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飛凰《ひおう》の姫君〜武将になんてなりたくない!〜  作者: 木村友香里
第七章 戦乱の世に生きている 合戦編
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7-2 現(うつつ)の夢 前〜都の瑠璃姫〜

読んでくださり、ありがとうございます。

 いにしえより続く、『まだ』はなやかであるみやこ


 御所ごしょ近くにある大きな神社の隣には、御神野みかみの家であるとても大きく立派な公家くげ屋敷やしきがあった。


 その屋敷やしきの奥深くにあるひときわおごそかでありながら、花などで可愛かわいらしく装飾そうしょくされている部屋の縁側えんがわで、小さな少年がふえかなでている。


 その美しく響いている旋律せんりつが……やがて終わりを迎えたのだった。


 「まぁ……、ほんに、見事な……。素敵〜♡」


 外と部屋とを区切るためにおろされている御簾みすの中から、鈴を転がしたかのようにすずやかな声が少年に向かってかけられた。


 部屋にいる若い貴人きじんの女は、さらにキャッキャッとはしゃいでいるように、言葉を続ける。


 「あぁ……。無理言って『桃千代ももちよ』に私の所へ寄ってもらったけれど、お武家ぶけ様の生活や旅のお話しはとっても面白おもしろかったし、ふえかなでるのもすっっごいお上手で♡ あ! もしよかったら私付きの楽師がくしになってくれないかしら?」


 「いけませぬ、『瑠璃姫るりひめ』さま。女の方ならともかく、あなたさまに男の方をつかえさせては誰ぞにしかられてしまいます。貴方あなた様はそのうちに入内じゅだいなさるのですよ」


 「あ〜そっか。それはいけないわね。奈由桜なゆさっていつもは抜けてる所があって愛らしいけれど、そういうところはしっかりしているわよね〜」


 「もう! 姫さまったら……」


 桃千代ももちよと同じく、御簾みすの外に座って仲立なかだちをしているこの侍女じじょである女童めわらわは、おっとりとした愛らしい顔にあるほおをふくらませてプイッと横を向いてしまう。


 その様子にコロコロと笑ってから、瑠璃姫るりひめはこちらを向いて座り直した桃千代ももちよへ話を戻した。


 「貴方あなたはまだお小さい……あ、あら、ごめんなさい。えっと、うんとお若いのに、もうお父上の名代みょうだい代理だいり)でみやこやら色々な所へ旅をしていて、大変ではないの?」


 その問いに、失礼のないように目線を下げながら桃千代ももちよはその年齢ねんれいには似合わぬくらいの落ち着いた声で返答する。


 「大変ではありますが……旅をする事はわりと好きでありますゆえ、そこまで苦には思っておりませぬ」


 言った直後に、このかしこ桃千代ももちよ失言しつげんだったかもしれないと、自身の言葉を後悔こうかいした。


 なぜならば、珍しい瑠璃るりかみひとみをもつ瑠璃姫るりひめは、その美しい容姿ようしゆえに人の心をまどわしてしまうとの事で、このみやこの神社に併設へいせつされている御神野みかみの家の屋敷やしきの奥で、人目ひとめからかくされるようにして暮らしてきているのを知っていた。


 そして、そのように外の人と関わる事がほとんどなかったからなのだろうか、瑠璃姫るりひめ口調くちょうから分かるように、少し内面ないめん実年齢じつねんれいよりおさないようにも見受みうけられる。


 ゆえに、外の世界への余計よけいあこがれをいだかせてしまったのではないかと心配になったのであった。


 はたして、その桃千代ももちよ危惧きぐしたことが現実となってしまう。


 「あら、ふふふ……。さすが旅好きであるゆうしん殿どののお子なのね〜。……うらやましいな〜。さすがに旅を、とは言えないけれど、私は十四年も生きてきてお屋敷やしきの中しか知らないから、死ぬ前に一度くらいは外を歩いてみたいのよね〜」


