14.親子喧嘩で解決⁈武将になんてならないもん!
読んでくださり、ありがとうございます。
至らぬ点も多いかと思いますが、
皆さまに楽しんで頂けるよう、がんばります!
「いいよ! その代わり、銀河は叩かないって約束して‼︎ もう、ここには戻らないもん‼︎」
作戦その3。
もう、叔父の天珠の屋敷へ猛ダッシュだ。
だが——。
「何処へでるつもりだ! 天珠の屋敷には行かせないぞ」
「⁉︎」
(ぎゃあああ! 逃げ道が……)
五歳児の緋凰の万策が尽きてしまった……。
「……ぐ、うぅ……」
煌珠の袂をつかんだまま、緋凰は必死に考える。
外はこんこんと雪が降り続く。
こんな中、路頭に迷えば確実に、
(死ぬじゃん!)
どーんと結論が出てしまったので、
「……じゃあ、母上の所にいく!」
もうヤケになって叫んだ。
ぐっと煌珠の眉間にシワが寄る。
「母だと? 誰の事を言っている!」
自分の知らない誰か頼る相手がいると誤解した煌珠は、片手でグイッと緋凰の胸ぐらをつかんだ。
緋凰は臆することなく怒鳴る。
「知らない! 鈴星って人でしょ? 私を産んだせいで死んだから、父上も兄上もみんな私が嫌いなんでしょ⁈ だから死んで母上に文句を言うの‼︎ 私なんて産まなきゃよかったじゃんって!」
「こ……の、やろぉ!」
頭に血が上った煌珠が、片手を振り上げた。
「父上‼︎」
鳳珠が止めようと立ち上がるも、煌珠の手が緋凰に向かって振り下ろされてしまう——。
わあっと後ろの使用人達から悲鳴が上がった。
——スカッ!
緋凰はとっさに頭を思い切り伏せて、手をよけた。
「——ん?」
「……」
「……」
きれいによけられたので、思わず煌珠は目をぱちくりさせてしまう。
その場にいる者達もみんな目が点になって止まってしまった。
今のうちに、緋凰は最後の作戦に出た。
(父上にせめていっしなんとか……してやる!)
一矢報いる、である。
つかんでいた胸ぐらを一瞬離し、そのままドーンと体当たりして煌珠を力一杯突き飛ばしたのだった。
「おい! 何だコイツ⁉︎」
尻もちをついた煌珠が怒り心頭で立ち上がると、緋凰に対峙する。
(来るか⁈)
一瞬、祖父である閃珠の朝練している姿が頭をよぎった。
ぐっと両拳を握ると、緋凰は無意識に少し腰をおとしてふんばる。
両者殴ろうと腕を上げかけた瞬間——。
「おやめ下さい‼︎」
鳳珠が二人の間に割って入ると、片腕をあげて緋凰を背に隠したのだった。
「父上! これ以上おたねをかばうなら、私も緋凰と共に出てゆきます。あのような女を母と呼ぶつもりはありません!」
真っ直ぐに目を見て断言する。
だが、言われた煌珠は面食らった顔になった。
「? ……何? は? おたねが母?」
実をいえばこのお殿様は前半、仕事の事で頭がいっぱいだった為、緋凰の訴えどころか周りの音すら聞いていなかった。
その為、鳳珠の話が全く見えないので混乱していると……。
「実の娘よりもおたねをかばうなど……。そう、皆おたねが父上の後妻になると思ってますよ」
「はぁぁ⁉︎ 何だそれ! 気色わるっ」
全身ぞわぞわ〜っと身の毛がよだつのを抑えきれない煌珠は、忌々《いまいま》しげに言い放つ。
「かばってなんていねーし! 俺がこんな女を相手にするわけねぇだろ! ただコイツ(緋凰)が顔の前でギャーギャーうるせーから……」
すっかり妻を気取っていたおたねは、向こうでフラれたショックを受けた拍子に、盆の酒を床にぶちまけた。
何だそっか、だよなー、と使用人達は口々にささやいている。
そんな噂がたっていたとは全く思っていなかった煌珠が怒りのあまり、鳳珠の後ろからべんべろベーと挑発する緋凰を殴ろうと必死になっていると——。
「義兄上! お鎮まりを! これ以上、凰姫に怪我をさせてはなりませぬ‼︎」
いつの間にか来ていた天珠が、煌珠をはがいじめにした。
「まだ何もしてねぇよ! 離せ‼︎」
怒りのおさまらない煌珠を見かねて、鳳珠の後ろまで来ていた亀千代が、緋凰を呼ぶ。
「凰姫! 来い!」
「あれ? 亀兄だ!」
小走りに近寄ってきた緋凰の後頭部をパッと持つと、亀千代は自分の胸に強引に引き寄せた。
「へぶっ! いたぁ……」
胸板におもいきり鼻をぶつけた緋凰は、文句を言おうとしたが……。
「腕、見せてやれ」
「うで? ……うん」
耳元でささやかれた声に不思議に思いながら従うと、片腕をもぞもぞと袖に引っ込めている。
亀千代は緋凰の身体の前面が見えないように、後ろの使用人達に何も見られないように、自身を盾に隠して配慮していた。
「——‼︎」
現れた緋凰の腕や肩の痛々しいアザを見た鳳珠と天珠は絶句した。
煌珠はフム、と何か考えをめぐらす。
「——っのやらぁ‼︎」
獅子のように大きく吠えた天珠は、ドスドスと床を踏み鳴らしておたねに向かっていった。
「ひ、ひいい‼︎ たっ助け——」
