7-12 こっちでも大人になる理由
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。九歳くらい。
鷹千代……緋凰の従兄。十一歳くらい。
瑳矢丸……緋凰の世話役。十二歳くらい。
部屋では床に広げた北領地図の写しの上に、白黒の碁石がそれぞれに陣形を取って並んでいた。
「こう来られたら、間違いなくこっちが詰みません?」
天珠の屋敷にある自室で、自身の世話役である平助があぐらをかいて眉を寄せながら黒の碁石をススっと進めたのを見て、向かいで同じくあぐらをかいて口元を拳で隠しながら鷹千代もまた、険しい顔でその碁石を見つめている——と。
廊下で足音が聞こえてきたので二人がハッと顔をあげると、襖の向こうで使用人の声が聞こえてきた。
「失礼致します。鷹千代様、凰姫様がお見えになっておりましてお会いしたいそうです」
「え? 凰姫が? さっき城へ帰ったんじゃなかったっけ」
鷹千代は目をぱちぱちさせて平助と顔を見合わせた後に、地図上の碁石を片手でサッサとバラバラにしながら声を返した。
「お通しして」
はい、と返事が聞こえると、ほどなくしてドタドタした足音と共に襖が開かれ、勢いよく緋凰が乱入してきた。
「鷹ちー! ねえ! 鷹ちー‼︎」
「な、何⁈ ど、どうしたの⁈」
ズザーッと正座でスライディングをしながら目の前に来られて、これは尋常な話ではないと鷹千代が予感をしていると、とんでもない真顔を作りながら緋凰は低い声を押し出してきた。
「……ねえ、迅兄様ってさ、好きな女の人がいるでしょ? だあれ?」
「な……急に、どうしたの? 僕は……知らないなぁ〜」
だが緋凰は見た。
そう言う鷹千代の目が泳いだのを。
ズイッと顔を近くに寄せると、
「ぜ〜ったい知っているでしょ? だ、あ、れ?」
目を底光りさせながら緋凰は迫り、たじたじになりながら鷹千代は必死に言葉を選んでいる。
「だ……れか、から聞いたの? それって凰姫の勘違いなんじゃない?」
「違うね。従妹のカンだよ、かくじつ(確実)にいる! そしてそれを鷹ちーは知っている……」
——お、恐るべし従妹の勘!
だらだらと身体から冷や汗が出てくるのを感じながら、それでも鷹千代は平静さを装って言った。
「ほ、ほら! それはきっと凰姫の事なんじゃない? 迅兄上はいつも凰姫の事、可愛いって言っているしさ」
「……」
緋凰は正座して座ったまま両腕をす〜っと左右に広げると……勢いよくバッと前に閉じて鷹千代の両腕をがっしり掴んだ。
「お、し、え、て!」
——ひょえ〜! 凰姫の顔が怒っているときの伯父上(煌珠)にソックリだぁ‼︎ 怖っ!
次第に顔が引き攣るのを止められなくなってきていると、緋凰の近くにいる平助がこそこそと逃げ出そうとしているのを見て鷹千代は慌てて腕を伸ばすとその袖をガッチリと取った。
「逃げるな! 平助!」
「え? 平助くんも知っているの?」
横を向いてギラリと目を光らせてくる緋凰へ、巻き込まれてはたまらんと平助は手のひらをブンブン横に振っている。
「しししし知らないっすね〜。……あぁ! そう言えば! さっきすんごい話を聞いたんですけど、姫様はご存知ですかねぇ、ほら、鷹千代様」
別の話題を強引にぶち込んで平助が続きを促したので、鷹千代もそれに合わせて急ぎ笑顔を作った。
「そうそう! 凰姫はもう聞いたかい? 星吉さんの事を」
「——え? 星吉? 兄上(鳳珠)のお小姓さんの? 何も聞いてないよ」
急に思っても見ない名前が出てきてキョトンとした緋凰は、あの真面目な顔をしていても目尻が下がっているせいで眠たそうな顔に見える、のんびりとした性格の星吉を思い浮かべた。
話題をそらせた事にしたり顔になると、鷹千代はひそひそ声になって話を進める。
「それがね……星吉さん、こんど元服するみたいなんだけど、それと一緒に何と! 伯父上の養子になるんだって!」
「えーーーー⁉︎ 星吉が父上の養子に? ってことは——」
「そう、凰姫にはもう一人、お兄さんができるってわけ」
「わたしにっ! もう一人の兄上⁉︎」