 「え?」


 瑠璃姫るりひめの口から出たその不吉な言葉に、桃千代ももちよ奈由桜なゆさはギョッとして思わず御簾みすの方へ同時に顔を、思い切り向けてしまった。


 「瑠璃姫るりひめさま! そのようなお言葉を使わないで下さい!」


 慌てて奈由桜なゆさがたしなめるのだが、


 「…………だって私も長生きなんて出来ないだろうし」


 このとんでもない瑠璃姫るりひめの発言に桃千代ももちよはさらに驚き、奈由桜なゆさは真っ青になって立ち上がると、きょろきょろあたりを見回してこの三人以外に人がちゃんといない事を確認して、御簾みすの間にするりと身体をすべらせ、部屋の中へ入っていった。


 急いで瑠璃姫るりひめ膝下ひざもとへ進み、ひざまずいた奈由桜なゆさは怒っている。


 「なんて事をおっしゃるのです! そんなわけないではありませぬか! いくらなんでも人前でそのような——」


 その言葉を瑠璃姫るりひめはため息をつきながらさえぎった。


 「みんな隠してくれているけど、ちゃんと私だって知っているのよ。『瑠璃姫るりひめ短命たんめい』だって事。……今までの『瑠璃姫るりひめ』達の中で十五歳を超えた人は誰もいないのだもの」


 これまでに御神野みかみのの家に伝わっている歴代れきだいの『瑠璃姫るりひめ』たちは、ある者はやまいで、ある者は政変せいへんに巻き込まれて、またある者は自死を選び——。


 普通の人とは大きくかけ離れた容姿ようしゆえか、皆、運命に翻弄ほんろうされて生きていったのであった。


 奈由桜なゆさは……言葉をうしなってしまう。


 御簾みすの外にいる桃千代ももちよもまた、同じ御神野みかみのの一族でありながら聞きおよんでいなかった驚きの事実に表情を固くしていた。


 あたりがしんと静まり返ってしまったので、瑠璃姫るりひめは少しバツの悪そうに口を開く。


 「……ごめんなさい。そんな顔をしないで、奈由桜なゆさ。私はね、別にその事を悲観ひかんしてはいないのよ。だから——」


 「当たり前です! 悲観ひかんなどなさる必要はありません! だって、貴方あなた様はこれからもずっと変わらずにお元気で過ごしてゆかれるのです。何にも巻き込まれぬように一族みんなでお守りしてきました。そしてこれからも——。お身体だってすこやかであるのです。だから、大丈夫です! ……わたくしと『友白髪ともしらが』になるまでいてくださるのでしょう?」


 目の前で泣きそうな顔をしている奈由桜なゆさの頭を愛おしそうにでていた瑠璃姫るりひめが、クスリと笑った。


 「まぁ、『とも白髪しらがってご夫婦によく使う言葉ではないの? それではあなたがおよめに行けなくなってしまうわ」


 「わたくしはお嫁になどいきませぬ。永遠とわに姫様のおそばでお世話して差し上げるのですもの」


 「もぉ〜、奈由桜なゆさったら可愛かわい〜♡」


 御簾みすの向こうで、瑠璃姫るりひめ奈由桜なゆさをギュッと抱きしめて喜んでいるであろう影をみながら、自分の存在を忘れられていそうに感じている桃千代ももちよはそろそろ帰ろうか、と考えている。


