6-25 緋凰はどうにも高嶺の花 後
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。九歳。
鷹千代……緋凰の従兄。十歳くらい。
瑳矢丸……緋凰の世話役。十一歳くらい。
岩踏兵五郎宗秋……御神野の家臣であり、緋凰達の武術の師。
……馬を進めていく中で、農村から遠く見えていた頑丈そうな山城の姿がだいぶ詳細に見えてくるようになった頃、山の麓にある城下町も一緒に姿を見せ始めた。
「ここからみてあの大きさってことは……。一つ一つの家の屋根が高いよね」
「そうですね、さっきの村でも背が高い人が多かったから、町でもそうかもしれませんね」
鷹千代と平助のそんな会話を聞きながら、
「町に着いたらお買い物できないかなぁ。さっき通ってきた村に気になる模様の布や小物があったんだよね〜」
緋凰も瑳矢丸の操る馬の背に揺られてわくわくしていた。
左右に草木が生い茂る緩やかな下り坂が終わり、平坦な道にさしかかってきた時、遠く城下町の入り口が見えてきた。
「あ、あそこにいる人って」
前を進んでいる鷹千代の声を聞いて、緋凰は馬上から横に上半身をずらしながら前方を確認してみると、入り口付近に男らしき人が待っているようにこちらを向いているのが小さく見えてくる。
その男は着物の感じからして今朝、緋凰達一行の来訪を告げる為、ひと足先に雷殿家へ走らせた楯木五郎座の部下の者で間違いなさそうであった。
「あ、手を振っているよ! ん? 何だろうあの人の後ろに壁がある。町の入り口なのに変なところに壁が?」
不思議な顔をして目を細めて見ている緋凰の後ろで突如、岩踏が感嘆の声を上げた。
「おお! あれは雷殿一族の名物ではないか。俺、あれ好きなんだよな〜。戦場でないのがちと残念だな」
「戦場? 名物って何ですか?」
緋凰が後ろを向いて聞いてみるが、近くにいけば分かると岩踏はわくわくしながら笑っている。
「鷹ちー、雷殿一族の名物だって。なあに?」
「えぇ? 知らないよ〜。何だろう」
そんな会話をしながらどんどん町の方へ近づいていくと……。
その部下の後ろにある壁は、上の部分が黒くて妙にデコボコとしており、高さがあまり揃っていないように見えてくる。
「あれ、壁ではないのでは? 町への不当侵入を防ぐ垣根とかじゃないですか?」
緋凰の後ろに座って馬を進めている瑳矢丸が言った言葉を岩踏が拾った。
「お〜だいたい当たっているぞ」
「え? 本当にあのような所に垣根があるのですか?」
「鷹ちー、名物の垣根ってなあに〜?」
「えぇ⁉︎ 垣根で名物ってなんなのさ?」
全然分からない緋凰達がどんどん近くに来てみると……。
やがてその全容が明らかになり、緋凰ら初めて見る者達は身を乗り出して仰天してしまったのだった。
何を持ってしても貫けるとは思えない屈強そうな胸板。
長い手足に広い背中や腰回りにも硬そうな筋肉がもりもりについている。
その縦にも横にも大きいムキムキマッチョの巨人達が、腕を組んだり手を腰に当てていたり……十人程ずらりと横に並ぶ、垣根は垣根でもマッチョたちによる筋肉の人垣であったのだ。
「わ、わあぁぁ‼︎ 金剛力士さんたちがいっぱいだあ‼︎」
「うおぉ‼︎ すっげーー‼︎ マジかっけーーーー‼︎」
大興奮をしている緋凰と平助を見て、岩踏は満足そうに笑っている。
「すげえだろ〜、あの『雷殿垣』。あの巨人達が全員武装している姿を想像してみろ。戦場においてまさしく最強にして圧巻! ゾクゾクするぞ〜。くぅ〜、たまらねぇ〜」
言われた通りに、あの金剛力士達が一人ひとり甲冑を身につけて、各々に槍や棍棒、大斧を持って武装している姿を想像すると……、もはや絶望的なくらい勝てる気がしなかった。
「いやもう、一二神将じゃないか⁉︎ カッコ良すぎる!」
「僕もあんな風になれないかなぁ〜」
瑳矢丸と鷹千代が羨望の眼差しで眺めていると、まもなく一行が城下町の入り口にたどり着いた。
いそいそと馬を降りた鷹千代は前にいる護衛である楯木五郎座達の脇をすり抜け、一目散に走っていくと、雷殿垣の中央にいて前に進み出てきた、一番身体がでかい中年の男の胸に飛び込んでゆく。
「叔父上‼︎」
「おぉ、来たか! 私の賢い甥っ子よ! また大きくなったな〜。ハハハ」
鷹千代の父、天珠の兄であるこの雷殿巌太郎は破顔すると、鷹千代をポイポイ上に放り投げてたかいたかいをしていた。
(見かけ通りに力の強い人だなぁ。鷹ちー、屋根より高くなってるけど楽しそう)