戦に参加していたとはいえ、主に後方支援のおたねでは、最前線で死闘をくぐり抜けている武将には気迫ですら敵わない。
目が合ったとたんに腰が砕けると、全身が震えて動けなくなる。
気迫で獲物を仕留めた天珠は、おたねの前に立つと抜刀した。
だが……。
「やめろ!」
そう怒鳴った煌珠に止められてしまう。
不満爆発の天珠は、血走った目で勢いよく振り向いた。
「おいおい! まさか本当にこの女を……?」
この言葉に、これ以上にない怒りをあらわにした煌珠は、
「ざっけんな! このクソ図体‼︎ この女は興長の娘だ! アイツに責をとらせる‼︎ そもそも、御殿を血で汚すな‼︎」
と、天珠へ喚き散らしたのであった。
人目が向こうに集中している隙に、亀千代はサッサと緋凰の着物を整える。
「クソ図体って……」
煌珠の言葉に、天珠はちょっと傷つきながらも、意図を理解してやむなく刀を鞘におさめるのであった。
だがその時——。
「ぎゃっ‼︎」
ザッと乾いた音がした直後、おたねは衝撃を受けて床に倒れ込んだ。
何が起こったのか分からずおたねが顔をあげると、鳳珠が自分を見下ろして立っている。
その手には髪の束が掴まれてあった。
ハッとしたおたねは、震える手で自分の頭を触ってみてようやく髪を切られた事に気がつく。
「なっ何をなさいまする⁉︎」
悲鳴混じりのおたねの問いに、不敵に笑った鳳珠は平然と言ってのける。
「たとえ死罪にならなくとも、俗世にはいられないでしょう。矯堪寺などよいのでは?」
矯堪寺といえば修行が異常とまで言われ、うっかり死人がでてるくらい過酷な事で、とにかく有名であった。
「そ、そんな! い……嫌です!」
驚愕したおたねはブルブル震え出す。
その場にいた者達は、
——怖っわ!
と、普段穏やかな鳳珠が見せる厳しさに肝を冷やした。
「誰か! この女を蔵にでも放り込んどけ」
そう命を下すと、煌珠はそのまま奥の間に考え事をしながら消えていく。
おたねが喚き散らしながらも、引きずられていってゆくのを、緋凰はわずかに口を開けて、ぼんやりと見送っていた。
(これで痛いの……終わったのかな)
「緋凰!」
ハッと我に返ると、目の前で鳳珠が片膝でしゃがみ、申し訳なさそうな顔つきをしてこちらを見ている事に気がついた。
「本当にごめん! 今まで気が付かなかくて……」
悔しさで歯を食いしばりながら謝る兄に、緋凰は小さく首を振ると、うつむいて目をそらした。
「いいの……。だって、私は母上を——」
「緋凰、よく聞いて」
鳳珠は言葉をさえぎると、妹のその小さな手を両手でそっと握る。
「母上がお隠れになったのは、もう天命なんだよ。誰のせいでもないんだ」
その言葉に、おずおずと緋凰は顔をあげてみる。
目が合うと、鳳珠は微笑んでゆっくりと言い聞かせた。
「私は緋凰が大好きだよ。とっっても大事なんだ! お願い、信じて」
「本当?」
「もちろん! 誰も緋凰を嫌ってなどいないもの」
(そうなんだ! わたし、兄上に嫌われてなかったんだ——)
安心した緋凰の瞳からポロポロ流れてきた涙を指でぬぐってやりながら、鳳珠はにこりと笑いかけたのである。
「よかったぁ〜」
そう言って緋凰はパッと飛びつくと、鳳珠をギュッと抱きしめた。
傷にさわらないよう、鳳珠もしっかりと受け止めて目を閉じると、固く抱きしめ返しているのであった。
近くでその様子を見ていた天珠が、二人の隣に立つと、申し訳なさそうな顔で緋凰の頭をゆっくりとなでる。
「叔父上」
鳳珠から少しだけ身体を離して緋凰は横を見上げた。
「ごめんな、俺も気づいてやれなくて……。でもすごいじゃないか、凛々しかったぞ! 若殿(鳳珠)も」
天珠はそう言って、もう片方の手で鳳珠の頭もなでながら、反対の隣で見ている亀千代にも目を向けて大きく笑った。
「みんなカッコよかったぞ! 将来が楽しみだなぁ〜。三人とも立派な武将になるな‼︎」
(ん? 三人……)
「ええ⁉︎ 私も? やだやだ! 私は姉上(美鶴)や銀河みたいに、素敵なお姉さんになるもん‼︎ 武将になんてなりたくないよ‼︎」
驚いた緋凰が慌てて抗議をするのを見て天珠は破顔すると、ひょいっと緋凰を抱き上げて、
「ハッハッハ! すまん、すまん。さあ、ゆっくり身体を休めなさい」
そう言いながら、緋凰の部屋へ歩き出した。
立ち上がった鳳珠も後に続く。
その光景を見てホッと一息つくと、亀千代は笑ってその場を後にし、屋敷で心配している鷹千代達に報告する為、急いで帰っていったのだった。
こうしておたねの父は、娘の命と一族の名誉を守る事を引き換えに大きく領地を没収され、おたね自身は矯堪寺に送られたのである。
そして緋凰は、穏やかな日々を過ごしてゆくのであった。
……10ヶ月くらい……。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします!