 ——と。



 「あ〜あ。このかみひとみも普通の色なら、もう少し……自由があったのかしら?」



 御簾みすの向こうから聞こえてきた、ため息まじりの言葉に桃千代ももちよ何故なぜだか無意識むいしきに顔を上げると、



 「自由が欲しいのでしたらなぜ、そのようになれるよう、動かないのですか?」



つい、その疑問ぎもんに言葉を投げてしまったのだった。


 御簾みすの向こうの気配けはいがピタリと止まる。


 ハッとした桃千代ももちよは、しまったと動揺どうようして目線を慌てて下げた。


 瑠璃姫るりひめの気分をそこねたであろうと思っていたのだが……。


 予想ははずれたようで、反対にウキウキとした声が御簾みすの中から返ってきてしまった。


 「え? なあに? 動かないってどういう事? 何かをすれば、私も自由になれたりするの?」


 桃千代ももちよはどう答えるべきか、緊張しながら慎重しんちょうに自身の持論じろんをのべた。


 「……えっと、自身の願いをかなえたいのであれば神頼みをするのではなく、その願いを叶える為に自分がすべき事をするべきだと言う事で——」


 「なんたる無礼ぶれいな‼︎」


 奈由桜なゆさはげしいいかりの声が、御簾みすの中からはなたれた。


 「そなたは武家ぶけ御神野みかみの一族とはいえ、こちらにおわす瑠璃姫るりひめ様が人人ひとひとからもとまもる『現御神あきつみかみ(この世に人間の姿で現れた神。現人神あらひとかみ)』であるとうやまわれていらっしゃるのを知らぬとは言わせぬぞ⁈ なのにそのようなおかたへ神を頼みにしないとは何事ぞ‼︎」


 忘れてはいないハズであったがうっかりしていた桃千代ももちよは、やらかしたなと反省はんせいし、叩頭こうとうしながらなんとか言い訳を素早すばやく考える。


 「とんだ失言しつげんいたしました。まことに申し訳ごさいませぬ。その、私はいん(儒学者じゅがくしゃ)の『人事じんじくして天命てんめいを待つ』と言った言葉を思い出してしまって……。お気持ちが沈んでしまわれる前に、出来る事があるのではないかと……その——」


 この言葉を聞いて、怒りのあまり顔を真っ赤にしている奈由桜なゆさをまあまあとなぐさめてから、瑠璃姫るりひめは興味深そうにその賢い口調の少年へ聞いてみた。


 「そうなのね。私は学問がちょ〜っと苦手だから、そのように思いもつかなかったわ。願いを叶える為の方法だなんて……。それを考えれば私、外を歩けるようになれるのかしら? う〜ん……」


 しばしの間、瑠璃姫るりひめ懸命けんめいに頭を働かせてみたようだったが、なにも思いつかないようで大きなため息が桃千代ももちよの耳にも届いてくる。


 「ダメだわ〜。全然考えられない……。あ、そう言えば桃千代ももちよひとみも私と同じで瑠璃るりなのでしょう? ひとみだけなら瑠璃るりでも大丈夫なのかしら。……ねえ桃千代ももちよ、一緒に考えてくださらない? あなたが私だったらどうするのかな?」


 切実せつじつさをふくんだ瑠璃姫るりひめのお願いに、桃千代ももちよ名誉めいよ挽回ばんかいと言わんばかりに考えて、いくつか提案ていあんをしてみたのだが……。


 そのアイデアがあまりにも突拍子とっぴょうしすぎて、瑠璃姫るりひめ奈由桜なゆさ呆気あっけに取られて聞いている。


 そして、桃千代ももちよの最後の提案ていあん奈由桜なゆさがとうとうブチ切れた。


 後ろは見えないように御簾みすをわずかに、しかし勢いよく開いて外に出ると、般若はんにゃのような顔を桃千代ももちよへ向けて怒鳴どなってくる。


 「そなたは何というおそれ多い事を‼︎ 瑠璃姫るりひめ様のおぐしをいっそ切って無くしてしまうなどとぉ⁉︎ あのような神聖なおぐしやいばを入れるなど、いや、そもそもおぐしを捨てろなど正気しょうき沙汰さたではないわっ‼︎ お前は姫様のお姿を拝見はいけんできぬからそのような事が言えるのだ‼︎」


 半狂乱はんきょうらんになった奈由桜なゆさ桃千代ももちよたもとを両手でつかむとブンブン勢いよくその身体を振り出すので、そういえばかみは女の命だと(男もだが)誰かが言っていたなと、桃千代ももちよは無表情になりながら抵抗しないでぼんやり思い出していた。