驚いてポカンと口を開けた緋凰であったが、今までの自分と星吉とのやり取りを思い出してみると、
「あ〜、でも。星吉はもうわたしが生まれた時には兄上の隣にいつもくっついていたし、わたしともよく一緒に遊んでくれたりケンカしたりしていたから、兄上ってなっても全然、違和感がないや。でも、どうしてそんな事になったんだろう」
そう言って妙に納得した後、首をひねった。
鷹千代もつられて小首を傾げている。
「それが急に伯父上が決めた事らしくて誰も訳を知らないんだよね。母上に聞いてみても、『あの人の考えている事なんて分かる人は少ない。分かったとしても何年も先だったりするから。星吉は悪い人ではないから大丈夫でしょ』って言っていたよ」
「そうなんだ。たしかに、父上の考えている事なんてすぐに分かる人なんているのかな? 叔母上がそういっているなら大丈夫だね」
あははと笑った緋凰を見てホッと息をつくと、今度は少し真面目な顔をして鷹千代は居住まいを正した。
「凰姫。今一つ、大事な話があるんだ」
「大事な? うん、なあに?」
先ほどとはうって変わって落ち着いた声で言われた緋凰もまた、思わず一緒になって居住まいを正し、きちんと向かい合った。
「実はね……。僕も今度、元服する事に決まったんだ」
「え⁉︎ 鷹ちーもなの? 瑳矢丸もなんだよ!」
「瑳矢丸も?」
意外な顔をした鷹千代は緋凰の背中越しに、廊下で控えている瑳矢丸を見る。
目が合うと瑳矢丸は小さく頷いてみせた。
「そっか……。おめでとう、鷹千代兄様。でも……そうなると、鷹千代兄様もこんどの戦に出たりするの?」
「それは分からないけど、そうかもしれないね」
「——やだ!」
「え?」
やはり緋凰は瑳矢丸の時と同じように鷹千代の両腕を再び掴むと、その身体を前後にブンブン揺らし始めた。
「ダメだよまだぁ! 早すぎるよ! それだったらまだ元服なんてしないでよぉ‼︎」
「落ち、ついて、そんな事、言っても、凰姫だって、元服して、いるんだから、僕だって——」
途切れ途切れに聞こえた鷹千代の言葉に、緋凰はハッと気がついて手を止めた。
「そ、そうだった! わたしも元服していたんだった! いつもと変わらなかったから忘れてた! え? じゃあ、わたしも……戦にでるの?」
瞬間、血生臭い戦場の光景が頭に浮かんできて恐怖が心に差し込んでくる。
青ざめてしまった緋凰に焦った鷹千代は、
「だ、大丈夫だよ! 凰姫が戦に出るなんてありえないよ! それこそまだ若すぎるって! 血の臭いだってつらいでしょ? だからさ、今まで通り、怪我した人の手当てだったりの『お手伝い』でいいんだよ」
勢いよく片手を横に振ると、あわあわと緋凰の背を撫でて落ち着かせてやる。
「……そうなの?」
「そうだよ。それだってとても役に立つ大切なお仕事なんだから。いつもみんな助かっているんだよ」
「そっか……。じゃあわたし、みんなの為に頑張るね」
「うんうん。あ、そうだ! 僕、元服したらね、御神野のお祖父様(閃珠)と同じ名をもらうつもりなんだ」
「お祖父様の名を?」
「前にね、僕もお祖父様みたいになりたいって話をしたら、『じゃあ、わしの名をやろう。なんなら同じ読みでも、字はもっとお前に合うものにしてやろうぞ』って言ってくれてさ、楽しみなんだよね〜」
「へぇ〜。どの名をもらえるの」
「『湧ノ進』だよ」
「そっか! じゃあもうすぐ『ゆう兄様』になるんだね!」
「うわ〜。なんか……照れちゃうなぁ〜」
「『ゆう兄様』だぁ〜。アハアハ」
「あ〜、まだ早いし〜。アハアハ」
和やかな雰囲気になって鷹千代は胸を撫で下ろし、そのまま二人で笑っていると——。
「ところでさ、鷹ちー」
ふっと息をついた緋凰が、ニッコリと笑って問いかけてきた。
「迅兄様の好きな人って、だあれ?」
「⁉︎」
——話が戻っちゃったぁーーーーーー‼︎
驚愕しながら人の執念の恐ろしさを知る、鷹千代なのであった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