瑳矢丸が差し出した手を取って馬を降りている緋凰は、笑いながらその光景を横目で見ている。
やがて鷹千代を降ろした巌太郎が、今度は頭をガシガシ撫でながら笑って言った。
「鷹千代様と、まさか御神野の姫君であられる凰姫様がこの地にお立ち寄りくださると聞いて、城ではもうお祭り騒ぎですよ。一族の若い男どもがこぞってここまでお出迎えに来てしまいましてな」
その言葉が合図になったかのように、雷殿垣がぞろぞろと鷹千代に向かって足早に動き出した。
すると巌太郎を押しのけて、金剛力士達が鷹千代を中心に半円の形になって取り囲むと皆、片膝で軽く座り、上半身を前に傾けつつ話しかけてきた。
「お久しゅうございます、鷹千代様。して、凰姫様のお駕籠が見当たりませぬがあの方はいつのご到着になりますかな。賊に襲われてはいけませぬので私がお迎えに参じてもよろしいでしょうか」
「なんでお前さんだけなんだよ。わしらも行くっての」
「うるせーよ! ちょっくらだまってろ!」
ヒソヒソと小突きあっている、一族の若者である従兄二人の話に、
——あ、そっか。そう言えば凰姫はれっきとしたお姫様だったね。いつも遠出の時は瑳矢丸が馬で二人乗りして連れているから忘れてた……。普通のお姫様みたいに綺麗な駕籠にのってきていると思うよね。
そう思った鷹千代が、慌てて訂正をする。
「お久しぶりです。あの、実は……凰姫様はもう一緒に来ているのです。今日は袴姿でおられるので分かりづらいですよね」
「何ですと⁉︎」
てっきり美しい小袖姿で来るものだと思っていた金剛力士達が驚き、座ったまま一斉に振り向いたので、少し離れた所にいる緋凰達一行はビクッとした。
「何でしょうね。鉄壁の円陣を組んでるように見えますけど……」
「座っていても迫力がすごいね!」
平助と緋凰がドキドキしながら話している向こうで、金剛力士達が目を泳がすようにして緋凰を探してみるが、曇り空で笠を外してはいてもポニーテールの髪型で男装している事で、どれが緋凰なのか分からない。
鷹千代に向かって手前の男がさらに前のめりになってヒソヒソと言ってくる。
「あの、鷹千代様。よろしければ凰姫様に私をご紹介下さいませんか?」
「だから、何でお前さんだけなんだよ」
「黙ってろって!」
また目の前で小突きあいが始まってしまうので、鷹千代は慌てた。
「分かりました! 連れてきますのでちょっとまっててください!」
そう言って踵をかえした鷹千代は、一行の元へ走っていく。
その背中を見ているこの金剛力士達には……実は目論みがあった。
と言うのも、雷殿一族出身の天珠は御神野の姫である美紗羅に見初められて夫婦となり、婿養子に入っている。
そのように自分も御神野のお姫様に気に入られて、あわよくば玉の輿に乗りたい、と考えているのであった。
——そんなに勇ましいお姿なのだろうか、凰姫様というのは。
事前に、武術を得意とするお姫様だと噂で聞いていたので、金剛力士達は自分たちと同じようにゴツい身体の緋凰を想像して座ったまま身を引き締めた。
すると——。
向こうから鷹千代に手を引かれて、子猫や子ウサギといった小動物のように愛らしい顔かたちの子供が現れた。
——想像と全然ちっがーーう‼︎ か〜わいい♡
金剛力士たちの胸が、一斉にきゅ〜ん! と高鳴る。
意外にも雷殿一族の者達は見た目のいかつさとは裏腹に、動物好きがまた多かった。
あの愛らしい子供が緋凰だと気づくと、巌太郎が半円陣をかき分けて再度前に進み出ていき、片膝をついて二人を迎えた。
その様子を見た一行も、少し前へ進み出て馬の手綱を持ちながらその場に膝をついて待機する。
巌太郎の目の前にきた鷹千代がそこに緋凰を立たせると、
「御神野の凰姫様であられます」
そう言って自身もその場に片膝をついたのだった。
「遠い所をようこそお越しくださいました凰姫様、雷殿巌太郎にございます。いつぞやに練兵場でお会いしたきりでございますね。お久しゅうございます。本来ならばせめて領地の境まではお迎えに馳せ参じるものを、このような所でのお出迎えになってしまい……誠に申し訳なく思います」
最後には悔しそうに言った巌太郎に、緋凰はにこりと笑う。
「お久しぶりです、雷殿さん。いいえ、こちらこそ突然の訪問になってしまって……。ここまでお出迎えに来てくださってうれしいです。どうぞ皆さん、お立ちになってください」
この緋凰の声かけで、跪いていた全員がゆっくりと立ち上がったのだが……。