 すると。


 御簾みすの中から、大きく笑い声が響いてきたのであった。


 「ふふ……アハアハアハ——。桃千代ももちよってすごいわ! そんな事、誰も言わなかったし私だってとても思いつかなかった! ——これ、奈由桜なゆさ桃千代ももちよはなしておやり」


 そう言った瑠璃姫るりひめは、立ち上がって部屋の奥に向かっていく。


 たもとつかんだままギロギロとにらみつけていた奈由桜なゆさだったが、フンッと鼻を鳴らしてしぶしぶ桃千代ももちよから手を離してやった。


 無表情でえりみだれを直す桃千代ももちよの前で、立ったままいまいま々しげに見下みおろす奈由桜なゆさの後ろから声がかかる。


 「奈由桜なゆさ、これを。桃千代ももちよに差し上げて」


 いつの間にか部屋の前に戻ってきた瑠璃姫るりひめが、そう言って御簾みすの下の隙間すきまから出した細長いきりの箱を見て、奈由桜なゆさは目を見張みはってしまった。


 「え……、どうして? 瑠璃姫るりひめ様があんなにも大切にして守ってこられた物なのに。しかもこのような不届ふとどきものへなど」


 奈由桜なゆさが一度振り向いて無表情の桃千代ももちよにらみつけてから、戸惑とまどうように問いかけてくるので、瑠璃姫るりひめおだやかな声で答えてやる。


 「だって、私はもう近く入内じゅだいする事が決まったのだもの。この『琥珀こはくきみ』の物をずっと大切に持ってしまっていてはみかどがご不快ふかいに思われるかもしれないでしょ? それに必ず、桃千代ももちよなら大切に使ってくれると思うわ。……あ〜あ、結局けっきょく今生こんじょうには『琥珀こはくきみ』がお生まれにならなかったわね〜。残念〜」


 笑いながら言ったこの最後の言葉に、奈由桜なゆさ桃千代ももちよの二人がぎくりとなった。


 なぜならば……。


 遠い平安へいあんと呼ばれた時代の頃にも、このみやこに神官の血筋ちすじのある貴族きぞく御神野みかみのの家からまれに生まれてくる瑠璃るりかみひとみを持つ美しい『瑠璃姫るりひめ』が誕生たんじょうした。


 そしてその女の子は、成長の中でいつしか一人の男の子に恋をする。


 琥珀こはく色の珍しいひとみを持つ美しいその男の子と、ときかさねるごとに深く想いあっていったのだが——。



 『来世らいせでは必ず——』



 ……その結末はむくわれる事のない悲恋ひれんであったのだった。


 この話は御神野みかみの家に口伝くでんとしてひそかに伝えられている為、目の前にいる瑠璃姫るりひめにも物語として語られたのであろう。


 ただ——。


 無表情をくずさないで桃千代ももちよは思う。


 ——言えないな。実は今世こんせでも琥珀こはく色のひとみを持つ美しい男がいるなどとは……。


 その男は桃千代ももちよの国の重臣じゅうしんであり、同じくらいのとしである自身の荒小姓としてつかえている者の父親なので、よく知る人物だった。


 そのような者なので、十四歳の瑠璃姫るりひめとは世代せだいが違う。


 もう正室と子供だっている。


 なのだが、今でも異常なまでにおモテになる美しい男なので、生まれた時から入内じゅだいが決まっているこの瑠璃姫るりひめの心をとらえられないように、一族総出でその存在をこの無垢むくな姫に隠しているのであった。


 「そうですね〜。ほんに残念なことに〜」


 声が裏返りそうになりながら、わたわたと奈由桜なゆさは部屋の前まで進んできり箱を持つと、きびすを返して戻り、不服そうな顔で桃千代ももちよにそれを差し出す。


 座ったまま両手をかかげ、桃千代ももちよきり箱を受け取った様子に、


 「開けてみて」


 瑠璃姫るりひめがわくわくしている声でうながしてきた。


 ふうをしている瑠璃色るりいろひも丁寧ていねいに取りはずした桃千代ももちよは、少し緊張気味に箱のふたを開けてみると——。


 ——これは、なんと立派りっぱな……。


 思わず笑顔になった桃千代ももちよ手元てもとでは、朱塗しゅぬりの美しい『大和笛やまとぶえ神楽笛かぐらぶえ)』がきり箱の中で静かに眠っていたのであった。


 「どう? とっても素敵でしょ。このふえはね、かつて平安の瑠璃姫るりひめが大好きだった琥珀こはくきみおくったものなの。琥珀こはくきみふえの名手だったそうで、生涯しょうがいずっと大切にして愛用していたそうよ」


