13.死ぬくらいなら……?
読んでくださり、ありがとうございます。
至らぬ点も多いかと思いますが、
皆さまに楽しんで頂けるよう、がんばります!
屋根にうっすらと雪が積もり始めた二の丸御殿の玄関にて。
「これでよーし!」
家出に備えて用意した小さな風呂敷包みを、隅の目立たぬ所に置くと、緋凰は満足して立ち上がる。
『ムリだとおもったら、ちゃんとぼく達のトコまで逃げてきてね』
そう言ってくれた鷹千代の顔を思い出すと、ドキドキしている心が少し落ち着いてきた。
「いざとなったら、これを持って叔父上の屋敷まで行こう。あとは、計画どーり父上におたねの事、言うんだ‼︎」
ぐっと拳をにぎって気合いを入れた。
昼近くに、銀河が自分をかばっておたねに叩かれてから、緋凰は心身ともに限界になってしまい、おひさに何度も
『もう痛いのやだ! わたしも『死ぬ』してごくらく(極楽)にいる母上のところへいきたい‼︎』
と、泣きながら訴えていた。
どう答えて良いか分からず、はじめはおひさも戸惑っていた。
だが、一度ぐっと目を閉じると意を決して、緋凰がわずかに落ち着いたタイミングで自身の意見を述べた。
『姫様、それほどの御覚悟がおありでしたら、一度お殿様にご相談なされてはいかがでしょう』
『……父上に?』
『はい。死ぬのは、その後でも遅くはないと思いますよ』
『……』
緋凰は目をぱちぱちさせて考えた後、おひさに力強く宣言したのだった。
『分かった! どうせ死ぬなら、父上を一発なぐってから死ぬよ‼︎』
『ち、違います! 違います‼︎ 姫様ぁ〜』
こういう事で、緋凰は父の煌珠におたねの事を訴えようと決意したのだ。
居間の前まで来ると、立ち止まって先程自室で一生懸命に考えた手順を頭の中で復唱する。
緋凰は亀千代が何かをしでかす時、どんなにくだらない事でも、必ず入念に計画を練っているのを知っていた。
それを真似して、おひさに手伝ってもらいながら、下準備をしておいたのだ。
ドキドキしながら、緋凰は落ち着きたくて大きく深呼吸をする。
「よし! 行くぞ‼︎」
気合いを入れると、バッと襖を開いた。
「父上‼︎」
ドカドカと居間に入って辺りを見回すと、隣接している焚火の間で、囲炉裏にあたりながらボーッとしている煌珠を見つけた。
囲炉裏をはさんで斜め横に兄の鳳珠も座っていて、銀河がやや後ろで茶の用意をしている。
そして居間との境い目で、おたねが煌珠に出す酒の盆を持ったまま振り向いた。
「凰姫様! 大きな声ではしたないですよ!」
おたねがたしなめてくるが、緋凰は全く聞く耳をもたない。
手前にいる使用人やら小姓やらの間をすり抜けて、おたねの前も素通りすると、兄の反対側からまわり込んで煌珠の横に立った。
「父上! ねえ、聞いてよ‼︎」
緋凰が大声で声をかけても、知らん顔をされる。
いつもなら諦めてどっか行くのだが、なんとしても話を聞いてもらわなければならないので、緋凰は煌珠の顔をガッと持つと、グイッと自分の顔の方に強制的に向けた。
「あのね……」
言いかけたのだが、煌珠がバッと手をあげて振りほどいたので、その勢いで緋凰は後ろによろめいてしまった。
不機嫌な顔で煌珠がまた囲炉裏の方を向く。
緋凰は囲炉裏に落ちそうになりながら、今度は煌珠の前に回り込んで目を無理やり合わせると、
「私、もう自分の事は自分でする! お世話なんかいらないから、この女を追い出して‼︎」
怒って言いながら、おたねを指差した。
作戦その1。
どうしておたねは、自分の近くにいなければいけないのかを考えた。
それは緋凰の世話をするのが仕事だからだ。
ならば、人の世話など必要ないくらい自立すれば、おたねも用済みになってどっかいっちゃうのではないか。
まずここから攻めてみた。
……だが煌珠は無表情で目をわずかにそらす。
緋凰はイライラしてきながら続ける。
「この人、ずっと誰もいない所で私をすんごい叩いたりつねったり、ひどい事言ったりするんだもん! もう、大っ嫌い‼︎」
作戦その2。
おたねの所業をもう言っちゃってみる。
速攻でメインに入ってしまった。
すると——。
ついに言った! とおたねの所業を知っている一部の使用人達は、ハラハラしながらその場を見ている。
……だが煌珠はやはり無表情でこちらを見ない。
けれども、斜め向いに座っている鳳珠が目を見開いて、おたねを見た。
「本当なの? おたね……」
鳳珠の言葉に動揺する事なく、おたねは涼しい顔で弁明を始める。
「凰姫様、おおげさに言わないで下さいまし。あなた様が悪う事なさるので、しつけをしたまでの事」
憤慨した緋凰はそのまま振り向いて、おたねに怒鳴りつけた。
「じゃあ何で止めにきた銀河まで叩いたの⁈ 絶対許さない‼︎」
さっと顔色を変えた鳳珠は、急いで銀河の方を向く。
銀河は小さくうなずいた。
「おたね! なんて事を‼︎」
鳳珠が怒鳴っても、おたねは落ち着いていた。
「誤解ですよ、若様。お洗濯の時にたまたま棒が当たってしまっただけです」
「ウソつけ!」
緋凰はおたねに怒鳴りつけて、煌珠に向きなおる。
「父上! コイツ嘘ついて……」
「……うるせー」
「え?」
冷ややかな目で言った煌珠の言葉に、緋凰は一瞬で黙ってしまう。
「そんなにここが嫌なら、お前が出ていけ」
煌珠の言葉に、奥で見ている使用人達は、やはりおたねは後妻になると確信する。
おたねがわずかにいやしく笑ったのを、鳳珠は見逃さなかった。
あっけにとられていた緋凰だったが、我に帰りバッと立ち上がって横に立つと、煌珠の胸元をガッとつかんで睨みつけた。
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これからも、どうぞよろしくお願い致します。