(おぉ〜! すっご〜、お山みたいだぁ)
子供の背丈からするとあまりにも大きくて圧倒される雰囲気の金剛力士たちを、緋凰は思わず口をぽかんとあけて首元が直角に曲がるくらい上を向き、しげしげと見つめてしまった。
だが、すぐに我にかえった緋凰は興味深そうな顔をして話し始める。
「ここにくる途中の村で珍しい模様の布を見かけたのです。城下にある町でも売っていたりするのでしょうか。お城に行く前に町の中を見て回ってもよろしいでしょうか?」
それを聞いて微笑んだ巌太郎が、
「もちろん、よろしゅうございます。では——」
といいかけた所で、
「それでは私が、凰姫様をご案内致しましょう!」
巌太郎の息子が横に勇んで進み出てきた。
すると別の金剛力士が巌太郎の反対隣から進み出てくる。
「いやいや、私が凰姫様をご案内いたしましょう! きれいな模様の布がある店を知っておりますぞ」
「え⁉︎ きれいな布⁉︎」
緋凰がパッと笑うと、今度は居並ぶ金剛力士の中では一番細めの男が、急いで緋凰の前に割って立つと跪いて目線を合わせた。
「なれば、わたくしめにお任せを。布の店だけでなく、うまい団子屋も知っておりますぞ。さあ、お手をどうぞ」
少し芝居めかしながらその細めの金剛力士が手を差し出したのを見て、他の金剛力士たちが、
——ばかめ。あのように高貴なお方がそ〜んな男の手など取るかよ。
そう笑っていると。
「お団子屋さん⁉︎ 行きたいです〜」
そう言ってニコニコ笑顔の緋凰がその手を取ろうとしたので、皆が目を吹っ飛ばして驚いた。
——何だとぉーー⁉︎ それならば俺にだって!
巌太郎の後ろにいた金剛力士達も一斉に慌てて動き出した。
「ばかやろう‼︎ お前のような貧弱な奴がお姫様の案内などできるかぁ!」
緋凰の手が届く前に、細めの金剛力士が横から蹴りで吹っ飛ばされたのを見て、向こうで見ている瑳矢丸達が、
——いやいやいや! あの人、全然貧弱なんてものではないんですけどぉーーーー⁉︎
雷殿家の身体の基準はどうなっているのだと、目を見張っている。
「私が案内いたしますぞ」
「あ、はい——」
緋凰が上げていた手を乗せようとしたその金剛力士も横から蹴り飛ばされ、
「駄目ですぞ〜、わたくしの方で」
「えっと、はい——」
その金剛力士も踏み潰されてしまう。
そしてとうとう終いには——。
「邪魔だてめえら! 散れ! 俺がお姫様をお連れする‼︎」
二番目に背の高い金剛力士が、緋凰の両腕を掴んでひょいっと頭上に掲げてしまったのだった。
(ひょえ〜!)
あまりの高さに緋凰は思わず手足を引っ込めて子猫のように丸まって縮こまり、目を点にしている。
向こうで繰り広げられる一二神将達の緋凰争奪戦に見かねた瑳矢丸が、苛ついて歩き出した。
そして、緋凰を掲げている金剛力士の隣までくると、えいっと脇を小突いたのである。
「ひゃおう!」
あまりのくすぐったさに、金剛力士は思わず掲げたままの緋凰から手を離してしまった。
「わわ!」
ぽろりと顔から落ちてくる緋凰に向かって両手を広げた瑳矢丸は、ボスっと身体を受け止めると、そのままの体勢で三、四歩後ろに下がってゆく。
その時、空に広がっていた雲の切れめから陽の光が地上へ差し込んできたので、緋凰の髪と瞳が瑠璃色に美しく輝き出した。
「うおぉ⁉︎」
雷殿家の若者たちは初めて見る緋凰の神々しい姿に度肝を抜かれ、皆が茫然と立ち尽くしてしまう。
だが、その様子に気が付いていない瑳矢丸が、緋凰を抱きながらその端正な顔立ちの中にある琥珀色の瞳を煌めかせて言い放ったのだった。
「凰姫様に、失礼ですよ!」
「………………すみませんでした……」
あまりにもこの世のものとは思えないような……また絵になるような美しい二人の仲の良さを見て雷殿一族の若者達は、
——こりゃ、だめだ。
と、緋凰の関心を引くことを諦めたのであった。
……いかに国一番の姫君の身分であり、愛らしい容姿で美しい瑠璃色の髪と瞳を持っていても、卓越した美しさをもつ瑳矢丸を隣に置いている限り、緋凰がそこいらの男から声をかけられるという事はないのであり、本人がそれに気がつく事もまた、無かったのである。
このように日々の厳しい訓練を受けつつ、父の煌珠から命じられる大変な仕事をこなしながらも、緋凰は仲間と明るく元気に幼少期を過ごしていったのであった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