 瑠璃姫るりひめの説明に目を見開いた桃千代ももちよは、信じられない思いで口を開いた。


 「そ、そのような大切なお品を、私などに?」


 動揺どうようしている声にふふっと笑った瑠璃姫るりひめは、明るい声で話していく。


 「ええ。……先ほど申したように、私はもうじきおよめにいくの。それが手元にあってはいつまでもお話の中の『琥珀こはくきみ』にあこがれてしまうわ。そんなの、夫となってくださる方に悪いのですもの。あ、じゃあ桃千代ももちよにおゆずりするから最後にここで一曲、かなでてくださらない? そうして『鳳凰ほうおう』とお別れするから」


 「『鳳凰ほうおう』?」


 「そのふえの『めい(名前)』なの。平安の瑠璃姫るりひめ真名まなが『おう』でね、琥珀こはくきみ瑠璃姫るりひめに会いたくなるとそのふえを吹いて呼んでいたのだって! あ〜素敵♡」


 「……そう、なのですね。えっと、それでしたら喜んで」


 きり箱からそっと『鳳凰ほうおう』を取り出すと、ゆっくり立ち上がった桃千代ももちよは目線だけを庭へ移す。


 ——恋……。経験がないな。それならば『惜別せきべつ』を表現できれば……。


 ゆっくりと目を閉じて桃千代ももちよはイメージをする。


 遠い昔、瑠璃姫るりひめ琥珀こはくきみとの別れの時を——。



 ……間も無くあたり一面にやわらかな旋律せんりつが響きわたる。


 せつない音色ねいろの中にある低音は深く、それでも優しさが無限むげんに広がっている——。


 御簾みすの中の瑠璃姫るりひめひとみを閉じると、その物語の世界に想いを寄せるのであった。



 ……やがて曲が終わり、桃千代ももちよがフッと息をついて目を開けると……。


 距離をとって座っていた奈由桜なゆさが、感動のあまり号泣ごうきゅうしているのを見てビクッとなった。


 「いやもう、何しているのですか?」


 サッと『鳳凰ほうおう』をきりの箱におさめた桃千代ももちよは、ふところから手巾しゅきんをとりだすと、奈由桜なゆさのぐずぐずと止まらない涙を懸命にいてやる。


 「うえ……ありがとぉ。あなたって、頭の中どうなっているのかと思ったけど、ふえがすばらしいわ! とっても、素敵だったよぉ」


 「……それはどうも」


 「あ、鼻水ついちゃった。……じゃあ、これ。私の手巾しゅきんをあげる」


 「……それはどうも」


 泣き笑いの奈由桜なゆさと無表情の桃千代ももちよとのやりとりを瑠璃姫るりひめ御簾みすごしに微笑ほほえんでみている。


 すると、部屋の奥の廊下からときげる声がかかったのだった。


 「あぁ。名残なごりしいわね……。楽しかったわ、桃千代ももちよ。素敵なときをありがとう」


 その別れの言葉を合図あいずに、桃千代ももちよ居住いずまいをただした。


 「こちらこそ、素晴らしいときをありがとうございました」


 「またいつか、桃千代ももちよふえきたいわ」


 恐縮きょうしゅくにございますと一礼いちれいした桃千代ももちよは、自分にしては珍しい事を思いついた。


 「なれば、今度およめにゆかれましたおりに、お祝いをしに参上さんじょういたしたく思います。そのときには、『喜びの曲』を」


 「ほんと⁉︎ 嬉しい! 入内じゅだいする日がうんと待ち遠しくなってしまったわ! もう、待ちきれずに貴方あなたもとへ飛んでいってしまいそう♡ ……桃千代ももちよ、こちらへ」


