分でする!』
と、父の煌珠に怒鳴りつけた事もあり、子守役がいなくなった日から緋凰は自分の着物は自分で洗濯をし、料理や食材運び、掃除、針仕事などなど、家事を自分から手伝いつつ暮らしていた。
動きやすいように、小袖に袴姿でチョロチョロと走り回っている緋凰を、兄の鳳珠はとても心配するのだが、煌珠は『自分で言った事だ』と、好きにさせているのであった。
「これ、早く乾かないかなぁ。花の刺繍が可愛すぎる♡」
緋凰は、兄の護衛である弓炯之介からお土産にもらった淡い桜色の手巾がふわりふわりと風に吹かれているのをぼんやりと眺めてみる。
主に鳳珠に付いて仕事をしている弓炯之介だが、最近では他の仕事にも幅広く手伝いに呼ばれていて、こないだは他国の調査にも行っている忙しい人物であった。
「あの人って、良い人だなぁ」
小さく呟き、いつもニコニコ笑顔で話しかけてくれる弓炯之介の顔が頭に浮かぶと、緋凰はほっこりした気分になって自然と自分も笑顔になっているのであった。
「さて、お洗濯終わったから休みがてら刺繍でもしよっかな」
姉のように慕っている、兄の世話役である銀河でも誘おうかと、緋凰はいったん居間に行ってみると……。
だ〜れもいない。
「あれ? 誰もいないなんて……。ま、いっか。一人でちくちくしよっ」
居間を出て廊下を歩いてきてみると、自室の前にある庭で見慣れない人影を見つけた。
(庭師の人? ——いや、違う!)
いつもの庭師にしては、背が低くて小さい。
しかもその人影は、やたら周りを気にしているのか、キョロキョロあたりを見回していて挙動不審だった。
(なんか、あやしい)
緋凰はとっさに隠れて様子をうかがう。
だが、空の陽に雲がかかってしまい、相手がよく見えない。
(そういえば、こないだ城にしんにゅーしゃ(侵入者)が出たって大騒ぎになってた……。あ! あいつが持ってる物!)
その者は、いつも料理が趣味である包之介が調理器具を入れている風呂敷包を抱えて持っていた。
(あれ、おじいちゃんの大事なやつ‼︎ うわっ、ドロボーだ!)
祖父の世話役である包之介が、『命の次に大事なんです〜』と言っていたのを思い出す。
その者がキョロキョロと辺りを見回しながら鳳珠の部屋に近づいていくので、緋凰はギョッとした。
(兄上の部屋をぶっしょく(物色)されてたまるか! 母上の形見とか盗られたら、兄上が泣いちゃう!)
緋凰は静かに素早く戻っていって土間におりると、長いつっかえ棒を持って表から庭にまわった。
その者が、部屋の手前の庭に立っているのを確認すると、ぬき足差し足で棒を構えて歩き出す。
よく見学していた祖父である閃珠の武術の稽古の様子を一生懸命思い出しながら、息を殺してゆっくりゆっくり近づいていく……。
相手の真後ろまでくると、緋凰は棒をそ〜っと頭まで上げ、思いっきり振り下ろした。
(えい‼︎)
すると——。
相手は緋凰に気がついてとっさに身をかわすが、よけきれずに棒が腕にしたたかに当たった。
「いっ!」
衝撃で包之介の風呂敷包が相手の腕から地面に落ちる。
緋凰は立て続けに相手へ攻撃を仕掛けた。
「えい! やぁー‼︎」
横になぎ払ったり、もう一度頭から振り下ろしたり、いろいろ棒を繰り出すのだが、相手がうまくかわしていくので当たらない。
(うわ! コイツただモノじゃないわ! どうしよう‼︎)
身のこなしからして普通ではなく、何かの訓練を受けている様子だ。
焦って相手に突きを入れようとしたら、かわされて蹴りがとんできた。
「ぐふぅ‼︎」
腹へ足がまともに入って、緋凰は後ろにふっとびそうになるのをなんとか二、三歩下がるだけで踏みとどまり、顔を上げてキッと相手をにらみつけ、閃珠の見よう見まねで棒を構えると、
「やああーー‼︎」
と声を上げながら立ち向かってゆく。
真剣な顔つきになった相手も改めて体術の構えをとり、緋凰の攻撃を受けて立つ。
立ち向かったのはいいが、何せ緋凰は武術などいつも見ているだけで、武器を持った事すらない。
懸命に棒を振り回すが、相手に全部かわされてしまう。
何度も反撃され、相手のパンチや蹴りでどんどん緋凰の顔や体が傷ついてゆく……。
ーー ーー
緋凰が一生懸命戦っている頃、二の丸御殿に煌珠が自身の荒小姓と共にやってきた。
館の中に入ってみると誰もいないので不思議に思っていた所、なにやら奥が騒がしい。
音のする方へ向かい廊下を進むと、庭で娘の緋凰が戦っているのが見えて、ハッと足を止めた。
「あれは! 凰姫様が——」
荒小姓が慌てて一歩を踏み出そうとした所、煌珠が片手をあげてそれを制する。
「動くな。絶対に……命令だ!」
煌珠は戦っている緋凰の動きを、食い入るように見ているのであった。
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