 呼ばれた桃千代ももちよ御簾みすの前に立ったので、瑠璃姫るりひめは部屋の中からそっと人差ひとさし指の先を御簾みすにあてた。


 「絶対ね、約束よ」

 「……はい。必ず」


 うながされたわけではないのだが、無意識に桃千代ももちよはその指先へそっと自身の人差ひとさしし指をかさねる。


 御簾みすごしに伝わるその小さなぬくもりにいとしさを感じ、桃千代ももちよはわずかに胸を騒がせたのであった。


 すると突然、瑠璃姫るりひめがあっとなった様子を見せると、思い出したように再度話しかけてくる。


 「そうそう、まだ隣にある『御神野みかみの神社』へ行ってなかったら、これも絶対に『瑠璃桜るりざくら』を見て行ってね。今、満開だからす〜〜っごい綺麗きれいなのよ」


 「瑠璃桜るりざくら?」


 初めて聞く木の名前に、思わず聞き返してしまった桃千代ももちよへ、瑠璃姫るりひめ悪戯いたずらっぽい声で答えた。


 「ふふふ、その桜の木はね〜。本殿ほんでんの裏側にあるの。他の桜と色が少しだけ違うんだよ〜。何故なぜだか知ってる?」


 「……いえ」


 「それはね〜。なんと! その桜の木の根元には、平安の瑠璃姫るりひめ琥珀こはくきみが一緒になって眠っているんだよ‼︎ だから桜の花びらに少し瑠璃るり色が入っていて、花の真ん中は琥珀こはく色なんだ〜」


 「…………そうなんですね」


 「ええ⁈ 全然驚かないの⁈」


 少しも動揺どうようを見せない桃千代ももちよに、びっくりさせたかった瑠璃姫るりひめはちょっと拍子ひょうしけしてしまう。


 「やっぱり桃千代ももちよってすごいのねぇ。じゃあ、その桜にも会いに行ってあげてね」


 「承知しょうちいたしました」


 最後には楽しそうに言った瑠璃姫るりひめの声を聞くと、どうにもがたく思い始めてしまう桃千代ももちよであったが、


 「さあ、まいりましょう」


 そう言って奈由桜なゆさが隣に立ってしまったので、その手からきり箱を受け取った桃千代ももちよは一歩下がって別れの挨拶あいさつべる。


 一礼いちれいの後、そのまま下がって奈由桜なゆさ先導せんどうされながら庭へり、二人で歩き出したのであった。


 「まったくもう、御簾みすごしとはいえ瑠璃姫るりひめ様にれるなんて! 今日は特別ですからね! とくべつっ!」


 「はいはい、分かっておりますよ」


 庭の中ほどにて嫉妬心しっとしんまる出しで奈由桜なゆさが怒ってきたのを、軽く流していた。



 その時——。



 背中からスッと感じた風に、心臓がドクンとねて、桃千代ももちよの足がピタリと止まった。


 ——な……んだ? この感じ……。急に……緊張している?


 心臓がドキンドキンと大きく波打ってくる。


 たまらず胸に当てた手までもが、しびれているように思う。


 戸惑とまど桃千代ももちよの二、三歩先で、後ろに誰もついてきていない事に気がついた奈由桜なゆさが不思議に思って振り向いた。


 「どうし——」


 こちらを見て何かに気がついた奈由桜なゆさが、大きく開いてしまった口元を慌てて両手を使い隠しているのを桃千代ももちよいぶかしんでいると——。


 「まって!」


 背中からすずやかなる美しい声が響いてきた。


 ——まさかっ!


 この後の予感に心が激しく動揺どうようする。

 ごくりと息をんだ桃千代ももちよが、おそおそる声の方へ振り向いてみると……。



 「——⁉︎」



 予想した——通りだった。


 我ながら、かろうじてではあっても、よく意識がたもてたものであったと後々に思ったものだった。


 あまりの衝撃しょうげきでその場にぼう立ちになってしまった桃千代ももちよの目線の先では——。


 緋袴ひばかまに金糸の刺繍ししゅうほどこされた純白のころもすそひるがえして、庭に降りてきた瑠璃姫るりひめがこちらへ小走りにやってくる。


 白く細い手や身体を包むように、春のやわらかな陽の光を浴びて地にまでつく長いかみ瑠璃るり色にまぶしく光り輝いている。白磁はくじのようになめらかな肌の整った顔立ちの中にあるひとみは、透き通るように美しい瑠璃るりであった——。


 目の前の驚くべき光景こうけいに、桃千代ももちよ背筋せすじこおってゆく。


 それと同時に、先ほど瑠璃姫るりひめへ言った自分の言葉を……全力で否定したのであった。


 ——なんて……なんて美しさ! そんな! こんな……人? なのか? いや違う! 人であるはずがない! 人がこんなにも美しいなど……ありえない……。


 『瑠璃姫るりひめ』はまぎれもない、

 『現御神あきつみかみ』であるのだ。


 奈由桜なゆさの言葉は、


 『お前は姫様のお姿を拝見できぬからそのような事が言えるのだ‼︎』


 正しかったと思う。


 実際じっさいに見ていないから、あのように無謀むぼうなものが言えたのだ。


 桃千代ももちよは物心がついたときから、なんでもそつなく物事をうまくこなせる者であった。

 それゆえに、努力すればなんでも出来るものだと信じて疑っていなかった。


 出来ないのは『努力が足りない、やり方を間違えている』だけで。


 目標に見合う努力もしないで、神頼みをする奴はどうしようもないのだと。


 だが、幼いながらも確立かくりつされつつあった数々にある自分の価値観かちかんというものが——。


 桃千代ももちよの中で今、音をたてて大きくくずれてゆくのであった。


 ——駄目だめだ! そんな、外になど出てはいけない! 無理だ! このような美しさでは、何をしようが俗世ぞくせになどいられない! 嫌だ! ここから出ないでくれ!


 もう、内心で桃千代ももちよは取りみだしていた。


 かなう事なら今さっきの自分を、余計よけい能弁のうべんをたれていた自分を、ボコボコに殴ってやりたかった。


 自身はここに来てはいけなかったのだとすら思い始め、身体が小刻みに震えだしてくる。


 その動けずにいる桃千代ももちよの目の前に……やがて追い付いた瑠璃姫るりひめが立ったのだった。


 そのこうごう々しく光り輝く姿におののいている桃千代ももちよを見て、瑠璃姫るりひめほおに手をあてて申し訳なさそうな顔をした。


 「まあ、驚かせてしまったかしら。ごめんなさい。でも私、ど〜〜うしても桃千代ももちよ瑠璃るりを見たかったの。許してね。あの……貴方あなたひとみを、よく見せてもらってもいいかしら?」


 どこか遠くにある意識でかろうじてその言葉を聞いた桃千代ももちよだったが、心臓はバコバコで、のどなどからびてしまったかのようにり付いてしまっていて声が出せない。


 それでも、全神経を使って首を動かし、なんとかうなずいてみせられたのであった。


 「ありがとう♡ では、ちょっと失礼して」


 純真じゅんしん無垢むくでこの世のものとは思えない美しい顔が近づいてくる……。


 そこにあるひとみ瑠璃るり色は、他の御神野みかみのの一族が持っている瑠璃るり色よりも明るい、みずみず々しくきらきらと輝いていると桃千代ももちよ魅入みいってしまう。


 ゆっくりと……瑠璃姫るりひめは目の前にきた桃千代ももちよひとみながめている……。



 やがて——



 顔を離した瑠璃姫るりひめは、一点のくもりもない、何のけがれもない、真白ましろな笑顔を桃千代ももちよへ見せたのであった。



 「桃千代ももちよ瑠璃るりはとても深いのね。綺麗きれいで美しくきらめいているわ」




ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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